かけつける 2

「またか! 騙された!」

 アルは執事から答えを聞く前に母の自室に向かう。メリッサは訳が分からない様子のまま、アルについていくしかない。

 2階の奥にある母の自室に入り、寝室に向かう。寝室ではボルダリングをするようなラフなスポーツウェア姿のアルの母がベッドに横たわり、2人の顔を認めると苦笑いした。

「ごめーん。休暇中なのに~~」

 そして半身を起こして両手を合わせて謝った。

「母さん! 意識不明って!」

「ちょっと頭をぶつけて脳しんとうを起こしたの。下にマットを敷いてあったんだけど打ち所が悪くてね」

「もう! 心配させないでくれよ。騙されたかと思ったよ」

「まさか執事があなたを呼ぶとは思わなかったわ。辛いから寝てただけなのに」

 メリッサの顔を見る。彼女には迷惑をかけてしまった。申し訳ない気持ちで一杯だ。しかしメリッサの目は踊っていた。

「君も知ってた?」

 メリッサは首をぶんぶんと大きく横に振った。

「この計画を立てるときにお母様にご相談したとき、こっちにくればいいのになんておっしゃっていたので、もしかしたらとは思っていましたが、知りません。知りませんでした」

「やあねえ、お母様じゃなくてエマって呼んでって言ってるじゃない?」

 エマはメリッサを見て砕けた口調で言った。彼女はメリッサがお気に入りなのだ。

「アルフォンス、本当に彼女は知らないし、最上階に閉じ込められるなんて素敵なイベントに私が水を差すわけないでしょう?」

 それもそうだ、とアルは納得する。まだ3日目だ。万が一にもまだメリッサと結ばれていなかった場合のことを考えると、騙して呼ぶタイミングではない。それを想定しない母ではないはずだ。アルは近くに置いてあった椅子に腰掛け、盛大にため息をついた。

「まあ、良かったよ。大したことなさそうでさ」

「でも、脳しんとう以外にも問題があって、脚を捻挫してしまってね。処置はしていただいたんですけど、動くのがちょっと不自由なの」

「人はいくらでもいるだろ?」

「まあそうなんだけど、困ったことになっているのよね、ね、メリッサ」

 エマはとぼけたような、それでいて困ったような顔をした。メリッサはエマに言われて合点がいったようで、そうかと言わんばかりの顔で口を開いた。

「そういえば、明日、チャリティパーティがこの邸宅で開催されるんでしたね」

「午後からセッティングが始まるのよ」

「大丈夫です。お母様の代わりに私が仕切りますから」

「その言葉、待ってた。ごめんね。で、エマだから」

 当たり前だが、メリッサはアルの母をまだファーストネームで呼びにくいらしく、苦笑いして誤魔化していた。日本人みたいだ。そして気がつく。

「チャリティパーティ?」

 少なくともアルの記憶にその話はない。

「DV支援の寄付を募るチャリティパーティを計画していたんです。私もお手伝いするはずだったんですが、お母様――エマさんが自分に任せてっておっしゃって」

 社のDV被害者救済プログラムは財団を設立して、その財団に運営を任せているが、エマがその責任者の1人だったことを思い出した。もちろん発案者のメリッサも運営に関わっている。アルには財団の活動報告が定期的に来るだけだ。だから知らなかったのだ。

「ごめん。まだ休暇中だと思うけど、この2日間、チャリティパーティの運営をお願いしたいの!」

「喜んで!」

 メリッサは腕まくりをしそうな勢いでガッツポーズをとった。

「よかった」

 エマは心から安堵した様子だった。

「ところでアルフォンス。こんな可愛らしいお嬢さんと2晩も密室にいて、何もなかったなんて事はないでしょうね」

 エマは目をキラリと輝かせ、2人を交互に見た。アルは何も言えないし、メリッサも固まってしまった。それだけで彼女には答えが伝わったらしく、満足げに頷いた。

「よろしい。あと一押しだと思っていたのよね。メリッサ、愚息をよろしくね」

「アルが私に飽きて手放さない限り」

「飽きないし、手放さないよ」

 アルはメリッサを安心させようと彼女の頭をポンポンとやった。

「よろしい。そのうち、本当に近々、男らしい責任をとることも視野に入れておきなさい。いいですね」

 アルは母のジェンダー差別発言にこわごわと頷いた。メリッサの方が怖じ気づいてしまわないか心配になったが、メリッサに目を向けるとその心配は無用のようだ。彼女は恥ずかしそうに俯き、赤くなっていたが、目は喜びに輝いていた。

 こんなに上手くいっていいのか、アルは少々心配になる。まだもう一波乱二波乱あるのではないかと身構えてしまう。そしてそれはすぐに現実になることを、このときのアルはまだ知らなかったのである。

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