夢の話
蛇蝎
第1話 不快
ここはどこの施設か。なんて考えられなかった。と言うよりも、そんなことはどうでもよかった。ここがどこなのか。今喋っている相手は誰なのか。考える必要なんてない。なぜならそう言う世界だから。
目の前にいるのは男の人。自分よりも数個年上だろうか。箱のような建物の中だ。
『電気のスイッチどこ?』
その建物の中では、大勢の見知らぬ人達がぎゅうぎゅうと押し合いながら何かを探っていた。
(歯が揺れている)
私はそのことに気づきながらも辺りを見渡した。
『スイッチこれじゃない?はやく電気つけなよ』
何一つ疑問を抱くこともなく私は男にそう言った。
(歯がむず痒い)
グラグラと揺らぐ歯の痒さに、歯ぎしりしたくなる衝動を何度も抑える。
『あ、ほんとだ』
男はそう言ってスイッチを押した。
パチンッ
突然の場面転換に、本当なら驚くことだろうが、それすらも当たり前のこととして不思議に思うこともなく受け入れる。
男がスイッチを押したと同時に私は庭に移っていた。周りには知らぬ人間が数人。
(歯がむず痒い。噛み合わせがとても悪い。不愉快。イライラする…)
まるで上顎や舌の裏に、大量に不揃いの歯が生えているような感覚だ。
(あぁ…。歯の噛み合わせが悪くて口が閉じられない。顎が痛い)
どんどん歯が生えていく。口の中に生温かい積み木を大量に入れられているようで吐き気がする。
(気持ち悪い…。おぇ)
無機物が長時間口の中を支配する気持ち悪さに耐えきれずもがいていれば、グラグラと揺れる歯が自然と抜けた。
その瞬間、待ってましたと言わんばかりに大量の歯がボロボロと抜け落ちていった。
口の中に収まり切らなくなった歯は、遂には地面に吐き出される。
おぇぇっ!ぐちゃぁっ…びちゃっ
嗚咽と共に唾液に混じって大量の細かい歯が地面に落ちる。
カラッ、カラカラッ
びちゃっ
生理現象で自然と涙が溢れる。
口の中では大量の細かい歯が、転がりながら他の歯と当たって不快な音を立てた。
カリッ…ゴリッ
小さな歯を奥歯で砕いてしまい、再び吐き気がくる。
なんと言えば伝わるだろうか。皆、一度は食べたことがあるだろう。手羽先。あの太い骨を砕き、それを大量に口の中に入れられたような感じと言えばいいだろうか。もちろん味はしない。あるのは気色の悪い骨の感覚ととてつもない不快感だけ。
涙と唾液と大量の歯に頭が混乱する。何も考えられない。いや、考えることはできる。ただ情報が多すぎて脳がついてこないのだ。
(ここはどこだっけ…何をしていたんだろう…あの人は誰だっけ…)
…
…
…
リリリリ
一定のリズムで流れる目覚ましの音によって意識が戻る。
近所の学校から聞こえてくるチャイムの音。カーテン越しでも分かる、今日は快晴だ。
口の中にはまだ不快感が残っている。
再発した鬱に抗えず、布団の中で丸くなる。
眠気と昨日の疲れが取り払えていない状況で思った。
あぁ。今日も仕事か…。
夢の話 蛇蝎 @dakatsumiki
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