箱。~ 突然、現れた天使 ~
崔 梨遙(再)
1話完結:1200字。
20代の終わり。僕は一時期、営業から離れて工場で整備と物流の仕事をしていた。物流の仕事の方は、フォークリフトで大型トラックにパレットを乗せる、出来上がった製品のパレットを運ぶ、倉庫を管理する、といった具合だ。工場と言っても、業種・職種によって全然違う。最初の製薬会社の工場は女性が多かったが、化学メーカーだったその工場に、女性はほとんどいなかった。だから、社内恋愛や社内結婚が期待できる環境ではなかった。ひたすらフォークリフトで工場中を走る。最初、僕のフォークリフトの運転はめちゃくちゃ下手だった。だが、一生懸命練習したら一人前のスピードを出せるようになった。
女っ気は無かったが、僕はそれで良かった。僕は仕事モードになると女性を求めなくなるので、女性との接点は紹介や合コンだけで良かった。いざとなれば、ナンパやテレクラという手段もあった。ただただ、真面目に仕事をしていた。どんな仕事でも、楽しみは見つけられる。僕は、自分の仕事を結構気に入っていた。
トラックの運転手の中には、時々女性もいた。中には美人もいたが、荷物を積み込むだけなので、ろくに会話をすることも無い。
ところが、或る日、大型トラックから女性の運転手が慌てて降りて来た。
“なんだろう?”
と思ったら、
「すみません、ヘルメットを忘れちゃったんですけど」
ルール上、ヘルメットを被らないと仕事をしてはいけないことになっていた。管理室や事務所なら来客用のヘルメットがあるのだが、倉庫に予備のヘルメットは無かった。勿論、僕はルールを守ろうとした。
「管理室からヘルメットをとって来ますわ、20分か30分くらい待ってもらえますか? ヘルメットが無いとマズいんで」
「すみません、今日は急いでるんです。このまま仕事しちゃダメですか?」
僕は迷った。厳しい大先輩と組んでいた。大先輩に見つかったら、きっと彼女は激しく怒られるだろう。だが、その時、大先輩は休憩中で僕しかいなかった。
「わかりました。僕以外に見つからないようにしてください」
「ありがとうございます」
だが、途中で大先輩がやって来るのが見えた。
「あ、先輩が来ました。ちょっと倉庫に隠れてください」
「はい!」
「崔、トラックの運転手はどこへ行ったんや?」
「あ、ちょっと、トイレに行ってます」
「そうか、俺、管理室に行ってくるわ」
「はい、いってらっしゃい」
大先輩が見えなくなって、僕は振り返って倉庫の中に声をかけた。
「もう大丈夫ですよ」
人影が無い。
「出て来てください」
「はい!」
女性ドライバーが、大きな段ボール箱から顔だけ出した。いやいや、そこまでして隠れなくても良かったのに。物陰に隠れるくらいで良かったのだ。僕は、箱から顔を出している女性ドライバーの顔を初めてまともに見た。よく見ると、かなりの美人だった。僕は、言った。
「今度、一緒に食事しませんか?」
「え?」
箱。~ 突然、現れた天使 ~ 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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