第9話 よくわからない感情、混乱


「正一郎? だいじょうぶ? 今の女子、知ってる人なの?」

 あやかが心配そうに手を差し伸べてくれている。


 が、正一郎の心はぐちゃぐちゃに壊れそうだった。


「ご、ごめん、あやか、今日は帰るわ――」

「え? あ、お店一緒にって――」

「だから! あやまってるだろう! ――たのむよ、一人になりたいんだ」


 正一郎は思わず大声を上げてしまってから、あやかの顔も見ずに玄関から飛び出してしまった。


 とにかく頭が混乱している、胸の中もぐちゃぐちゃだ。なぜ俺は今走っているんだ? どこに向かうつもりなんだ? 何も考えられない――。


 シンヤって誰だよ!!


 アイツと一緒だから俺はもう用済みってことか!!


 あ、あやかに悪いことしたな――。アイツは何も悪くないのに、嫌な思いをさせちまった。


 気がついたら御苑ぎょえんの通りの途中だった。

 

 正一郎は足を止めると、御苑の通りの脇にある緑地の中に足を踏み入れ、一本の松の木の下で立ち止まった。



まもるも大学行くんでしょ? 何を勉強するつもりなの?』

『私は――。わたしはね、お医者さんになりたいんだ』


 ついこの間のことのようだ。

 この前の冬、講習の帰りに「ここ」で、そんな話をした。


『お互い、頑張って夢をかなえようね!』

 とそう言って目をキラキラと輝かせていた葵。


 その時に俺は決意したんだ。暁桜高校ぎょうおうに合格したら、想いを伝えるって――。


 なのに――。

 なんでだよ?

 何がいけなかったんだよ?


 正一郎はその松の木に手をついていたが、気がついたら木の幹を叩いていた。

 手がジンジンと痛む。が、怒りが収まる気配はない。


 くそぉ!


 わからないことばかりだ。


 わからなくて、わからなくて、ただ情けなくて。気がついたら、涙があふれている。


 ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!


 なんどもなんども、そう心の中でつぶやく。しかし、どうやっても、試験の問題のように解答が現れるわけじゃない。


 正一郎はついにその場に座り込んでしまった。



 それから何時間が経過したのだろう。

 気が付くとあたりは静まり返って、通りの街灯が点灯しているのが見えた。


 何時だ?


 スマホを取り出して時間を確認しようとした。SNSの通知が届いていたが、今はそれよりも時間が先だ。


 ――9時12分。


 マジかよ? さすがに親に電話入れとかねぇと捜索願でも出されたらかなわない。

 慌てて親に電話を入れ、予備校で友人に出会ってご飯を食べてたとか何とか嘘をついてごまかす。

 

 それを切ってから、自分の言葉を思い出す。


「あ、飯食ったって言っちまった。何か食わないと、帰ってもなにもないかもだな――」


 正一郎はようやく立ち上がると、駅の方へと向かって歩き始めた。



 駅の周辺にはいくらか食べ物屋が並んでいる。正一郎はその一件に飛び込むとさっと食事をすませた。

 時間はもう10時に差し掛かろうとしている。


 スマホを取り出して時間を確認した時、SNSの通知があったことを思い出す。



『正くん、お話ししたいことがあります。明日15時30分、予備校のロビーで待っています』


 まもるからだった。


 これまで未読だったメッセージにはすべて既読が付いていて、最後にそのメッセージが付け加えられている。


 メッセージの発信時間は「19:48」となっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る