第6話 穏やかな生活と小さな幸せ

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ゼスと友達になったあの日から約1年が経った・・・


「エスト様、バーネット子爵様がご到着されるお時間です・・」


「あ、ああ・・もうそんな時間か・・・」


そう部屋の入口で頭を下げたままエストを待つゼスに向かって「フンッ!」と読んでいた本を枕元に放り不貞腐れながらベッドに腰を落とすエスト・・今年で12歳を迎えていた


「如何なされました?エスト様・・・婚約者様・・ザビーネ様をお待たせしては・・」


「ゼス?僕は何時も言ってるよね二人きりの時は畏まった話し方はやめてって・・」


ゼスは頭を下げた状態で溜息を吐き・・顔を上げ部屋の前で左右を確認すると部屋に入りドアを閉める


「エスト様・・・いい加減に我儘は止めて下さい・・只でさえ俺は平民の従者だって皆から白い目で見られてるです・・」


この時、ゼスは14歳・・体はすっかり良くなり育ち盛りだったのか身長はこの2年でグングン伸びている顔立ちも精悍な好青年となり鍛えられた肉体は服の上からも判る


「そんな連中もゼスの剣の腕の前に皆、黙ってるじゃないか」


「はぁ~エスト様ぁ・・・俺は騎士爵を持ってない平民ですよ?それが次期ローファット家当主の周りで従者をしてる事を良く思う奴なんて居ないでしょ・・俺の苦労も判ってくださいよ・・」


そんな話をしていると部屋のドアが開き、ゼスは慌てて俺に畏まって見せる


「はぁ~エスト様まだ着替えも出来てないんですか?・・・ゼスも何でそこで待っているだけなの?」


部屋に入って来たのはミリアだった


「ミリア様・・・それが・・・」


言いにくそうにしているゼスを横目にミリアはエストを睨み付ける、ミリアの視線に耐え切れずソッポを向くエストの前に立ちエストの顔を自分の方に向ける


「エスト様!ちゃんとして下さい!毎日毎日ゼスを困らせてぇ・・・普通は歳を重ねると成長するものですがエスト様は逆に子供の様に我儘になっておられます!」


手厳しいミリアの叱責に、「ううううう」と唸るエストはミリアの顔の奥に見えるゼスが大きく頷いているのが見えた


「ゼス!何頷いている!!頷いてないでミリアに誤解されない様にフォローしろよ!」


「ふふふ・・エスト様ったら・・」「くくくくく」


悪戯っぽく笑うミリアに、顔を背けて肩を震わしているゼス・・・


(俺は今、生まれて来て一番幸せだ・・本当に生きてるって実感する)


ミリアの髪をそっと撫でるとミリアと目線が合いそっと口付けをする・・・・


ミリアがこうして俺の専属従者となったのは今から半年ほど前だ


ミリアは年齢的にも何処かの騎士に嫁ぎ家庭に入ってもおかしくない年齢だったが・・彼女は別の道を選んだ・・・


つまり、貴族の妾となる事だ・・・その事を実家に告げ、親家のローファット伯爵であるラウンドに報告した所


ラウンドから自分の妾になるかエストの妾になるか選択せよと告げられ、二つ返事でエストの妾になる事を選んだ


ラウンドも自分の子供と変わらない歳のミリアにさほど興味も無かったので、固執する事も無く再びエスト専属の従者を命じた


その事からも、ミリアの方でもエストに想いも有った事がわかる


しかし、身体の関係になるのは許嫁たるザビーネ様を差し置いては許されず未だ口付けをする程度だがそれでもエストは長年憧れていたミリアと妾とは言え添い遂げる事ができると喜んでいた


「はぁ~エスト様・・・ミリア様もいい加減にしてください・・・本当にバーネット子爵様よりご不興を買いますよ」


入口付近で額に手をあてて首を振りながら溜息交じりにゼスが愚痴をこぼす


「ふふ、ザビーネ様も待っておられますので早く支度をしましょう」




二人に急かされ渋々準備を始める


(僕にとって、この二人と過ごすこの時間がとても貴重でとても幸せだ・・・)



ミリアが先導しゼスが後ろからザビーネへの贈り物を大事に掲げながらエストの後ろに付き従う・・・


ローファット家、バーネット家其々の騎士がドアの両端で警護している


エストが応接室のドアの前に立つと、右拳を胸の前に掲げ重厚な入口のドアを開ける


応接室の奥には既にラウンドと向かい合ってバーネット子爵家の現当主、カロッゾ フォン バーネットが楽しそうに談笑していた


ミリアは入口より先には入らず閉まるドアの前で深々お辞儀をした、ゼスはザビーネへの贈り物を頭の上に丁寧に掲げたまま応接のドアの前に傅く


エストはテーブルの前まで歩きその場で傅き軽く頭を下げる


「この度バーネット子爵に置かれましては、我がローファットへご足労頂き誠に有難う御座います、このエスト フォン ローファット心より歓迎申し上げます」


チラッと後方のゼスと目配せすると、ゼスはじゃがんだまま器用に前に出てきてザビーネへの贈り物をエストに掲げる


「此方、ザビーネ様への私からのささやかな贈り物です、どうかお納めください」


エストは胸に手を当て軽く頭を下げる


「エスト様、お心遣い感謝致します」


ザビーネは表情を崩事なくカーテシーで礼儀を示す


「エスト、ザビーネ穣をお庭に案内せよ、儂はカロッゾ殿とここで歓談しておるので見事婚約者殿をエスコートするのだ」


エストは跪きザビーネに右手を差し出すと、それを合図に、ゼスは静かに低い姿勢のままドアまで下がりバーネット子爵お抱えの従者に贈り物を手渡す


ゼスがドア迄下がったのを確認してザビーネはエストの手をとりもう一度カーテシーで答える

エストはザビーネの手を軽く握ると


「父上、バーネット子爵、失礼致します」


そう頭をさげ応接室を後にする

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