萌ゲーアワード受賞のアダルトゲーに転生したと喜んでたら実は設定が似通ったとある洋館ホラーゲーだった件

シン・タロー

序章 ツドウケダモノ

#1

 感動していた。

 鉄錆た門の先、真っ直ぐに伸びるアプローチを歩んできたエイイチは、うち震えながら思わず「ふおお」などという声を漏らした。


 うっそうと生い茂る森をひたすら歩いて体力も生気もカラカラに絞られたはずが、その絢爛でどこか淋しげな佇まいの洋館を見上げた瞬間、エイイチの疲れはすべて吹き飛んだ。


 白を基調とした三階建て屋根裏完備のヴィクトリア調ハイグレードハウス。荘厳な家屋には上下開閉式の窓が理路整然と並び、室内の暖かい光を発している。


「すげえ……」


 外灯に吸い寄せられる蛾のごとく、エイイチはふらふらと歩みを進める。実際に巨大な蛾が3匹も玄関灯にへばりついていたため、軽く悲鳴をあげた。


 玄関のドアノッカーを咥えたライオンは迫力たっぷりに来客を迎え、迷える子羊にとってはむしろ安堵をもたらしてくれる聖獣そのものだ。


「や、やっぱりこれって」


 そわそわと落ち着きなく洋館からまた距離を取り、視界に全体像を収めるとエイイチはうんうん頷く。確信したのだ。この洋館は200x年に萌ゲーアワードを受賞したあの――。


【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】の舞台となったあの館であると。


 あらためてエイイチは思う。

 バカみたいなタイトルだ。たしかにバカみたいなタイトルのエロゲーだったが内容は受賞にふさわしいものだった。


 攻略対象である4人のキャラクターはややダウナーな属性に偏っているものの、完成度の高いデザインと個性的な性格で飽きがこない。イベントスチルの豊富さも見どころである。


 背景描写にも手抜きはなく、プレイを進める内に館の間取りや各居室の繋がりもすっと頭に入る丁寧な仕事ぶり。日常に溶け込みながらも、洋館という閉塞的な状況をムーディに盛り上げるBGMも評価が高かった。


 待望のアダルトシーンでは、昨今の“ロリだろうと胸も太ももも肉感増し増しで描け”な風潮とは真逆をいくその筋の大御所が担当。十数年前の作品ではあるが、今どきゲーマーなエイイチの性癖をも撃ち抜く画風だった。


 コミカルな日常とシリアスな個別シナリオを経て描かれる純愛エッチは感動と興奮が入り混じり、数え切れないほどリプレイ再生をしたエイイチも右手で抱きしめた息子と二人して涙を流したものだ。


「うぅ……ぐ、ふぅ……っ!」


 ともかく夢の世界に来たのだ。歓喜で濡れた目尻を拭う。プレイした場面をなぞるべく、かつての主人公と同じように再び玄関前へ立つエイイチ。緊張した面持ちでドアノッカーを4回叩く。


【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】ならばこのあと出迎えてくれる人物は、作中唯一と言える元気っ子メイド“アヤセ”さんのはずである。


「……はい」


 重々しく扉が開き、玄関灯の蛾が3匹とも飛び立った。姿をあらわした女性はエイイチの予想通りメイド服を着ていたものの、片目に黒髪がぱさりとかかり、俯きがちな顔には覇気がない。


「こんばんは! あの、実は山で迷ってしまいまして、その、あなたはアヤ――セ……さん?」

「……? いえ。私は“アヤメ”と申しますが、どうして名を?」


 アヤメと名乗り、首をかしげる女性。エイイチは自身の記憶違いを疑う。発売当時とは言わないが、それでもエイイチがゲームをプレイしてすでに5年は経過している。思い出が薄れている可能性も十分考えられる。


 なにより記憶の中のメイドはもっと童顔かつ巨乳だった。これはロリ絵師界隈の大御所先生とは作画担当が異なるゆえであり、それはそれとしてエイイチ好みの爆乳メイドで間違いはなかったのだが。


 しかしエイイチの目前で所在なげに佇む女性は、見た目あきらかに二十代半ば以降。メイド服もコスプレ的なミニではなく本格派のロングスカート。声も身体の線も消えてしまいそうなか細さで、病的な白い肌にはうっすら蒼い血管が浮いている。


「……手が、なにか」

「ああ、いや、とくにはなんにも。はは」


 肌が露出している部位が顔、もしくは手しかなかったからだ。もし原作通りのミニスカメイド服なら太ももを凝視していた。などと正直な発言はさすがのエイイチも控えた。


 エイイチの視線から肌を守るように、手の甲をさするアヤメは怪訝な表情を隠そうともしない。夜分の不審者だ。当然である。


 風でアヤメの黒髪が揺れ、ふとその奥の瞳がひらめきを得たかのごとく見開かれた。


「もしや……あなたが“先生”なのでしょうか? 申し訳ありません。私、てっきり――」

「先生。そうそう俺が先生です! 名前はエイイチって言います、よろしくお願いします!」


【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】において主人公の立場とは、洋館の館主に依頼され周辺の山を調査にきた“地質学者見習い”である。調査の間は館に滞在し、住人の美女や美少女から“先生”と呼ばれ親しまれる。

 やはり憶測は当たっていたのだとエイイチは胸を撫で下ろす。


 ここはエロゲーの世界。

 その前提で考えれば人物の名前や容姿、性格の違いも許容できる。そもそも元はゲームの2D美少女キャラクターなのだ。現実世界へ落とし込むにあたり、多少の差異くらい生じて当然といえた。


「失礼致しました。あらためまして、ようこそお越しくださいました、エーイチ様」

「あ、そんな間延びした“エーイチ”じゃなくて、エイイチです」

「はい。ですからエーイチ様、と」

「いやいや。伸びてますよねエのあと。すぐにイを発音する感じでエイイチ」

「……エーイチ様、中へどうぞ」


 謎に面倒なこだわりを発揮するエイイチに対し、アヤメは表情を消してじっと睨みつける。殺気すら込められた瞳に内心で恐れおののいたエイイチは、それ以上意見することなく黙って頷いた。


 原作との性格の不一致は妥協する。さっきと同じ考えをあらためて自身に言い聞かせる。なぜならここはエロゲーの世界。行動さえ間違えなければ、館の住人とのめくるめく官能展開が待っている。


 踵を返すアヤメのくびれた腰が、誘うような色気を放っていた。露出のほぼないロングスカートの上からでも小高い尻山の形がくっきりとわかる。中にストッキングに包まれた尻があると想像しただけで期待が色々と膨らませる。


 対象が背中を向けているのをいいことに、まばたきも忘れて尻を凝視するエイイチ。しかし心を読んだかのようにアヤメは後ろ手を組んで防御態勢に移行してしまう。

 先ほどは気づかなかったエイイチだが、アヤメの手のひらには包帯が巻かれていた。


「手。どうしたんですか?」

「……別になにも。皆さま夕食をとられています。よろしければエーイチ様もご一緒にどうぞ」

「あ、もしかして包丁で切っちゃったんですか? もードジっ子だなアヤメさん! こんど俺も料理手伝いますよ」


 ようやく原作に近い属性をアヤメに見出し、ここぞとばかりエイイチは距離を詰めていく。初対面の相手へ見せる態度としてどう考えても不適切なのだが、これにはエイイチなりの狙いがある。


 元のゲームでは、メイドとの料理イベントが存在するのだ。二人のはじめての共同作業であり、沸騰する鍋を気にしつつキッチンで盛り合うイベントはスチルも含めてエイイチのお気に入りだった。


 ようするに、アヤメとのお料理エッチイベントをエイイチは発生させたかったのである。吹きこぼれてるのは鍋だけかい? などという名言をアヤメの耳元で囁き、原作再現してみたかった。


「――捧げなきゃ……もっと」

「え? 何か言いました?」


 かつてのラブコメにありがちな難聴主人公の真似事ではない。羽虫の羽音にも満たないアヤメの発声は、本当にエイイチの耳まで届かなかった。


狼戻館ろうれいかんへようこそ」


 エイイチの背後で、玄関扉が重苦しく閉まる。

 視界まで暗く閉ざされた中、アヤメが手のひらの包帯に爪を立てていたがエイイチには見えなかった。その白い布に鮮血がじわじわと広がっていることをエイイチは知らなかった。


 ここが【洋館住んで和姦しよ♪和洋セックちゅ♡】の舞台などではなく――

豺狼さいろううたげ】というホラーゲームの世界であることをエイイチは察せない。


 元よりプレイしたことのないゲームなのだ。

 舞台設定も人物配置もかのエロゲーと酷似したこのタイトルに、エイイチが気づけなかったとしても無理からぬことだった。

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