限界社畜にロリババア狐が病んでいく話
石田フビト
番外編
番外編 とある愚男と狐の日常 その1
天音さんがこの部屋に来てから、一週間が経った頃。
夜ご飯も終え、後はシャワーを浴びて寝るだけになった己はふと、座布団に座る彼女に問いかけた。
今後に対する情報収集。あるいは、ただの好奇心か。
できれば前者であることを願いつつ、口を開く。
「天音さん、今やっているゲームはどうですか? 退屈では、ありませんか?」
「よっ、ほっ……んにゅ? すまん、なんか言ったかー、孝仁ー?」
「いえ、集中していたところすみません。どうぞ、お構いなく」
「いやいや構うじゃろ。ほれ言うてみい、何が聞きたかったんじゃ」
「ええ、と」
申し訳なさを感じつつ、先程の問いかけを繰り返す。
「あー、面白いぞ? 少なくとも、前やった……えー、格げー? よりはずっとましじゃなぁ」
「そうですか。それはよかったです」
「うむ」
「……ちなみに、RPG……あ、このゲームの何が天音さんの琴線に触れたのでしょう。後学のために、お聞かせ願いたいのですが」
「後学てお前さんなぁ……」
うーん、と首を捻り、少しして彼女は口を開いた。
やや微妙な、困ったような顔つきをしながら。
「まぁその、前も言ったが、格げーとやらは簡単すぎてな。単純というか……うん、そういうことじゃ」
「確か、数秒先の未来が見えてしまうのでしたか。だから全ての行動が先読みできて、つまらないと」
「いやの? これがげーむというのは分かっとるんじゃが……どうにも戦いとなると、癖でなぁ」
「なるほど」
未来が見える、というのは前々から聞いていた。
驚きはしない。彼女が神に等しき尊き存在であるのは知っていたし、未来視程度なら簡単にやってのけるだろうと納得していた。
だがそれによって、彼女の楽しみが阻害されるのは、残念でならない。
先が分かるというのは必ずしも万能でないのだろう。言わばテストの回答が事前に分かって記入するように。分かりきった満点など、当人からすれば楽しくないのではないか。
などと、凡人以下の己が考えても仕方なし。
思考を中断し、彼女の言葉に耳を傾けた。
「それで……この、あーるぴーじー? は、良くも悪くも分かったところでそんなに被害はないじゃろ? 結局、一度ずつしか行動できんわけじゃからの」
「ですが、相手の行動が分かれば対応も変わりましょう」
「それはそうじゃ。じゃが、どれだけ分かったところで、れべるが足らねば負けることは負ける。儂はそんな不自由さが、中々に面白いらしい」
「……なるほど」
つまり、先が分かったところで簡単にクリアできないゲームがいいと。では謎解きなどは駄目ということか。先が分かるなら犯人も分かる。面白くはないだろう。また所謂死にゲーといったトライアンドエラー系も……。
いずれにせよ、未来視の情報が足らないな。こればかりは、実際に買ってみるほうが早いか。
幸いにして、貯金はそれなりにある。
貯まるだけの使い道ができて、幸福だ。
「じゃがまあ、実は魔王が主人公の父親だったとかが初見で分かると……おーう、となるなぁ」
「それは……辛いですね。しかし、話であれば戦闘と関係ありません。ならば未来を読む必要はないのでは?」
「いや、魔王って見るからに悪そうな奴じゃろ? それで、つい本能的に未来を探ってしまうんじゃよなぁ……」
「……」
色々と考えよう、本当に。
彼女が楽しめるゲームを何としてでも探さねばならない。先が見えても関係ないゲーム。見つけるのは至難だが、必ずやり遂げて見せる。
心の内にある天音さんメモに、新たな使命が書き足された。
そうして、さて何がいいかと考えていると。
「……」
「むむ……そうじゃ孝仁! さっきからちょっと詰まっておっての、手伝ってほしいのじゃ!」
「……はい? 手伝い、ですか?」
「うむ。かれこれ三十分ほど戦っておるのじゃが……どうにも攻略できんくての」
「ですが……天音さんが困難なら、私など到底無理では」
「むむむ……そんなことはない! 孝仁は凄い奴じゃ、儂が保証してやるっ」
「天音さん……」
ババーン、と擬音が聞こえてきそうな格好で腕を前に出し、彼女は宣言する。
困った。これでは、認めるほかない。彼女の保証を否定するのは失礼極まる愚行だ。
だが、己が凄いなどと。
そんな非現実的な事実があるわけがない。
ならば。
「……少しお待ちを。取り敢えず、シャワーを浴びてきます。続きは後ほど」
「うむ! わかったのじゃ」
「はい、それでは」
ゲーム自体は全力で行う。しかしそれとして、己が攻略できるはずもなし。
寝る時間まで行い、何もできなかった己を見れば、彼女の評価も正当なものになるだろう。
即ち、己は愚図で役立たずだと。ちょうどよい機会だ。
彼女はどこか、己を過大評価している節がある。
これで少しは目が覚めてくれればいいのだが……。
そんなことを考えながら、己は風呂場へ向かった。
「今、上がりました。お待たせして申し訳ありません」
「おー、出たか! よいよい。ほれ、早速こちらへ来い」
「はい、失礼しま……」
風呂上り。火照った体に涼しげな空気が当たり、心地よい。
穏やかな気持ちのまま、彼女の言葉通り腰を下ろそうとし……止まる。
これは、いかに。
「うにゅ? どうしたんじゃ孝仁? 早う座らんか」
「いえ、しかし。少々近すぎる気が……」
「んー? そうかのぅ?」
近い。
恐らく、座れば肩が触れ合うほどに。考えるまでもなく、健全な距離ではない。
煩悩退散。
並んだ座布団を横にずらし、できるだけ音を立てずに正座した。
「失礼します」
「あ……うにゅぅ。孝仁のけち」
「けちではありません。正しい距離感を測っただけです」
「うにゅにゅぅ……けち!」
「けちではありません」
閑話休題。
軽い応酬もそこそこに、コントローラーを手に取る。
見つめるは24インチのテレビ画面。その中央には何やらでかい棍棒を持った敵がおり、赤い目で主人公達を睨みつけていた。
なるほど、これは所謂中ボスというやつだろう。名前も中々大層なものだし、間違いないはずだ。
魔王分幹部、百戦錬磨のガグリゥ。
一度、お手合わせといこう。
「といっても、私はどんな攻撃をすればいいのでしょうか」
「うーむ、最初はとにかくえむぴーが高いやつを撃てばいいんじゃないかの?」
「これですか?」
「あ、それは」
ピッ、とボタンを押した瞬間。
ドガーン!
画面が大きく揺れる。
チカチカした光が目に痛かった。やがて姿が明瞭になっていく。
そしてそこには、無傷の敵と……倒れて死んでいる仲間がいた。
「え、なぜ」
「あー、これは全魔力と生命力を犠牲にして自爆する技じゃの。いやはや、よい思い切りよ」
「そん、な……」
「……いやこれげーむ! げーむだからの!?」
初っ端仲間を殺してしまった。
己は何と悍ましく、恐ろしいことを……。
「だ、大丈夫じゃ。一回全滅すれば初めからじゃから。うん、全然、気にせんでもいいぞ」
「全、滅……」
「うにゅぁ、もう! お前さんげーむ向いとらんのー!」
それから少しして。
ようやく仲間の死から立ち直った己は、取り敢えず天音さんの話を聞きながら戦闘を継続した。
結果は惨敗。
相手のHPバーが殆ど削られることなく、主人公達は全滅した。
「うーむ、やはり駄目か……何がいかんのじゃろなぁ」
「……」
「色々な未来を探してみたが、何ら決定打は与えられず。魔法、物理、どちらも全然効かんのじゃ。こいつ、本当に中盤で出てくる敵か?」
「……一つ、質問を」
「ふにゅ?」
戦闘をしていて感じた違和感。
天音さんが三十分かけても分からなかった解法。
未来視の本質。
以上のことから、もし己の考えが合っていれば……。
「今の敵に対し、主人公達のレベルは十分に育っていますか? 単純に、足らないということは?」
「うーん? いや、そんなことはないと思うのじゃ。前回のぼすから考えても、れべるは十分なはず。ていうか、寧ろ大分上げたぞ? 正直負けるとは思ってなかったんじゃが……」
「なるほど、分かりました」
十分なレベル。つまり倒し方は他にある可能性が高い。ならば……。
コントローラーを握り、戦闘を再開する。
ただし今度はパーティーを変え、攻撃役をデバフ役にして。
「うにゅう? どうしてそやつを? 正直、あんまり育ててはおらんかったのじゃが……」
「恐らくですが、これで勝てます」
「ほ、本当か!? 本当にこやつで、あの憎き豚鼻を蹴散らせるのか!?」
「豚鼻……はい、たぶん」
ボタンを押し、戦闘を開始する。
このボスの特徴は高い体力と異常なまでの魔法物理耐性。またレベルが討伐基準に達しているにも関わらず、少ししか削ることができない現実。ゲームバランスの崩壊。
ならば、正攻法で攻めるのが正解ではないことは明白だ。公式はある答えをプレイヤーに求めている。
つまりは……。
「……え、あの、なんかこいつ眠ったんじゃが」
「はい、眠りましたね」
「え、え、あの、なんか踊りだしたんじゃが」
「そうですね」
やはり、か。
このボス、状態異常にめっぽう弱い。普通なら効かない呪文や技が効きすぎている。
要するにそういうことだった。
寝て起きて踊ってを繰り返すボスを見ながら、冷徹にボタンを押し続ける。
「ダメージの通りがいい……もうすぐ倒せそうですね」
「ええぇ……儂の激闘はぁ……?」
戦闘開始して五分。敵の体力は三分の一を切っていた。
これだけ体力が減っているなら、あれが効くかもしれない。
己は奇術師を操作し、ある技を使う。
すると……。
「あ、即死しましたね」
「豚鼻ぁああああああああ!?」
画面には勝利の文字が浮かび、隣では天音さんの叫び声が響いていた。
まあ何はともあれ、倒せて良かっ……いや良くはないな。
「……いやぁしかし、驚いたわ! まさかあんな方法があったとはのぅ。流石は孝仁じゃ!」
「い、いえ。性根が捻くれているだけです。今回は運がよかったと」
「何を言うておる! 儂がずっと勝てんかった相手を簡単に倒しよって。やっぱり孝仁は凄い奴じゃ!」
「いえ、ですから、そんな」
全然良くはないな。
いかん、成功してどうする。いや、別にわざと負けるというわけにもいかなかったのだが。しかしそれならそれで、天音さんにヒントを出すなり何とかして。
ああ、しまった、しまった。
天音さんがキラキラとした目で見てくる。
違うのだ、己はそんな、凄い者では。
貴女のように、綺麗な者では。
「……のう、孝仁よ。儂の言うことは信じられんか?」
「っ! そんなことはっ、あり、ませんが……」
「にゅふふ。お前さんのそれは確かに美徳じゃが、過ぎれば己を突き刺す刃にもなろうて」
「……はい」
「それに、な?」
「……?」
天音さんは目の横をトントンと人差し指で叩き、悪戯っぽく笑う。
細められた瞳が、とても魅惑的だった。
「お前さんが思うほど、儂も綺麗ではないぞ」
「へ? それは、どういう……」
「さあて、の。これ以上は自分で考えい」
天音さんは立ち上がり、ぽんぽんと臀部を叩く。
そして反転し、台所へ向かい……。
あれは、なんだ?
何やら札のようなものから、火が出ている。その上には見慣れたやかんがあり、口からは蒸気が排出されていた。
あれは……。
「ほれ、ちょうど湯も沸いた。少し遅いが、茶でも飲もう。ちょっと待っておれよ」
「い、いけません。天音さんにそんな、お手を煩わせ……」
「煩わしくなどない。儂が勝手に、そうしたかっただけじゃよ」
「しかし……」
そこで、はたと止まる。
あまりにもタイミングが良すぎた、この状況に。沸いたやかんと、終わったゲーム。
思わず彼女の顔を見る。
すると彼女は、先程のように目を細めて。
「……の? 綺麗では、ないであろう?」
そう微笑む彼女は。
彼女は、とても。
「……いえ、とても。とてもお綺麗です」
「ふにゅ!? お、お前さんのぅ……不意にそういうことを言うから、びっくりするのじゃ」
「すみません」
綺麗ではない?
馬鹿な、この愛らしさを、いじらしさを綺麗と呼ばず何とする。
この美しさを、何とする……。
「……せめて、湯呑と茶葉は用意させてください、お願いします」
「んー? いーやーじゃ、今日は儂が入れるんじゃ。いつもはお前さんに淹れてもらっとるからのぅ」
「では、お手伝いを」
「んにゅー? ……まぁ、それならそれでよいか。うむ! よかろう、一緒に淹れるのじゃ」
「はい、ありがとうございます」
そうして、己は彼女と立ち並ぶ。
分不相応だと知りつつも。あと少し、もう少しだけと言い訳をして。
彼女の喜ぶ、その一欠片になりたくて。
己は騙し続ける。
純朴なこの美しきを。
欺き続ける。
全く度し難い。これが己と彼女の日常だった。
幸せで、儚い。
二人だけの日常だった。
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