第2話 僕のひみつ(秘密って漢字で書くと、なんかやらしいなぁ)
母親が死んだ時、いや、いよいよお別れの、その時が迫った時。
母は、父と妹を病室から追い出して、僕だけを呼んだ。あれ?病室だったかな。もう最後の帰宅をしていた気もするなぁ。
その時、僕は小学5年生だった。
まだ未就学児だった妹とは違い、僕にはもう、わかっていた。優しくて大好きなお母さんが、もうすぐ死んじゃうと言う事が。
場所の記憶があやふやなのは、それだけ時間が経過したという事。
そして、母が入院していた病院も、家族で暮らしていた家も、既にこの世にないという事。
病院は数年前に少し離れた場所に建て替えられた。
実家は、当初妹が、若くして両親を失った代わりに、思い出を沢山残してくれたこの家の建て替えを嫌がってはいたけれど、
「自身の妊娠を機に、思い出も考えかたも、全てを切り替えてみた。」
と、電話で笑いながら話してくれた。
妹は、実家の取り壊しの許可を僕に求めて来たのだ。
既に持分を放棄・贈与していた僕に、そんな断りなんか要らないだろう、と笑いながら、僕には甥か姪になる新しい命を祝福したんだ。
それはそれで、横に置いておいてと。
その日。母が僕にこっそり言った事。
「貴方はいずれ、時間を旅するようになります。」
は?
いくら僕が5年生といっても、お母さんの言っている事が滅茶苦茶な事はわかった。
テレビアニメの再放送などで見た、
カブトムシ型の乗り物に乗ってダイナモンドを探す旅をするお話とか、
机の引き出しにタイムマシンがあるお話とか、
お姉さんとモグタンが呪文を唱えて日本の歴史を見に行くお話とか、
色々なお話があったけど、まさかそれをお母さんは間に受けているんだろうか。
お父さんが、「お母さんは時々、記憶が混濁する」って言ってて、混濁の意味はわからなかったけど、深刻なんだって事は理解出来ていた。
だから、それだ。と思った。
「うふふ。今はわからないだろうし、信じられないだろうけど、いつかわかるわよ。私もそうだったから。お父さんには内緒ね。私は多分、このまま死んじゃうけど、昔ね。まだ私が元気で貴方が幼稚園に通っていた頃、貴方が来てくれた事があったの。貴方の大切なお嫁さんを連れてね。…私の。私の母方の血筋には時々、そういう人が現れるの。私の死んだお婆ちゃん。貴方からすると、ひいお婆ちゃんにも出来たんだって。だから、心の片隅で良いから覚えておいて。貴方はいつか、私に逢いに来てくれる。それは、私の想像でも、死にかけの私が壊れちゃったからでも無いの。私達は“知っているのよ“。私と貴方は、いつかまた逢えるの。」
はあ。
「貴方はその力をどんな風に使うか知らないけど、私の願いは一つだけ。」
「幸せになってね。」
数日後、母は本当に意識が混濁して、静かにこの世を去って行った。
母がまだまだ恋しい時分なのに。
悲しくて号泣したい筈なのに。
僕は泣けなかった。
泣けない、泣かない僕を心配してくれた人は、お父さんを始め、沢山居てくれた。
僕が究極のところで泣けなかったのは、死ぬ前に聞いたお母さんとの約束があったから。
また、いつか、必ず逢えるとわかっていたから。
当然、こんな事を誰かに言えるわけもなく、でも何故か母は嘘をついていないという確証があった。
時間旅行の能力に目覚めたのは、僕が19歳の時。
よりによって、当時お付き合いをしていた同い年の彼女によって、童貞を失った(奪われた?)時の事だった。
何よそれ。
気がついた時、色気のないボクサーパンツ一丁で僕が立っていた場所は、夜の荻窪駅だった。
見覚えこそ無いけれど、あちこちにそう書いてあるから、荻窪駅なんだろう。夜といっても、灯りも人影も全く無い真夜中だった。
駅の外には、古臭い瓦屋根と下見板張りが並ぶ住宅街の「残骸」が広がっている。僕は知っている。
歴史物の本で、似たような写真を見た事がある。
やがて、サイレンが街中に響き始める。僕は空を見た。そこに何があるのか、僕は最初から知っていた。
数機のB-29爆撃機。空襲。
照明弾が落とされ、夜空が明るくなる。何処からかバリバリという音が響いてくる。知っている。あれは迎撃用の高射砲が放つ発射音だ。
やがて、南の空が火災で赤く染まる。荻窪の南という事からすると世田谷あたりになるのかな?
あれ?空襲って、夜でも来るんだっけ?などと呑気な事を考え、パンツ一丁は見られたら面倒だなぁとか思い、帰ろうと思った。
それだけで、そう思っただけで元の時間に、元のラブホの一室に戻れた。シャワー室からは、彼女がシャワーを浴びる音が聞こえてくる。
「ご馳走様。とっても気持ち良かったよ。また、しようね。沢山しようね。」
そう言って、彼女がベッドから離れた記憶はほんの数分前。
初めてのSEXが彼女に主導権を取られっぱなしだったなぁとか。ゴム結ぶのなんか手慣れてたなぁとか。
感慨とか、後悔とか、満足とか。
いろんな感情がごちゃ混ぜになったまま、パンツを履いてたら、そうなっちゃった訳だ。
このまま、誰かとこうなるたんびに、こうなるんだろうか。それはちょっと困るなぁ。
などと思いつつ、僕の二つの初体験が済んだ。
それから、僕は色々試した。
まさか、エッチな事がトリガーになっている訳でもあるまい。だとしたら、母方の一族は変態だ。ひいお婆ちゃんとか、当然女性だぞ。
僕はたまたまパンツを履いてたけど、SEXがトリガーだったら、いつも大抵全裸だぞ。
研究の結果、わかった事は、僕が精神的に満たされた時に、僕がそう願うと出来る、という事だった。
あの時は、そりゃ男として残念な部分があったにせよ、初体験に興奮して、満足していたのも事実だ。
何故、あの時代に飛んだのか。それは多分、昼間のデートで、彼女と当時話題だった、戦時下の一般女性を描いたアニメ映画を観たからだろう。
そうして、いくつかの仮定を元に、僕は実験を何回か行った。
トリガー:満足
要は欲を満たせば良い。ただし、「うっかり」飛ばない様なストッパーがいる。だとしたら、性欲と睡眠欲は駄目。迂闊に一人エッチや、清々しい目覚めをしたら、白亜紀に居ましたとかじゃ命が幾つあっても足りない。
ならば食欲しかあるまい。
僕は改めて自身の好みを調べてみる。実際に、筆記具で好きな物を書き出して、数日に渡ってブレインストームを繰り返した。
その結果、…鶏皮とか、揚げたてコロッケとか、とうもろこしの塩茹でとか、安い物しかなかった自分にちょっとげんなりした。
行き先:意志次第
これは、文字通り、僕の行きたい時代を選べる事がわかった。
ただし、場所と時間・時代選びは厳選する必要がある。こないだみたいにパンツ一丁で空襲下に現れたら、軍に射殺されてもおかしく無いしね。予め、時間や格好を吟味の上、何度か近い時間で実験を繰り返したところ、少しずつ精度が向上して来る事も確認出来た。
こうして僕は、時間旅行の能力を、完全に我がものとする事に成功した。
…したのは良いけど、別にコレ何の役にも立たない事もわかってきた。
だって歴史を変える、とかさ。
いざ出来るとなっても、しようとは思わんよ普通。
それに、訳の分からない僕が居たところで、何かしたところで。
どうせ織田信長は本能寺に泊まるし
どうせ坂本龍馬は近江屋に泊まるし
どうせ南雲忠一は魚雷を爆雷に変えるよ
多分。
てなわけで。
僕は単なる時間旅行者に徹する事になる。
ある時は、対馬から日本海海戦を見物し、
ある時は、吉原で花魁道中を見物し(江戸時代の男よりは背が高いって理由だけで惚れられて、一晩お相手させられたり)、
ある時は、奈良の既に失われた建造物を見学したり(飛鳥寺ってデカかったんだな)
遊んでいた訳ですよ。そりゃ、彼女作っても長持ちするわきゃありませんがな。
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