第118話 久しぶりに2人の時間

1月3日。

青木さんが実家に呼び出されたとかで、今日は朝から居ません。


いや、朝は水晶の世界で、いつも通りに日課をこなしていたんだよ。

で、ちびを撫でながらぶつぶつ言っていたので。

「孝行をしたい時分に親はなし」

「さりとても墓に布団は着せられず」

を地で行く僕と玉が、遠回しに帰宅を促しました。何故か僕と玉には素直な人なので、ぶつぶつ言いながら里帰りしていきました。ぶつぶつ。


でで、久しぶりに玉と2人だけの静かな午前です。朝のお勤めと、部屋の掃除と、洗濯と、庭の手入れを終わらせると。

「どうしよう殿。やる事が何も無くなりました。」

と、いつもの僕の足元の座椅子で蕩けてます。

玉さん、実はワーカーホリックの気があるらしい。

動物達を好きなだけ抱っこしていたせいで抱き癖がついてしまい、前にゲーセンで取った黄色い電気ネズミの巨大なぬいぐるみを抱きしめてます。


そういえば、うちの妹も言ってたなぁ。


………


「赤ちゃんを抱っこしないと、手持ち無沙汰になるの。兄さんも早く結婚してこの気分を味わいなさい。」

「なさいって言われてもなぁ。結婚相手もいないし。たぬきちやぽん子を抱っこしてればそれで満足だし。」

「手元にちょうどいいのが2人いるんだから、それで充分でしょ。」

「何故お前は僕と玉や青木さんをくっつげたがる?」


………


抱き癖ねぇ。

女の子ってのは、生まれながらにして「母」なのかねぇ。


★ ★ ★


「そろそろホームセンターが開くから買い物にでも行くか。ちびの給水器・給餌器を買っておいた方がいいし。」

雛や子供は何羽・何体がいるけど、親がいない子供だけは、ちびだけだからね。

「そういえば、モルちゃんの友達、お腹に赤ちゃんが出来ているみたいですよ。」

「おやまぁ。」

だったら、藁よりも脱脂綿を集めておくかな。ハムスターの巣材用の物を沢山買っておくか。


聖域に暮らすたぬきち達は、それぞれ個が確立しているから、ケージやウロをそれぞれ個人個体家族の絶対空間として準備出来た。

更には、荼枳尼天の眷属という性質もあるから、荼枳尼天の加護を十全に受けている。

だから、朝以外に用あって行くと、みんな野生なんか捨て去って寝呆けている。

寄生木にとまらず、ウロの中で寝っ転がってイビキをかいているフクロウなんか、世界中探してもうちしか居ないだろう。

聖域は、動物達がまるで警戒心を失くす、閉じた楽園なんだ。


けど、浅葱の方は適当に自分達で自分の空間を作らせたから、結構いい加減だったりする。

山から転げ落ちて来たコピーぽん子はともかく、他の仔は(市川動物園から)玉が呼んだ様なものだし、実際、彼らは僕よりも玉に懐いているフシもある。

僕は屋敷内外であれこれ忙しくうろちょろしている分、動物達に直接触れ合って可愛がっているのは玉だから。(僕がたまに動物塗れになる事はなかった事にして欲しい)


一応、ぽん子やうさぎ達からの相談を受けているのは僕だけど、彼ら彼女らの希望を叶える事はしてても、彼ら彼女らは自分で自分の希望を考え出さないといけない。

それは、知能に限界がある動物達には簡単な事では無い。だから、玉が自分の知識で動物達が住み易い空間を作っている。

僕みたいなインチキな能力全開ではなく、動物の性質・性格・生態を丁寧に調べて考えて、常に適切であろうと頑張っている。

玉という子はそんな子だから、ここの動物達も全力で玉を慕っているわけだ。


それだけ自由度が聖域より高くて広いんだから、子作りくらいするよなぁ。

ハクセキレイだって雛を育てているし、山鳥夫婦も繁殖する気満々だし。


★ ★ ★


久しぶりの助手席玉ちゃんです。

普段は青木さんと後部座席に居るからね。

何度か足を運んだ事のある店に行くと言ってあるので、地図を広げる事も無く、午◯の紅茶ストレートのペットボトルを両手で握ってます。


「まだ午前ですけど。」

「多分、発売以来日本中で何千回と言われただろうね。」

「玉は紅茶が大好きです。それだけでも、殿の家に来た甲斐がありました。」


そんな2人の戯言も、なんだか久しぶりの様な気がする。

なんだかんだで、青木さんが居る時の玉は、僕らだけの時の玉と、ほんのちょっとだけど立ち位置を変えていると思う。

本人はわかっているのだろうか?


いつもの印西市にある大きな黒いホームセンターに車を停めると、ペットコーナーに直行。

三ヶ日だと言うのに、割と車は多い。

ここに来ると、玉はリアカーみたいな大きな台車を押す事を楽しみにする。

大きさ・重さの割にタイヤが滑らかに回る感触が好きなんだとさ。

「クルクルですよ。」

でも、そんな買い物はないつもりだけどなぁ。無駄遣いをすると、後でお説教されるから。


「ふぅん。これで水を飲むんですねぇ。」

犬用、小動物用の給水器をいくつか選んでいると、給水器の金属球を転がして水を飲む仕掛けに関心している。


「殿。でもこれ、水が動かないから腐ったりしませんか?」

「実際は、容器を500ミリのペットボトルに変える事が多いよ。付属の容器だと中が汚れてきても洗えないからね。」

「なるほど。」

「毎日様子を見に行っているから、水が切れる事は大丈夫だと思うけど、普通は2~3日で飲み切るよ。だから腐る心配もいらない。」

「ちびちゃんはミルクですよね。ミルクは痛みませんか?」

「ふむ。そうなんだよね。どうしたもんかね。今は青木さんが休みだから、いつでもご飯をあげに行けるけど、多分明後日くらいから会社が始まるだろうし。」

「玉達が代わりにあげに行きますか?」

「しかないかねぇ。ただ…」

「ただ?」

「迂闊に僕らが行くと、青木さんより懐いちゃう可能性が高いんだよね。」

「あー。それは厄介かも。ヤキモチ妬かれそうです。」

「なぁ。」

「ねぇ。」


それだけ言うと、2人して顔を見合わせ

て吹き出した。青木さんがジタバタする未来が容易に想像出来たから。


犬は社会性の強い動物だから、自分のボスは青木さんだと、よく言い聞かておけば良いか。


なお、ちびに歯が生えてきていた事は、僕の踵を甘噛みしていた事により確認してあるので、そろそろ離乳食にして大丈夫だと店員さんに聞けた。

色々相談してみると、缶詰の半生タイプ(お高いぞ)のフードをお湯で溶いて粉ミルクをかければ良いとわかった。

なんだ、だったら一から育成キットを考え直しだ。お皿式の給水器で、水が回転する玩具みたいなのがあるんだよね。


あと、ペット用品コーナーにサラダ菜の苗と種子が売ってたので、脇目も振らず全部購入。

玉が不思議そうな顔してます。


「出来上がりの写真を見ると、れたすに見えますけど?」

「実際レタスだし食べられるけど、うさぎやモルモットの大好物でもあるんだよ。」

「なんですと!なんですと!殿!本当ですか!」

「本当です。」

レタスの一種だけど、レタスよりも水気が少なくクセやアクが無くて、柔らかいから草食動物達の大好物です。

繊維質も少なめだから、主食には出来ないんだけどね。

便秘するから。


サラダ菜は種子から苗を育てる、水耕栽培が適した葉物野菜です。

聖域も浅葱も水は豊富だからプランターで育てれば良いご飯になるし、僕らのおかずにもなります。


前から考えではいたんだけど、玉が本格的にモルモットを、名前まで付けて可愛がり出したから、そろそろ解禁してもいいかなぁって。

育てるならば草食動物のいない聖域の方がいいかな。

…たぬきちは雑食だけど、僕が育てている畑の物は手を付けないから。


そんなこんなで、今日もみんな(動物も人間も)のご飯を買い集める僕らでした。


あ、あと玩具売り場に◯ラレールの線路セットが売ってたので買い足しました。

玉の口がムズムズしてたけど、いつの間にやら浅葱屋敷の6畳間全体に広がった線路を、顔を畳につけて新幹線(0系)や総武線が走行する様を眺めるのが大好きな女の子な事はバレてるので。

無駄遣いを叱りたいけど、一番欲しがっているのも自分なのです。


★ ★ ★


鶏肉のアヒージョという、僕には何がなんだかわからない料理を玉がお昼に作ってくれました。


「あひいじょとは、にんにくとおりいぶおいるで煮込んだ料理だそうです。」

「だそうですって?」

「お肉売り場に売ってたので、作ってみたのです。」


うちのメニューは、僕が知っている料理をレシピ片手に浅葱の力で適当に出した食材で適当に作るものばかりなので、僕の貧困な食経験では直ぐに尽きます。

それを阻止するための能力の筈なんですけど、同居人が居れば同居の好みに左右されるし、最近固まりつつあったので、時々スーパーへ偵察に出たりするわけですな。


そしてこの様に、料理を覚えたての玉が挑戦してくれるわけだ。

彼女は食材も行程も、レシピ通り正確に作ってくれるので、余程の事が無ければ失敗しない。(余程の事が起こった時は、たぬきちのご飯が一品増える)

鶏肉のアヒージョは、ニンニクとオリーブ油に漬けた胸肉を刻みネギと炒めるだけというシンプルな料理だったので、少し塩を効かせたグリーンピースご飯を僕が作り、国籍不明の謎ランチを美味しく頂いたわけだ。


今日は快晴。

少し北風が冷たいものの、マフラーで充分に対処出来る天候の中、僕らは散歩に出た。

近所に住む大家さんに新年の挨拶をした後、台地を下り人気の無い公園に辿り着く。


この少し西の台地の際は、玉が閉じ込められていた祠があった座標。

北には1,000年前に玉の家があった場所。

普段の休日ならば子供達が居るだろう公園は、お正月故か、子供達は家に、或いは親の実家にいるのだろう。

誰もいない。あ、猫が昼寝してる。


「このあたりですか?」

「前に行った時の座標を思い浮かべると、ここから東は道を挟んで沼地だった。玉としずさんの記憶と縁。荼枳尼天の記録と要望。それを合わせるとここが一番相応しいと判断した。」

「時代的には、玉の家がある頃ですね」

「そう。玉の家は荼枳尼天の巫女でもある。荼枳尼天は指定はしなかったけど、玉なりしずさんなりが直接関わる可能性も否定出来ない。だから。」


現代では、玉は僕に直接触れない。

その代わり、僕以外のものには触る事が出来る。

玉は僕のコートの袖をギュッと握った。


「先ずは確認だ。荼枳尼天の狙いはなんなのか。現地はどうなっているのか。」


玉がお昼に作ってくれた「鶏肉のアヒージョ」は、とても美味しかった。

時間旅行の「トリガー」にするには充分だ。


僕らは、治承4年の昔に旅立って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る