職業勇者概要。
コムギ・ダイスキーノ・アレルギノフ
職業勇者概要。
はじめに
勇者のなり方としてかつて一般的であったのは、「王の命令で魔王を退治する」というものであろう。国家の威信を背負って少量の武器と金銭を与えられ、後は自由に旅をする。そこには保証制度もなく、国家としてのバックアップ体制が成り立っていない。おまけに、街の人々の対応も放浪旅人とあまり変わらない様子であった。
勿論、国家サイドも脅威となる存在に対抗する意思を持つ、「勇気ある者」を集っているだけで、あとは自己責任となるのには理由があった。勇者として名を挙げようとする者たちはこの世に数多存在しすぎたのだ。だから与える装備品も少ないし、継続的なバックアップ体制なんてもってのほかである。
いわゆる少量の装備を転売目的であったり、冷やかしに来る輩もたくさんいたことだろう。国家の勇者にかける予算もいい加減というか、志あるもの誰でも皆平等に最低限度のバックアップは効率が悪すぎるという意見があった。
やがて、そのようなゴロツキの増加は社会問題となった。魔王が倒されたあとも失職勇者として、世界各地に氾濫していたのだ。そのような現状を嘆いた初代勇者は勇者の職業制度実施に動き始めたのだ。
新たな脅威に向けて、いつでも上質な勇者を揃える制度で、国家予算もどんぶり勘定で肥大し続けるよりも、制度として管理することにより安定する。そしてなによりも勇者の地位向上というのが目的であった。ふるいにかけることにより、優秀な人材のみ選び抜き、ある程度実力者で少数先鋭を目指す。軍隊とは違う新たな制度としての職業勇者の成立を目指した。
そして、魔王を倒した勇者とその関係者の尽力により、時代の後押しもあり職業勇者は見事成立。この書はこの度、制度成立100周年を迎えたことを記念し、改めて職業勇者を周知する目的で出版される。
第一章 勇者のなり方
試験概要
勇者とは免許制度である。年齢8歳以上の男女が対象となり、毎年三月と九月の二回に試験が行われる。この免許を得れば晴れて勇者となり、様々な特権を受けることができる。いわゆる国家や行政によるバックアップである。これらの詳細は後述することにして、まずは試験制度についておさらいしてみよう。
勇者試験は毎年、各地域の冒険省の管轄で行われる。試験科目は筆記、実技、面談の三科目に分かれている。筆記科目は勇者として必要な冒険の知識や国の時事を問われる。冒険者として生き延びるための知恵は必要不可欠で、さらに現状の時事を把握し、時代が求める行動をとることが求められるのである。この筆記は科目限定されていることもあり、大学受験程度の勉強さえすれば簡単にパスすることができる。
そして、次に実技試験である。これは剣を用いての演舞となっている。かつては対戦形式というショーの要素があるものであったが、これによりけが人などが続出し、多くの才能を摘んでいるという勇者協会からの指摘もあり現状制度に変更された。ちなみにこの科目で多くのものが振るい落とされており、多くのものはここを突破することに腐心する。
演舞は剣術を基礎科目として、もう一種類、自由な武具を用いて行う自由科目の二つで行われる。剣術はすべての基礎であり、これをおろそかにすると合格は絶対ないのが現状である。対して、自由科目は剣術以外の得意分野で勝負することができ、特に珍しかったりすると勇者免許取得時にいろいろとスカウトなどの恩恵を受けることができる。つまり、自分の持ち味を売るには絶好のチャンスなのである。
ちなみに。実技演舞の内容としては、太刀を振るう事、これだけが求められる。なんでも一太刀の振るい方でその者の実力が分かるらしく、その審査基準は採用担当者のみ知るところである。
そして、最後に面談があり、筆記と実技を合格したのものがここでふるいにかけられる。勇者の採用人数は年々、時勢に合わせて変更されており、ここでは人数調整の意味合いが強い。勇者としての心構えや人格面から総合的に判断され、合格したものが晴れて勇者となれるというのは建前であって、現状はコネをいかにもっているかということが重要なのである。王立の勇者養成機関で学んだものは勿論、優先的に採用され、その次に冒険省関係者、そして、予備校などで口添えを受けているものなどがあり、その次にコネなしで挑んだものが実力順で争うことになっている。
現状、なんらかのコネ枠が合格者の8割を占めており、コネを持たざるもの達からの批判の声も大きい。しかし、コネクションを持つものこそが免許取得後も各種関係者の恩恵を受けやすく、効率的に冒険が行われるという意見もあり、現状では仕方がないものとして扱われているのだ。
したがって、相当な実力者でなければ正面突破は難しく、多くのものは予備校や勇者免許を持つものが開く私塾に通い、試験に挑んでいるのだ。
受験者現状
勇者試験の概要がわかったところで、受験者の現状を確認してみよう。8歳以上の男女ならば何歳でも受けることができるが、基本的に受験生は28歳以下が多い。国家も多重浪人勇者の存在を快く思っておらず、かつ30を超え勇者志望者というのは世間での風当たりも厳しいものとなっていく。
そして、男女比であるが男・九割八分、女・二分というのが現状である。武力、知力、コネクションを必要とし、男社会である勇者界は女性の存在はあまり歓迎されていない。それでもかつての時代に比べ、女性勇者の存在は近年増加傾向にあり、ある種女性の社会進出を反映したものであると考えられている。
もっとも、女性は魔法使いとしての適正があるため、そちらを目指すことが多く、その制度の方が確立されており、ある程度の住み分けができているのである。ちなみに、魔法使い志望者にも近年、男性が増加傾向にある。そのことについては後述する。
18歳になるまでに勇者を志すものの多くは、基礎予備校や私塾に通う。これは義務教育である国民学校と並行して行うものであり、ストレートでの免許取得は困難を極める。また、地方の農村部では国民学校に通わず、勇者のみ目指して幼少から奮闘するという家庭が続出し、一種の社会問題となっており、勇者制度の確立は就学率の低さという問題を誘発しているという声もある。
基本的には、国民学校卒業後も勇者を志すならば上位予備校に通うのが一般的である。四年制度のものが多く、四年間をかけて勇者の基礎をみっちり学ぶことができる。勇者予備校というのは社会としてもある種のステータスとなっており、例え勇者になれなかったとしても就職には有利となるため、そういう目的で通うものも近年では増えてきている。
勇者予備校は基本的には私立のものが多く、そこで教える講師の多くは免許を取得した職業勇者である。現状では勇者の冒険稼業だけでは生活に困るものが多く、ここである程度稼ぎを得てから、冒険の準備を行うというものが多い。後進を育てるものも勇者の義務の一つであり、半年間、講師として金銭を稼ぎ、もう半年は冒険に出るというサイクルが職業勇者の一般的な暮らしである。
勿論、私立校だけでなく国立の勇者予備校も存在する。表向きには勇者養成機関ではなく、軍幹部を育成する機関であるが、これは軍内部の事情によるものであるため詳細は後述させていただく。
国立予備校は幼年期からの一環教育を行っており、エリートを育成するのが目的である。先述したように軍の幹部養成が表向きであるが、近年では実質的に勇者養成の目的で入学することが多い。生徒の多くは富裕層が多く、職業勇者の子供や大手企業の子供などさながらエリート揃いであり、多くのコネクションを持ち、勇者界のみならず、卒業後は多岐に渡った分野で活躍するものが多い。
現在、登録されている勇者の数は五万人あまりだとされている。これは我が国の人口1200万からすると0.4%という少なさである。そんな中、勇者志望者数は年間30万人いると考えられている。これは我が国の0~30歳の人口が400万人であり、勇者適齢年齢にあるもの(8~28歳)の人口は20万人いるとされ、その中での男子は約03万と考えられてているため、その年代の三人に一人が勇者を目指していると考えられている。
年間採用総数は春秋通して600~400人に限定されており、その倍率は約600倍となっている。最も記念受験も多く、勇者試験というのは男としての腕ためし的な意味合いが強く、他業種への就職にもある程度は有効な指標とされるため、本気の受験者層としてはその上位5万人に絞られるであろう。それでも倍率00倍なのだから、いかに勇者が難関で名誉にあふれた職業であるかがわかるだろう。
派遣勇者制度
一般的には8歳から勇者予備校に通い、4年間計8回のチャンスの中で勇者を目指すものが多い、しかし、実際にはその4年間だけで合格できず路頭に迷うものも多数存在する。そんな者たちのためにある制度が「派遣勇者制度」である。冒険というのは免許を持つ職業勇者や魔法使いのみで成り立たないのが現状である。そんな冒険の負担軽減、浪人者の救済を目的に設立にされたのだ。
職業勇者と違い、派遣業であるため各種特権は受けられず、派遣会社に登録し労働給を受け取るだけの存在であり、使い捨ての側面が強い。それでも実践経験が積めることや、目指すべき勇者とともに仕事ができることもあり、有用な制度として重宝されているのだ。派遣勇者というのは20歳から登録することができ、予備校で学びながらここで実践の経験を積む者が多い。しかし装備は自己調達であり、給与もあまり高くないためその環境はいいとは言えないが、何よりも実践経験がえれるのは必要不可欠なのだ。こうして浪人派遣勇者として実践経験を積みながら、勇者試験突破を目指すのが基本的なあり方である。
ちなみに派遣勇者は28歳を超えると人体の老化などの観点から基本給や各種ケアが軒並み低下する。なので28歳をある種のデッドラインとして勇者を諦める者が多く、勇者志望者が28歳以上は凄まじく減少する一因となっている。
そして、勇者試験も28歳以上の合格者率は軒並み低下している。なんらかのコネクションを持つものでも面談の段階で年齢を考慮され弾かれてしまう可能性が高いのだ。やはり、国家の姿勢としても28歳以上の受験者には実質的に引導を渡すようになっているのである。
私塾制度
勇者を目指すルートは予備校に通い、派遣業務をこなす以外にも私塾という道がある。私塾とは主に都市部から離れた農村部に点在し、勇者免許を持つものにより、個人的に経営される塾である。
予備校といのは都市部に集中しており、なおかつ私立で四年間通わないといけないということもありその学費は高い。そのような条件にそぐわない農村部の家庭に生まれた受験生のための制度であるといえよう。
私塾は基本的には半年単位から通うことができ、学費も予備校に比べると平均4分の一という調査結果が出ている。少人数制をとる場所が多く、マンツーマン指導を受けることができるなどのメリットも多い。また、都市部のシステマチックな派遣制度に比べると、その地域一帯の勇者利権を一気に引き取ることができ、免許取得後はその地方に残り、仕事を全うするものも多いのである。地域のコネクションが強く、免許取得後もすぐさま勇者独立を目指すことができるのも魅力である。
しかし、やはり指導力の点でいうと予備校にはいくらか遅れをとっており、職業勇者の我流であるという問題も否めない。また、大手予備校も最近では農村部にマーケティングを展開しており、その巨大な勢力に太刀打ちできないという指摘もある。
指導力の問題については幾つか制度としての歪さが原因となっている。農村部の勇者は現状、不足気味であるため、冒険省の計らいで、農村部で私塾を開くものには莫大な補助金が入る制度があるのだ。それに目をつけた都市部で仕事に有り付けない職業勇者が利用するというケースが多く、志の低い指導者になってしまうというのが原因の一つである。
もっとも、勇者免許を持っている時点で実力は折り紙づきなのだが、補助金を使いすぎという指摘もあり、曖昧な態度での塾経営を行うものが続出している。その証拠に、試験合格率は都市部の予備校と比べるとあまりにも低いというデータがある。
しかし、貧困家庭などからも勇者を目指せる制度ということもあって、農村部では存続し続ける制度であろう。何しろレベルが低いといっても本物の職業勇者の指導を受けることができるというのはありがたい。ただし、私塾専業で何年も冒険に出ていないという職業勇者もザラであり、最近では、年齢を重ねた壮年勇者の後進指導の場として受け皿もあり、最新の受験システムに対応しきれていないという課題もまだまだ多い。
コネについて
コネが横行する勇者受験制度であるが、その詳細について補足しておこう。
勇者試験において応募要項には推薦保証人という欄が存在する。この欄は受験者の身分を保証するもので、受験に不正などがあった場合はもっぱらその推薦人の監督責任として罰されるのだ。この推薦保証人は成人しており、身分保証ハンコさえあれば誰でもなることができる。
その推薦人の名前こそがコネに大きく関わってくるのだ。職業勇者ならもちろん優先的にコネが働き、面談における優遇を受けることができる。対して、平民階級ならば最低限度の保証人としてしか意味合いを持たないのだ。予備校などは経営者の職業勇者のハンコを一律でもらえるのが慣例であり、よりより保証人を手にいれるためには予備校に入るほかないのだ。
受験者に粗相があった場合、監督責任として罰せられるなどそのリスクは甚大であり、ハンコを押す側も慎重にならざるを得ない。なので予備校生でも成績不良者などはハンコをもらえない可能性が有る。それゆえ、生徒も必死になって勉学に励むといういい作用が生まれるのだ。
また保証人偽装を防ぐために身分保証ハンコというのが非常に役立っている。名前の通り、身分によりハンコのデザインが違い、なおかつ指紋レベルで同じものは一つもない精巧なつくりとなっている万全のセキュリティを誇るハンコなのだ。偽装することはもはや困難であり、ハンコ自体も厳重な管理下に置かれている。またハンコ自体も国家から支給されるものであり、その原本も一律で厳重に管理されている。
たとえ盗み出したとしても、盗難の届け出があればすぐさまそのハンコの効力は力を失い、そのハンコがしてある応募書類は全て失効される。おまけに盗難にあったものは最発行のために多額の罰金を払う必要があるのだ。それゆえに、ハンコの管理は高い身分になればなるほど厳重が必須であり、個人で管理するのではなく、良識ある管理会社に委託するのが常である。
そして、盗難届を出さないという手段があると考えてしまうが、職業勇者身分のハンコは三ヶ月に一回の交換をしなければならないので、すぐに隠匿は発覚してしまうのだ。ちなみに隠匿こそが最大の罰金となっており、その交換を忘れるのは勇者にとって最もやってはいけないことである。それゆえに個人負担の少ない管理会社の存在が勇者にとっては重要となる。
しかし、低い身分においては偽装されてもあまり恩恵を受けることができないため、管理は厳重ではない。特に貧困農村部ではコネがないなりにも何かしらコネを受けようと村長のハンコを盗み出す事件が多発しているが、あまり問題視されていない。これは自治体の長レベルでは試験においてはコネは発動しないからであり、あくまでも勇者関係者のハンコこそ価値を持つという実状があるからである。しかし、このようなケースは盗難事件として別の制度で裁かれることがあるので、要注意である。
ちなみに、数十年前、まだハンコの管理体制が確立されていなかった時代に、ある予備校の校長のハンコが盗み出され、その年の予備校生全員が受験資格失効、校長は生徒全員分の多額な罰金に加え、生徒個人からも民事訴訟を起こされるという事件があった。勿論、その校長は自殺、予備校は廃校となってしまい、校長の死後数十年経過した今でも、その遺族は罰金ならびに民事訴訟の裁判を続けているとされている。
あくまでも間違えて欲しくないのがコネのみで勇者になる者は存在しないということである。試験突破に於いては、筆記と実技は実力でこなさなければならない。その次の面談の段階においてのみ効力を発揮する。コネクションというのは勇者にとって必要な資質の一つであるということを肝に銘じておいて欲しい。実技試験においてある程度のコネが働くという噂もあるが、これは試験自体の合格基準の曖昧さもあって、明確な証拠はない。
第二章 勇者の特権
給与
春秋二回の試験を経て、年間に400~600人の勇者が誕生する。勇者の総数は約5万人であり、年齢の上限はない。7年ごとの免許更新さえこなせば、死 ぬまで勇者で居られる。しかし、勇者の平均寿命は47歳と低い。これは冒険に出るというリスクが影響しており、ほとんどの死因が冒険中の事故死である。ち なみに年間死亡者数も平均して500人ほどであるため、それによって翌年の採用者数も連動して増減がある。
しかし、この高リスクを負ってまでも勇者志望者は後を絶たない。なぜなら、多くの特権を勇者は受けることができるからである。この章では、勇者の特権の幾つかを紹介しよう。
まず勇者になると国から毎月基本給が与えられる。一年目は月に30万タラバが固定である。大卒社会人の初任給が20万タラバ程度と言われているので、そ の,5倍というのは破格である。それに加えて、継続給や賞与が多数ある。継続給は年を追うごとに上昇していき、減ることはない。その上昇額は前年の勇者 全体の利益率や社会貢献の具合を考慮し、国会で決められるため、一元には定められていない。しかし、継続給のマイナスや無発生というのはあり得ず、最低月 3万タラバは保証されている。
そして各種賞与であるが、これは賞金首や相談案件を解決するごとに支給される臨時ボーナスである。勇者といえどもただモンスターを倒すのみならず、相談案件は多岐にわたる。いわば何でも屋としての扱いもあり、それで生計をたてるものも多い。
いずれにしろ、国税で賄われた給与であり、一般的な職業と比べると高給取りに思われるが、実はそうではない。勇者というのはあくまで個人事業主である。 仲間を雇ったり、道具を整備するのも全て自分の財布から賄わなければいけないため、出費は多額にのぼる。そのため、基本給のみでは生計が成り立たないもの が多いという現状がある。なので、個人で大口スポンサーを見つけるか、賞与を目指すためにリスクをかけて冒険に出るものが多い。その中でも手軽に資金を稼 ぎ、安く人材雇用にありつけるのが予備校講師業務であり、多くのものはそれに頼っているのだ。
それだけでなく、派遣勇者の存在も勇者の財布にやはり優しいのだ。派遣以外で仲間を正規雇用する場合は、実力は折り紙つきだが、いろいろと出費もかさむ し、基本的にはエージェントを立てて雇用交渉を行うため、さらに金銭がかさむ。なので手軽に使い捨てできる派遣勇者は派遣会社に手数料を収めれば一律の料 金で雇用契約が可能になるため、若手の資金不足勇者にとっては重宝する存在となるのだ。
ちなみに給与のみを得て、全く活動を行わない沈没勇者も数多く存在している。最近ではそういった者が増加し、国税で賄われているという観点からも、職業 勇者批判の槍玉に挙げられることも多く、現状制度では対策を講じられないという現状もあるため、職業勇者界の課題として重くのしかかっているのだ。噂によ ると某諸島は沈没勇者の楽園として繁栄を極めており、そこの入島するのを目標とする勇者志願者も少なくないということである。
しかし、職業勇者という職業は家族や地域のバックアップを受けてこそ、目指せる職業であり、沈没勇者の家族の多くは批判されるという事実もあるのだ。こ のように莫大な補助を必要とする環境なしでは突破できない難関試験を設けても、落伍者が生まれるのだから、人間とは面白いものである。
宿屋
職業勇者の特権はそれだけではない。宿屋の使用も認められるのだ。街中にある宿屋は基本的には勇者専用となっている。ある程度の宿泊料を払わないといけ ないが、それは心づけのような意味合いが強く、宿屋とは基本的に冒険省によって運営される国営の無料宿舎という位置付けである。
どんな田舎でも安定した宿泊環境を提供できるのは、税金投入されているという理由があるのだ。勿論、勇者免許の提示が入館条件であり、我々平民は原則的 に利用することができない。ただ、勇者免許を持つものの同行者15人までは身分関係なく利用することができるのだ。その場合も、宿泊料は基本的に無料なの だが、勇者は人数に応じてある程度の金銭を店側に支払うのが慣例になっている。勇者は税金で高給が賄われているという側面が強いため、そういったチップな どの支払いは高潔な者の義務として一種の美意識となっている。
となると気になるのが平民身分にある者の宿泊である。彼らは原則的に宿屋を使えないため、冒険に出た時は困難を極めることが多い。知人の家に泊まるか、 職業勇者に便乗するという手段はやはり難しいのだ。なので基本的には街のはずれに点在するキャンプに駐留することが多い。
キャンプは勇者以外の冒険者を中心に利用されるものであり、難民や家を持たない者達など利用者は様々である。宿屋の運営は基本的に勇者利用が優先され、 平民のための宿屋経営というのは利用許可申請が降りないという現状がある。これは国の仕組みからして、勇者産業に依存しつつあるという現状を浮き彫りにす るのだ。ただ、キャンプと言っても、その規模はなかなか大きく、炊き出しや相互補助が多く働き、なかなか住みよい環境であるという調査が出ている。ただ し、盗難や襲撃などの治安事情は安定しておらず、様々な人種が集うためその根本的な解決は難しいとされている。なかには自警団を結成し、キャンプ運営に介 入するものも存在し、ある種のコミュニティーとして確立されている。ちなみに、流行り言葉や新しい文化などがここで生まれることが多く、最先端カルチャー 発祥の場としても注目を集めているのだ。
また派遣勇者も原則としては平民身分なので職業勇者にくっついてでしか宿屋に宿泊することができない。したがって、吝嗇家な勇者の元に派遣されてしまう と、経費削減のために宿屋に入れてもらえず、泣く泣くキャンプで世を明かさないといけないという事例も多発している。しかし、国立や大手予備校生である と、予備校と提携がある宿屋に関しては無料利用が可能であり、職業勇者並みの恩恵を受けることができる。なお、予備校は風潮として心づけを払う必要がない ので本当に無料で利用できるのだ。ただし、職業勇者達の宿泊が優先され、途中で追い出されてしまうことも多々あるのが悲しいとこである。
医療保障制度
医療制度においても勇者は様々な恩恵を受けることができる。もっとも魔法使いの存在が医療行為の代替になっていると思いがちであるが、あくまであれは一 時的な回復作用であって根本的な負傷の快気には至っていない。正しく解釈するなら、気力の分配という表現が正しく、主に精神面でのケアによる自己暗示や思 い込みによる気力の回復が回復魔法とされているのだ。
そのため、勇者は骨折などの身体的負傷を負いやすく、冒険を終えるとしばらくは入院という流れが一般的である。その医療行為の機会の多さは原則として、 勇者の自己負担額が割にとどまっているという医療保障制度の確立がその背景にある。我々平民は企業保険や自治体特権を受けない限り、医療保障制度は適応 されず、全額負担が原則であるが、勇者は割のみの負担で済むため、気軽に病院に掛かることができる。やはり、医療行為機会の多さでが制度確立の要因であ り、これにより恩恵を受けるものが多い。また戦闘不能状態の治療などは医師側も点数を大幅に稼ぐことができるため、積極的な受け入れも行われているのだ。 中では勇者専門に請け負う医療機関も存在し、緊急時には現場まで駆けつけてくれるというサービスも取っている。勇者というのは医療関係者にとっても上客で あり、持ちつ持たれつの関係性を続けているのだ。
しかし、かつての勇者は医療費無料というのが取り決めであった。まだ、勇者自身のリスク管理も周知されておらず、職業勇者制度の安全性の確立がなかった ため、医療費無負担というのは絶対であったのだ。しかし、時の流れとともに安全性が向上し、勇者が医者に掛かる頻度も少なくなり、国民からの平等を求める 不満も増えた。そして、内情は勇者は医療行為を受けるたびにある程度のチップを送っていたという現状もあったため、原則割負担として制度が確立されたの である。
それでも、国民からは利用頻度の多さの割に割負担というのは保護しすぎではないかという意見が多発しており、その優遇を是正する流れが巻き起こってい る。ちなみに現在でも、医療行為にチップを送るという風潮は病院寄付という形で存続しており、戦闘不能状態の回復などの生死に関わるものに関してはその感 謝の意として、多額の寄付を行うものも多いのだ。
いずれにしろ、医療と勇者は切っても切れない関係性が続くため、今後は極地への出張医療などのサービス向上に力を入れ、さらなる生存率の上昇が見込める ものになると考えられている。それに比例して、勇者の自己負担額も増える傾向にあり、近いうちに三割負担の法案が可決するのではないかという調査結果も出 ている。
税制
税金についてだが、まず我々平民区分の税制について解説しておこう。平民区分には大まかに農民、商人、企業人の三択に分けることができる。勿論、平民区部以外にも公務員や貴族、賎民など税制について特権を持つ階級は存在するが、この項では割愛させていただく。
農民というのは農業労働者のことであり、彼らは金銭ではなく自らの生産したものを献上することにより税金が控除される。勿論、金銭による納税も可能であるが、献上品に比べるとやや部が悪いとされている。
そして、自営業区分の商人。これは金銭による納税しか認められていない。売り上げに応じて、累進課税方式が取られており、利益が出れば出るほど、その税 金も肥大化していくのが特徴である。ただし、我が国では商人の保護政策が進んでおり、利益があがらないものなどは各種控除が特別に受けることでき、支払い を猶予されるなど特権が多い。
最後に企業人、いわゆるサラリーマンである。法人格にある企業に属し、そこで従事するものたちを指す。彼らの税金は給料から天引きされるのが特徴的であ り、その税率は業種や収入によって変化するのが特徴的である。もっとも、国家のとの関係性が重要となっており、貢献度が高いほどある程度の優遇措置を受け れるなど、業種差別だとして批判が多い。いわゆる大企業と呼ばれる存在は国家と蜜月関係にあり、多くの中小企業は税制優遇を求めて、大企業の傘下に入ると いうケースが多発している。そのため、ほぼ財閥化されており、ある種の寡占状態にあると言えるだろう。
そして肝心要の勇者についてだが、前年度収入の割を一律として納税義務が課されている。これはどんだけ稼ごうとも一定であり、他の身分に比べるとかな り優遇された措置である。しかし、職業勇者の収入は安定しないことが多い。前年度に依頼を多くこなし大量の利益を得たとしても、本年は基本給に毛が生えた 程度しか利益が上がらない場合もある。そのようなケースだと税金の支払いが負担となるものも多いため、資金の運用は基本的に税理士を雇うのが一般的であ る。
とにかく勇者というのは入るお金も多ければ、出て行くお金も多く、おまけに確定申告も自分でこなさないといけないため、税理士に頼るのは必然となる。勿論、協会毎にお抱えの税理士も存在するので、基本的にはあまり心配することはないだろう。
最近では幾つかの職業勇者が集まって、法人化し減税措置を受けようとするケースもあるが、勇者業務の企業化は国家からあまり税制に関して優遇を受けるこ とができない。これは勇者はあくまで個人で活動しなければならないという価値観に基づき、徒党を組んで活動を行うことを国家があまり推奨していないからで あると考えられている。
スポンサー
スポンサーの存在は特権とは少し違うが、職業勇者特有のものであるため、この章で記しておくことにする。勇者といのは前述した通り、金銭の工面こそが最重 要視されるのである。例えば、半年計画で冒険に出るとするならば、その半年前から準備を行わなければならない。目的、ルート、人材、関係各所に対する連絡 など、その手続きは多岐にわたる。その中でも、それを遂行するための資金というとのが必要となる。その資金を提供してくれるのがスポンサーの存在である。
スポンサーの種類は企業スポンサーと平民スポンサーの2種類がある。まず、企業スポンサーであるが、企業ロゴを付けた装備などを身につけ、冒険を行うこ とで、企業宣伝を行い、金銭を負担してもらうという制度である。これはすべての準備を一括して行うため、勇者としては負担が少なく、なおかつ企業タイアッ プとして自身の名を広く周知させることができるのだ。
しかし、スポンサーについてもらうまでの道のりは険しく、ある程度の実績とコネクションを持ち、かつ企業主催のコンペディションを勝ち抜いていかなけれ ばならない。そして、冒険を失敗した場合にはその名前に傷をつけることになるので、その後の活動が厳しいものとなるとも言われている。また、企業側もリス ク管理が厳しく、無茶な工程があるとすぐに却下されてしまうなど、思い通りの冒険プランは実現できないことが多い。おまけに、企業スポンサーが何社も合同 で付いていると企業間の利害関係調整のために、計画がさらに長期にわたる場合も多いのだ。
また、オフには講演活動など職業勇者とは別の活動で拘束されたり、冒険中には密着ドキュメンタリーの撮影部隊が入るなど業務に集中できないことも多い。 そして、冒険中に見つけた財宝などは企業のものという契約になっているところが大半で、実働する勇者たちは成功報酬という形で金品の一部しか受け取れな い。したがって、冒険と言いつつも徹底的なリスク管理が行われ、もはや探索は「移動」であるという批判も多い。
ちなみに個人活動を美徳とする職業勇者はこういった商業主義的な側面を大いに嫌う。しかし、敵対する勢力の根本的な壊滅を目指すような大規模プロジェクトとなると、必然的に企業主導でないと纏まらないため、企業スポンサーというのは必要不可欠であるという意見も多い。
またこれに派生して、貴族スポンサーというものも存在し、これは貴族出身の職業勇者が受けることが多い。莫大な資金力を生かして、すべて個人で完結でき るためメリットは多いが、そもそも貴族とのコネクションを持つことがが職業勇者と言えども一般平民出身者には困難なため、このケースは特殊である。
対して、平民スポンサーであるが、これは平民一人一人から小口で資金を調達するプランである。これは投資という側面が強く、冒険を終え勇者が利益をあげ れば、そのいくつかは市民に還元されるというシステムである。もちろん、冒険が失敗に終われば、その資金は還元されない。平民たちはこの投資をある種の娯 楽として楽しんでおり、000タラバ程度の小口で参加できることからも平民スポンサーという文化は彼らの生活に広く馴染んでいるのだ。
勇者側も企業スポンサーに比べると大規模な資金調達は困難であるが、比較的自由に冒険を組めたり、発見した財宝も自分のものにできるなど、メリットは大 きい。多くの勇者はこの制度を利用しており、勇者が冒険に出るときはまずこの募集をかけ、集まった資金によって、延期か工程を決定し、さらなる準備に移る というのが一般的である。
第三章 周辺制度
経験値制度
この章では勇者にまつわる様々な制度を解説していくことにする。勇者社会には我々平民の世界とは違うルールが多数存在する。
まず経験値制度である。経験値というのは一般的に、モンスターを倒すと自動で取得することができ、ある種、鍛錬の成長具合を可視化したものであると考え られている。そして、一定数たまるとレベルアップという形で能力の上昇が行われるというのが我々の中での共通理解かと思う。すなわち、経験値というのは実 態などなく、あくまで冒険譚や魔導ゲーム内における読者あるいは、プレイヤーの想像を補完する要素だとされているのだ。しかし、職業勇者に置いて、経験値 は実際の指標として存在し、レベルアップも技の限定解除という形で行われるのだ。
ここでいうレベルアップとは、自己の身体的能力の上昇を指すものではない。それらは日頃の鍛錬や年齢の積み重ねによって、培われるものであり、経験値を 獲得したからといって、一律で増減するものではない。ではレベルアップとはどういうものなのか。実はレベルとは技の使用許可が下りる段階を表している。勇 者の世界では、主に剣を用いて戦闘することになるのだが、それに派生して莫大なダメージを与えることができる技が存在する。その使用の限定解除の指標とな るのがレベルなのだ。
ではレベルアップするためにどうやって経験値を具体的な指標として表しているのかというと、この世界にはいたるところに国営の経験値交換所が存在する。 勇者はモンスターを倒したら、指定部位を剥ぎ取り、いくつか集めて交換所へ持っていくのだ。それが「モンスターを倒した証」、すなわち経験値としての役割 があり、交換所が指定する量を超えると免許書き換え、いわゆるレベルアップが行われ、上級技の使用が認められる。
ちなみに、レベルアップに必要な経験値量というのはレベルごとに一定ではなく、モンスターの剥ぎ取り素材の需要と供給により変動する。例えば、ある一定 種のモンスターの剥ぎ取りを大量に行い経験値交換を行えば、供給過多ということでその剥ぎ取り素材の価値は大幅に下落し、その間はそのモンスターの剥ぎ取 りでの経験値比率が悪くなるのだ。したがって、誰も倒していなかったり、交換所にとって需要が高そうなモンスターを倒せば、容易に経験値取得を行うことが できるのだ。
モンスターの剥ぎ取る部位というのは、基本的に素材としての価値が有り、金銭にも変えることができる。そのため、交換所において売却を選択すれば、レベ ルアップはしないが、懐の足しにもなるのだ。しかし、技の解除を行わなければ、さらなる上級素材にありつける確率は低くなるため、低レベル段階ではとにか くレベルを上げ、技を取得することを目指す。
では限定解除とは具体的にどう行われるのか解説しよう。レベルといっても、「技を使用するに価する段階である」という国家のお墨付きでしかなく、実力あ るものは経験値そっちのけで勝手に使用できる思いがちだろう。確かに、実力さえあれば使用は可能である。しかし、技というのは国家から支給された魔力制御 の指輪をはめることにより、効率的に使用することができるのだ。この指輪こそが、現在レベルの証であり、これを取得することに勇者は腐心するのである。
指輪なしでも身体能力さえ達していれば技を繰り出すことが可能であるが、その負担は大きいので、推奨はされないし、肉体的にも無理がある。あくまでも魔 力で制御された指輪をはめないと、負担をかけずに技を繰り出すことができない。この指輪は魔力により人体の能力を効率良く引き出す作りになっており、低負 荷で技を繰り出せいるというものである。これは国家によって一律、厳重に管理され、勇者区分以外の濫用を防いでいる。
特に指輪は勇者にとってのステータスであり、勇者同士が対峙する時はまず実力を探るために、お互いの指元を確認すると言われているほどである。また、最 近ではこの指輪に非接触式の魔力認証効果も用いられており、将来的には手続きの際に免許提示する必要がなくなり、指輪を用いた効率的な本人証明が可能にな り、各種手続きの高速化が望めると言われている。
ちなみ職業勇者制度成立以前の勇者たちは、このような魔法制御の技術が未発達であったため、素の状態で技を繰り出していたと考えられている。もっとも、 指輪に魔力を落とし込むという技術の成立も60年前に発見され、それまでは制御のために数キロある魔石を担いでいたという逸話もある。魔法制御技術の小型 化かつ効率化は技の精度の向上化に一役買っており、識者の中でも、非効率的な素の状態で技を出していた昔の方が強いと主張するものと、効率化を測ったもの の、前時代では再現不可能な上級技を繰り出せるため現代の方が優れていると主張するものとの意見対立はしばしばである。
技・魔法のメカニズム
技についてもう少し詳しく解説してみよう。前述した通り技とは気力と体力を著しく消耗するものである。剣を用いて衝撃波を起こしたり、広範囲に向けての攻 撃などが可能となるのだ。その技を低負荷で行うことを可能にしたのが、魔法制御指輪であり、技習得の敷居は一気に下がったのである。
職業勇者になれる実力さえあれば、どんな上級技も指輪なしで発揮できると考えられている。しかし、その負荷は人体のポテンシャルを超える可能性もあり、 嘔吐や意識低下、最悪の場合は死に至る可能性まである。そのため、低負荷かつ安全に技を発動する効果のある魔法制御指輪の存在が必要不可欠なのだ。
では魔法とは一体どのようなものなのか。まず、ほとんどの人間には火を放ったり、他者を回復させる能力は根源的に備わっていると考えられている。わかり やすく言えば、人間の脳は2割程度しか普段は活用できておらず、残りの8割はそういった類の力だが、一般人は発揮するに至らない。その能力こそが「魔法」 であると考えられている。したがって、魔法使いというのは人間の秘められた力を意図的に運用することができ、なおかつ、それを効率的に取り出せるもののこ とを指すのだ。いわゆる、潜在的な力=魔力とされ、それを用いるものを「魔法使い」という。
もちろん、人間以外にも万物にはそういう秘められた魔法というのは宿っており、魔力として認識されている。特に魔力の放出が確認されやすいものは「魔 石」という名称がつき、広く工業的に利用されている。魔力の低いものであっても、コツさえ掴み、魔石さえあればそれを媒介として魔法の運用を行うことがで きる。すなわち、魔法制御指輪は魔力を効率的に物質に落とし込めた魔法技術の結晶であるのだ。
魔法による制御について詳しく解説しよう。勇者の用いる技も人間の普段は秘めている残りの8割の部分の一要素と言われている。(魔力の一分野とするか、 別の能力とするかは議論の余地があるが、ここでは魔力とは別の要素であると扱う)急激な能力の開放は人体の負担も大きいし、効率的な運用は行われない。対 して、魔法というのは魔石さえあれば、魔力が低くてもその運用は可能となるのだ。したがって、魔力を持つ指輪に頼ることにより、低負荷での能力開放へのア クセスを可能とし、あまり副作用なく技を繰り出すことが可能になるのである。
技と魔力の決定的な違いとして、前者は限界を超えて引き出すことができるのに対して、後者は引き出せる能力が決まっていることにある。引き出す手順を知 らないと、全く発揮できない。もちろん、魔法は鍛錬を行えばさらに上級魔法を引き出すことができるが、基本的に才能に依存する部分が大きく、なおかつ、女 性に特化して引き出せると考えられている。この点から、潜在的な能力といっても、技と魔力は区別されるのである。
もう少しわかりやすく例えるならば、技・魔法などの潜在能力は脳の奥深くにある引き出しに眠っている。技を使用する実力のあるものはその引き出しの場所 を理解できているし、魔法を用いるものも同様である。技の運用は引き出しへのルートを理解していなくても、たどり着くことができる。しかし、遠回りしたり と効率的ではない。対して魔法は、引き出しの場所は分かっていても、最短ルートを理解していないと効果を得ることができないという差異がある。つまり、魔 法制御指輪には技運用の最短ルートが刻まれており、勇者はその補助的魔力により、低負担で辿りつくことができるのである。
アイテム-攻撃・補助編-
次に冒険には欠かせない道具について紹介しよう。主な区分として、攻撃アイテム、補助アイテム、回復アイテムの三種に分けることができる。
まずは攻撃アイテムについてであるが、物理的な攻撃で敵に対してダメージを与えることができ、その危険性から勇者区分以外の使用は原則的に認められてお らず、販売店も許可制になっており、厳重な管理下に置かれている。爆弾や発火性の魔石など、そのもの自体を消費して敵に攻撃を加える使い捨てのものが多い のが特徴的である。
基本的には、軍部や自衛魔法隊で使用されるもの多数であり、そのアイテムを特別に職業勇者に販売するという制度をとっている。本物の軍用品に比べると、 大規模を想定しておらず、能力はある程度制限が加えられていると言われている。しかし、発火物が多いということから、平民区分には使用が厳禁されており、 研究目的でなければ入手することが困難である。また、最近では、軍用品の横流しが問題となっており、正規流通品と同程度の価格で数倍の威力のものが手に入 るなど、軍部では問題視されている。またそれを使用する勇者も、あまりにも大規模な効果を予測できず、周辺環境へ想定外の甚大な被害を与えてしまうなど、 問題も多い。そのため、横流し品に対する罰則をさらなる強化する法案が現在、審議中であり、そもそも、軍用品を機能制限があるとはいえ、職業勇者の使用を 規制すべきでは、という議論も巻き起こっている。
次に補助アイテムであるが、これは戦闘時における一時的な身体能力を向上させるものである。錠剤タイプのものが多く、ある種のドーピングとして認知され ており、副作用も多いため、一部の勇者からは否定的な扱いを受けている。主に一時的な筋力や思考力の向上を目的としており、その効果も0分~20分に限 定されるものが多い。そしてその副作用も多く、補助剤使用下における身体の酷使部位に痺れや激痛が走るものなどが挙げられる。そのため、危機的状況でない とほとんど使用されなく、その使用は基本的には推奨されていないというのが現状である。
また、最近では錠剤タイプ以外にも霧状の成分を吹きかけるミストタイプも台頭してきており、これは効果は錠剤に比べると低く、即効性は一段階劣るもの の、副作用の少なさからも重宝されている。これの登場から補助アイテムの売り上げは幾分か回復傾向にあるという調査もでてきており、将来的に市場拡大が見 込めると予想されている。
ちなみに、攻撃能力を上昇させる代わりに理性を失わせ、一時的な暴走状態をもたらすアイテムが存在するが、その危険性かつ中毒性から、使用が厳禁される ようになった。これは一時期の暴走状態における殺傷事件多発を受けてのものである。これを筆頭に、必要以上の身体能力向上をもたらすものは今後、規制対象 にあると考えられている。
そして、補助アイテムも攻撃アイテムと同様に、許可販売免許制が取られおり、勇者区分以外の入手は困難になっている。
アイテム-回復編-
最後に回復アイテムである。回復アイテムは傷口に刷り込んだり、煎じて飲む薬草と薬草成分を高濃度で抽出し、各種成分と配合して液体化したポーションに分けることができる。
まず薬草タイプは主に外傷に対する治療の即効性をもたらす。傷口に湿らせて湿布のようにかぶせることにより、炎症の抑制や止血など身体の回復作用を補助する目的で用いられるのだ。また、同時に患部の痛みの軽減などの作用があり、冒険者以外にも幅広く使用される。
そしてポーションタイプのものは、薬草成分を高濃度で抽出し、ゼリー状にして飲みやすくしたものである。元来、薬草も口径摂取が可能であったが、その味 の悪さや、消化不良による内臓へのダメージも多く、推奨されていなかった。そのため、飲みやすいポーションタイプの回復薬が開発され、普及に至ったのであ る。薬草成分以外も含んでいるため、その回復作用は薬草を大幅に上回り、現代でのスタンダードな回復アイテムであるといえるだろう。また、外傷に関して も、湿布タイプのものを用いれば応用も利くという利点もある。
そもそも、薬草やポーションによる回復は外的要因負荷による体力低下を堰き止め、一時的な回復により、疲労の自覚を紛らわすという側面が強い。なので根 本的な体力回復はやはり食事と睡眠によるものでしか成立し得ないのである。回復魔法も同時に気力の分配作用であり、精神面からの疲労低下の自覚を払拭する 作用であると言われている。したがって、回復アイテムのみを摂取していても、人体の根本的な疲労やダメージは回復せず、あくまでも数日間にわたる作用でし かないと言われている。
また、回復アイテムの使用もある程度、人体への副作用が認められ、口径摂取のものなどは、慢性的な胃痛や下痢、嘔吐に悩まされる場合が有る。なので冒険 者に第一に求められる資質として、「内臓の強さ」が挙げられるという冗談まであるのだ。副作用の胃痛も回復アイテム自体の効果により、その自覚症状は遅れ る傾向にあり、少しの痛みであるのに実は胃に穴が空いていたという事例も多発している。もちろん、回復アイテムを使用し、その後に正しい食事と睡眠をもた らすことにより、莫大な体力回復作用があり、道具だけに頼らず、正しい生活習慣との併用が求められてる。
また、回復魔法との住み分けであるが、アイテムは身体面の回復、魔法は精神面の回復という側面が強い。したがって、両方を併用することにより、より効率 的な効果を発揮することができる。もっとも、ダメージというのは精神由来のものであると考えられているので、回復魔法の方が回復量が多いと言われている。 したがって、低ダメージにはアイテム、高ダメージには魔法を用いるのが一般的であるのだ。
武器
勇者といえばやはり武器の存在が必要不可欠となる。一番使用頻度の高い商売道具であり、強くこだわりを持つものが多い。まず、勇者は基本的に剣術を用い る。これは試験科目ということもあり、広く推奨され、剣を用いるものこそが勇者であるという価値観が強い。勿論、剣以外にも、槍、弓、斧などの使用が一般 的であるが、これらはあくまでも一芸的な要素にとどまることが多い。この項では特に勇者の基本である剣について詳しく解説していこう。
剣とは勇者の体の一部であると考えられている。単なる道具の域を超え、人体の構造の一つだとするほど、重要視されるのだ。大半の勇者は職人手作りによる 特注品を使用する。いい武器の条件とは、自分の手に一番馴染むものという考えが一般的であり、勇者は剣に関しては妥協を許さない。
職人の手作りということでその製作過程を解説しよう。素材は主に鋼が用いられ、鉄に焼き入れすることにより超硬度を実現しているのだが、その工程に少し 特徴があるのだ。通常の刃物を作成するときは我々は火を用いて焼き入れを行う。しかし、勇者が使用するに価するクオリティを目指すなら、魔法由来の炎(そ の性質は火とほぼ同じだと考えらているが、厳密には似て非なるものである)を利用するのだ。それを利用することにより、火では再現できない超高温かつ高精 度の焼き入れを実現でき、火で焼き入れしたものとは比べ物にならない精度を誇る剣が作り上げられる。この剣は魔法の発見以来、実現できたものであり、魔法 という概念が、かつての兵器だと考えられていた剣の強さをさらに上昇させたと考えられている。
その値段としてはオーダーメイド品なら一本00万タラバ以上するとされており、勇者の財布を圧迫する原因となっている。しかし、剣こそが勇者のアイデ ンティティとなっているため、多くのものはまず、武器購入に予算を割くことから始める。ちなみに、資金のない予備校生や若手勇者はお手軽な値段で手に入る メーカー品を使用することが多い。最近では、メーカー品といってもその精度は侮れないものとなっており、一本0万円から入手することができ、とてもお買 い得である。また、著名な勇者になると道具提供という形でオーダーメイド品を無料で手にいれることができる。その勇者モデルの剣が作成されるなど、子供た ちから絶大な支持を受けることができるのだ。
また、メーカー品は各地に存在する直売店や代理店にて入手可能であるが、職人によるオーダーメイド品の入手は困難を極める。基本的には、一見さんはお断 りであり、そこで注文経歴のあるものからの紹介を受けなければ、利用することができない。また、剣一本の作成に最低ヶ月かかることからも、著名な職人と なると数年の順番待ちをすることも多い。ちなみに勇者の中には剣にこだわるあまり、勇者廃業し、職人に弟子入りして剣制作の道に進むものも少なくない。勇 者出身の職人は、実践経験に基づく合理的なつくりからか評判も高く、中には「剣を振れてこそ一流の剣職人」と考える者も存在するのだ。
ひとえに剣といっても様々な種類が存在する。剣の速さを追求し、テクニックを重視するなら軽く、細長いタイプのもの、力を追い求め、一撃でねじ伏せるこ とを美徳とするなら、いわゆる大剣というものを用いる。まずは自分の特性や持ち味を理解することから、武器選びは始まるのである。ちなみに、勇者の中には 自分の使用する剣を他人には一切触らせいものが多い。他人の「握り」が入ると、そのバランスが微妙に変化するということでかなり神経質になるのだ。中に は、オーダーメイドを頼む際に、実戦用と観賞用の二種類依頼するものもおり、その価値は単なる武器の域を超え、美術品であったり、ある種神聖な道具として 扱われている。
第四章 勇者周辺の人物
魔法使い①
冒険を行う上で外せないのが仲間の存在である。中でも魔法使いという職業はまず押さえておかないといけない重要職なのだ。その役割としては、回復・補助魔法による後方支援、攻撃魔法による戦闘参加など多岐に渡る。
冒険に出る魔法使いも勇者と同様に免許制である。魔法科学省により管理され、区分としては「職業冒険者特別補助免許」という名称がついている。この名称 からも、単体ではなく、チームの一員として役割を全うするという姿勢が表れている。といっても、魔法使いなしでは冒険が成り立たないという現状もあるた め、パーティに占める重要度は高い。免許は2区分あり、Ⅰ種は「人外その他準ずる存在に対する魔法の使用」、Ⅱ種は「補助魔法の他者への使用」という住み 分けが出来ている。Ⅰ種区分はⅡ種区分も包括しているため、冒険に出る魔法使いにはこの免許を持つ者が多い。
魔法使いは前述したように女性に適正がある職業であり、男性のほとんどは魔法を使用することができず、魔法使いの98%が女性であるという調査結果も出 ている。このとこもあり、魔法使いは元々、「魔女」という名称がつけられていたが、看護婦などと同様に女性差別であるという意見が多発し、「魔法使い」と 改められたのである。女性のみの適正があるのはいまだ謎であるが、一説では「女の勘」などが魔法に準ずる行動であるとも言われている。
それでは一般的な魔法使いのなり方について説明しよう。魔力の有無はおおよそ第二次性徴期に発覚すると考えられいる。魔法が使えるか否かは完全に才能の 要素が大きい。女性ではおよそ40人に人の割合でその能力が持つ者が存在すると言われている。我が国の女性人口は624万人なので、魔力認識者は5万 人程度いると考えられている。国民学校中等部(2歳~5歳の三年間)の段階において、国家による一律の検査があるためそこで発覚することが多いのだ。 能力を持つものは、国民学校高等部の進学以外に、魔法科学省管轄の魔法科学院への就学が認められるのだ。ここでは魔法に特化した教育が行われ、国民学校高 等部と同様に三年間かけ、魔法使いの育成に励んでいる。魔力認知者の80%が魔法科学院に進学するという調査結果が出ており、本人の意向に関わらず「才 能」ということで通わされる家庭が多いとされている。また、卒業と同時にⅡ種免許が取得でき、そのまま実践経験が積めるのが魅力である。ちなみに人口の少 ない農村部では、魔法学校の運営が成り立たない場合が多いため、国民学校に並列して魔法科という形をとっている場合が多い。
Ⅱ種免許を取得した時点で冒険に出ることは可能であるが、補助・回復の役割に限定されるなどその貢献度はあまり高くない。そのため、多くのものは魔法科 学研究所付属院に進学し、2年間、Ⅰ種科目を学び、免許を目指すことが多いのだ。この付属院進学はⅡ種免許を持つものならだれでもいつでも可能であり、Ⅱ 種免許取得者2万人のうち、その6割にあたる約8万人が進学すると考えられている。もっとも、付属院進学後のⅠ種免許取得率は98%を誇っており、魔法 使いがいかにもって生まれた才能に依存する職業であるかわかるであろう。最初の魔力認知さえあれば基礎的な実力にあまり差はつかず、しっかりと教育を受け れば、皆、Ⅰ種取得までこぎつけれるのである。ちなみに魔法使い免許は科学院および、付属院卒業が習得条件であり、特有の試験制度は存在しないのが特徴的 である。
付属院に進学した者8万人のうち、約6万人が冒険業に従事すると言われている。残りの2万人は研究所や魔法科学省、民間企業への就職を行い、研究者や企 業人として従事することが多いが、これらの中には兼業者も多数いると考えられているため、正確な数字は上がっていない。なお、魔法使いの冒険デビューは 20歳が平均と勇者より早いものとなっている。
そして、魔法科学省には直属の自衛魔法隊という組織が存在する。これは有事の際に、緊急的に召集される部隊であり、常設的なものではない。国家侵略や脅 威となる存在に脅かされたときに自衛的に発動し、魔法使いはこの徴集義務を逃れることはできないのである。勿論、職業勇者成立後の召集歴は過去8回と少な く、0年に一度あるかないかぐらいのものなので、余り深刻になることはない。しかし、一度召集となると、国家の自衛の前線に立つ危険性もあるので、ある 程度の覚悟と心構えが必要とされる。
魔法使い②
さて、もう一度、魔法の原理についておさらいしてみよう。魔法とは万物に秘められた未知なる力の総称であり、我々人間にも根源的に備わっていると考えられ ている。しかし、多くのものは魔力を認識できず、それを効率的に取り出すことができないのだ。魔法は脳科学分野からの発展であり、未だに解明されていない 部分も多い。しかし、オカルトや超能力と考えられていた魔法が認知されたことにより、広く利用され、今では魔法無しの生活は考えられないものとなっている のだ。魔法科学省の名前の通り、科学の一種であり、様々な技術応用が認められる。特に最近では通信分野における実用が現実的になっており、魔力利用によ り、遠隔地同士で情報の転送が行われるなど、さらなる情報伝達の高速化が認められる。
98%の魔法使いが女性と言われているが残りの2%は男性である。男性で魔力があるものは本当に稀であり、その因果関係はあまり明らかになっていない。 しかし、ある調査では男性魔法使いのほとんどがトランスジェンダーであり、女装していたり、性的に男性を好むという結果が出ている。これは、脳のつくりが 根本的に女性に似ているということからの派生の可能性が高いと考えられている。ちなみに、魔力認識する前からトランスジェンダーの者と、認識後に女性だら けの魔法科学院でその性質に目覚める者の二種類いると考えられている。しかし、後天的なケースは元々、潜在的にそういう趣向があったと自覚する者が多い。
男性魔法使いは「マギボーイ」(magic boyの意)という俗称がつけられており、広く認知されている。女性中心となる魔法使いはどうしても攻撃魔法における攻撃力やその連続性は十分でなく、攻 撃の分野における戦闘貢献度では男性である勇者に劣ると考えられている。しかし、男性の肉体を持ちながら、女性特有の魔法を使用できるマギボーイの存在は 大きく、その実力は折り紙つきであり、魔法界では重宝されるべき存在なのである。ちなみに、魔法使いの家庭では男の子が生まれた場合、願かけで女性的な格 好をさせる場合が多い。このように、マギボーイとは魔法能力の向上において必要不可欠な存在であり、わが国での性的マイノリティの発言力や扱いはかなり良 いものとなっている。しかし、マギボーイの多くは男性を好むため、どうしても後継者が存在せず、「一代のみの才能」として儚いものとされている。
魔法使いの職業病として慢性的な偏頭痛が挙げられる。魔力使用というのは脳の負荷が大きく、多くのものは偏頭痛と一生付き合っていかなければならない。 それに派生して、若年性アルツハイマーや若年性認知症の発症割合も高いというデータが出ており、平均引退年齢も36歳(結婚や出産を契機とするものも含 む)と早いものとなっている。「魔法使いは一生に取り出せる魔力の量が決まっており、それを上回ると脳が壊れる」という言い伝えなどもあり、多くの者は酷 使的に魔法を用いようとはしない。
また、職業魔法使いには派遣制度は存在せず、実践経験不足ではないかという意見があるが、魔法科学院、付属院におけるカリキュラムの中で、実践学習が絶 対となっているため、特に問題はない。学校の指導方針にもよるが、最低3ヶ月の現地実習が必要不可欠となっているため、理論学習のみで経験が足りないとい う実例はあまり見られないのだ。
もっとも、若年層からの現場経験が多いことからも、若手勇者と組むときはある程度、指導できる立場にもあり、補助という役割もながらも中心的に先導し、 立場が逆転している魔法使いも多い。ちなみに冒険者界隈では年齢よりも、現場経験年数が重要視され上下関係を決定する指標となっているため、同年代でも、 勇者は比較的早くから実践経験を行う魔法使いに敬語を使うケースが多いとされている。
格闘家①
次に冒険に欠かせないのが格闘家の存在である。欠かせないというより、正確には欠かしてはいけないという表現が正しい。格闘家というのは俗称であって、正 確には軍部から派遣されるボディーガードの事を言う。冒険者の安全を確保する用心棒的な役割以外に、勇者の不正行為を監視する役割もあり、少し息苦しい存 在でもある。しかし、現状では不正監視というのは過去の制度の建前であり、戦力として十分作用しているため、現代まで存続してきているのである。
我が軍は防衛省の管轄であり、敵国に対する侵略や防衛を遂行する権限を持つ。また、警察権も掌握しており、治安維持としての役割もある。基本的に人外に よる外部からの脅威の討伐、侵略は勇者によって行われる事が多く、軍部は主に国内の治安維持に努めるのが特徴的である。なので、軍隊という名称がついてい るものの、警察としての役割の方が大きいのだ。
勇者が冒険に出る際には必ず軍人が一人同行する義務がある。これは元々、職業勇者制度が成立した当初、軍部の影響力が強かったことが要因に挙げられる。 職業勇者成立によって、軍部の存在意義が薄れるのを危惧した防衛省関係者により、「探索者の護衛・監督」が義務づけられ、それを職業勇者成立の条件とした のだ。それにより、冒険を監視する役割であったが、戦闘参加は必然であり、その中でも有用な戦力と認められたため、現在でも格闘家という形で残っているの である。したがって、現代でも格闘家が冒険に同行し続けるのは、広報的な意味合いが強く、軍部の存在をアピールするのが目的であると考えられている。
それでは、格闘家のなり方を詳しく解説していこう。まず、防衛省管轄の軍部学校に入学し、無事卒業できれば晴れて軍人として世に出る事ができる。国民学 校卒業後の8歳から入学でき、一年間、軍人としての基礎を学ぶのだ。その中でも主に警備や要人警護の分野に進むことを選んだものが、冒険に派遣されると されている。要人警護には各種格闘技経験が必須であり、腕っ節に自信をあるものはこの分野に進むことが多いのだ。
我が軍に所属する軍人は十五万人あまり存在するとされており、人口比率的には比較的多いと調査結果が挙がっている。これは前述したように侵略・防衛以外 にも、警察権も掌握しているためであり、我が国の治安の若干の不安定さを証明するものとなっている。この中でも冒険業に同行するものは三分の一の五万人あ まりいるとされ、勇者の人数と連動していくと考えられている。冒険業に従事するものの中でも比較的、長年に渡り活躍する事が多く、年長者として冒険の精神 的な柱ともなっている。
また、軍部学校とは別に軍幹部を育成する国立の幼年期からの一環教育を行う機関が存在する。幹部校は卒業と同時にキャリア組として、軍の中枢での活動を 行うことができるが、現状、軍部学校からのたたき上げ組が実権を握っているため、あまり機能していない。これは、幹部育成という制度が近年発足したことに 起因しており、実践経験のないものが軍を統率するのはいかがなものかという意見が多発したからである。そのため、実態は名称とは違って、軍以外の各種にわ たるエリート養成の場となっており、その一分野として、優秀な職業勇者はここから排出されることが多いのである。
格闘家②
軍部においても、要人警護は花形とされており、ステレオタイプな軍人イメージを形成するに至っている。その要因として、勇者業務同行以外にもう一つ挙げる ことができる。防衛省主催の公営ギャンブル格闘技興行「レッキング・マニア」の存在である。十角形のリングが特徴的で、軍人同士が一対一で戦う総合格闘技 イベントなのだ。各種格闘技経験者が集まるということでそのファイトスタイルは多岐に渡り、シンプルな殴り合いからテクニック重視の寝技など様々な戦い方 を持つものがあいまみれるのが人気の理由である。もちろん、我々はこれにお金を賭けることができ、その熱狂ぶりは格闘技興行としての最高峰を誇っている。 そして、著名な冒険者に同行するのはここで活躍するものが多く、スポンサーを引っ張って来やすかったり、注目度が高くなるなど恩恵は多い。
公営競技という形をとっているため、その収益は防衛省費用として利用されており、広報的な役割もあることから、非常に重要視されているのだ。軍部を目指 す若者はこのリングに上がることを目標にすることが多い。また、一般からの参加は原則として認められていないため、腕っ節に自信のある若者は軍隊を志すこ とが増えてきており、軍人気の上昇に一役買っている。
冒険業に従事する五万人のうち、半数あまりがこの競技に参加経験があり、我が国の格闘技人気を後押しするものとなっている。魔法の発達や剣を用いて戦う 勇者の存在をもってしても、純粋な拳と拳のぶつかり合いというのは人々を熱狂してやまず、その競技人口の多さもあって、ほぼ毎日、全国各地でなんらかの興 行が行われているという実態がある。勿論、この軍部の暴力至上主義的な風潮に異を唱えるものも多く、各地会場での抗議活動というのはもはや風物詩と化して いる。
格闘家という存在は冒険においては武器を使用する勇者と魔法を使用する魔法使いに幾分か劣ると考えられがちであるが、パーティーにおける格闘家の有無が 生存率を大きく左右するという行動冒険学の調査で上がっており、重宝されているのだ。もっとも、魔法や武器に頼らないため、技や魔法使用時における精神的 困憊に陥る必要がなく、精神的支柱としてうまく作用しやすいという考察もある。時には仲間を守る壁としての役割もあり、パーティーの土台として縁の下を支 えているのだ。
ちなみに、格闘家にはホモセクシャルとバイセクシャルの比率が多いと考えられており、勇者はパーティー編成の際に、マギボーイと重複しないように徹底す るのが基本である。これを怠ると寝不足からの全滅という結果を招いてしまうため、注意する必要が有る。しかし、性的趣向によって雇用契約を破棄するのは性 差別だという声も挙がっており、本人同士の自粛という形が最近では要請されつつある。
第五章 冒険の流れ
協会所属
冒険に関連する各種項目と人物を紹介し終えたところで、この章では具体的な勇者の活動の流れを紹介していこう。職業勇者になったからと言って、いきなり大 冒険に繰り出せるわけでもない。新人は新人なりに手順を踏んで、勇者世界に溶け込んでいく必要があるのだ。その基本的な流れを解説していくことにする。
晴れて職業勇者となりこれから活動を行うとなると、まず初めに協会登録を行わなければならない。ならないと言っても強制ではなく、各種コネクションや情 報提供を受けることができ、幅広い活動を行うことができるため、統計では94%の勇者が協会登録を行っているという結果が出ている。協会は数種類あり、主 に予備校系列のものが多い。したがって、予備校ごとに上位組織が存在するような形でそれぞれが縄張りを持つという状態である。
特に芒星会、モヅメユニオン、テレオロジストは三大協会と呼ばれ、協会シェア8割を誇っている。中でも芒星会は全体の4割の勇者が所属しているとされて おり、業界最王手として職業勇者界並びに予備校界で猛威を振るっている。モヅメとテレオロジストもそれぞれ二割程度のシェアを持ち、大手として全国的な展 開を行っている。残りの2割は独立系と呼ばれ、主に農村部での活動が中心であったり、しがらみを嫌いDIYの姿勢で職業勇者として業務を遂行する者達のた めの協会など様々である。
協会所属すると基本的には人材確保や情報入手の点において有利になり、幾分か仕事がしやすくなる。しかし、勇者は個人活動を美徳とするため協会の主導に よる冒険というのは少なく、あくまでも最低限度のライフラインとしての役割が強い。協会費用もシステムが異なっており、年収の1%を収めたり、月謝で一律 に収めるなど多岐にわたる。
協会に所属した新人勇者は基本的に、先輩勇者のもとについてアシスタント的に冒険を行うことが多い。パーティを編成する際には、実働メンバーは勇者二人 に魔法使い、格闘家各一人づつという組み合わせが基本とされている。この時、中心となる勇者はもう一人他に若手勇者を選ぶことが慣例となっている。これは 後学のための指導という側面もあるが、若手勇者をパーティに加えることにより、補助金が発生するため、それを目的とすることが多いのだ。ちなみに経験豊富 な勇者二人で冒険に出ればさらに強さを発揮できると考えるかもしれないが、「船頭多くして船山に登る」という言葉があるように、空中分解する可能性が高く なる。勇者とは高倍率の中から選ばれたエリートという自覚があるため、プライドが高いのが特徴なのだ。
ちなみに補助金が発生するのは就業2年目までとなっており、それ以降は独り立ちするというのが一般的である。戦闘においても、剣術以外の武器で参加する ことが多く、これは同じ武器を持つ者が同時に戦闘を行うと、どうしてもバランスが崩れるという問題からである。したがって、勇者になれたからと言って、す ぐに剣を振るうことはできないのだ。しかし、最近では剣術二人体制も見直され、復活の兆しも見えている。
また、新人勇者は初任給の三割を親や予備校などの各種関係者に渡すという慣例がある。勇者になるには周りのバックアップが必要不可欠であるため、感謝の 意を表すという意味合いが強いのだ。その慣例は三年目まで続くとされており、なぜ三年目までかというのは諸説あり明らかになっていない。そして、それに該 当するものは、最初の月は必ず先輩に奢ってもらえるという文化も存在する。これは金銭的に困窮する若手を救済するという側面もあるが、実質的には先輩に顔 を売るという役割が強く、ここで多くのつながりを持つことが重要とされている。ちなみに最近は先輩との会食を嫌がるものも多く、自主的ではなく協会主導の 交流会という形式をとっていることが多い。
新人の活動
新人は二番手勇者として冒険に参加し、経験を積むことが多い。冒険の規模も小規模の依頼をこなしたり、最高でも財宝探索などそこまで大きいものではない。 魔王などの敵対勢力の根本的な壊滅は新人には基本的にはお鉢は回ってこないのだ。なので雇用する勇者側からすると、中小規模の探索における資金の節約ゆえ に新人を雇うという側面が強い。もっとも、さらに資金不足のものは派遣勇者に依頼することが多く、新人勇者雇用による補助金よりも派遣代の方がコストが安 く押さえられるという調査が挙がっている。
新人勇者の雇用は月に60万タラバ程度が相場だと考えられている。二年以内の補助金は雇用代金の6割程度を補填してくれるため、実質的には24万タラバ 程度を月に捻出する計算になっている。また、月収以外にも武器費用の捻出や整備も雇用側勇者で負担するのが慣例であるため、雇用側はさらなる出費が必要に なるが、そのおかげで新人勇者はほぼノーコストで冒険を行うことができる。ちなみに派遣勇者の費用は回数給となっており、戦闘経験一回につき、2000タ ラバ程度が基本とされている。また、派遣勇者に対しては武器整備費用も負担する必要がないため、安く済むのが特徴的である。そして、派遣勇者の能力に不満 がある場合はその場で解雇を通告でき、すぐに代わりを補充できるため、無駄な戦力に給与を支払うリスクを回避しやすい。もちろん、職業勇者は簡単に首を切 ることができず、能力に不満があっても契約を遂行しなければならない。
冒険が無事成功に終わり、財宝などの収益が上がった場合は利益の分配が行われる。基本的にはスポンサーに対する収益の分配が第一であり、その残りは雇用 側勇者の総取りというのが相場である。なので、冒険に同行する二番手勇者は賞与などは受け取れない。魔法使いや格闘家も同様である。人によってはいくらか 分配がある可能性があるが、基本的には主催者の全取りという風潮が強い。しかし、次回冒険における雇用時に給与が上昇するなどのケアはある。また、別の パーティに参加した時にその実績が大いに評価され、高待遇を受けることが可能になるのだ。ちなみに冒険者は基本的にエージェントを立てて雇用契約を行う。 普通は協会付きの代理人の存在があるため、細かい分野での雇用契約は全て丸投げできるのが特徴なのだ。しかし、独立系の協会所属や無所属だと個人で契約業 務を行う必要があるため、自由度は高いものも勇者以外の事務業務をこなすなど煩雑さを極めることが多い。
独立後の動き-エージェント・マネージャー編-
新人として実践経験を積み、同時に金銭的にも余裕が出てくる。そうなるとやっと自分の給与でオーダーメイドの剣を購入することになる。基本的には自分の剣 を入手するタイミングが、独立の目安と言われている。前述したように、職人によるオーダーメイドは紹介制を取っているため、紹介する側もある程度の実力を 見込まないと、職人に通してくれない。なぜなら、半端ものを職人に通すと自分が恥をかくからである。したがって、オーダーメイドの紹介を受け、それを購入 できる金銭的な余裕があるということは、独立しても十分な素質という目安になっているのだ。
ここからは独立後の動きを詳細に解説していくことにする。独立となると、冒険主催者として資金の調達、管理を行い、仲間集めやルート策定まで全て自分の 力でこなさなければならない。細かな事務作業も行うとなるとどうしても負担が大きくなる。そのため、まず勇者はエージェントと呼ばれる代理人と契約を行 い、それと同時に各種手続きの窓口となるマネージャーを雇うのが一般的である。代理人は協会毎にお抱えの物が存在し、それに頼ることが多い。代理人はスポ ンサーの調達や雇用契約の締結、ましてや行程に必要な船舶や飛空艇の手配など各種に渡り業務を行ってくれる。多方面にコネクションを持ち、冒険の未来を占 う重要な存在であるため、優秀な人材が多い。
また、マネージャーは現場スタッフとして、金銭の管理や要所要所での諸般雑用手続きを行ってくれる。代理人も重要だが、マネージャーとの連携が重要であ り、こちらも周囲に気が回る人物でないと務まらないとされている。ちなみに、マネージャーは資格がなく誰でも雇用が可能であるため、勇者になれなかった者 が第二の人生としてそちらで職務を全うすることが多い。年齢を重ねてもなお、試験に合格できなかったものはそちらの道で才能を発揮することが多いのだ。
かつてはエージェント業務とマネージャー業務は分離しておらず、全て一人でこなしていたとされている。しかし、時代の変化とともに業務の細分化が行われ て行ったため、これらの業務を一人でこなすのは困難とされ、分業化されていったのだ。ちなみにエージェントは冒険に同行せず、契約締結など後方での活動が 中心であり、対して、マネージャーは冒険に同行し、現場で業務を行うという違いがある。
エージェントに対しては冒険の上がりの割程度を支払うのが慣例となっている。こう書かれると冒険が失敗に終わった場合は無報酬だと考えてしまうが、最 初の資金調達の時点でエージェント分の支払いを先行して行うため、その心配はない。なので、たとえ冒険が失敗に終わって主催勇者が借金を背負うことになっ ても、エージェントにはなんら影響がないのだ。また、冒険が成功に終わり、幾分か余剰収益が発生した場合には、その余剰収益分から割分さらに追加して報 酬が支払われるという取り決めになっていることが多い。
またマネージャーは勇者を雇い主とする自由契約をとっているので、その給与は人によることが多く、またエージェントを立てずに本人同士で雇用に至るのが 基本である。そのため、低賃金で雇われて奴隷のようにこき使われる可能性すらあるのだ。しかし、優秀な人材が必要となるため、基本的にはそこまで低待遇に なるのは稀であり、相場では月30万タラバ程度の給与が平均だという調査結果が出ている。
独立後の動き-魔法使いの雇用編-
エージェントとマネージャーを確保し、スポンサーからある程度の出資が見込めるようになると、いよいよ、実働部隊である二番手勇者・魔法使い・格闘家の雇 用を行う事となる。冒険の成功ははっきりいてここに掛かっており、大規模な冒険を行うようになる程、勇者は優秀な人材を獲得する事に奔走するのである。 パーティー編成は勇者2・魔法使い・格闘家が基本であり、探索を行う上ではこの布陣がベストであると学術的にも調査結果が出ている。一度に大量のモン スターとエンカウントする可能性もあるので、もっと編成を増やしたほうがいいのではないかという声も聞こえてくるが、そもそも、そういう場合は「退却」す る事が求められる。冒険とはなるべく戦闘を避けて、リスクをかけずに行う事が基本であるため、逃げるという行動はその見極めも含めて勇者にとって重要なリ スク管理能力として必要とされるのだ。
二番手勇者の確保については前述したとおりなので、まずは魔法使いの確保について解説しよう。基本的にはエージェント同士のやりとりが中心となり、当人 同士は契約締結の席か、それが終わった後の打ち合わせで初めて対峙することもある。勇者は計画する冒険に合わせ、雇用予算とスキルを注文し、それを元に エージェントが魔法使い側のエージェントと交渉を行い、該当するものをリストアップしてくれるという段取りがスタンダードとなる。もっとも、勇者人口五万 人に対し、魔法使い人口は6万人以上いると考えられているため、魔法使いサイドから営業をしないと、雇用にありつけないのだ。なので、リストアップされた 複数人を集めて、面談をし、相性の合いそうな一人を選抜するというケースも多い。
また、魔法使いの給与であるが、これは種免許取得の新人は月70万タラバが相場という調査結果が出ている。新人の二番手勇者より相場は高く、比較的高 給取りの部類に入るのだ。しかし、近年は供給過多ということで、少し安くても仕事を受けようとするものが多発し、平均給与の低下がみられている。しかし、 このまま安請け合い合戦を続けると、魔法使いという職業自体の未来にかかわってくるため、魔法使い協会では新人の給与の最低保証額の固定化を目指してお り、そのような負の連鎖を断ち切ろうと尽力している。
ちなみに、Ⅱ種免許のみの取得者となると月30万タラバ程度が平均だと考えられている。若い女性が稼げる額としてこれもかなり高いほうであるが、戦闘参加というリスクを冒していると考えると安すぎるという意見もある。
そして、Ⅰ種魔法使いの給与は冒険における特段の失敗等がない限り、前回冒険時の給与よりも高くするのが慣例である。これは前述したように、安請け合い を続けると業界全体が困窮する結果が待っているため、それを是正する役割があるのだ。といっても、実際はエージェントの立場向上が給与高騰の原因であり、 業界全体の地位は向上するものの、どこかで線引きをしたほうがいいのではないかとされている。しかし、現在は魔法使いの供給過多であるため、要求する給与 の上昇率はある程度、小さくなっているという結果が挙がっている。
ちなみに、パーティーに魔法使いを二人加えるのはタブーとされている。戦闘において、近距離で異なるもの同士が魔法を使用すると、干渉が起こり、十分に 作用しないのだ。いわば、お互いにとって邪魔な存在となり、魔法の使用が困難となる。もっとも、それに起因する不仲のほうが問題視されており、同業者の女 性二人というのはトラブルの種にしかならないのである。しかし、魔法干渉を利用すると稀に思わぬ複合魔法が発生することもある。これは発生するケースなど が未だ解明されておらず、リスクも高いため、現状、ほとんどのものは使用していないが、将来的には強力な魔法を発生させる手段として研究対象となってい る。
独立後の動き-格闘家の雇用編-
次に格闘家の確保である。格闘家は軍部から派遣されてくるという形をとっているため、正確には雇用という形態はとっていない。格闘家からすると冒険者護衛 の管轄にある者は、勤続年数や同行実績により格付けされており、勇者の要望に的確する者が順次派遣されていくという形をとっている。なので、勇者はこれま た、冒険の規模に合わせて、自分の求める人材を注文し、それを受けて軍部はリストを提出し、そこから名選ぶという流れが基本である。格闘家は安全を確保 するだけでなく、冒険において精神的な支柱となりやすい。そのため、気に入った格闘家に出会えると、その次からは個人指名するというケースが多く見られて いる。二番手勇者や魔法使いは能力を重点に選択するが、格闘家に関しては人格を重視して採用するという傾向があるのだ。
冒険同行の格闘家は基本的に軍部から給与は支給される。待機状態や冒険以外の業務における基本給が発生しており、なおかつ、各種冒険に参加する際に特別 業務手当として、別口で給与が支払われるというシステムをとっている。その際、冒険を主宰する勇者はその手当の半分を補填するという取り決めが、防衛省と 冒険省の間で行われているのだ。例えば、新人の格闘家の冒険手当は一律で月40万タラバとされている。このうち、軍から支払われるのは半分の20万タラバ であり、雇用側の勇者はもう半分の20万タラバを支払うということになっているのだ。
これは、冒険同行において発生した怪我などにより、平常の業務において支障をきたすという問題があり、軍部も高リスクな冒険同行に給与を支払うのをため らうという過去があったからである。そのため、軍部は冒険同行の縮小を行おうとしたが、勇者サイドからすると、貴重な戦力として期待できていたため、半額 を補填する形として手打ちになったという歴史が存在する。また、軍部が保護したい重要な人材については勇者側の補填割合が上昇するという制度もある。分か りやすく言うならば、「人材の貸し出し」という表現が当てはまるだろう。
前述したように、元々、格闘家というのは職業勇者制度確立の要件として、軍部の影響力が弱体化するのを恐れた防衛省が「冒険者の護衛・不法行為の監視」 を目的として成り立った職業である。当初は、監視という役割も作用していたが、今では形骸化しており、それでもなお、勇者側から戦力として必要不可欠であ ると考えるものが多かったため、そのような役割を失っても存続してきたと考えられている。また、軍部も勇者同行というのは軍部の広報的な役割として利用価 値が存分にあるとしてきているので、多少のリスクを払ってでも、存続させたいという思惑があるのだ。
ちなみに、防衛省主宰の公営格闘技「レッキングマニア」に出場しているものは、人気が高いと言われている。これはリングの上で裏付けられた実力に惚れ込 むという要因もあるが、実際は民衆に対する知名度が高いため、スポンサーが集まりやすいという利点があるからである。勿論、その分、雇用にかかるコストは 莫大となり、軍部もそのように有用な人材をなるべく冒険同行に出させたくないため、さらなる高騰化が行われ、勇者の負担比率の増加を条件とすることが多 い。しかし、格闘家本人からすると、冒険同行は栄誉であり、未知なる敵と対峙したいと感じる者が大半のため、格闘技を一時休業してまでも冒険同行を行うこ と多い。
一般的には、レッキングマニアにおいてファイトマネーは発生せず、公営ギャンブルという形をとっているため、勝利給のみである。その待遇の悪さからも、 更なる金銭を求めて冒険同行の道に進む者も多いとされている。いわば、レッキングマニアを踏み台、あるいは通過点とし、自分の名前を売ってから、冒険デ ビューを果たすというルートが基本となっている。
独立後の動き-後方部隊の雇用編-
こうして戦闘に参加する実働部隊を雇い終え、旅の目的を決定できたら、ようやく出発することができる。その期間は一週間から半年以上まで様々であり、何を 持って冒険を終了するかは主催者に一任されている。そのため、賞金首のモンスターを倒すだとか、希少価値の高い財宝を探し出すなどという具体的成果を伴う ものを旅の行程に入れておくのが通常である。魔王討伐という漠然な目標を掲げて冒険に出ても、長期にわたり達成できず資金ショートという可能性が高いた め、大きな目標を定めた後は、金銭に直結する依頼を短期的に道中こなすようにルート策定することが多いのだ。
そんな中、どうしても移動というのが旅にはつきものとなる。移動こそが冒険のほとんどを占めるといっても過言ではなく、野営設備や馬車など色々と準備し なければならない。なので、パーティーを編成する際は、実働部隊以外に後方部隊も雇用するのが一般的である。後方部隊は主に、馬車の操縦、道具の運搬、ひ いては、金銭的に余裕があるなら料理人や整体師まで多種多様に渡る。戦闘を行う冒険において、移動中は休息という側面が強い、なのでそれらに関連する業務 を全て引き受けてくれるものたちを雇用する必要があるのだ。
従って、基本的なパーティー編成としては、実働部隊4人に加え、マネージャー人、馬車隊2人 に荷物隊2人の9人編成が基本となる。勿論、これらは旅の最小限と考えられており、険しい山岳地帯を行く場合などは、道に詳しい現地シェルパを追加で雇う ことが多いのだ。
馬車隊や荷物隊はそれらの業務を総合的に引き受けてくれる企業が存在するため、一括で申し込むことが多い。勿論、必要に応じてオプションも可能で、金銭 的に余裕がない場合は、御者なしで馬車のみの貸し出しも行っている。特にグローバルボヤージュ社とカゴトネリ社は業界最大手として全国的な展開を行ってお り、各地と連携が取れているため広範囲の冒険において利用しやすい。また、料金であるが、馬車2人に荷物2人プランだと、月00万タラバ程度で雇うこと ができる。しかし、大手の移動会社は中間搾取がひどいと言われ、ある程度の心づけを払わないと現地の御者たちにボイコットされるという事例が多数ある。
勿 論、企業体質として酷いのはあるが、チップというのは勇者にとって躊躇すべきでないとされているため、企業に払う金銭以外に御者たちにも気持ちを支払うと いうのが慣例となっているのだ。後方部隊の言いなりになってもいけないし、そっぽを向かれてもいけないので、勇者は利害関係の調整に追われることとなる。
最後に旅にかかる費用をまとめてみよう。「独立後、最初の旅」というのをモデルケースとし、全員新人かつ、最低限のメンバーで挑むと想定する。まず、二 番手勇者の雇用に60万タラバ、しかし補助金が入るので24万タラバとする。そしてⅠ種魔法使いの新人が70万タラバ、格闘家の新人が支払い分だけで20 万タラバ、マネージャーが30万タラバ、移動後方部隊に00万タラバとなり、合計すると244万タラバとなる。勿論、これはひと月にかかる試算であり、 旅の長期化とともに肥大していくこととなる。また、それ以外にエージェント分の支払いも加算されたり、各種チップや武器の整備費用にアイテムの補充費用な どを加えると、月に平均450万タラバが必要とされるのだ。従って、旅にすぐ出ようと思っても、資産家でもない限りほぼ不可能であり、勇者は予備校講師と して副業を行ったり、剥ぎ取り素材の換金に勤しんだりしなければならない。また、それ以前に莫大な資金提供を仰ぐためのスポンサーの存在が必要不可欠とな るのである。
ちなみに、食事代金だけは勇者以外の実働部隊が負担するという習慣がある。これは、諸説あるが、かつての勇者は真っ先に食事代金を削るものが多く、雇用 された側としては食事だけはこだわりたいと意見するものが多発したためとされている。また、勇者は冒険中はストレスで食事がおろそかになりがちという調査 結果もあり、そのような不栄養な状態は士気の低下に直結するということで食事は他者の管轄であるという説も唱えられている。
ダンジョン街
冒険に出ると基本的には賞金首のかかっているモンスターの討伐や掲示板に張り出されている依頼などをこなし、レベルを上げ、金銭を稼ぐのが中心となってく る。モンスターが発生していたり、財宝が眠っているとされる場所はダンジョンと呼ばれ、勇者たちの行く手を阻むこととなっている。そして、そんな勇者需要 が存在するダンジョンの周辺には必ず街が形成される。観光地というわけではないが、基本的に勇者御一行を相手取った商売に従事するものが多数存在し、なか なかの盛栄を誇っているのだ。
宿屋は国営が基本のため、国内のダンジョン周辺には必ず存在すると言って良い。また、武器メーカーの系列店や小売の道具屋もダンジョン街にはなくてはな らない存在である。それ以外にも居酒屋や風俗店など併設されるのが基本であり、さながら歓楽街として、ダンジョン関係なく、それ目的に訪れる旅人も多いと 考えられている。しかし、ダンジョンの近くにあるということもあり、その治安は少々不安定であり、モンスターによる襲撃を受ける可能性が高い。ただ、勇者 の駐留率が高いため、壊滅的崩壊へは至ることなく、壊されては作り直しの連続である。従って、場合によっては修復作業中故に施設を十分に使えない可能性も あるのだ。
ダンジョン街は完全に勇者の存在に依存した産業形態であり、モンスターの発生がなくなるとその存在意義を失ってしまい、討伐し尽くしてしまうと一時的な 休業状態に陥ることとなる。なので、場合によっては、モンスター量が減少すると、勇者のダンジョンへの立ち入りを規制するケースもあり、その点で問題視さ れているという現状もある。モンスターの発生原理については後述するが、街の人々は勇者に来てもらい、なるべく成果を上げ過ぎずに冒険を終えてほしいと願 うものが多い。言ってしまえば、一方ではモンスターを脅威に感じ安定を願うが、他方、産業維持のため根本的な討伐を望んでいないなど、自己矛盾した存在で あると言えるだろう。また、最近では歓楽街として独立で採算を取ろうと努力するダンジョン街も存在し、完全な依存形態からの脱却を果たそうとする姿勢も見 られる。
ちなみに、賞金首のモンスターを討伐したり、高価な財宝を手に入れた勇者は、ダンジョン街に帰還した際、その夜は同じ店に居る全てのものに奢らないとい けないという文化が存在する。冒険を成功に終えた夜はさながらお祭り騒ぎであり、街全体をしてそのことを祝福することが多い。もっとも、純粋な祝福ではな く、奢り目的で騒ぎたてるのが本音であり、冒険に成功した勇者は奢りまくれば奢りまくるほど、次回の冒険も成功を収めるというジンクスまである。しかし、 それは奢られたい故に生まれた戯言であることは聡明な読者諸君には言うまでもないだろう。
船舶・飛空挺
独立後、実績を重ね、更なる野望を追い求めるようになると必然的に冒険は大規模なものとなる。そうなると、徒歩での移動以外に、海を越え、別の大陸を目指すことも多いだろう。そのような時の移動手段として、船舶や飛空挺の存在がある。
これらの乗り物に共通する動力として魔石を挙げることができる。魔石とは魔力を強く含んだ物質の総称であり、我々の文明を支えるエネルギー資源として多 岐にわたって利用されることが多い。魔石から放たれる魔力を圧縮し、それを燃焼することにより運動エネルギーとして変換しているのが魔力エンジンの一般的 な仕組みである。また、そのような莫大な運動エネルギーを引き出す魔石というのは巨大な岩石のような物質が基本である。
ちなみに、魔石は砕くとその効力を失ってしまうため、魔力により陸上を車輪で移動する馬車に変わる比較的小型な乗り物などの実用には未だ至っていない。 もっとも、馬車程度の乗り物を魔力で動かそうと思うと、その馬車と同程度の重量の魔石を用いらないといけないと考えられている。従って、その危険性や効率 化の悪さから未だ実用には至っておらず、今後は、魔石分割を行っても魔力を確保する技術や高濃度の魔力を持つ魔石を小型生成する技術の発達がそのような乗 り物の実現の鍵であると言われている。
魔石は馬車程度のものを満足に動かそうとする時、馬車程度の重量を必要とするが、船舶や飛空挺など、巨大なものを動かす時には、同程度の重さではなく、 比較的、軽くても動かすことができる。すなわち、重いものを動かそうとすればするほど、その魔石の大きさからすると、ある程度効率化していくのだ。この性 質は未だ研究段階であり、根本的な原理はわかっていない。しかし、飛空挺以上の物体を動かすに価するような巨大魔石は未だ発見されておらず、巨大と言って もその程度にとどまるのが現状である。
動力の解説を終えたところで、船舶や飛空挺を入手するにはどうすればいいのだろうか。まず、船舶は基本的には貿易船として利用されることが多い。一般的 な冒険者は海を渡る時にそのような船に同乗するのが基本であり、貿易船もその存在を歓迎することが多い。これは冒険者を乗せたという実績は将来的に冒険が 成功した際に、自慢となるため、基本的には無料で利用させてくれるのだ。しかし、外的襲来時における戦闘義務が発生するなど、気を抜けないことが多い。ま た、無料の条件として、船内での講演会を行うというのが慣例であり、ここでトークスキルを磨き、オフは各メディアや講演活動の分野で活躍するものも多いの だ。勿論、無料といってもある程度の心づけを払うのが勇者の義務である。
そのような船舶を個人所有するのは相当の財力が必要となると言われている。冒険業務以外でも利用しないと採算が取れないため、基本的には船舶会社をスポ ンサーに持つものか、個人で貿易船業に従事するのが常である。一説では高所得者や貴族向けに、10億タラバ程度から個人向け船舶を販売するルートが存在す るらしく、維持費も合わせると凄まじい出費になるため、ある種、成功者しか手に入れることはできないであろう。
また、飛空挺も同様であり、これを持つことこそが勇者の最大の栄誉であると考えるものが多い。船舶に比べると移動の高速化に加え、外敵の襲来可能性の低 さなどがメリットに挙げられる。こちらも物資運搬目的や、一部のセレブリティに向けた観光艇という業務形態が一般的であり、その入手ハードルは船舶の比で はない。また、離陸や着陸において莫大な手間もかかるため、気軽に利用できないのが玉に瑕である。ちなみに、某飛空艇は開発に500億タラバ程度費やした とも言われており、国家や大企業レベルでないとその所有には至らないというのが実情である。
魔力認知者の数が限られることや、魔石の希少性からしてもこれらは我々一般市民には到底利用できる代物ではない。あくまで勇者という社会的意義のある職業だからこそ、金銭的要因以外にも利用するに至ることができることを肝に銘じてほしい。
第六章 この世界について
モンスター・魔王の存在
ここまで読み進めてくれた読者諸兄なら職業勇者を中心とする勇者産業については、おおよそ理解していただけただろう。しかし、同時に討伐対象であるモンス ターや魔王について幾つかの疑問を抱いたことであろう。彼らの目的は何なのか。そしてその存在意義や討伐することへの恩恵などの不明瞭な点が浮かんだと思 う。この章では、そのような世界の謎や、この国の構造について解説を行うこととする。これにより、ぼやけた世界の輪郭をくっきりとさせ、更なる職業勇者へ の理解を深めるための補助となれば幸いである。
まず、モンスターと呼ばれる存在についてである。モンスターの発生は人類誕生以前と言われているが、その有害性を持つに至ったのは、人類が魔法を認識し、体系化した頃からと言われている。
魔法を使用すると、廃残留魔力というものが発生する。これは魔法使用時に排出されるカスのようなものであり、可視性もなく、その採取も、現時点の技術力 では至っていない。魔法使用以外に、魔石からエネルギーを取り出す際にも発生し、魔法産業社会に依存する我々にはその廃残留魔力の排出は避けては通れない ものとなっている。廃残留魔力は大気中を漂い、やがて、法則性はわかっていないが一定の場所に堆積し、数十年かけて高濃度のものになっていくとされてい る。そして、その高濃度の廃残留魔力の影響でそこに住むモンスターたちは凶暴性を引き出され、人間を襲うようになったと現時点では考えられているのだ。そ のように、高濃度の廃残留魔力が堆積し、有害なモンスターを発生させるような場所のことをダンジョンと呼んでいる。また、高濃度の廃残留魔力は、物質を変 容させ魔石を生成する要因ともなっており、ダンジョンにはモンスター発生と同時に、金銭的価値の高い魔石が眠っている可能性が高い。
従って、人類の過剰な魔力使用が、大量の廃残留魔力の排出を行い、それにより、モンスターの凶悪化、更なる魔石の発掘につながっていると考えられてい る。その討伐や発掘業務を行うのが勇者の役割の一つであるのだ。ちなみに、魔石の生成は人工で未だ再現できておらず、いずれも自然現象を基とした天然物し か存在しない。また、モンスターの剥ぎ取り素材は廃残留魔力由来であるため、魔石的な性質を持つことが多く、高値で取引されるのである。
そして、魔王という存在であるが、人間や、それに準ずる知能指数の高いモンスターが廃残留魔力により変容したことにより発生すると考えられている。莫大 な魔力を持ち、統率に至る知能を持つものが便宜上、我々の敵を統べる者として「魔王」と呼ばれているのだ。そして、モンスターと同様に、人間に対する有害 性を持つと考えられ、その強力な魔力により、凶暴性を増したモンスターをある程度、統率でき、人類へ対する有害性を増長している原因と考えられ、諸悪の根 源とされているのだ。
つまり、そのような人間に危害を加えてくる、「廃残留魔力の統率者」という存在が、「魔王」と呼ばれ、我々の脅威として君臨しているのだ。勿論、特定の 魔王を倒せば、統率が崩れ、ある程度の平和は訪れる。しかし、その間に再び廃残留魔力の堆積があれば、第二、第三の次なる魔王が誕生すると言われている。 ある種、自然からの人類に対する警告的な側面もあり、現象としての研究は未だ発展途上である。
勿論、我々が魔法の使用を抑えれば、廃残留魔力は発生せず、魔王やモンスターの存在もいなくなり、平和な世の中が訪れるであろう。皆、そのような事は自 覚済みである。しかし、現代社会は魔法によって急速に発達を遂げているため、もう一個人の意思では止める事すらできないのである。魔法文明を中心としつ つ、勇者産業も肥大化を魅せているため、それにより恩恵を受けている人間は多数存在すると考えられている。したがって、自分の首を絞めてまで、平和を願 い、旧文明に戻る事を願うものなど誰一人といないのである。
また、国家も魔王やモンスターという共通敵を作る事により、国として統率が取りやすくなると考えているため、そのような魔法使用の抑制などは推奨してい ない。従って、いわば必要悪として、モンスター達はこの世に存在し続けると考えられている。人類の発展が作り出した膿により、危険を孕みながらも更なる発 展を目指すとは、我々は罪深き生き物であると言えるだろう。
読者の中にはこんな魔法社会ならば魔法こそが重要であり、物理攻撃に頼る勇者の有用性は低いのでは、と考えるものも多数いることであろう。確かに魔法は 多岐にわたり効果を持ち、攻撃手段としても非常に優れていると考えられている。しかし、モンスターに対する魔法使用はあくまで、戦闘不能までしか効果を得 ず、根本的な死に至らすことは不可能となっているのだ。そのため、モンスターを殺すためには、物理的な攻撃を用いらなければならず、その中でも一番の強さ を誇るのが、剣術を用いる勇者であると言われている。
勿論、勇者のみでのモンスター討伐は困難を極め、魔法使いの補助が必要不可欠であるため、両者ともに討伐には必要な特性を持っている。従って、いつもトドメを刺すのは勇者の役割であり、その点で有用性を持ちながら、手柄を挙げたとして英雄視されるのである。
魔石
この国を取り巻く魔法産業社会の要である魔石の性質について、もう少し詳しく解説していこう。
オカルトの類だと考えられていた能力が、科学的に証明され、魔法と言う形で体系化された。そして、魔力認知能力を持ち、魔法放出が可能な魔法使いという 存在を生み出した。また、彼女らは自らの体内の魔力を認知できるだけでなく、万物にも魔力があることに気づいていたのだ。そのような高濃度の魔力を持つ物 質の総称を「魔石」という。魔石の発見は、特有技能だと考えられていた魔法を一般市民にも広めることとなり、広く産業利用されるに至ったのである。ちなみ に、魔石といっても岩石や鉱物に限定されるわけではなく、魔力の強い物質は須らくこの名称で呼ばれている。しかし、性質的には岩石中において発見されるこ とが多いとされる。
前述したように万物には微弱ながらも魔力が存在していると考えられている。その中でも、廃残留魔力の影響などで高濃度の魔力を持つ物質を魔石と呼んでい る。この魔石の特徴としては、密度が非常に高くなると言うものがある。例えば、卵サイズの金があるとしよう。金というのは非常に密度が高く、そのような大 きさでも、実際の卵の20倍程度の密度があると考えられている。しかし、魔石はその金の3倍程度の密度を持っているという調査結果が出ているのだ。従っ て、魔石という物質は小さい割には非常に重たい物質となっており、割れると魔力性質を失うという特徴からも、運搬には困難することが多い。ちなみに特大 ビールジョッキ8杯程度の体積で四人乗りの馬車一台分の重さと同程度だとされている。
それから放出される魔力の量は基本的には一定と考えられており、魔力が強ければ強いほど魔石は巨大化する傾向がある。また、巨大化すればするほどエネル ギーとしての変換効率が良くなるのも特徴的であるが、この原理は未だ分かっていない。ただし、前述したように分割すると性質を失ってしまうので、巨大魔石 を採掘したからといって、小分けにしてそれぞれが高い変換効率を持つ魔石として利用することは不可能である。従って、船などの大きものを動かすには分がい いが、馬車などの小さいものを動かすには変換効率が悪いなど、我々が日常的に利用する乗り物において、実用化には至っていないという欠点がある。これだけ 便利なエネルギー源が存在するのに、我々は未だに馬車に乗っているのだ。ちなみに、現在陸上での大量輸送をもたらすため、レールの上を魔力で走る魔力機関 車の開発が進行中であるが、その莫大なスケールとコスト面から、難航すると考えられいる。
また、魔石は長期にわたるエネルギー放出が認められ、船舶は基本的に魔石一つで5年程度動き続けると言われている。エネルギー放出が限界まで行われると 自ずと砕け、崩壊すると言われている。この崩壊時における事故が多発しているため、どこまで使い切るかの見極めが重要と言われている。勿論、そのような点 検は魔力認識者の役割であり、魔法使いは魔法分野において必要不可欠な存在であるのだ。
ちなみに、勇者にとって重要な魔法制御指輪など、大量の魔力は必要としない魔石は、指輪サイズまで小型化する技術が発見されている。しかし、これは低魔 力の魔石に限っており、高い魔力を持つ巨大魔石においては再現に至っていない。またこれも使い続けると5年程度で壊れるとされているため、五年以内に次レ ベルの指輪に交換するのが目安となっている。そして、指輪が壊れた場合は、上位レベルの指輪としか交換を行わないという決まりがあるため、5年以上同レベ ルに留まっているのは、勇者失格としての烙印が押されてしまうのだ。
そして、我々平民による魔石利用の象徴とされるのは、遠隔地間における音声伝達と映像伝達の分野である。音声伝達は公衆魔法音声局に行けば、金銭を払っ て遠隔地のものと会話をすることができる。そして、会話ではないが、「マギレイディオ」と呼ばれる受信機があれば、一方的であるが音声の受信が可能とな る。これは庶民の情報入手の元とされ、広く活用されている。
また、映像伝達においては「マギビジョン」という魔法を動力とする機械を手に入れれば、魔法科学省の番組を受信できると言われているが、未だに高価なた め、一部高所得にその所有は限られている。ちなみに、魔法使いは、自己魔力による音声伝達を、能力を持つもの同士で行うのが可能である。また、最近では、 文字情報の伝達も自己魔力で実現できる可能性が浮上してきたため、メカニズムの解明に急いでいる。
(※日本語版訳註:当時の記述から推察するに、100kgのものを魔石750kgで、tのものをtで、10tのものを1.25tで、100tのものを1 .5t程度で満足に動かせるエネルギーを持つとされている。ただし、魔石自体の重量は含まないものとする。また、魔石の密度は60g/cm^3程度だと 考えられており、それ以下の物質は魔力が多くとも、魔石とは呼ばれない)
勇者依存社会
魔法の発展は廃残留魔力を孕み、それによるモンスターの凶悪化や魔王の誕生は、討伐のための勇者という存在を必要不可欠とした。勇者は我々にとっての英雄 である。幾つもの脅威から私たちを救い、平穏を保ち続けてきた。しかし、我々はそんな勇者産業に完全なる依存を果たしている。モンスターを討伐するために は大量の資金や道具を必要とし、関連産業に従事するものも多く、その市場規模は莫大なものとなっているのだ。
特に前述したダンジョン街の存在は依存度で言えば、ほぼ100パーセントであり、各地にその数を増やしているのだ。勇者がいなくなってしまった時のこと を考えると恐ろしいほどである。もっとも、魔力使用によるモンスターの凶悪化というのが根源的な要因であり、それさえなければ、モンスターも存在しない し、勇者も存在しないのだ。しかし、我々は魔法の便利さを覚えてしまい、そのような前時代に立ち返れない。ある種、禁断の果実に手を出してしまい、もうこ の仕組みを維持していくだけでも精一杯なのだ。
勿論、勇者産業の成立は我が国の経済力を莫大なものとし、国力の莫大な強化につながった。民衆も共通敵の存在により、団結力を強め、さらなる富国を目指 すことになるだろう。進歩のためにはある程度の犠牲はつきものであり、我々はこの制度の存在を歓迎しなければならないのだ。ちなみに、廃残留魔力の影響力 を知ってしまった者の中には、旧文明に立ち返り、農村部でコミューンをつくり魔法に頼らず共同生活を送っているものも存在すると言われている。そのような 非魔法文明主義者の数は、職業勇者成立以降増加傾向にあるが、未だ影響力を持つに至っていないのが現状である。
また、職業勇者制度が成立した背景には、国内の魔物の討伐以外に、もう一つ理由がある。それは自国領土の拡大のための探索である。この世界は未だ全貌が 明らかになっておらず、モンスターの発生も伴って、探索が長距離になればなるほど、危険性が高まることとなる。そのような、探索者の役割を勇者に一任する ことによって、交流のない対外諸国との関係性を作るのという目的があるのだ。
探索中の他国においてモンスターが発生した場合、勇者はその討伐を行う。勿論、脅威から逃れることができた他国の人々は我が国の勇者に国家をあげて賞賛 を送るであろう。そうすれば、我が国は他国との侵攻、あるいは交流において、幾分か有利になるのだ。つまり、他国におけるモンスター討伐は、その国におい て勇者制度を整えるきっかけとなりやすく、その役割を我が国が一任することにより、ある種、同盟国や植民地的に支配するのが可能となる。これにより、自国 拡大を行い、各地に拠点をつくりさらなる探索が可能になるという作用が生まれる。
勿論、支配においてはこれの下敷きとなっている、魔法産業文化の伝搬が大義名分であり、属国の文明水準を引き上げることが可能となり、さらなる勇者需要 の拡大も見込めるのだ。また、軍隊の管轄下にある、格闘家が同行するのは、こういった領土拡大の際に、勇者と魔法使いのみが手柄を上げ、冒険省と魔法科学 省の権力の拡大、暴走を防ぐためという目的もある。
まとめると、他国侵攻の手順としては、探索者がモンスター討伐し、外敵の防衛を我が国に一任させる理由作りを行う。それに伴い、魔法文化の伝搬を文化政 策として行う。そして、それに伴う治安悪化を防ぎ、さらなる周辺国からの侵略を抑えるためにも、軍隊が派遣されるという段階を踏む。その手順で我が国は実 質的に他国支配を行い、順調に国力を拡大しているのだ。
政治体制
我が国は世襲制の王による絶対君主制という姿勢をとっている。勿論、国会も存在しているが、最終的な政治的意思決定は、国会を元にした王の一存に任される のが常である。といっても、現在の王は、独裁的に猛威を振ることなく、国会の意見に同調するという姿勢をとることが多い。
国会は、貴族院と民衆院の二大議会制をとっており、現状、貴族院を中心とした政策が行われるのが常である。貴族院はその名の通り、貴族身分にあるものだ けで構成された議院であり、選挙によって選ばれるものではなく、代々、この国において古くから力を持つものが多い。対して、民衆院は平民身分から代表選挙 によって選出される議院であり、賎民以外は皆平等に立候補の権利を持つ。といっても実情は、国家と月蜜関係にある勇者産業に従事する財閥からの当選が多発 しており、半貴族的な側面が強い。
もっとも、我が国はかつて、絶対王政かつ議会においては貴族院の独占であった。しかし、職業勇者制度確立において、力をつけてきた勇者ならびに勇者周辺 産業が政治的影響力を望み、民衆院という形で割り込んできたという背景がある。ちなみに職業勇者が国政の場に進出するのは、同業者からもあまり歓迎さず、 ある種の客寄せパンダとしてその政治手腕に不安が残り、批判されることが多い。したがって、勇者ではなく、国政に進んだ勇者産業関係者というのが、職業勇 者の地位確保につながっているのだ。
また、王の存在は国家の象徴的な側面が強く、民衆のマスコット的存在として広く愛されている。実質的な権力を持つのは、王周辺の貴族院の意思と、一部の 財閥関係者である。しかし、外交においては重要なカードとなるため、王政を廃止することなく存続させ続けると考えられる。また、王室における王位継承は以 前は男系男子が絶対であったが、魔法発見による女性地位向上もあって、王の血を引くものならば、女性にも認められるようになった。そのため、今後、我が国 初の女王も誕生すると言われている。しかし、この裏には、絶対王政を取りながらも王の存在が実質、象徴的な役割しかなくなったという、王室の弱体化が原因 としてあると考えられている。
ちなみに職業勇者制度成立を目指した時代においては、まだ王の権力が莫大なものとなっており、魔王を初めて倒した初代勇者が直接、謁見の場で掛け合った ことにより、王の独断で職業勇者成立に至ったとされている。勿論、英雄とはいえ、平民身分であった職業勇者が当時、謁見までたどり着いたのは各種関係者の 尽力があったと言われている。また、その当時の王は、脅威に対して対抗する意思があるなら誰にでも武器や金銭の提供を行っていたため、当時の民衆には財政 難の原因として嫌われていた。しかし、そんな中から、初代勇者が魔王討伐という手柄を上げたことにより、凄まじい手のひら返しの賞賛を受けたという逸話が ある。
国土
この国について地理的にもう少し詳しく解説していこう。我が国の領土は一説では、極東の月出づる国「ゲポング」と同程度であるという研究がある。ゲポング は島国であるのに対して、我が国は巨大な大陸の一部に過ぎなく、周辺他国との共存が求められる。もっとも、ここ一世紀はモンスターの異常発生により、国家 間の戦争というのは積極的には行われていないとうのが現状である。しかし、我が国は魔法産業の局地的な発達を遂げているため、文明的には他地域よりもいく らか進歩していると考えられている。したがって、魔法文明の伝搬と職業勇者の他国に対する代理を一任することにより、順調に同盟国や属国支配に入れている と言われている。
200万人という人口からも、人々は幾つかの都市に集まって暮らしているものと、都市間に点在する小規模の農村に暮らすものに分かれるのが特徴的であ る。人口比率としても都市部4割、農村部6割という調査結果も出ており、「大きな田舎」という名称が我が国には似合う。また、都市間の移動においては道が あまり整備されておらず、困難することが多いのが現状である。しかし、職業勇者制度の確立以降は冒険者の人数が爆発的に増加しており、各種街道整備が進み つつある。それにより、路地舗装が進むと、陸上における貨物魔力車(大型の重量のある魔力車。小型は前述したようにエネルギー効率が悪いため実現可能性低 い)の実用が現実的になる可能性が高いのだ。
勿論、モンスターの発生により都市間移動というのはリスクが高いため、なかなか難しいとされるが、これが実現すれば、海上、空路以外の別都市への移動が 容易になり、人々の移動がより流動的になると考えられる。ちなみに、現状での商人などの都市間の移動には勇者が護衛として採用されることが多く、依頼案件 の中でも高い需要を誇っている。と言っても、凶悪なモンスターの発生はダンジョンが中心となるため、そこから離れた街道は安全性の高いモンスターが多く、 一般人にも利用されやすいが、もしもの場合の救護体制の確立などが行われていないため、都市間移動というのはある程度の覚悟が必要である。
また、我が国は国土の南側が海に面しており、各種貿易が盛んとなっている。特に、大都市というのは海側に集中しており、山岳地帯が中心となる北側との格 差が進んでいる。しかし、北から南へ流れる大きな河川沿いは基本的に都市が発達しやすいため、南北で断絶したような形にはなっていない。ちなみに、勇者の 国外探索というのはこの北側の山岳地帯を越えて行うのが一般的であり、ルートによっては困難を極めることが多い。そして、南側もいつくかの群島を挟んで、 巨大な大陸が存在し、それらを探索するのも今後進んで行くと考えられている。最近は探索の拡大と共に、近隣国を同盟国や植民地として支配しており、今後、 外国人流入も増え、人口も増加傾向にあると考えられている。
ちなみに、近隣国は都市国家という体制をとっていることが多く、各都市ごとに忠誠を我が国に鞍替えするというケースが多い。したがって、一つの都市国家 が仲間になったからといって、その国全体が我が国の属国になるわけではい。そのため、都市国家をめぐる大規模な戦争に発展しやすいが、モンスターの発生や 我が国特有の魔法という存在が抑止力としてそれらを防いでいる。
国内でも都市規模を要因とする、ある程度の経済的な格差が存在するが、魔法の情報伝達分野での発達により、情報格差はあまり存在しない。勿論、都市部の 方が幾分か有利となるものの、農村部の大半にも都市部の情報というのは共有されており、文化的な差異はあまり生じなくなってきている。そのため、共有され る情報により、都市部への憧れを持ち、農村部から都市部への移動を行う若者が増加傾向にあるとされている。
第七章 勇者にまつわるエトセトラ
沈没勇者とドラッグ
この章では勇者社会にまつわる文化や業界での定説を幾つか紹介することとする。職業勇者制度が100年も続くと特徴的な風習が幾つか生まれるのだ。我々平民には見ることができない業界の実態に迫り、勇者への理解を深めることができたら幸いである。
まずは沈没勇者の存在である。これは「給与」の章で述べた通り、国家から支払われる基本給のみを受け取り、実質的な活動を行わないものたちの総称であ る。いわば、特権としての給与が産み出した職業勇者の負の側面である。このような勇者は国内外問わず、物価の安い地域に集まって暮らしており、ある種の共 同生活を送り、目的の持たない人生を送ることが多い。そのようなものたちが集まる場所は「沈没地」と呼ばれ、俗世に疲れた人々を呼び寄せている。
沈没地の条件は、「物価が安い」、「治安が安定している」という点を挙げることができる。物価が安いと基本給のみで長期滞在が可能となり、年中、働く必 要がない。また、モンスターに対する治安安定は絶対であり、戦闘を避ける環境に身を置くことが多い。もっとも、治安安定した地域は軍部の警察としての影響 力が低いため、ある種のイリーガルな行為が可能になるという実態がある。
ちなみに我が国の沈没地として著名なのは、国土南部の海に存在する群島の一部である。群島の中でもその島は、一部モンスターや地元島民しかおらず、リ ゾートとしてや冒険する場所としての価値は何もなかったが、某勇者たちにより数回に分け入植が行われ、見事条件に合致したため、国内有数の沈没地として君 臨している。しかし、なぜ彼らは数多ある沈没候補地から、そのような辺鄙な場所を選んだのだろうか。実は、彼らを吸い寄せてならない魅力として、麻薬草の 自生というのがあったのだ。
我が国では多幸感を必要以上にもたらす薬草やドラッグの存在は一般的には法で禁じられている。かつては、息抜き、趣向品として一部の人々には愛されてい たが、一度、軍部におけるドラッグの蔓延という事件ががあったため、それ以来、国家をあげて厳しく取り締まることになったのだ。したがって、そのような事 件があってからは我々一般庶民にはドラッグの入手は困難になったと言われている。しかし、職業勇者身分にあるものは、ある種、合法ドラッグとしての補助ア イテムの使用が認められている。それにより、ドラッグや麻薬草との関心や距離が近くなり、勇者の中にはそれらに溺れるものが多いとされているのだ。中に は、それ目的で勇者を目指すものも存在し、特権という制度の歪さを表すエピソードとなっている。
そんな中、沈没勇者たちは多幸感をもたらす薬草が多く自生する場所を某島に発見した。温暖な気候でのみ育つ麻薬草の王道・「チャゲ」や、塩分濃度の高い 湖が干上がった時に、その塩の上に咲くとされる珍しい麻薬花・「ソルトティーチャー」などの自生が確認されている。それだけでなく、後発的にも、スライム は基本的には両生具有で自己分裂を繰り返すが、稀に男性機能のない雌スライムが存在し、そのスライムから取れる「スライム乳」、かつて軍部で一世を風靡し たドラッグ・通称「マーシー」など、ドラッグ界の花形とも言えるものがすべて容易に手に入るのだ。
勿論、警察権を持つ軍部や国家もそれらの存在を黙認しているわけではない。数年に一回、現地への立ち入り調査があり、幾人か逮捕者が出ているのが現状で ある。といっても、その時期や回数などパターンはある程度、決まっているため、多くのものはそのことを把握しており、知識の無いものがある種、人柱として 取り締まられているのだ。したがって、国家も姿勢では撲滅を願っているが、ある意味、特別な地域として、イリーガルな行いがその場所に留まるよう根本的な 壊滅をもたらそうとはしていないという実態がある。このような地を作ることは、結果的に治安の安定をもたらすのである。
勇者のオフシーズン
勇者は一年中、活動し続けるわけではない。活動期は基本的に三月から十一月とされ、寒気が訪れる2月から2月まではオフシーズンとされる。オフシーズン は寒さのため、モンスターの活動も比較的、穏やかとなり討伐の依頼なども減少するという事実もあり、勇者側もわざわざそのような過酷な環境下で冒険を行う のはリスクが高すぎるので、皆活動を行わないのだ。しかし、冬季のみ自生する植物や活動を行うモンスターの存在もあるため、その時期に活動するものも多少 は存在する。また、魔石などの財宝発掘はこの時期に行えば、外敵も少ないし、競争相手も存在しない。したがって、オフシーズンに先行して、冒険を行うもの もいるのだ。しかし、厳しい環境における探索は困難を極め、その成功率は低いと言われいる。おまけに冬季はそういう要因からスポンサーが集まりづらく、リ スクを負ってまで冒険を行う必要はないと考えるものが多い。
また、シーズン中といっても、三月から十一月までずっと冒険をし続けているわけではない。勇者は平均的に一年にのべ3ヶ月程度冒険していると考えられて おり、それ以外は冒険のための準備の時間となっているのだ。仲間や資金を調達するのには計画した冒険の長さと同程度かかると考えられている。したがって、 3ヶ月の工程を計画するならば、出発の3ヶ月前から、色々と手配を行わないといけない。もし、半年程度の長期にわたる冒険を志すならば、シーズンオフも手 配に追われ、年間以上をかけた壮大なプロジェクトになることが多いのである。
ちなみに、勇者の一般的なオフの過ごし方は、まず、冒険から帰ってきたものは検査入院が第一である。ここで骨折など各種治療を行い、ゆっくりと過ごすも のが多い。また、企業スポンサーがついているものは、それの活動に追われ、講演会やイベント参加、はたまたメディア出演までこなすものが多い。したがっ て、十分な休息と治療を行えないことも多く、その点で批判も少なからず上がっている。しかし、企業スポンサー付きの勇者は一部に限られ、大半は家や南の温 暖な地域でゆっくりとバカンスを楽しむことが多い。勇者は勤労機会や収入は不安定であるものの、自分の好きな時に大型の休暇がとることができるため、そこ はある意味、特権である。
また、財政面で不安を抱えるものは、予備校講師として教鞭を振るうこともある。予備校講師は腕にもよるが、著名な上位層は冒険稼業の収入を超えるものも 存在し、専業になるほど儲かるとされている。実際、志願者に対して、職業勇者の割合は少ないため、そのような講師業は各地で需要があり、金銭を稼ぐ手段と して、ポピュラーな職業である。
勇者以外のオフの過ごし方も紹介しよう。魔法使いは資格免許は必要なものの、国家から一律に支払われる基本給というのは存在しない。そのため、冒険に出 ない時は何かしらの仕事についている兼業が一般的である。もっとも、冒険業だけでも食べていけるという風潮があるのだが、魔法が使えるという能力を生か し、様々な職種に就くことが多い。最も多いのが、病院勤務であり、補助魔法を患者に使うことで、精神的なケアを施すというものである。補助魔法はⅡ種免許 者でも使用可能になるため、冒険に必須とされるⅠ種免許を持たないものは、病院勤務が専業になるものも存在する。また、それ以外にも、企業における魔力製 品開発に携わったり、魔法科学省での研究活動など多岐にわたる分野で活躍することが多い。ちなみに、最近では女性高所得者向けに、魔法セラピーのジムを開 くものが多く、美容・健康分野での魔法産業の拡大が著しくなってきている。
そして、魔法使いオンリーの風俗も存在すると言われており、魔法を利用した数々の性技は我々男性を虜にしてやまないと言われている。しかし、実態は我々庶民には把握できておらず、一部貴族やスポンサー企業の重役向け接待に利用されているという噂もある。
また、格闘家は軍隊所属なので勇者のオフシーズンは平常勤務に就くことが多い。しかし、冒険が終わると、特別休暇がもらえるため、基本的には休んでいる ものが多数存在する。休暇中は体を休めたり、自己の鍛錬に勤しむことが多く、休みのたびに羽を伸ばす勇者と違い、幾分ストイックな姿が見られる。これは、 休みと言っても、軍部の命令があればすぐさま出動する必要あるため、なかなか気が抜けないという要因があるのだ。
ちなみに、オフシーズンのダンジョン街は需要が低いため、休村状態になることが多く、人もまばらである。また、来シーズンに向けたモンスターの供給調整 や財宝保護を目的として、ダンジョンへの立ち入りを禁ずる地域も存在する。我々を悩ますはずのモンスターは、お金を生み出す装置としてある種、保護されて いるという矛盾を抱えているのだ。
野良勇者
勇者以外にも冒険者というのは存在する。その目的は様々であり、未知なる土地を追い求めるだとか、各地の人々と触れ合い、人間的な向上を旅を通して目指す など物的な欲求以外であることが多い。しかし、中には勇者のように討伐を行ったり、財宝発掘を目指すものたちも存在する。それら無資格で勇者業務を行うも のの総称を「野良勇者」という。無資格であるため、もちろん、国家の保護は受けることができない。認識としては、危険を顧みず危険地帯に向かう一般冒険者 というものである。
したがって、モンスター討伐を行っても、国営の経験値交換所では勇者免許提示ができないため、受け付けてもらえないし、人々からの依頼案件も、大々的に 掲示されているのは、勇者区分でないと受けれないし、報酬が発生しないため、おおっぴらな仕事は不可能である。また、それに伴う、技使用や仲間雇用も困難 を極めるため、相当な実力者でなければ成り立たない稼業であるといえよう。
野良勇者は勇者を目指していたが挫折したものや、賎民身分のため職業勇者受験資格を持たないものが多いとされている。前者は実力不足またはコネ不足なた め、勇者になれず、それでも諦めきれずしょうがなく勇者業務を続けるものが多く、後者は差別身分にもかかわらず、自由を追い求め、自分の力で自立を目指す ものが多数である。特に後者は実力者が多いと考えられており、野良勇者は被差別層の人々が大半である。勿論、資金も不足するため職業魔法使いを雇用するこ ともできず、格闘家の同行もない。勝手に自己責任で旅をしているので、非常に困難を極めるのだ。
経験値交換所では剥ぎ取り素材を経験値や金銭に変えることはできないが、元々、剥ぎ取り素材自体に工業製品としての価値がある。なので、一般的な流通以 外の裏のルートにおいて買取を行う業者が存在するのだ。しかし、そのレートは勇者が扱う公式レートより分が悪く、足元を見られることが多い。そして、魔石 発掘を行った場合も、ややレートが悪く買い取られることが多い。しかし、魔石を必要とする企業などは、安く魔石を仕入れることが可能になるため、ある程 度、需要は存在している。といっても、魔石発掘までの道のりというのが野良勇者にはハードルが高く、その採掘率は低いとされている。
また、都市間の移動において都市の入り口では検問が行われるのが常であり、身分提示が求められることがある。街に入りたい商人などの一般冒険者は身分保 障ハンコに基づく通行証を所有し、職業勇者は各種免許提出と同行軍人の存在が通行の証となっている。しかし、野良勇者はそのようなものを持たないため、街 に入ることができないことが多い。したがって、冒険といっても大都市などには近づくことさえできず、裏のルートのみで生きていかなければならないのだ。
ちなみに、都市によっては検問の軍人に賄賂を渡せば入ることもできる。それだけでなく、野良勇者も馬鹿正直に賄賂を渡して正面突破するのではなく、商人 などに身分偽装することが多い。自由に冒険を行うことができるが、自由に各種補償や施設を利用することができないという欠点があり、リスクの高い存在なの である。
アウトロー
職業勇者身分を持つ者の中にも、その特権身分と有り余る力を利用しアウトローに身を転じるものが存在する。持ち前の武力を利用し、警備の緩い地帯で通りか かる旅行者に対して略奪行為を行うなどして生計を立てるものが多い。また、ダンジョン内でも奥地で疲弊した勇者たちを待ち構え、略奪からの装備回収を行う ものも存在するのだ。勿論、このような行為は厳密に取り締まられ、勇者免許を剥奪される可能性が高く、逮捕からの死刑に至る場合も多い。悪事を働き過ぎた ものの中には、討伐対象として賞金が賭けられるというケースもあるのだ。そのようなアウトローは同行者の魔法使いや、本来監督するはずの格闘家もグルに なって、犯罪行為を行うことが多い。したがって、悪事を働くものに対しては、勇者による合法的な殺人が認められている。
ちなみに最近では、市民スポンサーに対して、資金を募り、そのまま持ち逃げするという、出資詐欺を行うものが増加している。このようなものの存在は必然 的に勇者の価値を下げており、最近では、ただ冒険に出るだけではスポンサーは集まらず、身分を公表したり、実績を作らないと、出資してもらえないという事 態になっている。そのせいで、昔のように、職業勇者なら誰でも英雄であるという扱いにはなっておらず、ある種の便利屋冒険稼業者として認識されつつもある のだ。
また、これはアウトローとは少し違い、軽犯罪的な要素があるが、資金不足者の中には経費削減のために、格闘家を同行させず冒険に出るものも存在してい る。冒険に出る際は、必ず、行程と同行者の届け出を冒険省に提出しないといけないが、それを行わず勝手に旅に出てしまうのだ。冒険省はその届け出により、 軍部に格闘家の派遣を要請するというシステムを取っている。先述したように、軍から派遣されてきた格闘家は監視の役割を持ち、さらに、都市の入り口におけ る検問において、勇者たちの身分を証明するためにも存在している。一般的な旅行者は出発地から到着地のみの通行証を発行し、そこに記載されている都市部に しか入ることはできない。しかし、勇者は通行証を持たずとも、免許提示と同行軍人の存在さえあれば、自由にあらゆる都市を出入りできるのだ。
したがって、そのように軍人同行を無視して、冒険を行うと、無資格者として都市に入ることは禁じられる可能性が高く、場合によっては、罰金を払う可能性もあり、常習的に行っていると勇者身分の剥奪の可能性もある。
ちなみに、この検問というのは、都市部以外にも、ダンジョン街など「街」と名前がつく自治体毎に軍部が行っている。田舎の方になるとある程度の緩さは見 られるが、大都市、特に首都となると厳密に管理されることが多い。一般人に通行証が必要なのは、都市への流入者や転出者の一括での管理、治安維持が目的で あり、我々平民は旅行に行こうと思うと、通行証を手に入れるためにある程度、手続きを行わなければならず、思い立ったら、即自由に都市間を移動することは できないのだ。
戦闘時の掛け声
勇者を題材とした物語や戯曲の中には必然的に戦闘シーンが存在する。一般的には、モンスターと対峙した勇者御一行がそれぞれ、技名を叫びながら攻撃を加え るといったものが思い浮かぶであろう。よく、あれは演出上、戦闘をわかりやすくするために、いちいち技名を叫んでいると考えらがちであり、実際の戦闘にお いてはそのような掛け声ないと考えるものも多い。しかし、実際の戦闘においても、掛け声とは非常に重要な要素となっている。
基本的にはモンスター複数と対峙したとき、勇者と格闘家は直接攻撃を攻撃を行い、魔法使いは後方から遠隔攻撃を行う。そのとき、同時に直接攻撃を仕掛け に行ったり、攻撃中に魔法を使うと、対象となるモンスターへの攻撃なのに、味方を攻撃してしまう可能性があるのだ。そのため、勇者たちは自分の次に行う行 動をパーティに宣言する必要が有る。それにより、戦闘時の事故を防ぎ、効率化を行なっていくのである。
特に魔法を使うときは対象物の周囲にも広範囲に渡って、影響を受けることが多いため、掛け声の重要度は増すのだ。したがって、魔法使いが魔法名を絶叫す るのは、周囲への注意喚起の意味合いが強く、魔法詠唱のためのものでも、戯曲における演出でもなんでもないのだ。魔法は前述したように、魔法使いにとって は私たちが剣を振りかざすようなものであり、わざわざ利用するのに、詠唱などの手続きなど本来は必要ないのだ。したがって、安全性のためだけに技名は叫ば れているのである。これは勇者における上級技使用においても同様の原理である。
ちなみに各種予備校では、最初の実技授業で、剣を握る前に掛け声の訓練を行っているところが多い。平時でも大きな声を出せなければ、戦闘などの極限状態 において、相手に伝わる掛け声を出せないという考えからであり、勇者を目指すものたちはまず、声を出すことに対する恥を捨てることから始めるのだ。現在で は、過剰になりすぎず、適切な範囲での声出しが行えればよしとされているが、かつては、街の広場のど真ん中でいきなり絶叫するという訓練方法も存在したと 言われている。しかし、時代の移り変わりとともに、そのような精神論的な考え方は薄れていった。といっても、勇者は根性こそが最後に力を発揮すると考える ものが未だ多い。
また、仲間を雇用した際、まず最初に行うのが各自の技の確認と、声かけの連携である。これを怠ると、生存確率はグッと下がるため、かなりの重要度を誇 る。この訓練に数日かけるものも多く、ここでの模擬戦闘で基本的な攻撃パターンは決まってくる。そのため、何年も一緒に冒険を行なっているパーティーなど は、掛け声をかける必要もなく連携が取れるまでになるのだ。その様は、後ろに目が付いているかのように美しく、軽やかに行われ、熟練の勇者パーティと合流 したものなどは、ダンジョン内にもかかわらずその戦闘の見学に勤しむものも多いという。
これは勿論、敵対するモンスターが我々の言語を理解していないため、そのままの技名を叫んでいるのであり、人間の言葉が理解できる知能指数の高いモンス ターや人間との戦闘に関しては、暗号を設定しておくのが基本である。これらは、最初から打ち合わせの段階で設定しておき、実践において臨機応変に用いられ ることが多い。職業冒険者とは、身体能力だけではなく、ある程度の暗記力と、臨機応変な適応力が必要とされるのである。したがって、力のみで猪突猛進する 戦闘スタイルを取るものは、いつしか、全くそのやり方が通用しなくなり、あっけなく死に至るものが多い。武力と知力と判断力こそが、戦闘を有利に進める三 大要素であり、これらはいずれも欠かしてはいけないのである。
恋愛事情
冒険中というのは、一種の共同生活状態であり、24時間常に寝食を共にする。そのため、パーティの中では男女の関係に陥りやすいのでは、と邪な疑問が浮かぶ読者も多いだろう。しかし、実際は魔法使いと冒険関係者との婚姻率というのは低いという実態がある。
これは、まず、冒険関係者というのは男社会であり、そのような環境で女性に手を出すのはご法度という風潮があるからである。特に魔法使いと勇者の組み合 わせなどはあり得ず、仮に結婚できたとしても、その離婚率は相当である。医者と看護師の婚姻の関係性と同様であると考えて欲しい。というか、ある種、死と 隣合わせである冒険中にそのような現を抜かすような輩は不必要なのであると考えるものが多い。ちなみに、冒険の初顔合わせの際に、「冒険中の恋愛禁止」と いうルールを設けるものも多数存在する。
また、女性側からしても、早いものは8歳から男性社会である冒険界デビューするため、そのような中で生き抜いていくためには、幾分、男勝りな性格のも のが多いと言われている。自分が不安定で危険な仕事に就いているからこそ、結婚相手には安定した職業を望むものも多いため、最初から冒険関係者を相手にし ていない場合がほとんどである。また、勇者も冒険関係者外部のものと結婚を行うものが大多数である。同業者はどこでどういうつながりがあるか、わからない ため、避けるのが一般的とされている。
ちなみに、中には、恋愛や結婚ではなく、冒険中の肉体関係だけ割り切ってこなすものたちも多く、そのようなもの達が結婚でもした暁には、関係者が結婚式に呼ばれると皆兄弟という気まずい状態になることもあるそうだ。
そして、結婚している勇者はマネージャーに自分の妻を選出するものが多い。これは、経費削減だけでなく、そのような存在があることで、パーティが上手 く回る可能性が高くなるのだ。特に、女性同士、魔法使いの良き話し相手としての役割もあり、勇者に対するガス抜き作用があると言われている。勇者とはパー ティからは嫌われてなんぼの職業なのである。
また、パーティは男女問わず、旅が長期に渡るとだんだんと会話も少なくなり、不仲というわけではないが、ある種、割り切った関係性になることが多い。と あるアンケートでは、冒険終了時に、「次回もこのパーティで冒険がしたいか?」という項目に対して、6割が「NO」と回答しており、それだけ旅というのは 人間関係が大切になってくるものなのである。
しかし、次の冒険の際には、同じメンバーを招集する割合が高く、誘われた方もそれに同意するものが多いという不思議なデータも上がっている。したがっ て、パーティとは家族でもなく、友人でもなく、同業者でもない、不思議な関係性によって繋がれた存在であり、その絆を我々一般市民は、推察するに至らない であろう。
金銭事情
勇者という存在はとにかくお金がかかるし、リスクも高い。細々と暮らそうと思えば、一生、国から支払われる基本給だけで暮らしていけるが、やはり、厳しい 世界に魅せられた勇者達は、その足を止めることなく、いくつになっても冒険を止めない。冒険とは、お金ではなく、名誉や自分自身の向上、限界への挑戦とい う意味合いが強いのだ。といっても、その目的を達成するには最低限の金銭は必要である。この項では、勇者の金銭事情についてもう少し詳しく解説していこ う。
前述したように、勇者は一年間に平均3ヶ月程度、冒険を行なっている。新人勇者の冒険には月450万タラバ程度かかると試算したが、新人含む勇者全体で の必要経費の平均は、月に平均100万タラバだという調査結果が挙がっているのだ。勿論これは、平均であって一部の高所得勇者が押し上げており、勇者の 円熟期とも言われる32歳の平均は月830万タラバ程度であることを補足しておく。そのため、年平均、2500万タラバ程度の出費を冒険のために行なって いると考えられる。果たして、そのリスクに見合ったリターンが得られるのだろうか。
例えば、そのシーズンは継続して3ヶ月の冒険に出ると仮定しよう。シーズン初め三月から動き始めるとすると、三月から五月までの3ヶ月間は仲間や資金集 めの準備期間となり、六月から九月までが、冒険の本番という計画が一般的となる。したがって、ここでは、2500万タラバを3ヶ月でかき集めなければなら ない。ポケットマネーにスポンサーへの営業、または市民スポンサーへの説明会など各種にエージェントともに動き回らなければならない。しかし、3ヶ月で 2500万タラバをかき集めるのは、一般的な勇者であっても困難を極める。なので、勇者はある程度の資金が確保できたら、そのまま冒険に旅立ち、賞金首や アイテム発掘、素材換金で不足分を補うことが多い。
まず、冒険に出る前に、雇用契約を結んだものに対して、事前に一月分の給与分を渡さないといけないという、取り決めがある。これは契約金のような側面が 強く、資金不足による給与未払いを防ぐ役割がある。そして、各種道具仕入れや、後方部隊の雇用もあるため、出発前に最低でも600万タラバ程度は準備して おく必要があるのだ。といっても、基本給の存在もあるため、継続給の関係でその程度は散財しない限り用意できるものが多い。
それをクリアできたら冒険に出発し、基本的にはまず、不足資金分を補うための行動を行う。賞金首はモンスターにもよるが、50万タラバ程度から依頼が存 在しており、上限はない。これは、現状のモンスター被害にあっているものから、冒険省を通して掲示されるので、依頼数も多く、手っ取り早く稼ぎにありつけ ることができる。ちなみに、勇者側に50万タラバ入る依頼案件は、依頼する側は00万タラバ程度、冒険省に支払っているとされている。つまり、半分は中 抜きされているのだ。といっても、これらは給与や宿や運営の資金に回され、勇者全体の福祉のために使われいる。
対して、アイテム発掘はその確定性の低さからも、必ずお宝にありつける訳ではない。ダンジョンでの探索は経験者の勘と運が大半を占めており、何も発見で きずに終わることも多い。したがって、発掘作業はリスクを承知で手っ取り早く稼ぎたい資金的に追い込まれたものか、少しばかり余裕のあるものの二種類に分 けることができる。といっても、価値のあるアイテムが存在するダンジョンというのはモンスターの発生が常である。したがって、探索がボウズに終わっても、 モンスターの剥ぎ取り素材の換金である程度、探索分費用はペイすることができるだろう。
また、魔石を発掘すると、その大きさにもよるが非常に高値で売ることができる。前述したように、魔石は大きければ大きほど魔力が高く、分割を行うと高価 が発揮しなくなるため、その値段も大きければ大きいほど釣りあがっていくこととなる。一説では、卵程度の重量のもので5万タラバすると言われている。非 常に小さい欠片にしか見えないが、そのぐらいの価値があるのだ。また、重ければ重いほど、その値段も比例以上の割合で吊り上っていき、この世の魔法動力で 最大級を誇る某飛空挺の動力源となっている魔石などは、400億タラバ程度の買取値段がついたとされている。ちなみに、その飛空挺の総開発費は500億タ ラバだと言われており、その総開発費の5分の4が魔石取得にかかったとされている。というのも、魔石を動力としている以上、入手した魔石に合わせて、飛空 挺を設計するのが基本となっている。つまり、船を作ってから動力を探すのではなく、動力を確保したら、それに見合ったものを作るという工程を取るのが一般 的である。
(日本語版訳注:当時の金の価格がグラム5000タラバだとすると、魔石はグラム一万タラバだとされている。しかし、kgとなると金は500万タラ バであるのに対し、魔石はkg500万タラバまで跳ね上がる。これは魔石の分割性のなさが理由となっており、重さに単純比例するわけではない。ちなみ に金1トン50億タラバに対し、魔石1トン200億タラバ)
したがって、ポーション4本分の重さの魔石を採掘できれば、3000万タラバ以上の価値となり、年平均の費用は楽々回収でき、おまけに500万タラバ程 度の利益も上げることができるのだ。アイテム探索は当たれば非常に美味しい案件であるが、なかなか探索成功率は高いとも言えず、どっちつかずである。ま た、軽い魔石はまだ比較的入手しやすいが、重い魔石となるとなかなか出てこず、何年もダンジョンで探索を継続し、魔王を倒すなどの本来の目的を忘れ、発掘 作業にとりつかれるものが多いという。
(日本語訳版訳注:ポーション一本500ml500グラムと考えられているため、この場合の魔石は2kgであると推察できる。)
ちなみに、勇者全体の基本給を除く、冒険稼業だけでの平均収益は200万タラバ程度にすぎない。これは、冒険がいつも成功に終わることなく、その失敗 率や出資金回収率が非常に高いことを表しており、且つ、一部の利益を多いにあげたものが平均を多いに押し上げているという結果を表している。勿論、死亡率 も高く、利益出ずとも生きて帰れただけで運がいいと考えるのが一般的である。
魔王を倒すには・倒したら
職業勇者制度の根源的な役割は、魔王を倒すことである。法的な資料においては、職業勇者の役割は、「人類の脅威となり得る存在の殲滅を行う」としか記され ていないのである。したがって、国外探索やその他モンスター討伐、財宝探索は本来の業務ではない。だが、魔王を倒すというのは非常に困難を極めることとな る。
前述したように、魔王とは廃残留魔力の影響で凶暴化したモンスター又は人において、知能指数の高さから、魔力によりモンスターたちをある程度、統率にで きるものを指している。簡単に言えば、モンスターの中でも、一番頭が良く、魔力を使えるものが自動的に魔王に昇格するのである。そのようなものたちは、自 らは手を下さず、遠隔的に各地のモンスターを統率して、我々に脅威を加えてくることが多い。魔王、並びにモンスターの人類への攻撃性の原因は明らかになっ ていないが、我々にとっては意思疎通もできず、危害を加えてくるため、討伐を行うのが正義とされているのだ。そのため、魔王というのは、廃残留魔力の溜ま りやすいダンジョンの中でも、特に高濃度の場所に潜伏しているとされる。勿論、そのような場所は、魔王以外のモンスターも存在し、その高濃度さから、非常 に手強いモンスターが発生する多い。
このような理由から、魔王の討伐はある程度、実力のないものでないと行えないとされる。我々は廃残留魔力を感じることもできないし、どこに生息している か把握していない。また、そのような強力なモンスターがいる場所の周辺には、さすがにダンジョン街も形成されず、場所を特定しても、かなりの遠征を行わな いといけないため、実力に加え、莫大な資金力も必要となる。
したがって、ある程度の強さを持つモンスターに対抗できる実績且つ、魔王の所在の特定能力とそこに至るまでの資金力やコネクションを持つものでないと、 魔王には挑めないのである。そのような冒険の場合、失敗すれば即ち、死を意味するため、実力を持つものの中でも躊躇するものが多い。勿論、討伐に失敗し、 かろうじて生き延びても、自分の勇者としての資質に大きく傷がつくことは間違いないだろう。魔王討伐はある程度の資質と覚悟が必要なのである。
しかし、魔王討伐すると、その勇者は伝説として未来永劫語り継がれることとなる。街を歩けば現人神のように扱われ、メディアに多数取り上げたり、国民の 関心ごとの中心となる。また、魔王の消滅は、モンスターたちの統率力を弱め、ある程度、モンスターがおとなしくなり、平和が訪れると言われているため、名 誉だけでなく、国家情勢にも影響力を与えるのだ。魔王を討伐するということはそれだけ、世間に多く影響を与えることができ、討伐からの一ヶ月間は、毎日祝 日として、お祭り騒ぎが続くと言われている。
だが、そんな平和な期間も束の間である。我々は魔法産業社会に頼りきっており、次なる魔王の発生までそれほどの時間を要しない。実際問題、魔王討伐から 次の魔王発生までの期間は、初代から二代目までの期間は4年程度だったのに対し、先代から今の魔王までの発生期間は4年程度と、年々短縮傾向にある。こ れは、魔法産業の発展により、廃残留魔力の排出量が非常に増加しているのが原因であり、今後、さらに魔王発生の期間は高速化されていくと言われている。
ちなみに初代勇者が初代魔王を討伐してから、現在まで100年の間に8人の魔王が討伐されてきている。したがって、現存する魔王は9代目と言われてお り、それを討伐する勇者も9人目の伝説の勇者となるのだ。また、魔王発生の契機はある程度のモンスターの異常凶暴化が指標なっており、その襲撃における頻 度の向上と、戦闘スタイルの統制さから推察するというのが一般的である。つまり、モンスターの様子の変化からしか、魔王の発生を我々は認知できないのであ る。ちなみに、年間勇者死亡者数の増加からも、ある程度、発生を読み取ることもできる。
富裕層勇者の華麗なる冒険
冒険で全国的に名声を上げるには、魔王を倒すこと以外にもう一つある。それは、金銭的に余裕のある勇者が冒険に出ることである。彼らは何かを成し遂げなく ても、冒険に出るという事実だけで、周囲が沸き立つのだ。さながら軍隊のような大所帯であり、その道中にある街や村は特需的に潤いがもたらされるという実 態まであるのだ。
では、職業勇者でそのような大所帯冒険を成立させるにはどうすればいいのだろうか。富裕層勇者は幾つかにカテゴライズすることができる。まず、一つ目 は、貴族などの根本的に富裕層の者が勇者になった場合を挙げる事ができる。これは生まれ持った資金力を生かして、自由に旅をすることができる。貴族という のは、特権身分として様々な分野において世間をリードする存在である。我々からすると非常に羨ましい存在であるが、同業の職業勇者からすると、「坊ちゃん 勇者」として下に見られることが多い。自分の力で財をなして、冒険を行なってこそ、勇者として一人前という価値観が強く、貴族の大所帯冒険を「団体客」と 称して、嘲笑するものも多数存在する。
二つ目は過去の冒険で巨大魔石発掘などに成功し、巨万の富を得たものを挙げることができる。一生働かないでもいいような財産を築き、それでもなお、名声 を得ようと自身の全てを冒険に注ぐものが多い。そのようなものは冒険資金を惜しむことなく、万全の体制で臨むことが多い。また、魔石発掘は同業者に対して の知名度が抜群であり、冒険者内では有名人であるが、一般人レベルとなると知らない人も多い。
最後は超巨大企業がスポンサーについているものである。彼らは勇者としての能力も最低限備えており、なおかつ世渡り上手な側面もあり、様々な面で優れた 人材だと言えよう。企業スポンサーが付くと、メディアによる宣伝なども積極的に行われ、同業者のみならず、我々庶民に対する知名度も抜群である。特に、 我々が知っている現役の勇者といえば、彼らが殆どである。各種広告に商品タイアップなど、様々なシーンで彼らの姿を目にすることだろう。メディアでも連日 取り上げられ、私たちが知っている冒険のあり方というのは、この者たちの冒険であることが多いのだ。ちなみに、企業スポンサー付きの勇者も同様に同業者の やっかみを受けることが多い。
大所帯となると冒険に100人程度で臨むことが多い。実働部隊も正規メンバー四人に加えて、サブメンバーとしてもうひとパーティ連れて行くとこがあり、 それぞれに世話係が二人づつ付くものもあると言われている。また、後方部隊も多種多様であり、移動隊に加え、料理人や医者、ひいては専属のアイテム屋から 武器屋などまで、冒険のバックアップはバッチリなのだ。馬車も組み立て式の簡易住居のようなものが存在し、旅先であるのに殆ど家と変わらないような生活を 送ることができる。ただ、そのような大所帯であると必然的に費用が肥大することとなり、冒険中にそれを回収することは、ほぼ不可能に近い。したがって、冒 険に金銭を惜しまないロマンを求めるものこそがこのような大所帯を形成するのだ。勿論、企業スポンサー付きのものは、その企業の広報活動を各地で行うとい う側面が強く、敵の討伐などといった本来の目的とは少し違った冒険になることが多い。
そして、船舶や飛空挺を個人で所有することもあり、遠隔地への冒険が目立つのも特徴的である。同業者たちからはある種、疎まれているものの、領地拡大の 分野においては大いに貢献していると言えるだろう。彼らは彼らしかできない大きな事業があり、勇者の役割も適材適所と考えることもできる。
また、資金に難を抱える勇者が、本格的に魔王討伐を行う際は、そのような富裕層勇者に協力を要請することも多い。しかし、実際は資金難勇者パーティが魔 王を討伐したのに、報道などでは資金面で協力しただけの富裕層勇者が魔王討伐を果たしたと報じられることが多いのだ。名誉と引き換えに資金提供を受けた勇 者は歴史に名を刻まれることはないが、魔王をその手で倒したという事実は変わらないため、同業者たちからは彼らの方が敬われることが多い。しかし、一般市 民は富裕層勇者こそが魔王討伐を果たしたと信じるものが多く、実態との乖離が見られる。
貧乏勇者の貧困なる冒険
富裕層勇者が存在すれば、必ず貧乏勇者というのも存在する。彼らは、金銭面において困難を抱え、本来なら、冒険に出るのも躊躇うような貧困具合であるの に、無理を押して出発するものが多い。彼らは、冒険という魅力に取り憑かれてしまい、一般的な生活の中で金を稼ぐというのは耐えられないのである。ちなみ に、貧困勇者ほど高頻度で冒険に出かけるというデータもあり、いかに後先考えずに場当たり的に行動することが、さらなる貧困をもたらすかお分かりであろ う。
貧困勇者は基本的に借金がある。これまでの冒険中に大きな事故を起こしたり、怪我をしたものや、資金難で冒険に出発し、冒険中の依頼案件で資金回収を目 指したが、それが成し遂げれなかったものなどが挙げられる。彼らは、金銭以外にも、信用力に欠けることとなり、貧乏になればなるほど、お金を借りることが できなくなり、負のループに陥りがちである。
わが国では、高利貸しは基本的に禁止の措置を取っている。低い利率でお金を貸してくれる公共の機関は存在するが、基本的には相互補助の意味合いが強く、 大きな金額は借りることができない。したがって、冒険に大規模な金銭を必要とする職業勇者は、一部賎民が行う高利貸しから資金貸与を受けることとなる。金 融業はある種、賎民区分にあるものの専売特許であり、勇者産業の発達は賎民たちの経済的基盤を一気に押し上げた。といっても、基本的に職業勇者はお金を借 りずに冒険を行うという風潮がある。普通のものなら、企業スポンサーまたは市民スポンサーが付くのが常であり、融資を受けずとも最低限は確保できるのだ。
ちなみに勇者はその収入の不安定さから、長期的なローンの審査が基本的に降りない。賎民たちによる高利貸しでも同様の状況である。したがって、家を建て るときなどは現金一括で支払いを行うものが多数である。様々な特権を持つ勇者であるが、このような点においては不利であると言えるだろう。ただ、最近では 基本給と継続給を常に収め続けるとローンが降りるという新しい金融商品も存在しており、ローンを払い続けるために、一生働かないといけないものもいる。
貧乏勇者の冒険は非常に小規模なものとなる。冒険の目的も「とにかく金をかけずに金を稼ぐ」というものが多く、近場のダンジョンで討伐や財宝発掘に勤し むものが多い。雇う仲間も、二番手勇者は基本的に派遣、魔法使いは二種免許区分のものや、怪我や高齢により雇用費が最低ランクのもの、格闘家は無届けのた め同行しないことが多い。後方部隊やマネージメント費用も削減し、自ら歩きで冒険を行い、まるで旧世代さながらの勇者の冒険スタイルをとるのだ。勿論、雇 われる側もそのような勇者の仕事を敬遠することが多く、酷いものであると単独で冒険を行うものも存在しているのである。
また、プライドを捨て、自己資金に頼らず冒険ができる二番手勇者として他の勇者に同行するものも存在している。一度独立を図った勇者が「二番落ち」する のは、勇者ならば絶対に避けなければいけない屈辱であり、二番落ちするのなら廃業したほうがマシと考えるものが多い。ちなみに、貧乏勇者の二番落ちを許す 勇者はかつての同僚であったり、後輩であることが多く、以前は気前よく奢ったり、雇用していたのに、今度は雇われる側という悲しい状況となる。なんらかの 義理がなければそのようなものは基本的に雇用されることはないので、このような状況を生みだしやすのである。
専属二番手勇者
勇者は新人の頃は二番手として活動し、ある程度のレベルと資金が貯まったら独立するという流れが一般的である。前述したように、一度、独立を果たせば、二 番手勇者として再び活動することは基本的には無い。独立勇者とはある程度の覚悟を持たなければ成り立たない存在なのである。
しかし、何かの縁で二番手として所属していたパーティが冒険の大成功を収めることもある。そのようなパーティは次回の冒険時も同じ面々で集まることが多 いため、新人の適齢期を超えても、常にその勇者のパーティの二番手として専属で所属するものも多い。自己資金を必要としないし、所属パーティも莫大な資金 を抱えていることが多いため、専属二番手勇者は非常に運がいい存在と言えるだろう。
専属二番手をつけるパーティの存在はかなり少なく、一般的なパーティは冒険毎に二番手を変更することが常である。というより、基本的に勇者は独立志向が 強く、二番手というのはある種、修行期間で通過点に過ぎないと捉えるものが多いため、適齢期を過ぎると、二番手雇用に応じないものが多い。したがって、専 属二番手がいるパーティはもう独立する気も起きないような高待遇で迎えられていると考えられている。しかし、冒険というのは一旦成功したからといって、次 も成功するとは限らない。パーティが冒険に失敗し、主催勇者が死亡したりすると、すぐに解散となってしまう。なので、運がいい存在と言っても、引退するま でそのような環境が続くものは稀である。
二番手勇者はこのように毎回同じパーティに所属するというケースはほとんどないが、魔法使いと格闘家は、相性が合う限り、同じパーティに毎回雇用される ケースが多い。これは、主催勇者は気心知れた同じメンツを集めた方が楽に冒険が行えるというメリットがあるからである。また、雇われる彼女たちも、自身で 独立して冒険を行うのは無理なので、そのような繋がりに頼ることが多いのだ。
しかし、魔法使いも格闘家も何年も冒険を続けていると必然的に自身の雇用待遇の向上を求めてくる。魔法使いはエージェントを通した自己交渉であるが、格 闘家は著名なものとなると、軍部が同行の費用の値上げを指定してきて、さらには、勇者側の負担割合も要求するようになるのだ。そのため、金満勇者以外は資 金面で泣く泣くそれまで一緒に活動してきた魔法使いや格闘家と離れ離れになることが多い。勇者と言えども、ビジネスの世界であり、その人材の流動性はある 程度活発であると言える。
ちなみに、二番手勇者も待遇向上を段々と求めることが多く、同様に資金面の兼ね合いで解散するというケースもある。自己負担なしで手軽にそこそこの金銭 を貰うか、自己責任で独立し、リターンを全て頂くかはその勇者次第であるといえよう。また、二番手は戦闘においても、補助的な役割を担うことが多く、満足 に自分の思い描く戦闘を行えないというデメリットもある。雇われている側なので当然なのだが、やはりプライドが高い二番手勇者はそれに我慢できず、さっさ と独立を目指すものが多いのだ。したがって、専属で二番手勇者を行なっているものは、プライドを捨て、全体の動きに合わせて物事を行える、ある意味、勇者 らしからぬ大人な存在であると言えるだろう。
冒険の延長・短縮
冒険を三ヶ月間行うと計画する。それに合わせて仲間を雇用するのだが、それらは三ヶ月のみの契約が原則となっている。したがって、アクシデントがあって冒 険が三ヶ月以内に終わってしまった場合は、通常、三ヶ月分の給与は払い続けなければならない。また、冒険が計画期間内にうまくいかず、延長を求める場合で も、再度契約を行う必要がある。契約延長の場合は、それまでの契約よりも.5倍程度高値で契約をひと月ごとに結ぶのが慣例であり、金銭的に余裕のない勇 者の中には、新たに仲間雇用を行い、経費削減を目指すものも多いとされている。
いずれにしろ、計画通り冒険を行うためには、ある程度、期間を長めに見積もっておく必要がある。したがって、三ヶ月計画を立てていても、途中のアクシデ ントや立ち往生を見越して、二ヶ月で成立するような冒険プランを組むことが基本である。もちろん、資金に余裕があるというか健全な状態の勇者だけがこうい う計画を立てるのであって、資金や時間に切迫した勇者はスケジュールギリギリのデスマーチ状態で冒険を行うことがある。
また、冒険の終了をどこに設定するかであるが、自分たちの住む町に帰還できたら冒険終了とするものが多い。その際、帰還に時間がかかり、計画よりも数日 オーバーしてしまう場合があるが、その分は、給与の日割り計算で余剰に支払われることが多い。また、パーティの各メンバーがそれぞれ別の場所から参加して いる場合は、中間地となる都市を設定し、そこに帰還した時を終了とする場合がある。これは出発においても同様であり、場合によっては、単一ダンジョンを攻 略するためだけの冒険などは、現地集合現地解散というケースもありうるのだ。
ちなみに冒険の短縮のケースで一番よくあるのが、パーティの全滅や勇者の死亡または失踪である。全滅の場合は、そもそも確認が取れないため、遺族は依頼 案件として他の勇者に遺体回収や捜索を願い出るものも多い。しかし、多くの冒険者はそのような回収を望んでおらず、冒険中に死ねたならそれはそれで本望で あると考えるものもいる。ちなみに、ダンジョンの奥地で全滅し、回収されず白骨化に至った冒険者たちは、ダンジョン内の目印として機能することもあり、そ の場所はそこで亡くなった勇者の名前をとった名称がつけられるという文化も存在する。そもそも、ダンジョンとなると、遺体回収もする側が困難を極めるた め、放置されることが多い。だが、個人的に親交のある勇者などが、遺族の依頼で回収を買って出ることも稀にあるのだ。そして、そのような全滅による冒険期 間短縮でも、残りの給与は遺族に支払われるのが慣例とされている。これは勇者の高潔なものとしての義務の一つである。
また、勇者のみ死亡した場合も、そこで冒険終了となり解散となる。残されたものたちは遺体を遺族の元まで運搬するのが義務であるが、勇者は前もって、死 亡時の対応を伝えることが常であり、中にはその場に放置したり、埋めてもらうことを懇願することも多い。そういった場合は、指輪や剣などの装備品のみ遺族 の元に届けるというケースが一般的である。ちなみに、魔法使いや格闘家や後方部隊が死亡した場合は、仲間の補充を行い、冒険が続いていくなど、ややドライ な一面が見られる。勿論、遺体の遺族への返却は行われるが、代行業者に頼むことも多く、冒険の根本的な中止には至らないことが多い。
また、魔法使いの遺体はその場に放置しておくと、彼女の中にある魔力がモンスターに作用するという言い伝えがあるため、極力、持ち帰るのが一般的であ る。しかし、魔力を持つ遺体がモンスターに影響を与えるという因果関係は見られていないのが実情である。とにかく、ダンジョン奥地など運搬が困難な状況以 外は遺体を持ち帰り、それができない場合となると、形見となる装備を持ち帰るのが基本とされるのだ。
冒険者の引退
勇者と言っても所詮は人間であり、その肉体の衰えを避けることができない。やや肉体的にもピークを越え、経験や知識が一番冴え渡っているとされる三十代前 半が能力的なピークとされ、それ以降は個人差あるが、勇者としては下り坂を迎えるものが多い。そうなると必然的に冒険の活動範囲も縮小され、怪我や後遺症 などの影響もあり、四十前半で引退を表明するものが多数存在するのだ。引退と言っても、それは本人の意思で冒険に出ないと決めることもあり、復帰すること も自由である。
勿論、職業勇者の制度としての引退は存在しないため、冒険を辞めても国からの給与は貰え、安泰したセカンドライフを過ごすことが可能となる。しかし、職 業勇者は継続級という制度があり、年齢を重ねれば重ねるほど、給与は上昇していくこととなる。そのため、引退後勇者は、必要経費以外は活動中にお世話に なった機関や人々、あるいは地元自治体に寄付を行ったり、後進を育成するために利用することが多い。引退してもなお、勇者であり続けることが美徳とされる のである。
平均四十前半で引退を迎えた勇者は、引退後も冒険業に関わることが多いとされる。基本的なのが、予備校や私塾の講師であり、現地で培ったノウハウを活か し、後進の指導に当たるのだ。それ以外では、各種武器・道具メーカーにおけるアドバイサーや、商品開発に携わることも多い。現役の勇者のノウハウというの は、メーカーにとっても重宝されるものなのだ。
また、各地を冒険で行き来したことによる様々な人々とのコネクションを生かして、貿易の分野で活躍するものも多いとされている。特に、商人の都市間移動 に於いては、護衛役の勇者を雇う経費削減になるため、商人として、新たな人生を歩むことが多い。いずれにしろ、引退というのは第一線を退くという意味合い が強く、冒険の魅力にとりつかれた勇者たちは、その世界に関わって生きて行くことが多いのだ。
ちなみに、魔法使いの平均引退年齢は36歳であり、勇者よりやや早期に引退するものが多い。魔法使いは肉体的な限界よりも、脳の酷使による限界が原因で 冒険業から退くものが多いとされ、限界よりも余力を残しながら、辞めていくことが多いのだ。それ以外にも、結婚や出産を契機とするものも多く、家庭ができ ると引退するものが多いのが男性中心の勇者とは違う特徴である。前述したように、魔法使いは脳の使用による若年性痴呆におびやかされるものが多く、引退後 は殆ど魔法を使わずに生活するものが多い。勇者とは違い、引退後は冒険業を退き、家族に囲まれ、真新しい第二の人生を歩むものが多いのだ。
また、格闘家は四十後半程度まで冒険業に従事することが多く、勇者や魔法使いに比べると継続年数も長くなる。肉体の衰えがあるものの、冒険主催ではなく 同行業務が基本なので、小規模の探索などの役割もあってか、その継続年数は長くなる。引退後は軍部に戻り、軍部校講師や別の分野で活動を続けることが多 い。軍部は55歳が定年とされているため、冒険同行をする者の中には、五十代のものも多数存在するのだ。
ちなみに、現役で冒険を行っている勇者の最高齢は72歳だと言われている。彼は生涯現役を掲げ、自分のできる範囲で探索を続けているのだ。もちろん、魔 法使いによる万全のケアが必要不可欠であり、二番手勇者の役割も強いことから、「要介護勇者」と呼ばれることも多い。そのようなの憐れみもあるが、その歳 でもなお、冒険を続ける姿はリスペクトされることが多い。なんでも、この高齢勇者は多額の借金が残っているらしく、それを返済するために冒険を続けている そうだ。
あとがき
職業勇者の世界を理解して頂けたであろうか。彼らの存在は我々の暮らす魔法文明社会においては必要不可欠であり、周辺産業にも大いなる影響力を持ち続けていくとこだろう。勿論、本書もそのような職業勇者制度の影響力を無視することができず、書き連ねたものである。
勇者のいない世界とはなんだろう。魔法の使用が禁止され、モンスターの凶暴化が収まる旧文明的な世界であると本書では述べたが、それは可能性の一つなのかもしれない。魔法技術とは未だ発展途上であり、その可能性は無限大である。もし、廃残留魔力を放出せずに、あるいは、廃残留魔力の解析が完了し、モンスターに悪影響が及ばないような魔法利用が可能になれば、文明は進歩したまま、勇者の存在は不必要となるであろう。
そうなると、勇者産業の人々は困るかもしれない。だが、技術の進歩とは犠牲がつきものである。我々はそれを受け入れていかない限り、前に進むことはできない。
しかし、魔王対人の時代が終焉を迎えると、必然的に人対人の時代を迎えることになると私は予測する。人々は争うのをやめない。勇者もまた、他国との戦争において有用な存在として、名を挙げ続けることであろう。なぜなら、彼らは「勇気ある者」なのだから。
王暦477年9月2日 自宅押入れにて コムギ・ダイスキーノ・アレルギノフ
参考文献
「オークでもわかる!勇者の全て」 ミートボール出版
「オークでもわかる!魔法使いの全て」 ミートボール出版
「オークでもわかる!軍隊の全て」 ミートボール出版
「坊主頭の魔法使い サーモン満寿男自伝」 サーモン満寿男 明水舎
「究極考察 魔王の倒し方」 爆読館
「勇者になるその前に」 冒険省
「冒険白書」 冒険省
「俺はガイナル 拳ひとつで掴んだ栄光」 ガイナル・ファルコン 瀬戸際書店
「成り下がり。」 ヤザー栄太郎 瀬戸際書店
「代理人になろう!初級編」 EDパブリッシング
「勇者の財布にまつわるおもしろ小噺」 EDパブリッシング
「大勇者 ハロルド伝」 イボ巌 魚島社
「マンガで理解!歴戦の勇者たち」 原作・イボ巌 絵・イボ真司 魚島社
「王室アルバム 生誕七十周年記念保存版」 国会貴族出版
「基礎魔法学 第四版」 梅毒館
「図解で把握シリーズ 冒険者の暮らし」 梅毒館
「蒼き血の天命」 シャーク鮫子 イルカ・マガジン社
「月刊ヴァイオレンスガーデン 八月号」 濁泉書房
「原始の戦闘」 ヒノキスギ・カフン 岩海苔書房
「原始の魔法」 ヒノキスギ・カフン 岩海苔書房
「必勝!ダンジョン街風俗ファイル」 ダークメサイア出版
「おんなの誇り 泡姫一代記」 天上マリア ダークメサイア出版
「デキる男が実行する五万のルーティーン」 スメラギ大輔 ダークメサイア出版
「現約聖書」 作者不詳 ホーリーコールスロー教出版部
職業勇者概要。 コムギ・ダイスキーノ・アレルギノフ @cowabunga1127
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