第120話 そう言う事かよ
「親方、ありゃ一体なんだよ?」
「わからねえわからねえわからねえわからねえわからねえわからねえ。わからねえよ!」
「だ、大丈夫か親方!わしらは大丈夫なんか?」
「わからねえよ。何がなんだかわからねえ!」
よしよし。
パニクってるパニクってる。
玉を(浅葱の力で)巫女装束に着替えさせ、白く輝く神狐の(御狐様の意思で)背に彼女は跨がり。
御神刀を油断なく構えさせる。
14頭の馬に囲まれ(各馬の背には梟が留まるだけ留まり)、僕の周囲には馬に乗り切れなかった梟が浮遊する中、刀の棟で肩をトントン叩きながら、僕らは彼らに近づいた。
野伏達はすっかり腰が抜けてしまい、僕らが近づくとともに、刀を捨てて土下座し始めた。
さて、ここでトドメを刺そう。
火を付けたネズミ花火を盛大に放り投げた。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
ぴゅーぴゅーぴゅーぴゅー。
ぱんぱんぱんぱんぱんぱん。
「ぱんぱん。」
「玉さん。一応結構な山場だから、気の抜けるオノマトペはね。」
「でも殿。みんな気絶してますよ。」
「ひぅ」
「ひん」
「あれま。」
フクロウくんや馬くんに、こんなに力の差があるなら来る必要なかったじゃん?とか、やりすぎじゃん?とか言われてるけど知らん知らん。
あのね。あのですね。
僕は別に正義のヒーローでも無ければ、悪の怪人でもないの。
得体の知れない力に振り回されている、ただのリストラされたサラリーマンなの。
誰かを殺すとか、誰かを負傷させるとか、例え絶対バレない状況で、一方的に無双が出来る状態だろうと、そんな気はさらさら無いの。
本当にヤバかったら、いくらでも逃げる事は出来るの。
最初はその気満々だったの。
「ひぅ」
いや、信じられないって言われてもね。
僕は昔から逃げてばかりだよ。
武装した武士14人対丸腰のおっさん1人とローティーンの女の子1人だぞ。
火攻めの奇襲を食らったんだぞ。
圧倒的に武力に差があるから、絶望的な武力返しをしただけだ。
武力ったって、日本刀一振りに小刀一振り、あと、猛禽類の皆さんだけだったんだ。
まさか御狐様が顕現するとは想定外だ。
『くにゃ』
いや、助かったけど。
ありがとうだけど。
何しに来たの?
『くにゃ』
あぁ、そうですか。
仕方ないなぁ。
………
僕らは野伏達を丸く囲んだ。
『くにゃ』
え?まだ呼ぶの?
もう彼らの心はバキバキに折ったよ。
『くにゃ』
あぁそう言う事ですか。
だったら。
僕は刀を高々と天に掲げて、気合いを中空に吐き出した。
やがて。
地響きが北から西から東から。
すなわち南の海以外から、地面を揺らす地響きがみるみる近づいてくる。
「どどどどどどど。」
すっかり呆れ返った玉さんが地響きのオノマトペを奏でながら、御狐様の頭を撫でている。
御狐様も玉とは顔見知りであり、僕を介さないとならないくらいの距離はまだあるけど、毎日美味しいお供物をくれて、社を綺麗に掃除をしてくれる玉を慕ってはいるので、玉の手に優しく頭をくいくい押し付けて歓迎を表している。
ほら、玉の顔がパァっと明るくなった。
ここは戦場って、さっきうちの巫女さんが言ってたはずですが。
僕が居て、御狐様がいて、フクロウくんがいるせいで、最初の一瞬以外はリラックスしっぱなし。
緊張感とか、どっか行っちゃった。
さて、野伏達を起こすか。
『くにゃ』
はいはい。
僕は再び刀を高々と天に掲げる。
途端に豪雨が、野伏達の頭上にだけ降り注いだ。野伏達は飛び上がって目を覚ました。
「痛い痛い!」
「何故俺たちにだけ降ってんだ?って動けねぇ?」
「親方、何か近寄ってきます。」
「次はなんだよ。」
あ、親方と言われてる人が諦めモードに入って投げやりになってる。
全員目を覚ましたので、雨を止ます。
何度目かの、なんだその変な日本語?と自分にセルフツッコミ。
「殿。来ました、た?」
玉の日本語もおかしいぞ。
呼んだのは、この辺にいた野生の馬と牛。
牛がいたのはびっくりだけど、南総を中心に千葉県は日本で一番最初に牧畜が始まったので、逃げて野生化したのがいたらしい。
らしいと言う理由は、御狐様の指令だから。
『野生の馬と牛が結構いるので集めなさい。走って来る牛は迫力があるよ。』
『くにゃ』を訳すと、随分とフレンドリーなお願いを、荼枳尼天の眷属が言ってるのですよ。
いや、迫力があるよって言われても。
確かに闘牛とか迫力あるけど。
あと、文字数が合わないとか言わないの。
御狐様の意思がわかっちゃうんだから仕方ないでしょ。
地響き達は、たちまち僕らを追い抜くと、彼らのいななきと怒号が野伏達を包んだ。
あれま。
彼らがどうなっているのが見えないや。
「ちょっと退いて?中見して。」
「ぶもももも」
「ヒヒン」
僕が声をかけると、馬と牛がサッと避けてくれた。
「ありがとう。」
「ありがとうね。」
僕と御狐様に跨った玉が、モーゼの海割りみたいになった牛馬の海を進んでいくと。
親方と言われる男を先頭に、14人の野伏達が改めて綺麗な土下座を見せていた。
親方の前には、同田貫みたいに太く無骨な刀が並べられていた。
束が全てこちらに向けられているのは、降伏の証と見ていいのだろうか。
あと、豪雨で濡れ鼠になったせいか、怯えか、はたまた両方か。
彼らは全員、ブルブル震えていた。
「ぶるぶる。」
本人達の矜持を尊重はしても我慢は出来なかったと見える玉が、口の中だけでオノマトペを呟いている。
『くにゃくにゃ』
いや、君までオノマトペを言い出してどうすんの?
★ ★ ★
「お見それしました。俺たちはこの辺りを治める者にございます。」
はあ。
さっきも言った通り、僕らは身を守れればいいだけなので、敵愾心を捨ててくれれば別に対立する気はない。
というか、状況把握の為にむしろ彼らとは積極的なコミュニケーションを取るつもりだった。
だって折角この時代に来たのに、誰もいなかったんだもん。
「某の名は平政秀、平姓は曾祖父さんが将門様より賜ったもので、以来この地を代々継いでおります。」
「ふうん。平政秀ねぇ。」
信長さんとこの傅役と一文字違いか。
平、秀ねぇ。
「ひょっとして通字は秀か?」
「は。平を名乗った行秀より、代々秀を諱としております。」
「!!」
玉の顔色が変わる。
けど、賢い玉は口を挟まない。
その代わり、僕の顔と政秀の顔を見比べている。
その眼にははっきりと意思があり、先に話を進める事を促している。
はいはい。わかってるよ。
「政秀とやら。平を名乗る武者が、何故こんな野盗の様な真似をする?お前の先祖、平行秀を私は知っている。武者の生まれでは無いが、将門を敬い、身分の低さから決して側に寄れなかったが、戦場での槍働は常に目を見張るものがある、勇者だと聞く。悲運にして将門公身罷れた後は、将門公の菩提を弔い、また将門公の無念を癒す社を創建されたと聞く。」
土下座しててもわかる。
政秀さんの顔がみるみる赤くなっていく。
この男は恥を知っている。
この男は現状と現実に強い不満を持っている。
この男はただの野伏では無い。
そして、この男は「平政秀」と言う名前に強烈な矜持と誇りを持っている。
『くにゃ』
…そう言う事か。
考えてみれば、僕は「場所だけ設定して、年代はいい加減に設定して」ここに来た。この時代に来た。
これは浅葱の力の特性上、あり得ない事だ。
僕は常に場所と時間をある程度決めてから時間旅行に出る。
そうで無ければ、時間の潮流に流されて迷子になる可能性がある事を、「知っていた」から。
なのに今回は、ただ治承4年。治承4年を繰り返すだけだった。
そもそも今は治承4年で正しいのか?
つまり、この場所、この時間に来たと言う事は。
呼んでもいない荼枳尼天の眷属、御狐様が顕現したと言う事は。
この場所・この時間に僕との強烈な縁(えにし)があり、そして荼枳尼天にも用があるって事か。
★ ★ ★
馬くん牛くん達には下がってもらい(浅葱の力でたっぷり牧草を出して)、うちのフクロウくん以外のフクロウくん達には、新鮮なハツカネズミをたっぷりお土産に山にお帰り願いました。
って言うか、うちのフクロウくんは時間も空間も超えて助けに来てくれたのか。
「ひぅ」
「ありがとうね。君は立派な荼枳尼天の眷属であり、玉のナイトだ。僕の手が届かない時は玉をお願いね。」
「ひぅ!」
おお、フクロウくんが空中でダンスを踊っている。
ご機嫌フクロウくんだ。
さて、もうひと働きだ。
本当ならば浅葱の力で色々引き寄せて準備しないといけないけど、今は御狐様が座すのでインチキな謎パワーを使いたい放題だ。
轟音と共に巨大な火柱があがる。
これなら濡れ鼠の彼らも乾くだろう。
13人の野伏は不安そうに火柱を見ていたけど、政秀は顔を上げて僕の顔をじっと見始めた。
ふむ。
男の僕から見ても惚れ惚れする、男の顔が火柱の照り返しを浴びている。
ならば。
「政秀。いや、平政秀殿。男を挙げる気はあるか。」
「は、行秀殿の名を出されて変えぬ変わらぬ男は我が家にはおりません。」
ふむ。
玉親娘が慕い、数代後の子孫が名前だけで姿勢を正す。
結構な男だった様だ。
だったらもう一つ。
「もう一つ問う。杢兵衛という名に覚えはあるか?」
「!!」
再び玉の顔色が変わる。
玉の記憶にすら薄れている玉の父の名は杢兵衛。
当初、玉は自分が早くに亡くした父の名前を知らなかった。
それ程までに、玉が父と過ごした日々は遠い過去になっていた。
今、玉が父の名を知っているのは、玉との生活の中で結ばれて行った縁によるもの。
そして、玉が毎日自分の家(のコピー)を掃除して、以前にはなかった仏壇に祀られる父の位牌に手を合わせているから。
仏壇に添える花は、玉が以前に本物の自分の家に行った時に摘んできた一輪草。
一輪草は、聖域に植え替えて今や白い絨毯みたいに増えている中から、毎朝丁寧に選び抜いている。
市川の庭にも、浅葱の畑にも玉の植えた一輪草は咲いているけど、玉は荼枳尼天の巫女として、荼枳尼天の加護がある聖域の一輪草だけを毎朝父に捧げている。
それは、既に顔すら忘却した父との絆を確認する、玉の大切なこだわり。
多分、母親のしずさんも、その玉の姿を見ている筈だ。
そして、政秀さんの返答は簡潔なものだった。
「知っております。某の屋敷で預かっている拾い子です。」
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