第5話
楽しかった時間はあっという間に過ぎていき、気がつけば後夜祭が始まろうとしていた。
「そういえば後夜祭の時間、伸びたからまだまだ楽しめるね」
「今年は生徒会の企画でスカイランタンやるんだよね」
お腹も十分に満たされた私たちは暗くなり始めた校庭に出てきた。今年からこの高校の姉妹校である台湾の文化を取り入れることを目的に許されたスカイランタンの企画をみんな楽しみにしていた。
「あっ、そういえばね。ランタンを好きな人と一緒にあげるとそのふたりは結ばれるんだって」
「えー、なにそれ。この企画今年が初めてなのに、みんなそういうの好きだよね」
「うわぁ、美月ちゃんつまんないのー、こういうの青春って感じでどきどきするじゃん!」
こういう都市伝説的な話はあまり信じないけど、確かにこれをきっかけに付き合える子もいるのかな。そう思うと生徒会が考えたこれはナイス企画すぎる。
「先輩すみません。よかったら、後夜祭一緒にいいですか」
さっそく、可愛い一年生が顔を赤らめながらも勇気を出して話しかけていた。うしろから友達らしき子が応援しながら見守っている。
「う、うん。いいよ」
男子のほうも満更でもない。周りの男子が茶化しながらも「よかったな」と話している。
「もちろん。美月ちゃんは蒼空くんと約束してるんでしょ」
「えっ、全然」
あたりまえかのように言われ、私はぽかんとした顔でそう答えた。私はてっきり葵といるつもりでいた。
「えっ!絶対に蒼空くんが誘ってると思ってたのに。じゃあ、美月ちゃんから誘っちゃいなよ」
葵がそう気合いを入れて拳を握った。でも蒼空の気持ちに返事もしていないのに、誘うというのはさすがに無神経なのでは?
「葵は樹くんと約束してるの?」
「うん。私は樹と約束してるんだけど、樹どこに行っちゃったのかな」
葵は既読にならない携帯を見つめながらそう言った。蒼空と樹くん途中でどっか行っちゃったんだよなぁ。
「私ちょうどトイレ行きたいからついでに探してくる。美月ちゃんも見つけたら連絡してね」
「わかった。待ってるね」
葵がトイレに走りながら行くのを見守ったあと、私も蒼空たちを探しながらもひとりであたりをふらふらと散歩していた。
「急に呼び止めちゃってごめんね」
そんな声が聞こえ、私は歩いていた足を止めた。ここでもまた誰かが後夜祭に誘ってるみたいだった。ここで私が出ていったら、雰囲気が壊れてしまうだろう。私は音をたてないように静かに方向転換をする。
「蒼空くんよかったら...」
「蒼空」という名前に反応して私は焦って、壁から声の主を探した。すると、女の子と蒼空がふたりきりで向き合っているのを見つけた。
あの子に誘われて蒼空はなんて言うのかな。いや、蒼空がどうしようと私がとやかく言う権利もないのに。
「私と」
「蒼空っ...!」
私は焦って、その子の話を遮るように蒼空の名前を呼んでいた。ふたりが驚いたように私を見つめる。
「えっと、先生が至急に来いって呼んでる」
「あー、すぐ行く。ごめん、また今度でもいい?」
「うん。こっちこそごめんね」
女の子はそれ以上なにも言わなかった。自分が最低なことをしている自覚はあった。それでも、
「美月、先生って」
「ごめん...それ嘘」
先のことをなにも考えていなかった私は素直にそう言うしかなかった。今になって罪悪感が湧いてくるのを感じた。
「えっ、どういう」
「先に誘われたら、ダメなの」
自分でもどうして邪魔をしてしまったのか、自分の気持ちがわからない。でも蒼空が私じゃなくて、あの子といることを選ぶと思ったら嫌だった。
「それって、学校で噂になってるやつか?お前が好きだって言ってるのにそんなのおっけーしねぇよ」
そう言われて、安心している自分がいた。それと同時にそんなことをサラッと言ってしまう蒼空に私の頬は熱くなった。
「でも蒼空が誘われそうになってるの見て、あの子には本当に悪いことしたって思ってる。けど、蒼空と一緒に後夜祭すごしたくて」
そう言うとびっくりしたように目を丸くしたあと「あははっ」と声に出して嬉しそうに笑いだした。
「悪い、俺は後夜祭はお前と一緒にいるつもりだったから」
「それなら話ぐらいしといてよっ」
恥ずかしさを誤魔化すように私はできるだけ平然を装う。ひとりで悩んだ挙句にあんな嘘までついて、本当に恥ずかしい。
「それにあいつは別に俺を誘うつもりじゃなかったみたいだぞ」
そう話しながら蒼空は携帯を操作し、私に見せてきた。私は携帯を覗くとなにやら誰かとのやり取りに目を細めた。
「さっきのことなんだけど、よかったから私と委員会の仕事の時間交代してほしいです」
私はその文を読み上げた。文章の最後には土下座のスタンプが添えられていた。
「えっ、あの子は蒼空を誘おうとしたんじゃなくて」
「あいつとは委員会が一緒で時間を交代して欲しかっただけみたいだな」
勝手にはやとちりして私はやっと冷めてきた頬が再び真っ赤に染まるのを感じた。耳まで熱が帯びていてジンジンと熱くなる。
「ほら、もう行くぞ。俺と一緒がよかったんだろ?」
「ちょっと」
蒼空は私をからかうように笑ってそう言った。言い返してやろうかと思ったけど、なんだか嬉しそうだった蒼空に私も笑っていた。
「それじゃあ、みんな持ったかー」
先生たちが生徒にランタンを配り、みんなに行き渡ったかを確認する。着火したランタンからはゆらゆらと火がゆっくりと揺れていた。
「カウントダウン始めるぞ!」
「さん、にー、いち、ぜろっ!」
みんなでカウントダウンをしながらぜろのタイミンで一斉にランタンが空に登っていくと、歓声があがる。飛んでかないように繋がれた紐を握っていた。
私たちはランタンに明るく照らされた。紐を握る拳を緩めるとより上にあがっていった。
「そういえば、お前がジンクスとか信じるの珍しいよな」
蒼空にそう言われて自分でもそう思った。でもそんなジンクスを信じてしまうほど、私は蒼空を意識しているのかもしれない。
今でも蒼空に対しての感情がただの尊敬や憧れなのか、愛やら恋の部類なのかわらかない。でも無数に存在する愛のかたちをひとつに定義することなんてできない。なら答えは以外と簡単なのかもしれない。
私は最後に自分に問いかけるように隣にいる蒼空を見つめた。
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