誰かがいる ~奇妙な現象の実験ルポ~

白鷹いず

1 そそられる部屋

 友人の満雄(みつお)がアパートを引っ越す事になった。

 満雄が今まで住んでいたアパートは、木造2階建て築40年以上のボロアバートだったが、大家さんが亡くなって息子の代に替わった途端、取り壊して分譲マンションに建替える事になったそうだ。


 満雄の引っ越し先のマンションは今まで住んでいたアパートから目と鼻の先、車で5分程度の場所だったので、わざわざ引っ越し業者を頼むのももったいないと言う理由で、中学時代の仲間である俺(洋(ひろし))と聡(さとし)と孝昭(たかあき)が引っ越しの手伝いにかり出された。昼飯にカツ丼、夜には引っ越し先の新しいマンションで開かれる「ごくろうさん会」の飲み代がその報酬になった。

 満雄は独り住まいだし1トントラックをレンタルして2往復もすれば片付くだろうと思っていたが、家具や電化製品は以外とかさばるしダンボールの数も多くて、結局5往復してようやく荷物の移動は終わった。すでに夜の7時を廻っていた。


「今日はありがとう! 荷物はこれで全部だ。おつかれさん」


 満雄は改まって俺たちに礼を言った。


「結構な量だよなぁ。これから荷物をほどいて並べるの大変だね」


 聡が溜め息混じりに言うと、


「以外と物持ちだなぁ。あの狭い部屋によくこんだけの物詰め込んでいたもんだ」


 孝昭も荷物の山を見渡してあきれた顔。

 満雄は割と几帳面な性格で部屋の整理整頓は怠らないようだ。そんな整然とした部屋はシンプルに見えて物が少ないように感じたのだが、実際運び出してみると以外とそれなりに量はあった。俺も以前に引っ越しの経験があるので、家財道具を梱包すると思ったよりも結構な量になる事は知っている。


「まぁこんなもんでしょ。家財道具を運び出す時にさ、家具は段ボールで包んだり、食器や衣類や本やその他モロモロは段ボールの箱に詰めたりするだろ。梱包資材の分だけ物はひとまわり大きくなるわけよ。だから荷物は多く見えるんじゃなくて、実際に多く、というより、ひとまわり大きくなってるわけ」

「おお、なるほどー!」


 俺の説明に3人は納得してくれたようだ。


「さてと、寿司頼んであるからさ」

「おお、すげー!」


 満雄の言葉に歓喜の声が上がる。


「寿司の宅配を7時半にしといてよかったよ。本当は少し荷解きしてからって思ったんだけど、そんな余裕なかったな。コンビニで氷も買ってきたし、氷水で冷えたビールもあるし、焼酎も日本酒もウイスキーもあるぜ」


 満雄の几帳面な性格は、こういう段取りにも抜け目がない。

 間もなく寿司が8人前とどいた。俺たちはリビングの床にコタツのテーブルだけ出して囲むように座布団に座った。寿司を中心に据えて周りにグラスや小皿を並べ即席の宴会の始まりである。

 力仕事の後でさすがに腹ぺこだった。みんなも同じらしく酒よりも寿司の方がすすむ。出前の寿司なんてそうしょっちゅう食べる機会もないし、俺は満雄の計らいに感謝して寿司を片っ端から口の中へ放り込んでいた。


「満雄、今度のマンション2LDKって、前よりかなり広くなっていいよなぁ。隣の部屋は8畳ぐらいありそうだし」


 俺は寿司をほおばりながら、隣の部屋を眺めた。


「一人住まいでこの広さなんて贅沢だよなぁ、あれ? まさかお前、もしかして? 彼女と一緒に住む気だろ? 名前なんていったっけ?」


 聡がひやかし半分で訊くと、


「ああ、そのつもりだよ」


 満雄はしゃあしゃあと言ってのけた。


「まじかー?」聡は自分のフリが大当たりで驚いたようだ。

「そうか」いつも冷静沈着な孝昭に動揺はない。

「おおおおおお」俺はとりあえず絶叫!


「いいな~恋人との夢の共同生活! 同棲だろ? 同棲……いいなぁ~言葉の響きがいいよ、同棲ってさ」


 羨ましそうに聡が満雄を肘でこづく。


「お前の彼女って可愛いし性格いいよね。明るい感じで面白いし」

「そんな事ねーよ、全然普通だ」


 俺が素直に褒めてやっているのに、満雄はニヤけながら、そう思ってもないくせに? 全面否定。


「なるほど、それで奥の8畳間には荷物を入れないようにしていたんだな。彼女はいつ引っ越してくるんだ?」


 孝昭のつっこみが入る。


「明日来るよ。おかげで今週末の土日は2日連続で引っ越し作業、ヤレヤレだ」


 満雄は「はぁ~」と溜め息をつく。


「そういえば、ベッドとかフトンとか荷物になかったよね?」


 俺が聞くと、


「ああ、俺のは古いから処分した。麻衣(まい)のベッドがセミダブルだからそれ1台でいいって事になってさ」

「セミダブルー!!???」


 聡は叫んで立ち上がり、隣の8畳間へ走って行った。


「ここにセミダブル? お前、麻衣ちゃんとここで一つのベッドで一緒に寝るのか?」

「あたりまえだ!」


 満雄は照れながらもドヤ顔。


「それって二人だと狭くね?」俺がからかうとすかさず孝昭が、

「狭いな」ぼそっとつぶやいた。

「狭いからやめろ! お前は下にフトン敷けよ」聡もノって来た。


「おまえらなぁ~! 大きなお世話だ!」


 満雄は苦笑して言い返すと8畳間へ入って行った。


「2LDKだと六畳二間か片方だけ四畳半が多いけど、六畳と八畳の組み合わせって気が利いているだろ? それでここに決めたんだ」


 俺も隣の部屋へ行って見回してみた。まだ何も物が置かれていない部屋は広く見えるものだけど、さすがに六畳間ばかり見慣れているせいか八畳はとても広くて豪華な印象だ。


「こっちの八畳が麻衣の部屋で寝室も兼ねる。で、あっちの六畳が俺の部屋になる。まぁなんだかんだでゴチャゴチャにはなりそうだけど、一応そういう事で部屋のレイアウトを考えてあるんだ」

「ここが寝室……麻衣ちゃんと一緒の……ここでお前は麻衣ちゃんと、あんな事や、こんな事……」


 酔った勢いもあるのか聡は一人で勝手にテンションが上がっているようだ。


「ばか言ってんじゃねーよ!」


 俺と満雄にはたかれて聡は「ぎゃ~いいなぁ~」と叫びながら大袈裟に倒れ込んだ。

 孝昭も入って来た。


「こういうガラーンとした何もない部屋を見ると、ちょっとそそられるものがあるな」


 おや? 孝昭にしては珍しい反応だな。


「孝昭? お前も聡と同類のエロい妄想でもしてんのかよ」

「違うよ、こういう部屋で面白い現象があるって話、知ってるか?」


 え? と3人で一斉に孝昭を見る。孝昭は話しだした。


「まず、部屋を真っ暗にする。本当はもっと広い部屋の場合、部屋の中央に1本のロウソクを置くのがいいらしいんだけど、この広さだと部屋全体が明るくなっちゃうから、とりあえず電気を完全に消して真っ暗にする方がいいだろう。そして、部屋の4隅にそれぞれ4人が立つんだ、部屋の角ギリギリの位置にな。そして誰かを1番目に決めて、1番目のヤツは部屋の壁にそって隣の角に向かって歩いていく。そして、隣の角についたらそこに立っている2番目のヤツの肩をポンと叩く。そしたら2番目のヤツは、また部屋の壁に沿って歩いていって3番目の肩を叩く、3番目も歩いていって4番目の肩をたたく。そして4番目のヤツは……」


 皆孝昭の話すちょっと厳粛な雰囲気に呑まれ黙って聞きいっていた。


「4番目のヤツは、最初1番目のヤツが立っていた部屋の角に向かって歩くわけだけど、1番目のヤツは隣の角に歩いて行っちゃってるわけだから……」


 俺はゴクッと唾を飲んだ。


「つまり最初の場所には誰もいないはずなのに、5人目の『誰か』がいるんだ」


 鳥肌が立った!


「おーい、やめろよ! 俺、今日ここで一人で寝るんだぜ、びびるだろう」


 満雄は笑いながらそうは言ったものの、目がまるで笑っていなかった。


「わりぃ、脅かす気はなかったけど、そういう話があるってこと、ちょっと面白いだろ?」


 孝昭は満雄に謝りながらもふてぶてしく苦笑する。孝昭は日頃からくだらない冗談などは口にしないヤツだから、こういう話をすると妙に迫力があって確かにちょっと怖くなる。

 するとそれまで黙って聞いていた聡がとんでもない事を言いだした。


「だったらさ、この部屋使って実験してみねー? ちょうど4人いるし」


 俺も他の二人も「え?」という表情で聡を見た。

 そんな事あるわけないし、実験なんて言って万が一何かが起きたら、例えば誰かがいたりしたら相当怖いだろう。ところが孝昭は嬉々とした表情で満雄を見た。


「明日になれば麻衣ちゃんが荷物を運び込んでくるんだろ? チャンスは今夜しかないぜ」


 孝昭は乗り気なのか? 俺は少し怖かったけど、飲み会の余興としてちょっと面白そうだなぁとも思った。

 満雄は少し考えていたが、意を決したようだ。


「そうだな。そんな事ありえないけど……よし! そんなデマみたいな話、今日ここで嘘だと証明しようぜ。このまま何もしないで終わると逆に何かあるんじゃないかって怖くなるし、何もない事を確認して安心して住みたいからな! よし! 洋も協力しろ」


 うむをゆわせず俺も強制参加が決定。どうやら実験が始まるようだ。

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