箱。~ 突然、現れた天使 ~

崔 梨遙(再)

1話完結:1000字。

 20代の終わり。僕は一時期、営業から離れて工場で物流の仕事をしていた。フォークリフトで大型トラックにパレットを乗せる、倉庫を管理する、といった具合だ。工場と言っても、業種・職種によって全然違う。最初の製薬会社の工場は女性が多かったが、化学メーカーだったその工場に、女性はほとんどいなかった。だから、社内恋愛や社内結婚が期待できる環境ではなかった。


 だが、僕はそれで良かった。僕は仕事モードになると女性を求めなくなるので、女性との接点は紹介や合コンだけで良かった。ただただ、真面目に仕事をしていた。どんな仕事でも、楽しみは見つけられる。僕は、自分の仕事を結構気に入っていた。


 トラックの運転手の中には、時々女性もいた。中には美人もいたが、荷物を積み込むだけなので、ろくに会話をすることも無い。


 ところが、或る日、大型トラックから女性の運転手が慌てて降りて来た。


“なんだろう?”


と思ったら、


「すみません、ヘルメットを忘れちゃったんですけど」


 ルール上、ヘルメットを被らないと仕事をしてはいけないことになっていた。管理室や事務所なら来客用のヘルメットがあるのだが、倉庫に予備のヘルメットは無かった。


「管理室からヘルメットとって来ますわ、20分か30分くらい待ってもらえますか?」

「すみません、今日は急いでるんです。このまま仕事しちゃダメですか?」


 僕は迷った。厳しい大先輩と組んでいた。大先輩に見つかったら、きっと彼女は激しく怒られるだろう。だが、その時、大先輩は休憩中で僕しかいなかった。


「わかりました。僕以外に見つからないようにしてください」

「ありがとうございます」


 だが、途中で大先輩がやって来るのが見えた。


「あ、先輩が来ました。ちょっと倉庫に隠れてください」

「はい!」


「崔、トラックの運転手はどこへ行ったんや?」

「あ、ちょっと、トイレに行ってます」

「そうか、俺、管理室に行ってくるわ」

「はい、いってらっしゃい」


 大先輩が見えなくなって、僕は振り返って倉庫の中に声をかけた。


「もう大丈夫ですよ」


人影が無い。


「出て来てください」

「はい!」


 女性ドライバーが、大きな段ボール箱から顔だけ出した。いやいや、そこまでして隠れなくても良かったのに。物陰に隠れるくらいで良かったのだ。僕は、箱から顔を出している女性ドライバーの顔を初めてまともに見た。よく見ると、かなりの美人だった。僕は、言った。



「今度、一緒に食事しませんか?」

「え?」







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箱。~ 突然、現れた天使 ~ 崔 梨遙(再) @sairiyousai

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