第6話
私はふかふかの布団に倒れ込んだ。「はぁ」と疲れを吐き出すと私は仰向けになり、天井をじっと見つめる。
疲れたなぁ。私はさっきの出来事を思い返す。今日は初めて打ち上げというものに行った。
文化祭はいろいろあったとはいえ無事に成功という形で幕をしめ、帰ろうとしているところを捕まった。
梨沙たち以外はほとんどの人が参加してみんなで焼肉を食べに行った。開始が遅かったため、お店の閉店時間ぎりぎりまでみんなで乾杯したあとは話したり、いっぱい食べて楽しんだ。
そして、帰り際にみんなが私に謝り出していきなりのことに慌てていると、周りの子たちも俺も私もと謝ってくれた。私はみんなと勝手に距離を取っていたんだ。みんなしっかり向き合ったら、話してくれる人たちなのに。
本当に今日は楽しかった。私はしばらく余韻に浸っていた。
もう電気のついてない、この部屋は真っ暗だった。外からはコオロギの音色だけが鳴り響いていた。私は寝転がりながら目線だけを窓に向ける。窓には薄暗い空だけが閉じ込められていた。
夜は嫌いだ。夜になると考えてしまう。私に生きてる意味があるのか。そして、その答えは毎回、見つからない。
そう考え出したら不安になった。蒼空に会いたい、会えるはずもないのに、そう思った。その考えを振り払うように私は布団を勢いよく顔まで被り、目を閉じた。
「ピーンポーン」
しばらく寝れずにいると突然、鳴り響いた音に驚く。私は咄嗟に時計を見る。こんな時間に誰だろう。
少し怖く思いながらもゆっくり立ち上がり、私はドアに近づく。そして、のぞき穴から見えた人物に驚いて急いでドアを開けた。
「寝てたか」
「えっ、蒼空ッ!起きてたけど...どうしたのこんな時間に」
ドアを開けると目の前に居たのは蒼空だった。これは夢?私はいつの間にか寝てしまっていたのだろうか。そう思って頬を強く引っ張ってみた。
「痛い」
「なにしてんだ」
蒼空にそう言われながらも現実であることがわかった。会いたいとは思ったけど、本当に会えるとは思わなかった。
「星、見に行こうぜ」
「······今?」
「おう、今」
当たり前みたいな顔で言われ私はぽかんとする。蒼空の顔を見上げるといつも通りのその顔に安心した。蒼空を見た途端さっきまで思っていた不安なんて感情はどこにもなかった。
❋
「しっかり掴まってろよ」
蒼空はそう言うと自転車を漕ぎ出した。
結局、私はすぐに着替えて今は蒼空が漕いでいる、自転車の後ろに座っていた。やったことのなかった二人乗りに、最初は苦戦しつつも今は安定している。
少し恥ずかしく思いながらも蒼空の背中に手を回した。これは作戦かと思うほど、蒼空のことを意識している自分がいた。
「夜は涼しいな」
しんと静まり返った中、蒼空が呟いた。昼間の暑さに反して夜はとても涼しい。真っ暗な道を街灯が照らす。
「どこに向かってるの?」
「内緒」
蒼空は振り返らずにそう答えた。そんな蒼空の背中を見つめる。私たちは今、川沿いの道を進んでいた。右を見れば川が見えて、左を向けば軽く住宅街が見下ろせた。
車も人もここにはなかった。この世界には蒼空と私のふたりきり。それをなんだか私は嬉しいと思った。
静かに吹く風からは蒼空の匂いがした。この匂い安心する。
それからどれぐらいが経ったのか。私たちはほとんど会話することなく風に揺れていたいた。
「ついたぞ」
そう言って蒼空は自転車を止めた。私も一緒に自転車から降りる。
「気をつけろよ」
私は蒼空の手を掴みながら川沿いの斜面をゆっくり降りていく。斜面には芝生が生えていて、私たちはそこに腰を下ろした。
川のせせらぎが聞こえ、目の前の川に目を向けると月が反射していることに気がつく。
私は空を見上げた。するとそこには、
「綺麗...」
私は目を見開いた。あまりの綺麗さに声が漏れる。夜空、一面に輝く星。視界すべてが星で覆い尽くされた。中には周りとは違う色を放っている星に一際輝いている星。
想像していた何倍もの綺麗さに私は目を奪われた。
「綺麗だな」
「うん、すごく綺麗。普段とは全然ちがう」
「ここ港のほうだし、住宅街から離れてるから星がよく見えるんだよ」
「そうなんだ。こんな場所があるなんて、知らなかった」
私がそう言うと蒼空も星空を見上げる。
「俺も最近、知ってさ。そんで一番にお前に見せたいって思ったんだよ」
そのとき蒼空の瞳が揺れているように見えて、その瞳には光り輝く星が映っていた。それはまるでドラマのワンシーンののようで、蒼空の横顔に夢中になっていた。
「お前と見れてよかった」
蒼空はそう言うと私の方に顔を向け、笑った。そんなの私のセリフなのに。
私は蒼空がいなかったら星を見ることなんてなかっただろうな。
「蒼空、私に星を見せてくれてありがとう」
蒼空の瞳を見つめて、微笑んだ。蒼空は少し眉毛を上げたがすぐにまた笑いだした。
「俺、本当にお前のこと好きみたいだわ」
「えっ、なにいきなり」
「好き」と言う言葉に心臓が跳ねる。私は恥ずかしさを誤魔化す様にそう言った。
「今日、俺さ。お前がクラスの奴らに可愛いとか言われてんの聞いてすごい妬いた。で思ったよ、俺ってこんなに心狭かったんだってな」
蒼空が私に妬いた?と疑問に思いながらも私は蒼空を見つめた。
「今までお前に見向きもしなかった奴らが、お前もお前だよ」
蒼空は少し顔をムスッとさせながら言った。
「私?」
「可愛いって言われて嬉しそうにして」
「別に嬉しそうになんか......してないし」
「その間なんだよ。嬉しかったんじゃねぇかよ」
うっ、でもそりゃ女として可愛いと言われて嬉しくない人はいないだろう。
「まぁ、お前がみんなと仲良くなれたならそれでいいけどな」
蒼空はいつだって私のことを考えくれる。
高校に入って友達なんて呼べる人もいなかった、私に友達ができたのもクラスのみんなと仲良くなれたのも全部、蒼空のおかげだ。
気がつけば蒼空を探している。いつの間にかこうして隣に蒼空がいることがあたりまえになっていて、その時間が私には嬉しかった。今もこうして私のためにここに連れてきてくれていることも。
蒼空といると心臓が早くなって、でも安心して、そばに居て欲しくて。
────あぁ、私、蒼空のことが好きなんだ。
「好き」
一度、自覚してしまうと溢れ出す様に言葉が漏れた。いつから好きだったんだろう。屋上のときから?いや、私はあの頃からずっと、
「私も蒼空が好き。ずっと前から」
私は精一杯の思いを蒼空に伝える。本当はまだ好きだって、気づいてたんだ。でも認めるのが怖くて自分の気持ちを誤魔化してた。だから「好き」なんていうつもりはなかった。けれど今言わないとあとで後悔する、そう思った。
言ってみたはいいものの、蒼空からの反応がなく恥ずかしさに耐えられなくなった、私は口を開いた。
「ちょっと、なにか言ってよ」
地面に向けていた視線を蒼空に移すと私は「えっ」と短く声を上げた。
私は蒼空の顔をじっと見つめた。蒼空の瞳からは涙が浮かんでいて耐えきれなくなったそれは頬を伝ってぽつんと落ちる。
蒼空は自分が泣いていることに気づくと私から視線を逸らし腕で目元を擦った。
「俺今、死んでもいい」
下を向きながらそう言った蒼空の表情は見えなかった。今まで蒼空が泣いてるところなんて見たことがなかった。これは泣くほど嬉しいってこと?
そんな蒼空にどう返事をすればいいのかと困っていると、
「俺もお前が好きだ」
顔を上げた蒼空の顔には涙は消えていてまっすぐに私を見つめた。たった二文字の言葉に私は満たされた。
「うん、私も好きだよ」
そう言って、私は蒼空に微笑む。蒼空は地面に置いていた私の手に自分の手を重ねた。蒼空の手から感じる蒼空の温もりを、照れくさく思いながらも安心した。久しぶりに触れたその手はしっかりと男の人の手だった。私は違う大きくて角張った手。今までこの距離を縮めるのにどれだけの時間がかかったのだろうか。
私たち再び星を見上げる。月明かりに照らされながらたまに星に手を伸ばしたりしてみたりして、笑い合った。あぁ、幸せだ。
このまま時間なんて止まってしまえばいいのに。そんな馬鹿なことを本気で思った。
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