第134話 佳奈さん

「行って来ます。じゃあね玉ちゃん!」

「行ってらっしゃい。」

いつものルーティンを終えて、青木さんは今日も元気に出勤して行った。


約束通り、僕は普通に青木さんに接したよ。

普通に。

大体、僕は寝起きが悪くてテンションが上がらないタチだ。

ドギマギしちゃうとか、逆に出来ないもん。

普通にボケボケしながら、たぬきちと一緒に、わさびや蕎麦の発育をチェックしてました。


「たぬきち、この根っこはカライカライだから食うなよ。」

「わふ」

まぁ、この仔達は、自分が食べていい作物と食べちゃいけない作物をきちんと心得ているけど。

一応ね。


あとさ、特に、昨夜は昨夜だったし、それなりに考えを巡らしましたよ。


だってさ、玉としずさんは、なんか僕にとっては、単純な知り合いとも家族とも同居人とも違う「何か」なんだよね。

玉と逢って3ヶ月ちょっと、しずさんとはもっと短い。

そして、彼女達には戸籍が無い。

この時代には存在しない人間を、僕の未だに訳の分からない能力で、酷い言い方を敢えてすれば「飼ってる」感覚がある。

本当に酷い言い草だよね。

でも、彼女達の命運を握っているのは間違いなく僕だ。

そして彼女達は、自分の時代に戻って元の生活を再開する事を捨てて、自らその境遇を選んだ。

別に強制とかしてないんだけどなぁ。


「縁(えにし)ですよ。」

「ですよ。」

「婿殿。」

「殿。」

「そうですか。」


親娘で口を揃えて言われちゃ仕方ないじゃんか。

他に言いようが無いよう。(韻を踏んでみた)


でも、青木さんはねぇ。

勿論、戸籍も有るし、両親とも面識がある。

お父さんの登さんは、あれはもう公認すると言ってる様なもんだ。


夕べの、僕と死ぬまで一緒にいたいと言う宣言は、つまりはそう言う事だ。

女性とお付き合いした事は、何人かいたけれど、「結婚」を意識した事は一度もなかった。

先方は知らないよ。先方の彼女さん達も、それなりのお年頃だったし、そんな意識があった人も居たのかも知れないけど、少なくとも僕にその考えはなかった。


でも、あと2ヶ月で僕も20代最後の歳を迎える。

お相手がいるならば、考えなくてはならないのだろう。


結婚ねぇ。

僕が?

そもそも、僕は青木さんをどう思っているんだ?  


玉とは違う重さがあるなぁ。


なんて事をウダウダ考えていたけど、当の本人は、むしろいつもよりテンション高めで、聖域には寄らずに浅葱屋敷に潜ってちびと遊んでいた。

しずさんとアレコレ少女漫画談義をしていた。


なんなんだろうなぁ。女の人って。


結局、今朝もしずさんと話すことが出来ずに、そろそろ大家さんが来るからと部屋に戻った。

尻尾を力一杯振って、朝の抱っこを求めて来たぽん子の話では、昨日しずさんはなんかフンフン歌いながら編み物をしていて、ご機嫌だったらしい。

あと、庭に七輪を出して、佃煮を炊いていた。

こちらは、昨日玉が、作り方を僕には聞いちゃあ水晶に潜り、昆布や味醂、醤油をわざわざシンクの下から持ち出しちゃあ水晶に潜るを繰り返していたので、想像はしていたけど。(味醂も醤油もしずさんちにあるぞ)


「あとで殿に試食してもらいますね。」

とも、玉は言ってたし。


それは良いけど、生簀作ったのほんの2~3日前だぞ。(いつ作ったか、もう覚えてない)

生簀の側の木にはタモ網と並んで、釣り竿まで置いてある。

これはいつぞや松戸の釣具屋で買って、聖域で何回か使った竿だな。

……聖域では、釣り竿で釣らなくても、深めのザルを置いておけば、魚が勝手に入ってくるから使わなくなった奴だ。


生簀は小さいから網を突っ込めば魚取り放題なんだけど、これは玉が用意した暇つぶしらしい。


魚釣りは、魚がかかるまでの無為な時間を楽しむって面があるんだけど、適当に魚肉ソーセージでも付ければ入れ食いだろうに。暇つぶしになるのかな。

あ、魚肉ソーセージって保存の効くタンパク質じゃないか。  

見つけた見つけた。

そうだ!缶切りのいらない缶詰も持ってこよう。

どれも少し味が濃かったり、無駄な油があるから僕は全く食べる習慣が無かったけど、あれはあれでアレンジ次第でいくらでも美味しくなるぞ。



まぁ、そうして獲った魚を佃煮にする作業も楽しいから良いか。


★ ★ ★


「うふふふふふ。」

掃除と洗濯を終えた玉さんが、珍しく僕の足元の座椅子ではなく、向かいのソファに腰掛けて、ずっとニヤニヤしている。

夕べの、「うふふ」と「ぱんぱん」と「よしよし」の意味が分かったので、僕は玉の笑顔がなんか怖いのです。


「そっか。佳奈さん、頑張りましたね。」

なんか独り言を言い出したよ。


「殿。あのね。佳奈さん、わからなくなっちゃったんだって。自分が何したいのか、自分が誰なのか。」

「??青木さんは青木さんだろうに?」

「そう言えるのは殿だからです。」


はて?

玉が何を言い出すのかわからない。

確かに夕べのメールは支離滅裂だったけど。

思いついた事をただ羅列していっただけと言うか、推敲をしている様子が全くなかったな。


「佳奈さんが言ってました。殿は自分を無防備にするって。だから取り繕う事も出来なくて、自分の本性が剥き出しになるって。」

「そう言われてもなぁ。浅葱の力にそんなメンタルを操る事が出来るとも思えないし。」

「ほら、佳奈さんと初めて逢った時、佳奈さんって殿を“あにき“って言ってたじゃないですか。」


あぁ、あったねぇ。

あれは時間が経って再会した後直ぐ辞めたし、青木さん的にも大人になる時間があったから恥ずかしくなったのかなぁと思ってたよ。

伊集院光が提唱した、本来の意味の、「中二病」が明けたのかなって。


「佳奈さんは人見知りで、どちらかと言えば内向的な人だそうです。自分で自分をそう言ってました。だから歳上の殿に無遠慮に失礼な事を言ったり、冗談を言う自分が信じられないって。」

「そんなもんかねぇ。僕が知ってる青木さんは明るくて素直で一生懸命な人だけど。」

(時々、一生懸命が空回りするけど)


「玉だってそうですよ。ほんとの玉は、メソメソ泣いてばかりの面倒くさがり屋さんです。こんなにケラケラ笑って、朝から晩までうろちょろ働いてるのは、殿とお逢いしたからですよ。」

「そりゃ、玉はあんな事が無ければ、多分あの時代のあの池の辺りで、お友達とまだ遊んでた年頃だろうに。」

「荼枳尼天様とお母さんは、玉の心がすり減って行くのを見ていたそうです。玉の心の中が空っぽになっていた筈なのに、殿とお逢いしたら滅茶苦茶はっちゃけてました。今思い出しても、恥ずかしい言葉ばかり吐いてました。」


あぁねぇ。 

助平な言動ばかり取ってて、少し引き気味だったのは事実だ。

でもまぁ。僕の性癖が比較的ノーマルで、玉が触れない女の子だっから、純粋に保護してやらなければって思ったんだ。


「殿の妹さんにお願いされたんですよ。妹さんは、殿の長所も短所も教えてくれて、玉と佳奈さん2人に兄さんをお願いしますって。妹さんは、玉と佳奈さんを家族に迎えたいって、仰ってました。」


またあの野郎か。

僕は頭を抱えた。

あまり先の事を考えていない女の子に、自分を義妹としてくれとか言い出したら、おかしな事になるだろ!


「ですから、殿。玉はずっと殿について参りますよ。」

「あぁ、はいはい。」

「むうむう。」

あ、いつものむいむいとは違うオノマトペだ。


「そうは言われてもなぁ。夏まで僕は独り者だったし、前の会社の同僚とも没交渉だったのに、年越したらお嫁さんが2人も押しかけますって、どうなのよ。」

「うふふ。」

「うふふ。じゃありません。」


玉の顔はニヤニヤしっぱなし、崩れっぱなしだ。


「玉とお母さんを見捨てると、おっかなぁぁぁぁい仲人さんが来ますよ。」

「仲人?」

別に縁談を正式に進めてる訳でもないのに、なこうど?


「儂じゃ。」

「くにゃ」

うわぁ、コイツらがいたかぁ。

厄介だなぁ。


「神と神の眷属をコイツら呼ぶな!あと、厄介とはなんじゃ!」

「くにゃ!」

わぁ神様のお怒りじゃあ。

「抗議じゃよ抗議。お主を怒ったところて、お主は堪えんじゃろ。」

「いや、さすがに祟り神と揉めたくないんですが。大体、そんな事言うために顕現したの?」

「それだけで充分じゃ!それに一言主は浅葱に仕えとるからの。神と神が対立する訳にもいくまいて。」

「あぁ、その設定、まだ生きてるんだ……。」

「お主を神と対等な存在と言った意味がわかったか?」

「………面倒くさいなぁ。」

「神と相対する事を面倒くさがるなや。」


「相変わらず殿は、荼枳尼天様と仲良く喧嘩なさいますね。不敬じゃないのかな?」

「くにゃ」

玉は御狐様の首に抱きついていた。

御狐様は玉の手をぺろぺろ舐めている。

相変わらずなんなん?僕んち。


★ ★ ★


「その上の方に付いている小さな摘みを引っ張って下さい。」

「こうですか。あらら、皮が剥けて中から桃色が出てきました。」

「あれ?玉のには摘みが付いて無いですよ。」

「そのタイプは先っちょの金具のところから包丁で落としてください。」

「あ、剥けました。」

「調理すれば美味しいですけど、そのままでも食べら…

「殿!美味しいですこれ!」

食い気味だ。食い物だけに。

「初めて食べる味ですね。うん。美味しいです。でもご飯のおかずになるかしら。」

「食べやすい大きさに切り分けて、炒めて食べると良いですよ。主な味は醤油ですけど、塩胡椒でも、焼肉のタレでも。」


荼枳尼天一行を追い返した後(なんだこの不真面目な日本語)、早速魚肉ソーセージを持ってしずさんに逢いに来てます。

それから僕の力で出せる缶詰を山ほど。

シーチキン・大和煮・蒲焼・ソーセージ・スパム、ついでにスイートコーン。

(畑でフルーツコーンがなってるけど)


あ、そういえば、フライパンってしずさんとこ無かったな。

調理器具は、鍋と釜と網(七輪)くらいか。

って事で、フライ返しやサラダ油、胡麻油、固める◯ンプルちゃんなんかも追加。


『焼却処分で構わんぞ』

そろそろ発生し出すゴミの処分については、先に土地神からお告げ(笑)があったので、資源ごみ(空き缶とか)だけ持ち帰る事に取り決めた。

焼却炉とか出そうかしら。


『灰は適度に肥料として再利用するから、野焼きで良い』

………この土地神さん、話がわかるなぁ。


「だから殿、一言主様の巫女のお母さんをほったらかして、御神託をほいほい受けないでください。」

「あらあら。婿殿はこちらでも宮司を務めて頂かないとね。」

…………。



「魚肉ソーセージは雑食性の動物には塩分キツイけど、カケラくらいならおやつにして良いから…

『やったあ』 

『殿のご飯は一味違うから』

『楽しみ』

『嬉しい』

…食い気味だ。食い物だけに。(2回目)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る