第13話 時を取り戻すために


 そこから正一郎はいろんな話をした。


 この夏休みまであれからどんなことがあったのか、正一郎からその話題を持ち出して、そしてゆっくりと時間をかけてまもるの顔を上げていった。


 徐々に、顔を上げるようになっていく葵を見ながら、正一郎はそれこそ必死の思いで話し続けている。


「――でさあ、そのトーヤってやつがさ、言うんだよ。『だめだ、俺、サユリに嫌われてるかもしれない』って。ただ、単純に、サユリがトーヤとぶつかるのをよけただけなんだぜ? それだけのことで、嫌われてるとか、ないないって俺は言ってやったんだけどさ――」


「そうそう、高校に入ってからさ、数学の勉強が苦手になってきてさ――」


「暁桜は、一年しか青春はない! ってトーヤが張り切っちゃって、俺まで巻き込まれてる感じでさ――」


「その、トーヤが連れてきたショウゴってやつなんだけど――」


 次から次へと正一郎はひたすらにしゃべった。

 話が途切れたら、この時間が終わりを告げて、せっかく再会したっていうのに、これが現実とは思えなくて、明日には結局ただの幻か妄想だったなんて、そんな非現実な結果を突きつけられるような気がして。


――怖かったんだ。


 もう二度とまもると会えない話せないなんてそんな思いはしたくなかった。


 葵の顔は少しずつだが、やわらいで来ているように見えた。

 ただ正一郎の話を「うんうん」と相槌あいづちを打ちながら聞いているだけで、まだ、自分のことは何も話さないが、それでも、正一郎は話し続けた。


 やがて、


「――正くん、ありがとう」


 と、一言言った。


「へ? ありがとうってなにが? 俺は自分の話をしてるだけだよ?」


「うん。でも――、ありがとう」


「は、はは、なんだろう、照れるな」


 しかし、そのやり取りで、話は止まってしまった。


 正一郎は、急いで次の話題を探しに頭の中を駆けまわった、が、ほとんどしゃべり終わっていて、適当な話題が見つからない。


 焦りが出始める。話を繋がないと、この時間が終わってしまう。


「あ、あの、それでさ、えーと――」

「もう大丈夫だよ、正くん。だから、『ありがとう』、なの」

「え?」


 正一郎が話題が出てこないで焦っていると、葵がふわりと笑って見せてくれた。


 嬉しかった。


 やっと葵の笑顔を見れた気がする。


 正一郎は胸が高鳴って、思わず、顔を逸らしてしまい、そして、張っていた気が少し抜けてしまったのだろう、自分が思ってもなかった言葉をつい漏らしてしまった。


「葵は――。葵はどうしてたんだよ、この春の間――」


 正一郎は驚いた。考えてもいなかった言葉がいきなり口から洩れたことにだ。

 頭の中では、それは言うまいと思っていたのに、いったいどこから出てきてしまったというのか?

 正一郎は「想いが溢れて言葉になる」という現象を初めて味わっていた。


 しかし、すぐさま、頭が反応してくれた。


「あ! いや、言いたくなければ、いいんだけどさ――。その、今のは――」


「私はね――」


 正一郎が慌てて取り繕おうとしたのに合わせて、葵が言葉を返してくる。


「私は、ずっと、後悔してたんだ――」

「後悔?」

「うん――。だから、今日はその話をしようと思って正くんに連絡をしたの。なのに、本当に正くんが来てくれたから、その、なんだか、嬉しくって、申し訳なくて、いろいろなことがぐちゃぐちゃになって――。だから、ありがとう、正くん。話せるようになるまで、待ってくれて」


 葵の表情はまだ笑顔のままだ。だけど、その目に何かしら決意のようなものが見える気がする。


 正一郎は焦った。

 葵の次の言葉が一体何なのか、それを聞くのがとても怖くて怖くて仕方がなかったんだ。

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