第8話

「ミーンミンミンミン」


 同じリズムであちらこちらから蝉の鳴き声が聞こえ、どこへ行っても蝉の鳴き声で囲まれた。


「はぁっ!暑い」


 そう言った声の主に私は首を向ける。横では蒼空が服をつまみパタパタとさせていた。今日は今月で一番暑くなるとニュースで見たけど、熱中症になってしまいそうな暑さだった。蝉の鳴き声で暑がるしさが倍増される。


「さっきまでは涼しかったのにね」


 そう、私たちは七夕祭りも終わり、一週間前ぐらいから夏休みに突入していた。今日はさっきまで葵と樹くんと一緒にプールに行っていたところだ。まさに夏休みを満喫している。私の目の周りにはゴーグルの日焼けでパンダみたいになっていた。


「まだ帰るには、はえーよな」


「たしかに。まだ四時だもんね」


 携帯を取り出し時間を確認してそう言った。


「家、来るか?」


「じゃあ、お邪魔しようかな」


 花火大会の件から蒼空の家にお邪魔することが増えていた。この流れも、もう何回かしている。


「お邪魔しまーす」


 蒼空の家に入った瞬間、すぅーっと冷たい風が体を撫でた。


「涼しいー」


 冷房のかかったリビングに私は生き返った。


「お母さんは?」


 いつもなら笑顔で出迎えてくれる美咲さんの姿がなく私は蒼空に尋ねた。すると蒼空は机に置いてあったメモを手に取った。


「えーっと、買い物に行ってくるからお留守番よろしく。冷蔵庫にアイスがあるから食べていいよわよ。もちろん美月ちゃんの分もあるからね」


「さすが美咲さん、私が来るってこと知ってたみたいだね」


「ま、そう言うことなら食べるか」


 蒼空はお盆を取り出すとお茶とアイス、スプーンを乗せて階段を登って行った。


「この部屋は暑いな」


 蒼空の部屋に入ると蒼空は一直線にエアコンのリモコンを取った。


 私はベッドの前に腰を下ろす。


「はい、お前はチョコだろ」


「うん、ありがとう」


 蒼空はチョコ味のアイスを私に差し出した。カップのアイスは縁が既に溶け始めていた。


 部屋には動き出したエアコンの音と窓越しから蝉の鳴き声が聞こえてくる。


「蝉って、可哀想だよね」


「なんでだよ」


 ボーとしていた私はなにも考えずにただ思っていたことを口にした。


「だって、一週間しか生きれないなんて切ないなぁって」


 私は今も外の電柱にしがみついて鳴き続けている蝉を見つめながらそう言った。


「寿命は関係ないんじゃねぇの」


「え?」


 思っていなかった返答に私は短く声を出した。てっきり「そうだな」とかいわれると思っていた。


「でも一週間だけなんだよ。短すぎるよ」


「短くても本人次第なんかなって。長く生きることだけが幸せなわけじゃねぇだろ?」


 私の考えとは違う蒼空の返答に考える。蒼空の言ったことがわかる気がした。私はまだこれから生きていかなきゃいけないことを辛いと感じていた。たしかに長く生きていたからって、幸せとは限らないだろう。


 それに可哀想と思うこと自体、蝉に失礼なのかもしれない。そう思いながら最後のひとくちを口の中にほおりこむ。


「あれ、なんだか蒼空、痩せた?」


 私はプールの時からなんとなく思っていたことを聞いた。プールの時はラッシュガード来てたし動いてたのもあって分かりにくかったけど正面で向き合うとやっぱりそう思った。


「そうか?最近、暑いし夏バテで食べる量減ってるのかもな」


「気をつけてよ」


 そんな私の質問になんでもなさそうに蒼空が答えた。


「そんなことより次はどこ行こうな」


「蒼空はどこか行きたいところないの?」


「俺はなんでもいいんだよ。お前の行きたいところ言えよ」


 そう言われ私は近所から少し遠い場所まで提案として上げた。考え出したらキリがなかった。蒼空と一緒なら私はどこでもよかった。


「あっ、ひまわり」


「ひまわり?」


「そう、ひまわり!今朝ニュースで見たんだけど、今が一番、見頃らしいよ」


「じゃあ、次はひまわりだな」


 そして私たちはカレンダーを見ながら予定を立てた。


「でも私たち、来年には受験生なんだから遊んでばっかではいられないよね」


「そうだな。でもお前、頭よかったよな」


「まぁ、毎回一桁ギリギリぐらいだけどね」


「すげぇな」


 前は友達もいなかったから遊びにも行かず勉強ばかりしていたら自然と順位が上がっていた。なんて虚しすぎる。


「でも蒼空も勉強できたよね」


「俺は二十とかそのへんだな」


 本当に蒼空に欠点はないのだろうか。でもそうか。私たち、同じぐらいだからもしかしたら同じ大学に行くこともあるのかな。だったら一緒に勉強もしたりして、なんてことを考えた。


「お前、将来の夢とかあるの」 


「えっ、私?うーん考えたことはあるけど、あんまりやりたいこともなくて」


「じゃあ、これから見つかるといいな」


 私はうんと頷いた。最近まで明日のことすら考えられていなかったのに今は将来のことを考えてることに変な感じがした。


「じゃあ、お邪魔しました」


「気をつけて帰れよ」


 そう言って見送られながら私は家に帰った。


 それにしてもお金どうしよう。少しは貯金あるけど、足りないよね。今まで少しづつ貯めていた貯金はこの間の夏祭りでほとんど使ってしまった。


 そう思っているとチラッと、あるチラシが目に入った。


「あっ、そうだ!」


 私はそのチラシを写真に撮ると急いで家に帰った。



「いらっしゃいませ」


 チリンとかわいい風鈴の音を合図に、私は普段より少し高い声でそう言った。


「中野さん、やっと慣れてきたわね」


「店長。お疲れ様です」


「店長だなんて、普通に佐藤さとうでいいわ」


 店長の佐藤さんはそう言って微笑んだ。


「あっ、そういえば。このケーキもうなくなりそうです」


「あら、ほんとね。作らないと」


 佐藤さんは「引き続き、頑張って」と言い奥の厨房に戻って行った。


 ここは近所のケーキ屋さん。私はここでアルバイトを始めていた。蒼空の家からの帰り道に初心者大歓迎と書かれたチラシを見て、私は帰って速攻、電話した。


 私の学校はアルバイト禁止で今までしたことがなかったが、母子家庭ということもあり、学校から許可が降りた。


 面接は初めてのアルバイトとっていうのもあって、上手くできた記憶はないが人が足りないということで、なんとか採用して貰えた。さっきの佐藤さんも他の人たちも優しくて安心している。


 まだ初めて一週間と言ったところだが、私は蒼空との約束のために頑張っていた。最近は少しずついろんな仕事を任せてくれるようになっていた。


「お姉ちゃん、チョコケーキひとつくださいな」


「あっ、洋子ようこさん。いらっしゃいませ」


 再び「チリンチリン」と音がなり、顔を向けると洋子さんがいつものように注文をしてくださっていた。


 洋子さんはこのケーキ屋さんの常連の人で、いつも私に話しかけてくれるおばあちゃんだ。


 この時間帯は一番、暑い頃だろう。おばあちゃんは右手に持っている日傘を杖代わりに歩いていた。


「いつも頑張ってるねぇ」


「洋子さん、今日はショートケーキじゃないんですね」


「そうなの。今日は私じゃなくて孫が食べるのよ」


「あっ、そうなんですか」


 私はショーケースの中からチョコケーキを取り出すと小さめの箱にチョコケーキを詰めた。そして、空いているところに保冷剤を入れる。


「今、少し入院していてね。あの子ここのチョコケーキが好きだから」


「入院されてたんですか」


「全然、そんな深刻なものじゃないよ。ただ注射が嫌みたいでね」


 私は少し心配して言うと洋子さんは笑いながら言った。私は箱詰めが終わるとレジに移動した。


「はい、丁度ですね。お預かりします」


 洋子さんはいつもちょうどで出してくれる。お金をレジに入れ、代わりにレシートを洋子さんに差し出す。


「ありがとうございました」


 そう言うと洋子さんも「ありがとうね」と言って私からケーキを受け取った。


 私は帰っていく洋子さんを見ながら次の仕事をしようと背中を向けると、


「ドンッ!」


 背後から何かが落ちたような私は慌てた振り振り返った。すると、洋子さんは地面にお尻をつけている状態だった。


「洋子さん、大丈夫ですか!」


 私は「痛たた」と言う洋子さんに手を貸しながら机に座らせた。


「わるいわねぇ。なにもないところで転けてしまって、私もやっぱり歳だね」


 洋子そんなはそう言いながら自分の腰をさすっていた。洋子さんは自分で立とうとするがさっきと同じように「痛たた」と少し顔を歪ませた。


「あれ、洋子さん。もしかしてまたやっちゃった?」


 厨房から顔をどした佐藤さんがそう言いながら駆け足で走ってきた。


「最近、多くてね。ぎっくり腰」


「洋子さん、休憩してってください。少ししたら家まで送っていくんで」


「申し訳ないわね」


 私はそんなふたりの会話を聞きながら地面に落ちている箱が目に入った。


「あっ、ケーキ!」


 急いで中を開けると中のチョコケーキは奇跡的に無事だった。


「あっ、このケーキどうしようかしら」


「私が持って行ってあげたいけど、この後、取引先の人から電話が来るからあまりお店、開けていれなくて」


 ふたりともどうしようかと悩んでいる中、私が口を開いた。


「洋子さん、その病院ってここから近いですか?」


「ここからバスで二十分ぐらいだったかしら」


「なら、代わりに私がお孫さんにケーキ渡しに行きますよ。佐藤さん、いいですか?」


「本当?なら頼んでもいいかしら」


 そう言われ私は「はい」と返事をした。洋子さんからも「ありがとね」とお礼に飴を貰った。


「じゃあ、行ってきます」


 今日は暑いのでケーキの箱に多めの保冷剤を入れ、私はお店を出た。


「このバス停から降りて、徒歩三分」


 私は携帯のマップで病院を調べながら向かった。ここの病院は近くで一番大きい総合病院みたいだ。


 私はバス停を降りてから見えていた病院にやっと辿り着いた。着いたのはいいものの、一度も来たことがなく私は不審にもふらふらと歩き回った。警備員さんからじっと見られて気まづい。


 ここから入っていいのかな。私はとりあえず中に入ろうとたくさんの人が入っていく中に紛れて入った。


 病院の中に入ると壁に書かれているフロア案内で病棟を探し、向かう。


そして、洋子さんから聞いていた北病棟、三階の二〇六号室までエレベーターで上がった。


「ふぅ、無事に渡せて良かった」


 病室に入ると丁度、お母さんが来ていたみたいで状況を説明するとお礼を言われた。孫さんは六歳ぐらいの男の子で洋子さんが来ないことはガッカリしていたけど、ケーキを嬉しそうに受け取ってくれた。


 私はようが済んだので帰ろうと元の道を辿ったつもりだったが、あれ、ここどこだろう。どこから入ってきたのかわからなくなり私は立ち止まる。


 私は見たことない道にあたりを見渡した。


「あれ、今のって」


 私はチラッと見えたその姿に目を凝らした。やっぱり、そうだ。確信のついた私は小走りでその人に向かった。


「あっ、すみません」


 私は隣の人と肩が当たってしまい、謝っているとその人はどんどん歩いていってしまっていた。


「蒼空!」


 蒼空が曲がった道を私も曲がった。


「あれ」


 道を曲がるとたくさんの人が椅子に座って診察を待っていた。見失った。あたりを見渡すが蒼空の姿はなかった。


 奥まで歩いていくとそこは行き止まりだった。蒼空はここを曲がったはずだけど、どこに行ったのだろうか。


「脳神経外科?」


 私は壁に見えた文字を声に出して確かめるように読んだ。どうやらここは脳の診察をする場所みたいだった。なんで蒼空はここに来たのだろうか。いや、そもそも私の見間違えだったのかもしれない。


 蒼空から体調が悪いって話も聞いたことないし、こんな大きな病院にようは無いはずだ。


「あっ、出口」


 考えながら歩いているとたまたま入ってきた場所を見つけた。まぁ、次会った時に聞いてみればいいか。

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