中編

 カメレオンみたいな人。それが、私の皇先輩に対する第一印象だった。


 優等生。頼りになるリーダー。イケメンな王子様。

 そんな周りが求める理想や期待や幻想に合わせて、自分の色を変えていく人。

 それが、この人の正体だ。


 最初、皇先輩のことを知って、勝手にそう思ったんだけど、とんでもなく失礼なことを考えたもんだ。


 だけど意図的に作りでもしないと、こんな完璧な人間なんているわけない。

 ううん。普通はそれをやろうとしたって、どこかで必ずボロが出て失敗する。無理して潰れる。


 それが、両親から完璧でいろと期待をかけられ、それに応えようとして、あっさり失敗した私の意見。

 そしてそれは、どうやら当たっていたようだ。


 周りに合わせて、完璧って色に変化する。

 それをやめた皇先輩の姿が、今机の上でうつ伏せている状態だった。


「もう。誰にでもいい顔しようとするから、こんなことになるんです。疲れているなら、普段から疲れてるって顔すればいいじゃないですか」

「そうできたらいいんですけど、少なくとも今はダメです。僕が弱気な態度を見せたら、全体の士気に影響します。誰にも見せるわけにはいきません」


 それは、否定できない。

 二年の先輩方はまだまだやれるって感じだったけど、それは多分、皇先輩がいてくれるっていう安心感がそうさせてくれている部分もあると思う。

 もちろん、一年生だってそう。頼りになるリーダーだからこそ、ダメになった時全体に与える影響は大きい。


 もっとも……


「弱りきった顔でそんなこと言われても、説得力がないですけどね」


 今の今、誰にも見せるわけにはいかないって言ってた弱気な態度、私には思いっきり見せてるんですけど。


「白石さんには、もうとっくにバレてますからね。彼女の前では、嘘はつけません」

「────っ!」


 彼女。そう言われて、思わずドキッとする。

 するとそれを見た皇先輩は、クスリと笑った。


「付き合ってもう何ヶ月か経つっていうのに、まだそんな反応ですか?」

「だ、だってしょうがないじゃないですか。私は、未だに納得いってないんですよ。皇先輩なら、やろうと思えばどんな女の子とだってつきあえるじゃないですか。なのに、どうして私を……」

「取り繕わなくていいこと。それに、そんな僕を受け入れてくれたこと。それが理由だってのは、何度も話したんですけどね。なんなら、また一からじっくり話しましょうか? 僕がいかに白石さんを好きか、時間をかけてたっぷりと」

「い、いいです! やめてください!」


 冗談じゃない。彼女って言われただけでも体が熱くなるのに、そんな恥ずかしいめにあうなんて断固ごめんです。


「そんなことより、作業の進み具合はどうなんですか? みんなには弱気なところを見せられないって言っても、全然できてなかったらいくら平気な顔をしたってムダですよ」

「それを言われると辛いですね。正直、疲れ切っていて、これ以上やる元気もなさそうです」

「ダメじゃないですか!」


 疲れているなとは思ってたけど、そこまでとは思わなかった。

 なんだかんだで、私もどこかで、皇先輩ならなんとかしてくれるって気持ちがどこかにあったのかも。


「今、どこまで終わってるんです? 遅れているようなら、私が手伝いましょうか?」

「いえ。白石さんには白石さんの仕事がありますし、直接手伝ってもらわなくても大丈夫です。ただ、ひとつだけお願いがあるんですが、いいですか?」

「なんです? 私にできることがあるなら、やりますけど」


 こうなっても手伝わなくてもいいと言うのが、実にこの人らしい。

 でもそれ以外にできることがあるなら、力になりたかった。


「ハグ、してくれませんか」

「へっ……?」


 聞き間違い?

 けどそうじゃなかったら、今ハグって言ったよね。

 ハグって、抱きしめるって意味のハグだよね。


「白石さんにハグしてもらえば、元気を回復することができるので」


 ニコッと笑って、そんなことを言う皇先輩。

 って、なんてことを言うんですかこの人は!


「ふざけてるんですか! ふざけてるんですね! 人が真面目に心配してるのに、そういうのはやめてください」


 カッとなって抗議するけど、皇先輩に、一向に堪えた様子はない。


「ふざけじゃなくて、大真面目ですよ。好きな人からご褒美を貰えるなら、たくさんがんばれる。これっておかしなことですか?」

「くっ……で、でも、今は仕事中です! そんなことするなんて、不謹慎です!」


 私たちは彼氏彼女なんだし、ハグくらいしても普通。

 なんてわけじゃない。

 いきなり言われても心の準備がいるし、今は仕事中。ここは生徒会室。

 そんなところでハグなんて、緊張と恥ずかしさでどうにかなりそう。

 絶対にダメ! って言うか、無理!


「ハグ、してくれないのですね。できることがあるならやるって言ったのは、うそだったのですね。とても、残念です」


 ガックリと肩を落として、悲痛に顔を歪める皇先輩。ってポーズをとってるけど私にはわかる。

 この人、絶対私の反応見て楽しんでる!


 っていうのも、こんな風にからかわれたことは、一度や二度じゃないの。

 こっちが困るようなことをわざと言ってきて、焦ったとここを見て、ニヤニヤわらう。

 そんな嫌らしくて陰湿で腹立たしくなるような目に、今までどれだけあってきたか。


 やっぱり、この人の完璧なんてのは、外面を整えただけだ。

 カメレオンみたいな人。それが皇先輩の第一印象だったけど、色を変えるのをやめたこの人の素の色がブラックであるというのを、この学校で私だけが知っていた。

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