第11話 2人で迎える朝

2人で迎える朝 1

 セクシーな男性と一緒の毛布にくるまって、男性に対する免疫がないメリッサが眠れるはずがなかった。

 ものすごい勇気を出して添い寝に行ったというのに、ものの見事に本当に添い寝しかなかった。いや、まあ、自分がそう最初に言ったから、アルが律儀にそれを守った可能性は高いのだが、それでも自分の勇気が空振りしたことのショックとダメージは少なくない。

 眠ろうとするとアルの寝息や、男の匂いが――不快ではない、胸がドキドキするような匂いがメリッサに迫ってくる睡魔の邪魔をした。

 いっそ寝かせて欲しい。

 と思っているとそのうちに本当に眠ってしまった。なにせ万年の睡眠不足だ。極めて好ましく思っている男性と同衾していても眠りについてしまうほど、メリッサの中にいる睡魔は強力な力を蓄えていた。目を覚ましたのは仮眠ベッドから落ちたからだった。

 彼は普通に眠っている。自分は片足がベッドから落ち、それに引き摺られるカタチでゆっくりと仮眠ベッドから落ち、目が覚めた。同時に毛布を引っ張ったので、アルも目を覚ました。

「寝相が悪いのは君の方だったな」

「いじわるです」

 メリッサは立ち上がり、思い切って、半身を起こしたアルの頬に軽くキスをした。

 アルは文字通り目を丸くした。

「今夜は君の仮眠室の方からベッドを持ってきて、くっつけよう。間が離れないよう脚は結んで固定すれば大丈夫だろう」

「え?」

 それは再び添い寝する前提の言葉だ。死ぬ思いで絞り出した勇気によって添い寝が実現したのに、アルは今夜も当然のように添い寝すると思っているらしい。

「そう、ですね」

 メリッサは動揺を隠し、頷く。当然と思われているのなら都合がいい。今夜もチャンスが巡ってくるわけだ。それに添い寝した甲斐があって、彼が自分と一緒にいたいから仕事に没頭していたことを告白してくれた。それは望外に嬉しいことだった。

 あとは誠意のある言葉が欲しい。なし崩しになることだけは避けたかった。

 仮眠室には窓がないので暗いままだが、デジタル時計は朝の6時を示していた。けっこう長い時間寝ていたらしい。眠れないと思ったのに。メリッサは自嘲する。

 メリッサが仮眠室の扉を開けると日が差し込んだ。

「綺麗だ」

「本当に」

 執務スペースの全面ガラスから入ってくる朝日は本当に美しかった。

「君が」

 映画でも言わないような台詞がメリッサの背後から聞こえ、硬直した。きっとアルもいたたまれなくなっているに違いない。

「そ、それは――脚が? お尻が?」

 Tシャツしか着ていない。考えてみればお尻は丸見えだ。しかし昨日、もう水着で見せたあとだ。ここで動揺はしない。してはならない。

「部分じゃないよ」

 メリッサは振り返った。アルは恥ずかしげに頭をかいていた。

「ふふ。ありがとうございます。朝ご飯、何か作りますね」

「やっぱブラしてたんだ」

 シルエットで分かるらしい。

「ナイトブラを。していないと崩れるので」

「そんなものか」

 過去の恋人はしていなかったのだろう。男と寝るためだからしなかったのかは分からないが、そんなところに男の人は目が行くのだなと新鮮に思う。

 自分の仮眠室でデニムのパンツを履き、そういえばクリーニングに出すものをまとめなければと思い立つ。そのためにはさっさと朝食を作らなければならない。

 昨夜のポトフで加工肉を食べたが、そもそもそんなに多く食べていいものではない。健康志向が強いアルのために玄米サンドイッチを作る。コーヒーも淹れる。これはいつものコーヒーだ。変える必要性を感じない。

 アルはトレーニングウェアのまま打ち合わせテーブルに着き、大型スクリーンでニュースをチェックする。

「ごめん、君に作らせて。洗い物はするから」

「わかりました。そういえば同居人設定、生きてましたね」

「そう、ありたい」

 間があった。失言だった気がする。少なくとも物理的な距離は近づいたはずなのに。同居人という言葉が、自分は他人なのだとアルを追い返してしまったような気がする。

「いいんですよ。私が作りたいんですから。そう決めたでしょう」

「そうだったね」

「ちょっと引き戻さないとと思って」

 そして打ち合わせテーブルに玄米サンドイッチとコーヒーを置く。

「おお、日常」

「でしょう?」

 しかしアルが1人で食べ始めることはない。メリッサが座るのを待つ。

「食べよう」

「はい」

 こんなささやかなことが嬉しい。

 全面ガラスの向こう側に見える街は、動き始めている。ハイウェイの高架には車が列を成してスピードを出して走っているし、碁盤の目のような街路には人が行き交っている。休暇が終わらなければその光景の中に2人が吸い込まれることはない。今はあくまでもガラスの向こう側の光景でしかない。

 皿とカップが空になるとアルは言葉通り、自分で下げて洗い物をして戻ってきた。

 まだ7時にもなっていない。

「何をすればいいんだろう。おお。問題点に気がついたぞ。朝は65階までいつも階段で上っているのに、それができない」

「それは水泳でカバーしましょう。十分な運動量になるはずです」

「確かに。今日も泳ぐとして、あとはなにをするかな」

「好きなことをすればいいじゃないですか。自由な時間を楽しむのも才能ですよ」

「これは手厳しい指摘だな。自由な時間を持て余す人間にはなりたくない」

「ええ。本当に」

 アルはまずこれからだと言わんばかりに筋トレを始め、しばらく続けたあと、一休みした。

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