第117話 誕生日と仔犬と

明けて翌2日。

正月と言えど、我が家は基本的に平常運転だ。

だって、作物は盆暮正月関係なく(勝手に)育つし、たぬきちやフクロウ君やテン親子や、ぽん子やうさぎやモルモット達は、僕らが来ないと寂しがるから。

(餌や水は、食べ放題飲み放題だからほっといても大丈夫だよ、たぬきち達は朝時間以外は寝てるし)


でもま、たしかに動植物達にお正月は関係ない。


神様が座す建物を二棟も抱えているから一応、注連飾りをそれぞれの建物に飾った。

近所の神社(葛飾八幡宮って立派な何処かあった)で、ちゃんとしたものを買い揃えたから。

あと、何故か荼枳尼天の社には門松まで置いてあった。

誰の仕業だ?僕らは作ってないぞ。

だって聖域には竹が生えて無いし。

門松の隣でお座りしてるたぬきちが可愛くて、思わず記念撮影しちゃったけど。


玉の家には立派な鏡餅が、お仏壇の横に置いてあったそうだ。

橙の代わりに、畑でいくらでも生っている蜜柑が乗っかっているらしい。

らしいというのは、僕が浅葱屋敷の仏壇と神棚の掃除で忙しくて、玉の面倒まで見ていられなかったから。

そっちはしずさんの仕業だろうなぁ。

一応、餅つき機でお餅はたっぷり作ってそこら辺に置いてあるし。我が家には盗み食いをする人外が多すぎるからね。


年末は実生活を過ごす自分の部屋の掃除で忙しかった。

僕1人じゃなくて、玉と云う同居人が出来たから荷物も増えたし、勝手に増えるよくわからない食材を整理したり、勝手に増えるよくわからない調理器具を掃除したり。

ついでに、パソコンやタブレットの余計なデータを削除したり、車を洗車機で洗いに行ったり。


年が明けた昨日は昨日で、元日だというのに、矢鱈目鱈忙しかったのは延べた通りだ。


で、大家さんは3が日は来れないどの事なので、ゆっくり煤払いをしようと思い立ったわけだ。


はたきを持ったパタパタ玉さんは、頭巾に割烹着姿であっちゃこっちゃ走り回っているし、ジーンズにTシャツ姿の青木さんは、畑にぽん子達を引き連れ、ジョウロで水をあげたり、収穫したり、枇杷の実をみんなでつまみ食いをしたりしている。

僕は神棚の榊を替えている訳だけど、実はこの間から新しい仲間が増えて、そいつが僕の邪魔をしているんだよ。

足元でうろちょろしてて危ないよ。


新しい仲間とは、シェットランドシープドッグの仔犬。いわゆるシェルティ。


昨日、仲間内だけで盛大に厳かに質素に土地神神社の魂入れをした時に、並んでいた動物達の中にいつのまにか混ざっていた。

そして、いつのまにか姿を消していた。


動物達に聞いてみたら(うちは聞き耳頭巾か)、知らないうちに居たけど、害意や悪意がないから放置していた、そうだ。

岩で隔離された聖域と違い、こちらは山からいくらでも動物が侵入出来るので、ゲストの存在は珍しくないらしい。

その中で、ここが気に入った動物達が勝手に住み着くわけだ。

山鳥や鶉やうさぎ達はそうして仲間に加わった。


しかし、犬ねぇ。仔犬ねぇ。わんこねぇ。


しかも、僕しかその存在に気がついていないから、うちの女性陣にバレたら大変だそう。よし、御神酒徳利も、これでヨシ。


『何が?』

何がじゃない。君は呑気だな。

ただでさえ、犬科の狸を毎日猫可愛がり(変な日本語)してるとこに、仔犬だぞ。

玉はともかく、青木さんは“名犬ラッシー“を知っててもおかしくない。一応、最近までリメイクされ続けているから。

触られまくられても知らないよ。


『あれはコリーでしょ。僕、シェルティだよ』

何故君がそんな事知ってる?

あと、女の子がそんな事気にする訳ないでしょ。姿形がおんなじなんだから。

シェルティはコリーの小型種で、その仔犬だから、小さなラッシーだ。

『ふうん』

ところで、君はどこからなんで来たの?

『わからない。目が開いたら何処か寒いとこにいたの。寒くてお腹すいて、動けなくなってたら白いメェメェ鳴くヒトがお乳くれたの。このまま真っ直ぐ歩けばキクチサンって人が助けてくれるよって言われたから来たの』


…お乳をくれた白いヒトと言うのは、なんだ?

メェメェ鳴くならヤギか羊か。

で、なんで白いメェメェが僕の名前を知ったるの?


★ ★ ★


と言う話をしたら、「可哀想」が大嫌いな青木さんがヒシっとシェルティを抱きしめましたよ。

玉が絞め落とされかけた事を思い出すなぁ。

仔犬がジタバタしている姿を見ながら、玉がミルクを温めて始めてる。

妹が犬を飼っててよかった。

犬用ミルクを浅葱の力で出せたから。


「竈の使い方なら任せて下さい。殿の部屋の''がす台''よりも得意です。」

そういえばそうだな。

茶店やここでお茶を沸かす時に、結構苦労したけど、玉だったら普通に使い慣れてたわけだ。


どこで知ったか、人肌くらいの温度を自分の指で測ってミルクを哺乳瓶に詰めた。

この哺乳類は人間用。

妹の子供ちゃんにおっかなびっくりオッパイを上げた(上げさせられた)経験があるので助かった。


………


「というか、うちの子が、実の両親より兄さんに懐いているのは何故よ。ずっと兄さんの顔見て笑ってるじゃないの。兄さんから離れないじゃないの。」

「知らんがな。」


………


そんな事を思い出していると、辿々しい手付きで青木さんが仔犬にミルクをあげている。

素直に哺乳類に吸い付く姿を見て歓声を上げる2人を見ながら、さて、この仔どうしようか。

野生動物じゃないから、人がきちんと面倒を見ないといけないし、まだまだ手のかかる仔犬だ。

水やミルクを皿から飲めるかなぁ。

出来れば現実世界で飼いたいけど、賃貸アパートだし、うむむ。


★ ★ ★


「ね、菊地さん。この仔どうするの?」

「単純に迷い犬っぽいんだよね。何処を迷っていたのかは知らないけれど、うさぎや鶉と同じ、この世界の仔なことだけは確かだ。」

「飼うの?」

「みんなと同じだよ。犬だからペットと思いがちだけど、お腹が空いてこの家に来たことには間違いない。だから、本人がここに住みたいならば歓迎するし、犬だからといって特別扱いする必要はない。」

でなければ、ぽん子達に示しがつかない。


「あのさ。いつか私がペット可の物件に越せた時、この仔飼いたいなぁって。」

「簡単に言うね。」

まぁ、たぬきちの時も玉が飼いたいって駄々捏ねたし。

狸に比べれば、仔犬は普通だわなぁ。


「で、君の意思は?」


シェルティに尋ねる。

『わからない。だって僕はどうしたらいいのかわからないもん。僕は居ていいの?』


「居ていいのか?って聞いてるぞ。」

「当たり前です!」

「ぽん子ちゃんと喧嘩しないかなぁ」

「ちょっと聞いてくるか。」

ぽん子は家に上がって来ないからなぁ。

わざわざ庭まで行って聞いて来ないと。


「たぬきの意思を確認に行く人ってなんなのかしら。」

「最近、玉もみんなの考えがわかるようになってきましたよ。」

「貴方達はもう、もう。」


「(僕じゃなくて青木さんが世話するんだったら)お好きにどうぞってさ。大人しそうな仔だしって。」

ぽん子は土間にお座りをして、中の様子を伺っていたようだ。

僕が行ったら、ぽんっと胸に飛び付いて来た。

ぽん子の中では、僕>>>青木さんらしい。

勿論、そんな事言えないから、言葉を濁すけど。


あと、青木さんは今日が誕生日だそうだから、誕生日プレゼントという事で。

…1月2日が誕生日って、産まれる時、ご両親大変だったろうな。

「トツキトウカを計算しないで仕込む方が悪い!」

酷い事を言う娘さんがここに居るぞぉ。

「大丈夫。私は間違えないから。」

そんな事を僕に宣言されても困るんですけど。



「と言う事で、今日からお前の主人は青木さんだ。」

『宜しく、お姉さん』

挨拶がわりにペロリと青木さんの口を舐める。

「どうしよう。なんか嬉しくてどうしよう。」

あぁこら。涙ぐまない。


まず名前をつけなさい。

って、名前付けてない仔、沢山いるなぁ。考えてみれば、たぬきにしか名前付けてないや。


「玉にはモルちゃん。殿にはぽん子ちゃん。佳奈さんにはワンコ。ここもますます賑やかになりますね。」

「ますます訳がわからん空間になって行くけどね。」

聖域は最近落ち着いて来たけど、オープンワールドも過ぎるこっちはどうなるんだろう。土地神もわちゃわちゃし出しているしねえ。



何はともあれ。

なんの工夫も無く「ちび」と名付けられたシェルティと、「モルちゃん」となし崩しに名付けられたモルモットを抱いた2人を連れて。

あと、鼻をふんふん鳴らしながら着いてくるぽん子も連れて。

庭の芝生で、簡単なお誕生会を開催しました。


大多喜でキャンプをした時のテーブルセットで、それぞれがそれぞれの膝に座って、ショートケーキやら焼き菓子を並べました。

うさぎや鶉など、他の仔達は周りに集い座り。

便利な浅葱の力で出したご飯でお食事会となりました。

いや、ほとんどが草食動物だから、少しお高いチモシーとかをご馳走しただけだけど。


部屋に戻ればもっときちんとしたものが出来るのだけど。青木さんはちびと一緒に居たいと言うことで、しばらくはこのまんま。

どうせ、外の時間は経過しないし。

ついでに首輪をプレゼントしたら、ぽん子も欲しがったので、ちびとぽん子にお揃いの赤い首輪をつけました。


僕の膝の上で首輪を付けてドヤ顔しているぽん子が、なんか可愛いからなんでも良いか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る