第6話 伯爵家の邸宅
翌日。今日は朝から解呪師の仕事があった。
昨日施術したアイビーから頼まれた通り、クードルーン伯爵家の邸宅に道具を持ち合わせ訪れていた。
(相変わらず、街に来るのは進まない)
粘液のような不快感を感じ、眉間に皺が寄っている。
大きな街には共有資産として【聖守護結界】と呼ばれる特殊な魔法が張られている。
この魔法は『穢れ』を有する者の身体能力や魔法の威力を一時的に下げる効果があり、『穢れ』が濃い種族では意識を保つことが出来ないほどのものだ。
ダークエルフはそこまで濃い種族ではないが、不快感は感じる。嫌っていると言っても過言ではない。
(まぁ、仕事だし我慢するか)
港湾都市イメリアの古くからある高級住宅街、その片隅に立つ左右対称の邸宅の門番に理由を話し中へと足を踏み入れる。
扉につくと扉を3回ノックする。
「はい!!」
扉の奥から声が聞こえ、中から開かれる。
出てきたのはヒューム――前世で言うホモ・サピエンス――の青年。
燕尾服を身につけ両手には白い手袋。背筋をピンと伸ばしている。
しかし、その顔は不健康そうで目の下に隈ができている。
「っ……ダークエルフ!!」
見るからに動揺した青年は袖口から小型のナイフを取り出す。
振るう動作を見切り後ろに跳び青年のナイフを躱すと同時に懐から『底無』を取り出し銃口を向ける。
「哀れな魂に死の弾丸を――!!」
引き金を引き、発砲音とともに魔力の弾丸が放たれる。
青年はナイフを手放す。その瞬間、甲高い金属音とともにナイフは弾かれた。
「貴様……!!」
青年は唸るような声とともに私を睨みつける。
明確な敵だと認識したらしく、青年の手に新たなナイフが握られる。
(参ったな、私は戦闘はそこまで得意ではないのだが)
私の得意なのは呪詛魔法であって戦闘用の魔法はそこまで品揃えがない。
「マルク、何をしているのですか?」
冷や汗を垂らし、手に脂汗が滲み出きたところで邸宅からアイビーの声が響く。
暫くすると慌てた様子でアイビーがやってくる。いつもの喪服姿ではあるが、その目には確かな怒りが見て取れた。
「お、奥さま!これは、その……」
「今日来る方はダークエルフの方はメイドや護衛の皆さんの呪いを解いてくれる方と言いました。それを忘れた、とは言わせませんよ?」
「し、しかし……」
「兎に角、今は下がりなさい。話はまた後にします」
「……畏まりました、奥さま」
マルクはアイビーに礼をし、私を一度睨みつけると邸宅の奥に引き下がる。
銃を懐に仕舞うとアイビーは深く頭を下げた。
「私の従者がこのような事をしてしまって、申し訳ございません」
「いえいえ、このような事には慣れていますので問題ではありません」
ダークエルフが魔族である以上、人族社会で生きる私は異端であり迫害の対象でもある。
故に、食事を買いに行く時を除き街の大通りを歩くことは滅多に無いし用事が無ければ街に出向くこともない。
罰の悪そうな顔をするアイビーに気にしていないと言わんばかりに笑みを浮かべ、
「それで、傷を負ったメイドの方や護衛の方はどちらに?」
「ご案内しますね。どうぞ上がって下さい」
アイビーに促されるまま私は邸宅の中に足を踏み入れる。
邸宅の第一印象は豪華であった。
貴族の邸宅のため入ってすぐに建物の空間が広いことに気づく。天井からシャンデリアが吊るされ、絵画などの調度品が飾られている。
また、細やかなところにまで掃除が行き届いているようで埃一つない。
「今は何人ほどこの邸宅に居るのですか?」
「私の身の回りの世話をするメイドとエリクの世話をするメイド。料理人が1人に補助するメイドが1人。後邸宅内で掃除をするメイドが2人に外の手入れをするメイド。総まとめのマルク。警備の私兵が6名ほど。計14名ほどでございます」
「これほどの屋敷なのに意外と少ないのですね」
「パーティーを催す際には臨時で雇いますけど平時は来客も多くありませんので。……こちらです」
アイビーに連れられやってきたのは邸宅の端にある一室。扉を開くと、ベッドで体を横になった5人の女性たちがいた。
2人は年配で残る3人は若輩。皆ヒュームで息苦しそうにしており、僅かに見える地肌に黒いシミが広がっている。
(昨日解いた呪いと同様のものか。だが、広がりが予想していた以上に早いな)
呪いの侵食は種族差は勿論、個人差がある。
死に至る呪いを受けても1ヶ月生きる人もいればすぐに亡くなる人もいる。だから、これは許容範囲内の事でしかない。
「カトレア様、メイドたちは治るでしょうか」
手を顎に当て考え込んでいた私にアイビーが声を掛ける。僅かに震えた、もし嘘であるなら役者にでもなれる声に笑みを浮かべ答える。
「治ります。これは治る呪いですから」
そう答えると手にしていたバッグを広げ道具を一式取り出した。
(手早く物事は済ませるに尽きる。こと、呪いとなれば尚更だ)
革手袋を装着し、銀の針を手に取ると私は作業を始めるのだった。
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