最後の贈り物

すみはし

最後の贈り物

「最近彼女と別れたんですよね」


福山さんはため息混じりに話し始めた。


「5年間付き合ってたんですよ、もちろん結婚も考えてました。でも、まだ…まだもう少し先でいいかなって」


今年32になる福山さんは3歳上の彼女と付き合っていたらしい。

特別仲が悪かったとか、そういうわけではないし、むしろ良い方だったという。


福山さん曰く彼女は自分のことをかなり好いてくれており、更に男を立てるとても良い女性だったらしい。

いつも夕食を作って帰りを待ってくれていて、暖かい食事でお帰りなさいと迎えてくれるし、かといって急な飲み会も止めたりせず、帰りが遅くても咎めたりはせず、食べなかった分の晩御飯を翌日のお弁当にしっかり詰めてくれる。

彼の友人や家族に会う時も我を出さず、にっこりと笑って穏やかに寄り添ってくれるような人だったと。

福山さん自身も彼女のことは大好きだったと言っている。


「すごくいい彼女さんじゃないですか、なんで結婚しなかったんですか」

「愛されてる自覚はあったし、愛してましたよ。でも結婚は人生の墓場、とか言うじゃないですか。同棲はしていても結婚まですると縛られちゃうかな、とか考えちゃって…まだ遊びたかったんですよね」


福山さんは少しだけ申し訳なさそうに苦笑した。


「なるほど、彼女から結婚に対してのアプローチは…」

「ありましたね、そんなにガッツリではないんですが、友達が結婚したとか、妹に子供が生まれたとか、親に結婚やら子供はまだかと言われるとか、そういうの考える年齢なんだよね、とか。あとゼクシィが置いてあったりはしました」


「それ、十分アピールされてますよ。で、痺れを切らした彼女の方からハッキリ結婚を迫られて、そこでも濁してしまったせいで別れてしまったとか?」

「直接迫られることは無かったから、僕も僕で普通にそうなんだーって聞き流してたんですけど、結果はその通りです…」


私が少しつつくと福山さんは申し訳なさそうに肩を落として項垂れた。


「で、彼女から先日荷物が届きまして…」


さて本題、と福山さんがカバンから小さな箱を取り出す。


「これなんですけど」


箱を開けると女性物の指輪が二つ入っていた。

片方はシンプルで、もう片方はサファイアか何かが煌めいていた。


「これ、ひとつは僕たちが最初に買ったペアリングの彼女の方なんですよね。で、もうひとつはこれ調べてみたら婚約指輪で有名なブランドのところらしくて…」

「最後に重い置き土産をして行きましたね…」


お金をかけてまでこれみよがしに結婚を逃したことへの恨みを綴るのか、と思うと念が篭っているな、と感じる。

きちんと福山さんと彼女の名前が刻印されており、保証書に書かれた購入日は別れたあとの日付だった。


「もうひとつ、こっちも見ていただきたいんですけど…」


むしろこっちが本番、というように大事そうに小さなラッピングされた袋を取り出す。


中には細い、きっと、女性の指が入っていた。


「これ、サイズ的にこの指輪とぴったりなんですよ。左手だといいですよね」


福山さんは笑っていた。

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最後の贈り物 すみはし @sumikko0020

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