第121話 そう言う事かよ2


「……お父さん……。」

玉の口から、小さな声が漏れる。

『くにゃ』

「大丈夫ですよ。」

心配した御狐様が首を回して玉の顔を見るが、玉は気丈に御狐様の頭を撫でる。

御狐様の鳴き声は玉には聞こえていないと思うけれど、水晶の動物達と意思疎通が出来る玉なので、その能力は御狐様にも通用したのだろう。


「拾い子?」

「数年前に落武者狩をしていた時に、両親の死骸を守っていたところを拾いました。まだ子供でしたが、泣かずに目を光らせていたので。かと言って殺気を漏らす訳でなく。親を弔う事を条件に引き取りました。当年12歳になり、元服も先ですが、賢く力のある子供なので、某の屋敷で育てております。」


ふむ。


この時代、というか昭和の戦後になるまで、男手は働き手として重宝されて来た。

それが賢く力持ちであれば、使い勝手も良かろう。

将来の人材として「使える」と判断されるのならば、それは無駄飯を食べさせる理由にはなる。


「その子は戦力になるのか?」

「難しいところです。うちのものが読み書きを教えたところ、うちの子達よりも早く覚えました。頭の良い子ではありますが、不器用です。力はあっても刀の素振りは落ち着かないし、弓も下手くそです。ただ、捨て置くには惜しい。そう思い、某の判断で飯を食わせております。」


『くにゃ』

ふむふむ。荼枳尼天の判断はそうか。

『くにゃ』

わかった。わかったよ。

僕は再び刀を空高く掲げた。


★ ★ ★


空からは幾つか布が降ってくる。

その布にはとある模様が書かれていた。


黒揚羽


平氏の家紋は蝶を使う。

平氏ではなく平家。つまり現在最後の隆盛を誇る京都・平清盛は揚羽蝶を図案化したものを家紋とする。

また、平氏から分家したいわゆる坂東八平氏は、星や桐など平氏とは違う紋を創設している。


どうせ家系だの何だの、言ったもん勝ちの時代だ。

だったら平姓を名乗っているこの一党に、このくらいのインチキは許されよう。

と言うのが御狐様の判断だ。


「政秀殿。」

「はっ。」

「これを遣わす。」


思わず時代がかった口調になっちゃたけど、僕が彼にあげたのは反りの少ない直刀と言われる日本刀。

それもかなりの古刀だ。


「小鳥丸と言う。世にそう何本も無い銘刀だ。帝より平氏に下賜された名刀でもある。政秀殿が平氏の名を汚さず武者働するのであればやろう。」

「は、ははぁ。」


ええと。

いきなり物凄い知識が頭に流れ込んで来て、左手に持つ華奢な浅葱の刀と対照的なゴツい刀が現れたよ。

背中を御狐様が口で突くので、何だかペラペラ喋っちゃったけど、正解らしい。

『くにゃ』

はいはい。


同時に。ほれ!

浅葱の刀を振り回すと、僕らの背後にお馴染みの建物が現れた。


茶店と社だ。

野伏達から声が上がる。

けど無視。


「おいで。」

「ヒヒン?」

「モー?」

政秀さんが乗って来た馬くんと、茶色の牛くんが牛馬を代表して来てくれた。

「君達はここで暮らさないか?牧草と水は豊富にあるよ。」

馬くんと牛くんはお互いの顔を見た後、大いに頷いてくれた。

これはこれでヨシ。


「政秀殿。」

「はっ。」

「この家を杢兵衛君にあげる。彼に茶店を経営させて、牛馬の世話をさせなさい。杢兵衛を中心に人を雇うがいい。無論、政秀殿なりが責任者となるがいい。」

もう一度刀を振ると、燃え殻と化した茅から真竹がニョキニョキ生えてくる。

うんうん。

浅葱の山で筍掘りしていて良かった。


ついでに野伏達は何も言わなくなってるぞ。

色々昔の人を驚かす為に、浅葱の力を無駄遣いするとか考えてたけど、もう飽きられたか。

つまらない。


「殿に呆れただけかと思います。」

『くにゃ』

うるさいですよ。


「政秀殿。馬を育て、弓矢を作りなさい。村人を使うもよし。家人だけで行うもよし。ただし、急ぎなさい。」

「急げとは?」

「まもなく南より軍勢が来ます。清和源氏が一流・河内源氏義朝が三男、源頼朝を旗頭に桓武平氏良文流・千葉常胤の軍勢です。坂東平氏はこの頼朝公の白旗の元に集結するでしょう。平政秀殿。平将門が家臣、平行秀の裔として黒揚羽の旗を掲げるがよい。また、臣下に合力する際にここで育てた馬匹と、ここで作った弓矢を捧げるが良い。杢兵衛はより良い馬と弓を作ろう。牛を育てよう。背後の茶店と社は自由に使え。使わずともよい。強制はしない。」


もし平氏豪族として合力するならば

「平馬飼政秀とでも名乗れは良い」

とだけ言い残して。

僕らは帰途に着いた。


★ ★ ★


と言うわけで、ひとまず終わり。

対人間だから、知恵と勇気で何とかなると、しずさんに言った通りで終わり。

で、玉とフクロウくんと一緒に聖域に帰って来た。

何故かと言うと、そりゃ御狐様に裾を引っ張られてたから。


「殿。」

「まぁ、質問は受け付けますよ。」


聖域に帰って来たらオネムになったフクロウくんを、寝所にしているウロに返した後でね。

「ひぅ」

「はい、ありがとうね。おやすみ。」

ついでに御狐様も、くわぁと大欠伸して社に帰って行ったので、いつもの川沿いの縁台に座って一休み。

お茶を淹れましょう。

って玉はりんごを剥いてるし。


………


「これは荼枳尼天様の御用なんですね?」

「直接頼んで来たのはしずさんだけどね。それもまだ、ほんの一部だ。まだまだ僕と玉でやらなければならない事はある。」

「あんな風に、誰かに攻め込まれたりするんですか。」

「多分ね。だから荼枳尼天は、しくじれば僕らの命は無いと言って、しずさんが取り乱した事がある。」

「お母さん……」


しゃりしゃり。

うん?蜜入りになってるぞ、このりんご。元は少し酸味がある林檎だった筈。


「殿?」

「りんごが変質してて美味しいよ。」

「玉はお父さんに逢えないんですか?」

「逢えないんじゃなくて、逢っちゃいけないんだよ。」

それだけ言うと、玉の口にに蜜入りりんごを押し込む。

「むしゃむしゃ。」

「むしゃむしゃ。」


「簡単に言えばだ。あの時だから玉はお父さんに逢っちゃいけない。あの時はまだお父さんに未来がある。そして玉にも未来がある。」

「……つまり、縁を作っちゃいけないんですね。」


玉は相変わらず理解が早い。

親子だし、杢兵衛さんが玉に惚れたりしたら厄介な事になる。

肉親だから、精神的繋がりを得て深める事は容易だろうし。


「殿の時代だと、玉は殿と一緒になれないと言う事と同じです、か?」

「わからないよ。多分その解釈で合っていると思うけど、僕にもその原理原則はわからない。」

「………。」


「あと、もう一つわかった。さっき、あそこに僕は社を出すつもりはなかった。」

「………。」

「つまり、社をあそこに出した奴、出させないとまずいと思った奴がいる。」

「それは、荼枳尼天様ですね。」

「多分ね。玉のお父さんが居る時代にあの社が顕現した。つまり、玉のお父さんとあの社に縁付かせた。」

「………。」

「つまり、玉が荼枳尼天の社に閉じ込められる遠因を作ったのは僕だ。」

「!そ、そんなこと!」

「そんな事あるんだよ。」


ずずっ。

うん。お茶を淹れる水が美味しいから、部屋で飲むお茶とは茶葉が同じでも、明らかに美味しいぞ。

それに。

こっちで玉と2人きりと言うのも久しぶりかもしれない。

動物達はみんな寝てるし。


「僕はね。何故、玉が祠に閉じ込められていたんだろうって、ずっと考えていた。僕がこの街に引越して来た理由。僕は単にご先祖様の導きとか、浅葱の力とか思ってた。」

ずずっ。

「………。」

「それは玉が閉じ込められた祠があるから。だと思ってた。」

「………。」

「でも、さっきの経験で一つ思いついた。玉のお父さんと僕との間には、何かの縁がある。荼枳尼天とお父さん、或いは荼枳尼天と僕と三角形を描いている。だから、あの時代で玉に縁がある人にばかり出逢った。荼枳尼天との縁で、呼んでも居ない社が顕現した。」

「………。」

「だから。玉は多分、僕との縁で祠に閉じ込められた。玉が1,000年もの間、辛い生活を送り続けていたのは、僕の責任だ。」

「だからと言って、玉に謝ったりしたら、玉、怒りますよ!」

「玉?」

「殿のお力は、玉にもわかりませんし、玉が巻き込まれてしまったのも事実かもしれません。でも!でも!」


「殿は玉を迎えに来てくれました。玉を家族って言ってくれました。毎日、玉を守ってくれてます。」


「今日の日を迎える為に、あの祠の日があるんだったら、殿の元に来るためにあの祠に閉じ込められたんだったら、玉は一つも後悔する事なんかありません。」


玉の声は、最後、涙声になっていた。


★ ★ ★


玉の声を聞いて、たぬきちとテン達が飛び出して来た。


テンの子供は玉に飛びついて、玉を慰めようとする。

それを見て、たぬきちは僕の膝に前脚を乗せた。


『どうしたの』

「ごめんね。起こしちゃったか。」

『玉姉ちゃんの何かが爆発したから、起きちゃった』

「ん?玉がね。多分初めて自分の感情を爆発させたんだ。いつも優等生で真面目で優しい女の子でもね。いつかはこうなる日も来ると思ってたけど、こんなふうになったかぁ。」


「婿殿が優しすぎるから、玉はどこまで甘えていいのかわからなくなっただけですよ。」

『アレ?』

たぬきちをひょいと抱き上げたのは、しずさんの実物だった。


なるほど。

御狐様が僕を引っ張って来たのは、そのせいか。

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