2人で迎える朝 2

 メリッサは観光地の映像を見ながらストレッチだ。

「こういうところに興味あるの?」

 アルがメリッサに聞いた。映像はバリ島のような高級リゾート地だ。

「いえ。根が貧乏なので逆に楽しめないと思います」

「そうか。それは善し悪しだな」

「別に行ったら行ったで楽しむ自信はありますよ、念のため」

「気分だけはここでもリゾートだから、僕は問題ない」

「仕組まれたのに前向き~~」

「もちろん1人だったら怒り狂っているけどね。ただの監禁だ」

「だから私がいるんじゃないですか。リゾート地でのアバンチュール、試してみます?」

 メリッサはアルとの距離があるので余裕で投げキッスをしてみる。

「おお。虚勢張ってる」

「虚勢言わないでください。実際そうですけど」

「無理しないでいいよ。でもそれも君らしいか」

「私らしさってなんでしょう?」

「僕が知っている君が、僕がいう君らしさ。だから違う側面があることも分かっているから深く考えないでくれ」

「難しいですね。でも気分だけでもリゾートというなら、お昼は下のホテルにそれっぽいのをデリバリーしてもらいますか」

「手作りだけじゃリゾート感は味わえないからね。それも選択肢だ」

 アルは微笑んだ。本当にリゾート気分でいてくれるのならそれがいいのだが。気持ちを浮つかせてもっとリラックスしてもらって、彼の本当の気持ちを聞きたいものだ。

 ストレッチと軽い筋トレ。

 リラックスできるように大型スクリーンには美しい自然の映像と環境音楽を流す。

 筋トレに飽きたのか、アルはタブレットで読書を始める。メリッサはストレッチを続けながら聞く。

「泳がないんですか」

「もっと外が暑くなってから」

「それはそうですね。私も待ちます」

「君もまた泳ぐのか」

「ええ。何か問題でも?」

「イヤ特に」

 意識してくれているらしい。事故でビキニの紐がほどけたりしないだろうか。いや、少し緩くしておくか。きっと喜んで貰える。そう信じる。いやいや。高層ビルの最上部とはいっても余所の高層ビルから見えないわけではない。誰が見ているのか分からないのだから、そういう事故はノーサンキューだ。

「なにか問題でも?」

 アルはメリッサの言葉を繰り返した。どうやら自分は百面相をしていたらしい。

「いえ、こっちの話です。ビキニの紐も結び目がほどけちゃったら、他のビルから見えるかなーとか」

「うわあ。確かに誰か見ていないとも限らないからね。普段は泳いでいない屋上階のプールで水着の美女がバカンスしてたら、それは目が向かうだろうし」

「望遠鏡があったらばっちり見られてしまいますしね」

「くれぐれも紐の結び目はしっかりと」

「じゃあ確認して、緩かったら結び直してくれます?」

 ちょっと踏み込みすぎただろうかと思ってアルの様子を窺うと、アルはやや赤くなって固まっていた。

「それは、もちろん」

「やだなあ。冗談ですよ。自分でできるようにできているんですから」

「それはそうだな」

 アルは苦笑し、目をそらした。

 うんうん。想像してくれた。想像だけでいいのだ。

「ああ、忘れてました。私としたことが」

 そして立ち上がって座っているアルの側に立ち、頬に唇を寄せてキスをする。

「おはようございます。朝のご挨拶を失念しておりました」

 アルは目を丸くして、パチパチさせたあと、言った。

「おはよう」

「まだ、私の意図が分かりませんか?」

「うん」

「私もボスの意図を受け取りあぐねています。だって本当にあなたの仕事中毒ワーカホリックが私と一緒にいるためだなんて、そう簡単に信じられませんので」

 それはメリッサの嘘偽りない気持ちだ。

「そう。だろうな。しかしそれが嘘ではない1番の証拠は、仕事をしていなくても怒ることもなく穏やかに読書している今の僕じゃないのかな」

「確かに激怒されるとばかり思っていました」

「君が一緒にいてくれれば、いつもの執務スペースだってリゾート地さ」

「あら、決め台詞です?」

「絵面に引っ張られただけだ」

 大型スクリーンにはいかにもリゾート地らしい南国の風景と大海原が映し出されていた。

「なるほど。リゾート地なら少しは緩みますか?」

「何が?」

「その強面」

「いうね」

「私は強面って思っていないのですけど。それはきっと好ましい殿方だと認識しているからだと思うのですよ」

「それは嬉しいね」

 アルは自分の顔を手で確かめるようにさすった。

「だが、心配していることはある?」

「押し倒してくださる?」

 メリッサは氷の秘書な感じでとぼけて答えて見せた。アルは真面目な顔でメリッサを見上げた。

「そのあと、休暇が終わって、君が引き続き秘書でいてくれるかどうかだ。君がいないと仕事にならないのもまた事実だからね」

「やっぱり。ちょっと嬉しかったのに結局仕事なんですね」

 メリッサは心底がっかりする。それがアルの本音かもしれないと思うと、やるせない。

「どっちも僕だよ」

 メリッサは頷く。激務が今の彼を作っていることもまた事実だと思うからだ。

「では、私の方が頑張ることにしましょう。仕事の澱を掃除して、あなたの本当の気持ちを見つけるまで。まだまだ時間があります」

「そうだな。僕を信じて貰うまでまだまだ時間がある」

「それでは競争ですね~~」

「うん。競争だ」

 なんて会話だろう、とメリッサとアルは顔を見合わせて笑う。お互いまだ疑念を抱きつつも、そして自信がなくても好意は確かに伝わっている。それが嬉しい。着地点を考えないまま、少しずつ時間は過ぎる。まだ休暇は長い。しかし無限ではない。終わりは必ず来る。終わってみればそれはあっという間だったということになりかねない。

 そうならないようにメリッサはぎゅっとビキニのブラ紐を結ぼうと心に決めたのだった。

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