第2話

太陽がぎらぎらと輝き、肌がやけてしまうような暑さに私はため息を吐く。私は少し離れたところから体育の授業を見学していた。


サボってるかといわれるとそうなのかもしれない。でも仕方がない体育の授業では友達がいない子には地獄の「好きなことふたりペアになって」があるからだ。


今日の授業はサッカーで男子たちが盛り上がっていた。私は試合を日陰から眺めていた。男子って基本みんなサッカーできる気がする。


「うわぁ、蒼空くんサッカーできるとかかっこよすぎる」


きゃっきゃと聞こえる女子の視線の先にはサッカーの試合に出ている蒼空がいた。


私も蒼空を目で追っていると、ちょうどボールがまわってきて蒼空は目の前の敵を身軽な動きでかわしていく。ゴールまでボールを運ぶと蒼空は力ずよくボールの中心部部を蹴った。するとキーパーの手に触れることなくネットに直撃。


蒼空の周りにみんなが駆け寄りハイタッチをする。やっぱりサッカーをしてるときの蒼空はいつも楽しそうだ。


上手いのもそのはず、蒼空は小学生時代からサッカー一筋。中学では部活でも活躍し、県大会まで出場していた。


「蒼空くんがサッカー部だったら、私絶対にマネージャーやってたのに」


「あんなに上手なのにどうしてサッカー部に入らなかったんだろうね」


私は「えっ」と思った。蒼空はてっきりサッカー部に入っているのかと思っていた。あんなに好きだったのにどうしてだろうと疑問に蒼空を見つめる。


すると、私の視線に気づいた蒼空はこちらに向かってガッツポーズをしてみせた。


「購買、早くしないとなくなっちゃうよ」


 お昼時間、 みんな廊下を急いで走っていく。私はいつもの空き教室でひとり、お弁当を食べていた。


 どうしてかと言うと少し前に梨沙からお弁当を頭からかけられたことがあったからだ。


 それからトイレで食べていたこともあったけど、さすがに食欲がなくなってしまって、困っていた時にこの教室を見つけた。


 ここは机と椅子もあるし普段は使われない。鍵も壊れているから出入り自由だ。


 今日もいつもと変わらないと思ったが私は横にチラリと視線を向ける。


「腹減ったー」


 蒼空はお昼を一緒に食べる約束でもしていたかのように普通に私の前に机を合わせて、お弁当を食べようとしていた。


「なんで、ここにいるの」


「いやー、いつきが今日は彼女と昼を食べるって、言うから俺もお前と食べようと思って」


 そう言って蒼空は「いただきまーす」とお弁当の蓋を開ける。


 私から見てだけど、樹くんはたぶん蒼空と一番仲のいい友達だ。樹くんとは話したことはないが、いい人だろうなという印象だった。リーダーシップがあって、室長ということからみんな頼りにしている。


 樹くん、付き合ってたんだ。まぁ、それもそのはず、樹くんは蒼空に並ぶ、うちのクラスのイケメン枠だ。


 樹くんがいなくても蒼空とお昼を食べたいという子は、たくさんいるだろうに。


「梨沙のこともあるし、なんて言うか学校ではあんま話さない方が......」


「なんでだよ。関係ないだろ?」


 いやいや、梨沙は蒼空のことが好きなんだから、この状況を見られたら私が終わる。蒼空は梨沙のこと気づいてないのだろうか。そんな疑問を抱えながら私はお弁当を食べ終えた。


「蒼空ってサッカー部に入らなかったんだね」


私はやはり気になっていたことを聞いてみることにした。突然の話に蒼空の食べていた箸の手が止まる。


「あー高校ってなにかと忙しいし、卒業後も続けるわけじゃないからな」


蒼空はなんとなさそうにそう言った。授業のときあんなに楽しそうだったのに。蒼空の試合を昔から見るのが好きだった。すごく楽しそうにやる蒼空に影響されてサッカーを始めるぐらいには。


じゃあ、もうサッカーをしている蒼空は見れないのかも少し残念に思った。


 ❋


「おい、中野。これはクラスの話なんだぞ。しっかり、聞け」


「す、すみません」


 ずっと外を眺めていたせいか、黒板の前にたっている担任の吉田よしだ先生に怒られた。みんなの視線がこちらに向き、恥ずかしくなる。私は顔を俯かせた。


「じゃあ、話を戻すぞ。来週、辺りから文化祭の準備に入るがその前にまずはクラスの出し物を決める」


 先生はカッカッと黒板に『文化祭の出し物』と書いていく。


 文化祭か。昔は高校に入れば自然と青春できると思っていた。それこそ文化祭はすごく楽しみだった。でも今の現状は青春というには程遠い。これが現実だった。


「じゃあ、意見のある奴はいるか」


 さっそく先生が意見を募集すると、みんな楽しそうに周りの子同士で話し出す。


「メイド喫茶がいいでーす」


「俺はお化け屋敷」


「パンケーキつくりたいなぁ」


 先生は次々とあげられる文化祭らしい意見を黒板にまとめていく。


 さっき、先生はクラスの話と言ったけれど、こういうのは基本、クラスの一部の人たちの間で話が進んでいくものだと私は思う。


 クラスには意見の言える人と言えない人がいる。そして私は言うまでもなく、後者だった。


「私は劇がいいなぁ」


 一通り意見がで終わったところで最後に、梨沙が手をあげた。


「私たちも劇がいいでーす」


 梨沙に続いて遥と芽衣が手をあげる。


「メイド喫茶は隣のクラスがやるみたいなこと言ってたし、お化け屋敷も前回のクラス失敗したとか、パンケーキなんて予算、以内にしたら大したもんできなさそうだし」


 梨沙はあることないを言って、自分の意見に賛成させようと言葉を並べた。


「みんな劇でいいよね」


「反対するやつもいないなら、劇にするが」


 吉田先生がそう言うと、男子も案外乗り気らしく、反対する人は現れないまま劇に決まった。他の意見をあげた子たちはあまり納得していない様子だった。それに劇なんて、苦手な子も多いはずだ。


 先生だって、もっと生徒のことを見てくれてもいいと思う。結局、こういうときに意見が通るのは梨沙みたいな人なんだ。


 そこから先生が急用で職員室に呼ばれ、流れで文化祭実行委員を任された樹くんが代わりに話を進めた。そして、なんの劇かは何個か出た中から多数決で決め、私達のクラスは結果シンデレラをやることになった。


「まずは王子様役をやりたい人いるか」


 そう樹くんが言うが誰も手を挙げない。流石にこういうのは自分から手をあげにくいのだろう。みんなチラチラと状況を伺っている。


「王子様役はやっぱり、蒼空がいいと思いまーす」


 そんな沈黙の中、口を開いたのはまた梨沙だ。


「蒼空が適任だろ」


「蒼空くんが王子様とか、絶対かっこいいよね」


「蒼空が王子とかおもしれぇ」


 そう梨沙が指名すると周りの人達も蒼空に賛成して、盛り上がっていく。さすが蒼空だ。誰も反対する人がいない。


「蒼空。みんながこういってくれてるけど、どうだ?」


 樹くんが蒼空に顔を向けて、確認する。すると当の本人は眠そうにあくびをしながら、顔を上げる。


「はぁ?絶対めんどくせぇやつじゃん。やだよ」


「そんなこと言わずにやれよー」


 クラスのみんなは蒼空にやってもらいたいみたいだったけど、本人が嫌がっていたのでとりあえず保留ってことになった。


「じゃあ、王子役は保留で次シンデレラ役やりたい子いる?」


 そう樹くんがみんなに聞くと遥や芽衣が一番に声を上げた。


「シンデレラなら梨沙がいいんじゃない?」


 ふたりにそう言われた梨沙は面白そうに、ニコニコしながら手を挙げた。


「私やってもいいけど、美月なんかどうかなぁーって」


 いきなりここで一番、名前が上がらないであろう自分の名前が呼ばれ、私は下を向いていた顔を勢いよく上げた。誰も思っていなかった言葉にクラス中が静まり返った。きっ、気まずい。梨沙は私に恥でもかかせたいのか、私の顔をチラチラ見ながら面白そうに笑っている。


「中野さんはちょっとね」


「梨沙の方がいいだろ」


 周りからはそんな声が聞こえた。梨沙がさっき、やたら劇を押したのは、王子様は蒼空で自分はシンデレラになるためだろう。そしたら放課後の練習やらで一緒にいる時間が増えるから。私をシンデレラにするつもりなんてないくせに。


 梨沙たち以外にも次々あがる反対の声に私は自然と顔を俯かせる。するとさっきまで興味なさげにしていた蒼空が口を開いた。


「美月がシンデレラなら俺やっぱ王子役やるわ」


 みんなの視線が蒼空に集まった。そして梨沙は「えっ」と驚いた顔で話し出した。


「美月だよ?演技なんて絶対に無理でしょ」


「俺ら小学校の学芸会シンデラやったよな?」


 私は過去の話を掘り返されて、焦りだながら小さく頷いた。た、確かにやったけど。


「俺も美月ちゃんいいと思うけどな」


「えっ」


 そんなみんなが反対するなかでそう言ってくれたのは樹くんだった。


「わ、私もシンデレラは美月ちゃんにやって欲しいです」


 私は驚いて、声のした方に顔を向けた。やっぱり、今の声は葵だ。元々こういう場で意見を言うタイプではないのに、恥ずかしそうにしながら葵は私に賛成してくれていた。


「それで蒼空がやるなら、美月ちゃんしかないっしょ」


「演技とかは練習すれば何とかなるもんね」


「なんか面白そーだし、俺も賛成ー」


 ひとりの男子がそう言うと周りもだんだんと賛成の空気が広がっていく。気がつけばさっきで重かった雰囲気が今では明るい雰囲気に変わっていた。


「美月ちゃん、やってくれる?」


 樹くんが私にそう言うと、みんなが私に振り返った。いつも嫌だと思っていたみんなの視線が今はそうではなかった。


「うん。私でよければ」


「じゃあ、シンデレラ役は美月ちゃんに決定」


 王子様役 矢野蒼空


 シンデレラ役 中野 美月


 シンデレラ役の下に私の名前が書かれてた。本当にシンデレラ、主役になってしまった。


 教室に太陽の光が差し込み、顔を上げると蒼空がこちらを振り向いた。太陽に照らされた蒼空は「やったな」と口を動かし、私に向かって微笑んだ。


 蒼空が言い出さなかったら、馬鹿にされていつものように終わっていた。


 私は猛烈に強い視線を感じて、ゆっくりと視線の方に顔を向ける。すると、梨沙が私を睨みつけていることに気がついた。後が怖いって、こういうことをいうんだろうな。


 それから意地悪な夫人や魔女役など順調に全ての役者が決まり、次の時間でも衣装組や創作組などの班分けで一日が終わった。


「さようなら〜」


 みんなぞろぞろと帰っていくなか、私も鞄を肩にかける。


「美月ちゃん!」


 教室を出ようとすると呼び止められ、足を止める。振り返ると目の前には少し気まづそうに私を見つめる葵の姿があった。


「えっと、さっきは勝手にごめんね。今、考えたら美月ちゃん嫌だったかもって、思って」


「ううん。全然そんなことはないよ」


 本心でそう言いながら私は首を降った。


「よかった」


 葵の固まっていた体から力が抜けたのが見てわかった。


「美月ちゃん。ごっ、ごめんね!」


 葵は再び体をビシッと起こし、今度は全力で私に頭を下げた。


「今まで美月ちゃんのこと見て見ぬふりしておいて今更、自分勝手だと思うかもしれないけど、また仲良くしてほしいの」


 葵は一生懸命、思いを伝えてくれた。なのに私が断る理由もない。


「うん。いいよ」


 真剣に話してくれている葵に対して私もしっかり目を見て言った。


「えっ。いいの?」


 自分から友達になりたいと言ったのにいいよと、言ったら葵は目を見開いて驚いたような顔をした。


「葵、自分から言ったのに何その顔」


 私は思わずクスッと笑った。しばらく笑ったあとはっとした。私、馴れ馴れすぎたかな。不安に思いながら葵の顔色を伺うように視線をあげる。


 すると葵は私の顔を見て嬉しそうに目を丸くしていた。


「私、これからは美月ちゃんのこと、助けるから!」


「えっと、ありがとう?」


 そう言って、葵は私の両手をギュッと握った。こんなに喜んでくれるなんて、思ってなかったな。


「葵〜。部下行こ」


 少し、感動していると廊下から隣のクラスの子が葵に声をかけた。どうやら葵の友達みたいだ。


「美月ちゃん。またね」


「うん。また明日」


 葵は笑顔で手を降って、廊下に出ていった。なんだか少しずついい方向に進んでいるのかもしれない。私はさっきまで美優に握られていた手を見つめた。


「みーづきちゃん」


 そう思っていたのもつかの間、背中越しから聞こえた声に心臓がドクンッと嫌な音をたてる。振り返らなくてもわかるこの声は、


「ねぇ、調子乗らないでって言ったよね」


 やはり振り返ると後ろには梨沙が仁王立ちで立っていた。


「あっ、まさか。蒼空が自分のこと好きかもとか勘違いしちゃってる感じ?」


「うわぁ。自意識過剰すぎ」


「みんな迷惑してんだよね」


「......」


 何も言えずに黙っている私を梨沙たちは面白おかしく笑った。


 梨沙が私に手を伸ばした。胸ぐらを掴まれる。そう思って、私が足を後ろに引こうとしたとき、


「美月ー、早く帰ろうぜ」


 ドアから顔を出して、声をかけてきたのは蒼空だった。すると蒼空は戸惑っている私と梨沙の間に割って入った。


「梨沙。俺らもう帰るから話ならまた今度にしてくれ」


「わ、わかった。蒼空、またね」


「ばいばい。蒼空くん」


 梨沙はそう言って、蒼空に微笑むと最後に私を睨みつけて、帰って行った。


 そして、なぜか私はコンビニで蒼空にアイスを奢って貰っていた。私はしゃがみながら溶け始めているアイスを食べる。すると隣で立っている蒼空が口を開いた。


「うまー。やっぱり暑い日はアイスだよな」


「ねぇ、美味しんだけどさ。私はもうシンデレラのことで頭いっぱいだよ」


『みんな迷惑してんだよね』


 帰りに梨沙に言われた言葉が頭をよぎった。


「できるって、なんせ王子役が俺なんだらな。サポートは任せろ」


 自信満々にそう言って、蒼空は笑った。


「引き受けたんだから、しっかりやらないとね」


「俺も期待されてるし、頑張るか」


 蒼空はそう言うと食べ終わったアイスの棒をゴミ箱に投げる。アイスの棒はそのまま一直線にゴミ箱に入った。


 不安もあるけどいや、むしろ不安しかないけど頑張ろう。せっかくみんなが賛成してくれたんだから足だけは引っ張らないようにしないと。


 そう決意し、私は勢いよく立ち上がると蒼空の様にアイスの棒をゴミ箱に投げた。

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