第5話 亡命

 眼を醒ますと荷車の上に寝ていた。馬は盗まれたか殺されたかで一匹も残っていなかったが牛は数頭生き残っていた。どうやら彼らは略奪もほどほどに村を早朝前に去っていったらしい。


「ここはどこ?」


 眼の前にはだだっ広い平原がつづいていた。一見すると故郷と同じ風景だが、葡萄が育ってない。それどころか丘隆が無かった。ただただ平らな世界が拡がっていた。


「ここは……カギヤ王国。ダキア王国よりも南にある国よ。この国を更に突っ切ってカヴォ王国に入るの。それが母さんの産まれた国だよ。」


 母様は充分に寝れていないのだろう疲れた顔をしていた。それからが大変だった。食べ物を用意していないせいでまともに食べれない日が2日も経った。幸い、川を沿って来ていたため飲み水には困らなかったが、皆イライラを募り、妹も泣き止まずいつ誰が暴走してもわからない状態だった。その時、後方から大きな砂煙を上げて何かが迫っていた。母様はそれを見て少し喜んだ。


「郵便屋よ郵便屋が来ているわ。」


「郵便屋って何?」


「そうね……郵便屋ていうのは」


 なんでもこの世界の情報伝達手段の一つがこの郵便屋という人たちが担っているらしい。郵便屋は魔力使いのエキスパートで体中を魔力で纏い、強化することで1日中走れる人もいるらしく、底なしの体力で街と街を繋ぐ街道を走ってくれる便利屋だ。しかし、人数も少なく、大都市ぐらいしか居ないため、今まで見たことがなかった。そう会話をしている間にも段々と郵便屋は近づいていた。やがて牛車を取り抜けるときに


「待って郵便屋さん。」


そう一言かけると前方に大きな砂煙を上げて止まった。


「どうしましたか。お仕事ですか?」


 郵便屋さんは可憐な女性だった。分厚い生地のパンツとジャケット、そしてジャケットの上からベルトをして白い手袋に帽子を被った不思議な格好だった。


「その……この荷車をカギヤのカロンの街まで引いてほしいんですが……」


「う~ん……私もこの国を出るので丁度いいのですが……


 私は高いですよ。あなたたちあの侵攻の生き残りでしょ。お金ないんじゃ……」


「お金はある……お金はあるけど……この牛じゃだめかしら?」


 郵便屋さんはカイル兄さんの手荷物を見て、母様の顔を見てから暫く考え込んで、目にも止まらない速さで手を上げた。それど同時に牛の頭が落ちた。手で頭を切ったのだろうが、白い手袋には赤いシミは一つも存在していなかった。


「分かりました。まずは血抜きをしてその荷車に乗せますがいいですね。それと急ぎたいので内蔵も捨ててきます。追加で銀貨10枚ほど頂きますがいいですね。」


「え……えぇ。いいわ。」


「それでは2時間後出発としましょう。あと2時間は取りたいですけどいつ追われるか分からないですもんね。」


 そういうと胸から丸い金属を取り出し、仕舞うと手袋を外して牛を解体し始めた。


「ねえねえねえ。お姉さん強いの?牛の頭どうやって取ったの?さっきの銀色のモノは何」


「そう……ですねぇ……都会とか都市に行ってみるといいですよ。何でもあるし、何でも学べると思いますよ。」


「そうよ。私の実家のあるカヴォ王国はこの大陸随一の都市があるのよ。」


「カヴォ王国の出身だったのですか~」


 友達の喪失を考えたくなくて、母様と郵便屋さんの話す異国の話に耳を傾けた。早く忘れたくて見たくないものに蓋をした。


 早く……普通の……何の変哲もない生活をしたい……






 




 やがて出発し始めると今までとは比べ物にならない速さで前進していき、いくつもの小さな村をいくつか過ぎていった。夕暮れ時、とある村の前まで辿り着いた。


「もうそろそろ日も暮れるで丁度いいかんじの位置にあるこの村で休憩して早朝に出発しましょう。いやぁ~ここに居て運が良かったですね。」


 そう言って荷車を降ろされた場所は村と呼べるか怪しかった。それは木の枠が地面に刺さっていてその周りを布で覆っただけど簡易的な住居だった。こんなのが家……なんだ……


 口をパクパクさせて変な顔をしている僕を見るとカイル兄さんが色々教えてくれた。彼らは何でも遊牧民と呼ばれる人たちでどこかに定住することなく、この見渡す限り一面に拡がる草原で羊を飼い、辺りの草がなくなれば移動していくらしい。僕が母様から離れて遊んでいたときにおじさんから教えてもらった言っていた。納得は出来ないけど解ったふりをして話を聞いていると母様と郵便屋さんが帰ってきた。なんでも牛の肉を少しと角一本で泊めてくれるらしい。何だか秘密基地に入るようで興奮しながら布の家に入ると思ったよりも中は快適だった。しっかりち風を防いで火を起こす所もあって、地べたで寝るかと思っていたけど絨毯が敷かれていて、自分たちよりも酷い生活だと勘違いしていたことに気付かされた。


 それからはその遊牧民たちとお話をして、ご飯を食べた。久しぶりのご飯だったのにあまり食べられなかった。食事は羊の干し肉とチーズを塩で味付けたスープだった。この料理を白い料理と呼ぶらしく、夏は白、冬は赤という言葉があるらしい。


 食事の後は、遊牧民たちは世界についての話をたくさんしてくれた。山の民族は話す言葉が異なっていたり、彼らが定住して畑を耕せないのは山の民族が定期的に襲ってくるからだそうだ。それとこれから向かうカロンという街はルグラシア、ダキア王国、カヴォ王国を繋ぐとても大きな街なんだとか。僕らを泊めてくれた遊牧民のおじさんは行ったことがあるらしくて石とも布でもない赤色の煉瓦という建材でつくられたそれは美しい街が拡がっているらしい。


「楽しみだなぁ……」


未だ見ぬ景色に心を踊らせて眠りについた。早朝、右頬を何かに触れられた。肌触りが良く、気持ちいいなと思いながらも眼をゆっくりと開くと眼の前には郵便屋さんが居た。牛の首を切断したところを見たせいか怖くなって飛び起き、逃げ出してしまった。


「ありゃりゃ。嫌われちゃいましたね。」


「気にしないでください。何時までも寝ている愚弟が悪いんです。」


 どうやら僕が一番起きるのが遅かったようだ。直ぐに出発をした。長時間座りっぱなしで尻と腰が痛かったが、手を離した瞬間に荷車から転げ落ちそうで何もできなかった。やがて痛みに耐えていると日も暮れ始め、夜の時間の手前、大きな塀を構える都市の近くまで辿り着いた。全員が荷車が停止したことに安堵していると眼の前には山のような建物があった。母様はカロンという名前の大きな街にはあやふやな国境を抜けて一週間歩いて村を5つか6つ経由すれば街に着くとのことだったので2日でたどり着けたのはもはやバケモノだと思った。


「魔法ってこんなに凄いんだね。」


「そうね。使いこなせれば凄いわねぇ。お父さんもダキア王国随一の使い手だったのよ。だからあなた達も研鑽を積めば強くなれるかもね。」


 そうこう言っている内に大きな建物のすぐ近くまで辿り着いた。母様はカイル兄さんに渡してあった包の中から銀食器を手渡した。あんなのいつの間に入れてたんだろ。どうりで包が大きいわけだと思った。


「これで足りるわよね。ホントに今回は助かったわ。」


「いえいえ。郵便屋は力ある者、固執してはいけないですけど無関心では力の使い先が無くなりますので人助けも仕事の内ですよ。」


 そう言って猛烈な勢いで恐らく郵便屋専用であろう一際頑丈そうな門に突っ込んでいった。僕たちは街に入るための大きな門に並んだ。


 あの遊牧民のおじさんは赤い「煉瓦」で造られた美しい街だって言っていたのに壁は全然赤くないし、門も赤くなかった。だけど扉は重々しい黒色であの大きさの鉄を使えるのは裕福なんだろうと一見して分かった。


 やがて僕らの順番になると母様は門番に銀貨を手渡した。すると門番は穴の空いた銅貨を5枚渡した。お金について尋ねると後で教えると濁された。


「後でちゃんと教えるから…」


 そう言われれば引き下がるしかないだろう。いざ門を抜け、街に入るとそこは別世界だった。見渡す限りの人、人、人。見たことのない果物が置かれた露天商。紙の容れ物に入った明かり。土でできた壁が様々な色に着色されて、陶器の屋根。とても藁葺の実家とは比べ物にはならなかった。


 大昔、父様はダキアの王都よりも母様の実家の国のほうが栄えているといっていたけど……ここはそれ以上なんじゃないかと思った。


「さて、今日は早めに宿を取って、閉まらない内にお母さんの国の大使館に行こうか。明日は郵便屋さんに1通お願いしようかね」




 驚きっぱなしの1日が新しい街、国の中で終わろうとしていた。


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