7.アマミーアマホク(2)

 氷嚢を左目に当てて、俺はカフェの椅子を数脚、横に並べた上に横たわっている。

 イケメン王子をグーパンしようとしたシノさんを遮って、うっかり顔面でシノさんの拳を受け止めたからだ。

 俺の真隣りにしゃがみこんだシノさんが、顔を覗き込んできた。


「ごめんなぁ」

「シノさんが暴力沙汰で、またショーゴさんとモメなくて良かったよ」


 ショーゴさんは俺達とは小学生時代からの幼馴染なのだが、色々あってシノさんとは犬猿の仲になっている。

 だが、元々警察関係とは微妙にソリの合わないシノさんは、やや危険人物としてマークされていて、ショーゴさんは専任担当扱いになっているらしい。

 ここでシノさんが傷害沙汰を起こせば、またまたショーゴさんに迷惑が掛かるので、俺はなんとか身内でことを収めようと体を張った。

 といえばなんかかっこいいが、止めようとして間が悪く、グーパンを顔面で受け止めてしまったわけだ。


「アマホク、何見てんの?」


 顔を上げたシノさんは、店内をグルグルと見て歩いていたイケメン王子こと、天宮北斗に声を掛ける。

 だがホクトは、それが自分への呼びかけとは全く気付いてないようで、店内の家具や食器を見ては、スマホで写真を撮る作業を続けている。

 ホクトは、路地の奥にあるマンションに住んでいる天宮南氏の従兄弟で、ミナミの母親(ホクトの父の姉)に、ミナミの様子を見てきて欲しいと頼まれて、やって来たらしい。


「アマホクってばよ!」


 シノさんは立ち上がってホクトの肩を叩いた。


「えっ? あ、アマホクって、俺のことですか?」

「アマミヤミナミがアマミーなら、アマミヤホクトはアマホクじゃろが」

「はあ…」

「そんで、アマホクはさっきから何をやってんの?」

「店の様子を見て、南がどれぐらい出資をしてるのかを見てるんです。そちらが立て込んでいるようなので遠慮させてもらってたんですが、都合がつくようなら、こちらの詳しい経営状態を教えていただけませんか?」

「都合もなんも、帳簿管理してるケイちゃんが帰ってこないと、なんもワカランわい」

「経理担当のかたはいつ頃お帰りになりますか?」

「んん〜、レン。ガッコが終わるの何時頃か知っちる?」

「今日は夕方じゃないかな」

「夕方だってさ」

「学校? 学生が経理担当なんですか?」

「なんでそんな細かいコト訊いてくんだよ! アマホクはアマミーの様子見に来ただけなんじゃろが!」


 シノさんがイライラし始めたのは、経理とか帳簿とか、話に数字のニオイがしてきたからだが、シノさんの特殊事情を知らない相手に、それが理解されるわけもない。


「いきなり詮索をしてしまってすみません。俺もこんなこと、引き受けたくなかったんですけど、東京の大学に通うと言ったら、ついでに様子を見てきてほしいと頼まれて」

「そんなん、自分で電話でもすりゃいーじゃんか」

「南が電話に出ないんです。俺もようやく約束を取り付けたのに、あいつ部屋に居なくて…。どこのカフェにどういう理由で出資をしたのか、出来れば調べてきてほしいと言われたので、帳簿を見せてほしいんです」


 いきなり "オンボロカフェ" と呼ばれたことで気を悪くしていたシノさんだったが、ホクトの話に、思うところが出来たらしい。

 ふうんと、おとなしく頷いた。


「アマミーは、俺の顔が好きだってさ」

「…は?」


 ホクトが、首を傾げる。


「アマミーは最初、俺がそこでキッシュ食ってたら、寄ってきたんだよ。イイニオイしてるけどドコで買ったの? って訊くから、奥の窯で俺が焼いたーつったら、イイニオイだからひと口分けてって言うんさ」

「じゃあそのひと口妖怪みたいのが、シノさんのストーカーなのっ?!」


 俺はようやく、その "アマミー" というのがシノさんの "エセ紫の薔薇のヒト" だと気付き、思わず跳ね起きてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る