ハミダシモノ。

相山 奇々

第1話

分からない。


私はわたしの考えていることが

分かりません。


分からないってなんだよとか、そんなのお前しか分からないだろとか、そんなことは耳にタコができるほど聞きました。


それにしても

耳にタコって不思議な表現ですよね。

幼少期に、母親へなんで?どうして?と

言い続けていた際にはじめて聞き、

調べてみたのですが、

鮹ではなく胼胝と書くそうですよ。

繰り返し圧迫を受けた皮膚が硬化したものを胼胝というそうです。


あっ、すみません。

話が逸れてしまいましたね。

久しぶりの再会で、ついお喋りになってしまったようです。

それではまた、続きから話していきます。


私は昔から、今ももちろんの事ですが、

頭が良いというわけではありませんでした。小学生の時は度々、授業の後、先生に分からない問題について質問しにいっていたのを覚えています。


「ここの数学の問題がわかりません。」

と尋ねると、

公式だの、解き方だのを用いながら優しく教えてくれました。

説明を一通り聞きますが、「分からない」と言葉をもらす私に、

「どこが分からないのか教えて」と先生は頭を悩ませながら問いかけます。


私は「何が分からないのかが分からない」と

決まったセリフを述べ、いつもの事ながら先生を困惑させていました。


これはひとつの例にすぎないのですが、

それこそ、私は誰にどんな感情をいだいて、どんな風に感じて、どんな風に考えてなど、

頭を使って考えることがとても苦手で、

そして嫌いでした。


考えようと試みると何故か涙が流れてきます。頬を伝う涙はやがて口元までたどり着き、塩分を含んだしょっぱい涙の味が広がります。


いつしかわたしにとって

考えるということは、辛く嫌なことといった印象になり、考えることすらせず、

心を閉ざしてしまうようになりました。


そうそう、有名な話ではありますが、

涙ってその時の感情によって塩分濃度が変わるらしいですよ。


嬉しかったり悲しかったりする時の涙の味は水っぽい味がするようで、怒ったり悔しいと感じた時に流れる涙はしょっぱく感じるようです。


きっと私はわたしに対して、分からないという感情でしか自分を表現できないことに憤りを感じていたのかもしれません。


もし、わたしを中心に世界が回るというのであれば、言葉や感情を捨てて涙ですべて表現したいものです。

人間は他の動物と違って言葉を用いて感情や考えを豊かに表現できるのですから、

異端であるのは、私だけですので、不要で不毛なことにすぎないのですが。


考えるということについて。

人間は考える葦であるとフランスの思想家は云いました。まるで考えることが当たり前だと言うように。

飛べない豚はただの豚といいますが、

考えることができず苦手な私に残るものはただの葦でしかないのでしょうか。

もはや考えることを嫌いで、心を閉ざし諦めてしまっている私は葦にもなれず、人間という枠組みからはみ出している、ハミダシモノなのかもしれません。


そう、私は人間にもなれない、

ハミダシモノ。


先程から首を傾げて聞いているようですが、

何故ここへ呼び出されたかまだお分かりになられていないのでしょうか。


私と貴方は小学生3年生と4年生の時、同じクラスになりましたね。

それ以降クラスは別れ、中学もエレベーター式でしたので同じ中学校にはなるものの、1度も同じクラスになる機会はありませんでしたので、関わりがあったのは、たったその2年だけ。普通の人であれば、そんな浅い関係性で古めかしい子どもの頃の知り合いからの連絡なんて、無視してしまうのが普通な気もしますが。


それでも私からの連絡を受け、ここに来たということは、呼び出された訳をご存知なのではないでしょうか。


貴方が私にしたこと。

私が考えることができなくなった理由を。

考えるというモノを失った訳を。


「ごめんなさい」など謝罪の言葉を受け取るつもりは一切ありませんし、

必要もありません。


怒っている?

それもまた不思議な質問ですね。

考えることができない私は、感情すら失ったも同然ですので、それすらも分からないのですから。


しかし、

貴方は私と違って考えることができます。

なので、ハミダシモノになってしまった私の代わりに考えて貰わなければなりません。


10年以上も前の記憶にはなりますが、

少しずつ思い出しながら話していきましょう。

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