第9話

 なにかに包まれているように暖かい。私は安心しきっている体を少し動かした。


「美月」


「んー」


「おい、美月」


「起きろ」という声に、寝ぼけながら重い瞼を開いく。うぅ、まだ眠い。意識は戻り始めたが、なかなか体が起きようとしない。


「はぁー」


 私は大きな口であくびをする。うっすら開いた隙間からは見慣れない景色があった。あれ、ここどこだろう。


「ここ家じゃない」


「お前、寝ぼけてんな。次で降りるんだぞ」


 そう言いながら蒼空が近くのボタンを押した。私は蒼空に寄りかかっていた体を起こした。少しするとだんだん意識がはっきりしてきた。


「あっ、ごめん。私、寝ちゃってた」


 私はバスの中で揺られながら窓の外を見た。すごい、田舎だ。窓から流れていく景色はどこを見ても田んぼに山、他はところどころに家がたっているぐらいだった。


 今日、私たちは朝から電車に乗って、バスに乗り換えていた。昨日、初めてお給料を貰った。週四で行っていたので結構な金額が溜まっていた。


 田んぼだった景色は気づけば、山に囲まれ、川沿いの道をひたすら登っていく。山道にバスが揺れる。


「ほら、降りるぞ」


「うん」


「ありがとうございました」と開いたドアからバスを降りると新鮮な空気を肺に取り込んだ。ずっと座っていた体を伸ばし、空を見上げる。


「いい天気ー」


「このへんはいつもより涼しいな」


 私たちは太陽に照らされながら携帯で調べた道を歩いて行く。太陽は暑いものの、たまに吹く風が涼しく気持ちがいい。


「ねぇ、あれだよね!」


 私は大きく、クルクルと回る風車を指さす。大きな風車の前まで来ると「ようこそ」と書かれた看板とたくさんのひまわりが迎えてくれた。


「どこ見てもひまわりばっか!すごい咲いてる!」


「百万本あるらしいぞ」


「百万本も!」


 蒼空からの情報に驚きながらも私たちは入園した。


「ひまわりすこい綺麗!来てみたかったんだぁ。ひまわり畑」


 私はひまわりの横に並んだ。私よりで大きい二メートルぐらいはありそうだ。私たちより大きいものから小さいものまである。


「ねぇ、蒼空、写真撮ろ!」


 私はそう言って蒼空に振り返ると蒼空は子供でも見守るように私を見て微笑んでいた。うっ、ひとりではしゃぎすぎた。


「そんな見ないでよ」


「いや、可愛いなと思って」


 いまだになれない言葉に私は顔を赤くする。


「ほら、行こうぜ」


 そう言って出された手を私はそっと掴んだ。ひまわりでできた道をふたり寄り添って歩く。繋がれた手に軽く力を込めると私よりも強く蒼空は握り返した。


 蝉の声よりもうるさく心臓が鳴り響いて、蒼空に聞こえてしまいそうだ。


 私は様子を伺うように蒼空の顔を覗く。すると蒼空と視線がバチッとあった。その顔に私は顔を上げる。


「どうしたの」


 私はそう訪ねると蒼空は顔を上げた。


「幸せだなぁって」


 蒼空はそう言ってひまわりを焼き付けるようにじっと見つめた。


「パシャ」


 そんな音に蒼空はひまわりからキョトンとした顔で私に視線を移した。


「だったらやっぱり、写真撮らないとね。それに今来たばっかだよ!」


 私は携帯を片手に持ってそう言った。


「そうだな」


 そう言って私たちはたくさんの写真を撮った。


「暑いし、休憩するか」


「うん、もう汗でべとべとだよー」


 ひまわり畑もぐるっと一周したところで私たちは、近くのベンチに腰をかけた。


「俺、トイレ行ってくるわ」


 蒼空は近くにあるトイレを親指で向けて、歩いていった。


 今日一日ですごい写真増えただろうな。私はカメラロールを指で遡っていく。蒼空とふたりで撮った写真を眺め、蒼空の顔をアップさせた。しばらくそうしていると、


「なんで俺の顔をアップしてるの」


「うぁっ!蒼空」


 トイレから戻ってきた蒼空がベンチの後ろから私の携帯を覗いていた。


「いや、こう見ると私やっぱり釣り合ってないなぁ、なんて思って」


「また、そんなこと考えてたのかよ」


 そんなことって言われてもなぁ。ここに来る途中ふたりの女子高校生らしき子たちが蒼空をかっこいいって「隣の人は彼女?」「うーん、兄妹じゃない?」って言われたことを実は気にしていた。


 やっぱり私と蒼空じゃ恋人同士には見えないのかなぁ。そんなことを思っているとうしろにいた蒼空が私の横に座った。すると、蒼空は私にもたれかかり、頭を私の左肩にのせた。その距離に緊張していると、


「お前さ。俺がお前のどこ好きになったと思う?」


「えっ、それは」


 突然の話に私は緊張を忘れた。蒼空が私のどこを好きになったか?言われてみれば聞いたことなかった。あれ、私なんか蒼空に好きになってもらえるようなことしたっけ。


「...わからない」


 どれだけ考えても私に人より勝てる部分なんて思いつかなかった。私は自分でもなんで蒼空は私を好きになってくれたのだろうと思って首を傾げた。


「あはは」


 必死に考えてる私をよそに蒼空は声を立てて笑っていた。笑らいながら蒼空は預けていた体を起こす。


「なんで笑うのよ。それでどこなの」


「俺もわかんねぇ」


「わかんないって、それはどうなの?もっと少女漫画的なセリフを期待してたんだけど」


「うーんでも俺は見た目とかじゃなくて、お前だから惹かれたんだと思うよ」


 しっくりこずに首を傾き続けていると横で話していた蒼空が私の前に移動した。


「まぁ、そういうことでこれ」


 蒼空がそう言って私の前に差し出したのは一本のひまわりだった。


「えっ、ちぎってきたの?」


「バカ、ちげーよ。あっちで売ってたから」


 私は「ありがとう」と凛と咲いているひまわりを受け取った。ひまわりは梱包もされていて大きなピンク色のリボンが着いていた。


「ひまわりの花言葉、知ってるか」


「ひまわりの花言葉?なんだったかな。希望とか」


 聞いたことあった気がするけど、忘れてしまっていた私はひまわりの見た目からそれっぽい言葉を言ってみたが蒼空は首を振った。


「あなただけを見つめる。俺たちにピッタリだろ?」


「ほんと、ピッタリ。蒼空ひまわりの花言葉なんてよく知ってたね」


「近所に花屋があってたまに行くんだけど、花っていろんな意味があって意外とおもしろいんだよ」


「えー、そうなんだ。私も今度お花を買うときに意味とか聞いてみようかな」


 私は両手でひまわりを握って笑った。蒼空の言葉ひとつで気持ちが上がったり下がったりして、私って単純だな。


「これ、家で育てれるかな」


「できるんじゃない。それ種とかもできてるみたいだし、埋めたらたくさん咲くかもな」


 私はそう聞いて、家でも枯れないように育てようと思った。きっと、このひまわりを見る度に今日のことを思い出すんだろうな。


「あっちにお土産あったんだよ。行こうぜ」


「行きたい」


 そう言って歩き始めようとしたとき、


「バタッ」


 私たちの目の前で小さい女の子が転けた。一瞬の出来事に固まっていると、


「うぁ〜、まま〜!」


 体を起こした女の子の目からは涙が溢れ出て、大きな声で鳴き始めた。


「大丈夫か?」


 私がベンチからたち上がろうとすると、それより早く蒼空が女の子の元に近づきしゃがみ込んだ。


「お母さんはいるか?」


 蒼空は女の子にそう聞くが女の子は泣きっぱなしだった。私も蒼空の隣でしゃがみ、声をかけるが答えてくれない。あたりにお母さんらしき人もいない。迷子かな。どうしよう、そう困っていると、


「ほーら」


 蒼空は女の子の脇に手を入れると立ち上がり、高く持ち上げた。女の子はいきなりのことに目を丸くさせる。


「俺たちがお母さん見つけてやるから泣くなよ」


 蒼空は女の子に優しくそう言うと女の子も泣くのをやめ、「うん」と頷いた。蒼空は持ち上げてた女の子をそっと下ろす。


「俺はそら。名前言えるか?」


「わたしはなな」


 ななちゃんはそう自分の名前を言うとチラッと私の方を見た。


「私はみづきっていうの。一緒にお母さん、探そうね」


 私はそう言い安心させるように、にっこり笑った。


「よし、じゃ探しに行くか」


 蒼空はそう言うと「よいしょ」と立ち上がった。

 それからしばらくの間、私たちはななちゃんのお母さんを探して歩いた。


 しかし......。


 見つからない。私の顔に出てしまっていたのかそれを見たななちゃんの顔を不安げになっていた。


「休憩でもするか。俺ジュースでも買ってくるわ」


 蒼空はそう言うと私に近づいて来た。


「ななちゃん疲れてるみたいだし、俺ひとりで少し探してくるわ」


「わかった。ありがと」


 私は小さく頷くとそれを確認した蒼空はななちゃんに、にっこり笑いかけてから歩いていった。


「みづきちゃん、じゃましちゃってごめんなさい」


「邪魔?全然そんなことないよ」


「だって、おねぇちゃんたちデートしてたんでしょ」


「で、デート。ななちゃんって今いくつなの」


「ななはいまね、ごさいだよ」


 ななちゃんは手をパーにしてそう言った。五歳でもうデートなんて言葉を使っているのか。


「ななもつきあってる!」


「えっ!ななちゃん付き合ってる人いるの」


 待って、私が五歳の時なんてまだ公園で鬼ごっこしてたよね。今の子は保育園から付き合ってるの。


「うん、はるとくんって、いってすごくかっこいいの」


「そうなんだね。ななちゃんは、はるとくんのこと好き?」


「うん!だいすき」


 ななちゃんは満面の笑みで答えた。こんな素直に言えるのは子供の特権なのかもなぁ。


「おねぇちゃんはおにいちゃんのことすき?」


「うん、私も大好きだよ」


 私はななちゃんを見習って、そう言ってみた。蒼空の前ではこんな風にいえないな。そんなことを考えているとななちゃんがなにかを考えるように眉を寄せた。


「でも、なんだかおにいちゃんかなしそうだった」


「蒼空が悲しそうだった?」


 えー、そんな感じには思わなかったけどな。でも子供って大人のことよく見てるって言うけど、


「おい!美月」


 そう名前を呼ばれ、私は悩んでいた顔をあげた。


「ななちゃんのお母さん見つけた」


 蒼空の後ろにはお母さんとお父さんが小走りで蒼空に着いてきていた。


「まま!ぱぱ!」


 ななちゃんはお母さんの姿を見るなり立ち上がり走り出した。


「もうなな、どこ行ってたの!」


 お母さんは心配と同時に叱るように声をあげた。


「本当に迷惑かけてすみません」


 お母さんは私たちに頭を下げた。


「いえ、ななちゃんすごくいい子でしたし、大丈夫でしたよ」


 お母さんは安心したように顔をあげると何度もお礼を言った。


「なな、行くわよ」


「うん!」


 元気になったななちゃんはお母さんについて行こうとしたがこちらをチラッと見て、走ってきた。


「おねぇちゃん、みみかして」


「えっ、どうしたの」


 私はななちゃんの身長に合わせてしゃがむと耳をかした。


「おにいちゃんとなかよくね」


 ななちゃんは私にだけに聞こえる大きさで話すと笑顔でお母さんの元に戻って行った。


「ばいばい」と手を振るななちゃんに私たちは見えなくなるまでその場で見送った。


「お前なんか随分、仲良くなってたけど、なんの話してたんだ」


「うーん、恋バナかな」


「はぁ?」


 蒼空は「なんだそれ」と笑った。


 それから私たちはお土産を見たり、近くの牧場でうさぎと触れ合ったり、時間も忘れて遊んでいた。


「あー、今日は楽しかったぁ!」


 私はバス停に向かう誰もいない道路で叫んだ。私たちは横に並んでゆっくりと歩いていく。そんな私たちを夕日が照らしていた。


「足がもう動かない」


「山道すごい歩いたもんなぁ」


 帰るとなったらいっきに疲れが足にきた。でも帰るのにも時間かかるんだよね。それも蒼空と一緒ならまぁ、いいか。そう思い、チラッと蒼空の顔を覗き込んだ。


「あっ、蒼空。花びらついてる」


「あぁ?どこだよ」


 蒼空はそう言って髪を手ではらうが取れていない。蒼空の髪に乗っかている一枚の花びらを取ろうと手を伸ばした。


「とれたよって、あれ蒼空の耳空いてる!」


 花びらをとるとふと、蒼空の耳があいていることに気がついた。


「知らなかったのか?高校、上がる前に空けたんだよ」


「全然、知らなかった」


「まぁ、校則ダメだし、ピアスなんて滅多に付けないからな」


 蒼空は自分の耳タブを触りながらそう言った。


「なんで空けたの?」


「さぁ、忘れた」


 蒼空は前を向いたままそう言った。


「お前は開けないのか」


「開けてみたいのもあるけど、痛そうだから私はまだいいかな」


「びびりだな」


「だって、体に穴開けるんだよ。絶対に痛いよ」


 私が耳を抑えながら言うのを見て蒼空は笑った。


「あっ、そういえば、さっきのお金返すね」


 そう言いながら私は自動販売機で借りた百円を取り出し手のひらに乗せた。


「そんなのいらねぇよ」


「私が借りっぱなしなのがいやなの」


 私がそう言うと蒼空は渋々、腕を伸ばした。だけど......スカッ。


 蒼空は私の手の少しズレたところにからぶった。


「もー、蒼空なにしてるの。私の手はここだよ」


「あぁ、悪い。疲れて腕が動かねぇわ」


 蒼空は腕を軽く振ると今度はしっかり私から百円を受け取った。


「大丈夫?やっぱり歩きすぎたかな」


「まぁ、なんともねぇよ」


 でもなんか、心配だなぁ。


「なんかあったら病院、行きなよ」


 心配しながらそう言うと私は「病院」って単語ではっと思い出した。


「ねぇ、そういえば先週の土曜日にさ。蒼空、近くの総合病院に行った?」


 私がそう言うと蒼空は歩いていた足をピタッと止めた。蒼空が止まったことに気づき私も少し歩いたところで止まって蒼空を振り返った。


「なんでだよ」


「えっと、いろいろあってバイト中に病院に行ったんだけど、そしたら蒼空に似た人を見つけて声かけようとしたんだけど見失っちゃって」


 私は順に説明していく。蒼空はなぜか俯いていた。どうしたんだろう、私へんなことでも聞いたかな。そう思いながら蒼空の返事を待っていると蒼空が顔を上げた。


「それ、似た人だよ。だって俺、病院なんか行ってねぇしな」


「えーやっぱり?なら、声かけなくてよかったぁ。本当に蒼空に似てたから」


「へぇ、そんなに似てたのか。俺も見てみたかったな」


 蒼空はそう言いながら笑って話した。


「ほら、バス来ちゃうぞ」


 蒼空は止まっていた足を、再び動かし私を抜かして歩いていった。「待ってよ」そう言った私も蒼空のあとを追う。


「ミーン」


 あっ、蝉が落ちた。最後の力を込めたんだろう鳴き声は大きく響き、それと同時に蝉は木から落ちた。


 落ちた蝉は仰向けの状態でもがいていた。

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