第11話

夏休みも、もう終わり少し前から新学期が始まっていた。夏休み明けだと、どうしても学校がめんどくさく感じてしまう。けれど、やっと休みがやってきた。


私は隣に置いてある小さい箱に目を向けた。蒼空のために買ったピアス。いつも貰ってばかりだったから私もなにかあげたいと思って選んだものだった。


 本当に買うのにどれだけ時間がかかったか。でも蒼空のことを考えながら選ぶのは楽しかった。どんな顔をするかな、喜んでくれるかな、それを考えるだけで。


 今日は蒼空と近くのショッピングモールに行くことになっている。緊張して、早く着いてしまった私は公園で蒼空を待っていた。待ち合わせなんてもう何度もしてるのに、慣れないなぁ。そう思っていると蒼空が見え、私は蒼空の方に歩いて行く。


「悪い、待たせた」


「ううん、じゃあ行こっか」


 私がそう言うと何か悩んでいた蒼空は「そうだな」と少し作り笑いでそう言った。


 それから私たちはショッピングモールに行って、買い物にゲームセンターに新しくできたカフェにも行った。


 よく思えば近場でこうやって普通にデートすることなんてなかったな。私は常にプレゼントを渡そうかとタイミングを探っていた。


 そして、私たちは公園に帰ってきた。


「あそこのカフェ行ってみたかったから、今日行けて、よかったなぁ」


 満足気にそう言いながら公園に入ると、帰りずっと黙っていた蒼空も私のあとに継いて入る。私は遊具のある中心付近で蒼空と向きあった。


「あのね、蒼空」


 もういましかないと鞄からあの箱を取り出そうと手を入れる。


「美月」


 私が口を開くより早く響いた蒼空の声に私は動きを止めた。


「どうしたの?」


「...俺たち別れよう」


 蒼空の言葉に頭が追いつかなかった。「別れよう」たった四文字の言葉の意味が理解できなかった。


「えっ、ごめん。蒼空、聞こえなかったよ」


 私はひきつっているであろう顔で蒼空に嘘をついた。


「別れよう」


 少しの間を置いて蒼空はさっきと、なんら変わっていない言葉をはっきりと放った。


 今度はしっかりと聞こえてしまった。聞き間違いという唯一の希望が消えてしまった。


「私なにかしちゃった?ごめん、私気づけなくて」


 そう言うが蒼空は黙ったままだった。手が震えて仕方がない。どうしたらいいのかわからなくて、蒼空と別れたくなくて必死だった。


 でも私がなにを言っても蒼空は私の言ってほしい言葉は一つも言ってはくれなかった。


「悪い」


「謝らないでよ。なんでか聞けなきゃわかんないよ」


 謝って欲しいんじゃない。私が欲しい言葉はそんなんじゃないんだよ。


 私は蒼空の両腕を掴んで、返事を聞こうと蒼空の目を見つめた。


 すると少しして、黙っていた蒼空はため息混じりに息を吐くと同時に表情を変えた。その見覚えのある顔に私は目を見開いた。


「じゃあ、言うけど俺、最初からお前のこと好きじゃなかったんだよ」


 蒼空の冷たい瞳に見下ろされた。この感じ、梨沙のときと同じだ。でもこの温度のない眼差しを向けられているのが私だと思うと胸が締め付けられた。蒼空の瞳からは冗談なんて、言葉は出てこなかった。


「そんなの信じられないよ!」


 もし本当なら今日まで一緒にいなくてよかったはず。私はそう自分に言い聞かせるように強く口にした。


「お前があまりにもマジになって、おもろしかったから。俺がお前なんかを本気で好きになると思ったのか」


「......」


 お前なんか、か。そうだった。蒼空が私を好きになってくれるなんてもともとおかしな話だった。でも、どうしても私の頭はそれを受け入れようとしなかった。


「だったら、もっと早く別れてよ!私が本気になる前に!」


 もっと、もっと早くこう言われていたらまだ諦めがついたかもしれないのに。どうして今なの。


「ねぇ、蒼空。全部嘘......でしょ」


 それでも最後に縋るような思いで蒼空を見つめた。嘘だったと言ってくれたら許すから、そう思いながら力をぎゅっと込めた。


「嘘だと思うか?」


「ははっ、私バカみたい」


 独り言のように呟いた私は手から力が抜け、握っていた蒼空の腕をを離した。蒼空の感情のこもっていない声が直接心臓に突き刺さるのを感じた。


「私、蒼空に喜んで欲しくてすごく悩んで選んだんだよ。でもこれも意味なかったんだね」


 私はそういいながら鞄に入っている梱包してもらった箱を取り出し、勢いよく蒼空の前に投げつけた。地面にぶつかり箱から飛び出たピアスは私たちの少し離れた場所に飛んでいってしまった。


 物に八つ当たりするなんてダメなことはわかっている。でもこの気持ちを今どこにぶつければいいのかがわからなかった。


 あぁ、と他人事のように自分を眺めている自分が心の中でいる。


 じゃあ、今までの私たちの時間はなんだったんだろうか。


「パシッ」


 私はそれっきり黙ってましまった蒼空に近づくと手のひらで力いっぱいに頬を叩いた。


 まさかこんなドラマみたいなシーンを自分が演じることになるとは思わなかった。


「私は本当に好きだったのに」


 そう蒼空に聞こえるか聞こえないかの声量で呟いた私は蒼空の顔も見ずに走り出した。


 好きだった。いや、違う私あんなこと言われてもまだ蒼空が好きだ。でも、ああでも強がっておかないと私はずっと蒼空に縋ってしまうから。最後までそんな惨めな姿は見せたくなかった。


 この先もずっと一緒にいられるなんてあたりまえのように思っていた。なのに、こんなにも呆気なく終わるんだ。目元からは我慢していた熱いものが流れてきた。頭の中はぐちゃぐちゃで、自分でも感情の整理ができない。


 私は息が苦しくてなにも考えられなくなるまで走り続けた。


 空からは私の気持ちを映し出したかのように雨が降り出し、自分が泣いてるんだかすらわからなくなっていた。


 蒼空が今まで言ってくれた言葉も全部、嘘だったっの。あのとき笑っていたのも全部作り笑い?


 雨で足元がぐしゃっと滑り、私は地面に転がった。そこでやっと息ができ、しばらくの間私は寝転がっていた。


 あー、痛い。少しして、私は体を起こし膝から流れている血を見つめた。私、生きてるんだよね。


 そんなあたりまえのことを思った。でも、昔の私にとってそれはあたりまえのことではなかったことだ。


 蒼空は私にたくさんのものを与えてくれた。友達も居場所も思い出も帰る場所も全部。こんなけのものがあっても蒼空がいないそれだけですべてを失ったような気になった。


 どうしたらいいのかわからなくて雨が地面に打ち付けられる音だけが響き、虚しく真っ暗な空を見つめた。


「あっ」


 風に飛ばされている黄色い花びらに手を伸ばすと花びらは私の手のひらで止まった。あたりを見渡すと、ある家の庭にひまわりが咲いていた。


 あなただけを見つめる。ひまわりの花言葉を教えてくれたのは蒼空だった。


「嘘つき」


 私はそうひとり呟いた。手の中の花びらを見つめているとひまわり畑で迷子になっていたななちゃんの姿が頭に浮かんだ。


 ずっとなかよくねってななちゃんに言われたんだっけ。あのときはずっとなんて疑いもしなかったのに......。


 本当にこれで終わりなの?そう自分に尋ねる。蒼空はあんなこと言う人じゃない。蒼空は優しい。それを誰よりも私が知っていた。今までの思い出が蒼空が言ってくれた言葉がすべて嘘だったなんて私には思えない。今まで一番傍で見てきたから知っている。


 きっとなにか理由があったはずだ。もう一度、蒼空としっかり話さないと。頭がそう冷静になり始めた。明日になったらちゃんと蒼空と話し合おうそう思いながら私は濡れた体を立ち上がらせた。



俺は美月に叩かたジンジンとする頬を右手で抑えた。あいつに殴られたの初めてだな。


俺はさっきまでの美月の傷ついた顔を忘れられずにしばらくの間立ち尽くしていた。


視界の端に転がる箱に目を向けると、ゆっくりと歩いた。しゃがもうとすると前に体重がかかり踏ん張れずに膝をついた。あー、ほんとになんでだよ。思った通りにならない体にイラつきを覚える。


そう思いながら俺は手で地面に触れて美月が投げなたなにかを探した。


「あった」


俺は見つけたそれ指でつまんで持ち上げた。箱の中身はピアスだった。俺は手に持っていたピアズ握りしめた。あいつこれに、どんだけ悩んだんかな。美月が俺のために選んでくれたそれだけですごく嬉しくなった。


「これでよかったんだよな」


俺はぱらぱらと降り始めた雨を見上げてひとり呟いた。



あれから美月とは一度も会っていない。俺は一通のメッセージをじっと見つめていた。


「蒼空もう一度話がしたい」


このメッセージや電話を無視し続け、ついに夏休みが終わってしまった。今日から始業式で美月とも会うことになる。俺は大きなため息を吐いた。


「蒼空おはよー」


「おぉ、久しぶり」


クラスに入りみんなと挨拶をかわす。俺はあたりを見渡した。あっ、美月ちゃんと来てる。そう思って遠くから見ていると視線があい俺は急いで逸らした。


「蒼空ちょっと」


うしろから声をかけてきた樹に振り返ると、樹はなんだか険しい顔をしていた。


「なんだよ」


「美月ちゃんと別れたのか」


「あー、そうだよ。それがなんだ?」


俺がそういうと樹は心配の眼差しで俺を見つめた。


「お前はそれでいいのかよ。美月ちゃんならしっかり話せばわかってくれるだろ」


樹の言葉に俺はイラッときた。俺だって何回も考えた。でもこれで終わりにするべきなんだ。


「もうこれ以上は美月を巻き込まねぇよ」


あの日、嫌われるように冷たくあしらったのに、あいつまさか俺の心配なんてしてないだろうな。


「わかった。なんかあったら俺には話せよな」


樹はそう言って軽く俺の胸元に拳を当てた。そして、俺たちは教室に戻ってきた。


「おいおいお前なぁ」


教室に入るなり、みんなが俺を囲んでにやにやし始めた。


「なんだよお前ら。きもいぞ」


「ほらほら、お前を待ってる子がいるぞ」


「彼女がいながら罪な男だねぇ」


「......俺、今ふりーだから」


俺がそう呟くと、一瞬の間を開けてみんなして俺の背中を叩いてきた。


「お前もこの夏いろいろあったんだな!実は俺もさ」


「それはあとで聞いてやるよ。でなんだったんだ?」


俺はこの話は長くなると悟って、一瞬で話を切り替えた。


「あぁ、そうだった」


そう言って指を指した方に視線を移すとそこにはドアの前で縮こまっている子がドアから様子を伺っていた。


俺はその子の方にゆっくり歩いていく。


「蒼空先輩、少しお話いいですか!」


照れてたわりに勢いよく言い放ったその子は俺を見つめた。


「あー、今はちょっとごめんね」


「おいおい、なに言ってんだよ。別に暇だろ」


断ろうとするとクラスの奴ら「行ってこい!」とそう言って俺の背中を押して、教室から追い出した。


あいつら本当に余計なことばっかしやがって。それで仕方なく俺は場所を移した。


この子はきっと後輩だろ。俺の学年では見たことのない顔にそう思った。


「それで話って」


なんとなく先輩らしく振舞おうと優しくそう言った。まぁ、正直なんの話かはなんとなくわかってるけど。


「私の名前、加藤結衣っていいます!」


いきなりの自己紹介に俺はぽかんとした。そんな俺をよそに加藤さんは話を続けた。


「私、男子にからかわれてるのを蒼空先輩が止めてくれてすごい嬉しかったんです。蒼空先輩はもう覚えてないと思うけど」


そう言われた通り、俺はまったく思い出せなかった。すると、お加藤さんはばっと顔を上げた。


「蒼空先輩のことが好きです!付き合ってください」


加藤さんはそう勢いよく言うと頭を下げた。告白されて俺が言うセリフはいつも一緒だった。


「ありがとう。でもごめん。俺ほかに好きな人がいて」


十六年間ずっとこう言ってきた。だから美月が俺にとって初めて付き合った人だった。それにただ断るよりもほかにいるというとみんな諦めてくれた。


「私こんなに好きになった人いないんです。お願いします。一度だけチャンスをください」


俺は少し困った。チャンスって言っても...。でも微かに手が震えているのがわかった。可哀想だと思った。


俺がこの子と付き合ったら美月はもう俺のことを嫌いになるだろうか。


「わかった。じゃあ、付き合おっか」


俺は気づいたらそう言っていた。その言葉に加藤さんは目を輝かせて、喜んだ。


「えっ!ほんとですか」


「うん。でも俺まだ加藤さんのこと知らないし、まだ好きじゃないけどそれでもいい?」


「はい!これから知ってもらえればいいので」


喜びながらなにかごにょごにょと言っている加藤さんに俺は耳を傾ける。


「あの...加藤じゃなくて結衣って呼んでください」


「わかった。結衣これからよろしく」


「よろしくお願いします!」

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