チート勇者の殺し方

市川タケハル

第1話 暗殺者ニコ

 アタシは暗殺者さ。

 と言っても、クラス【暗殺者】とか、そういうのじゃない。

 殺しを生業にし、殺しのためなら手段はいとわない、暗殺者さ。


 アタシは、依頼されれば誰でも殺す。物乞いでも、竜殺しの英雄ドラゴンスレイヤーでもね。

 もちろん、働きに見合った報酬さえ支払ってくれれば、だけど。


 申し遅れたね。

 アタシはニコ。アンブロシア王国一の暗殺者。

 まあ、もっとも、いくら王国一の暗殺者と言っても、暗殺者ゆえに世間の奴らは誰もアタシが暗殺者だなんてことを知らない……。まっ、そうじゃなきゃ仕事は出来ないんだがね。


 そんなアタシに、ある時一つの依頼が来た。その依頼とは『勇者を殺して欲しい』というものだった。

 成功報酬は二億G。悪くない。

 アタシはこの依頼を受けることにした。


 ……ああ、暗殺者に誰がどうやって依頼をするのか、ってことは知らない方がいい。その方が幸せさ。


 ともあれ、アタシは勇者を殺すことになった。







 ――殺しにまず必要なものなにか?

 武器? 毒薬? 魔法? そのどれも違う。

 殺しにまず必要なのは情報さ。


 殺す相手のことを何も知らずして、殺しは達成できない。

 まずは殺す相手のことを徹底的に知る。それが暗殺の定石セオリー

 だから、まずアタシがするべきことは、勇者の情報を出来る限り集めることなのさ。


 アタシは、棲み処を出て、王都ナハリの下町ダウンタウンユゴーグ地区へと向かった。ユゴーグ地区の一角に、煙突と灰色の屋根が目印の酒場がある。薄汚れた看板には『灰色の銀貨亭』と書かれている。

 アタシは、その灰色の銀貨亭の木製の扉を開いて、中に入る。


 小ぢんまりとした店内は閑古鳥が鳴いている。まあ、真っ昼間から安酒をあおって、給仕にダル絡みしようなんて奴は、そうはいないだろう。

「ちょぉっとぉ~! 今は仕込みの時間で営業はしてないんだけどぉ。悪いんだけど、また夕方に来てくれな……あっ、ニコちゃ~ん♡」

 カウンターの更に奥、厨房から髭面と眼帯が覗く。

「マスター、話がある」

 アタシは、カウンターに向かってゆっくりと歩を進める。

「ニコちゃんがわっちに話があるってことは……仕事なのね」

 マスターが「分かってる」と言わんばかりにウンウンと数回頷くと、厨房からカウンターに出てくる。


「……それで、今回の仕事相手ターゲットは?」

 アタシよりも頭一つ高い位置から、小さく抑えた低い声でアタシに聞いてくるマスター。

 筋肉質の身体はほどよく締まり、髭面と眼帯が特徴的な顔には二つ、三つ傷痕がある。目はわずかに笑みの形を浮かべているが、どこか値踏みをするような雰囲気もある。

「……勇者さ」

 カウンターまで来たアタシは端的に答える。

「勇者……ねえ……」

 同じくカウンターまで出て来たマスターは、アタシの言葉に思案げに顎に手を当てる。

「なるほどぉ。つまり、ニコちゃんが欲しいのは、勇者に関しての情報ってわけぇ?」

 そして、納得したように一つ頷くとアタシの方を見る。

「そういうことさ」

 カウンターを挟んでアタシとマスターはお互いを見遣った。


 この灰色の銀貨亭マスター、ただの酒場のマスターじゃない。

 表の顔は、灰色の銀貨亭を切り盛りする何の変哲もないマスター。

 だが、裏の顔は、アンブロシア国王のお手付きが誰か、ってことから王都に棲みついているドブネズミの総数すら知っている、とまで言われる王都随一の情報屋なのさ。 


 アタシが仕事をする際、情報を仕入れる時は必ずこのマスターを頼る。


「マスター、勇者に関する情報が欲しい」

 少しの間、沈黙したアタシとマスターだったが、アタシが沈黙を破る。

「…………100G」

 マスターが一言。情報を得るための対価として100Gを払え、ということか。アタシはポケットから100G金貨を取り出すと、カウンターの上に置く。

 マスターは、アタシが取り出した金貨を手に取ると、少しの間、その金貨を眺めたり、感触を確かめていたが、ウンウンと頷くと金貨をポケットに閉まった。

「あんたとアタシは、もう長い付き合いだぜ? 今更ニセ金を渡すわけがないだろ?」

 アタシは、マスターに向かって文句を言う。

「念の為ってヤーツ。ニコちゃんとは確かに長い付き合いだけど、こういうことはしっかりしておかないとのよ」

 マスターは冗談めかして言うが、目は全く笑っていない。


』――。

 アタシみたいな暗殺者やマスターみたいな情報屋が生きる、裏稼業の世界……。


「まあ、いいわ。確かに100G受け取った。それじゃ、勇者について教えてあげるわ」

 マスターはそう言ってから、一つ息を吸う。




「勇者の名前はシロウ。一ヶ月ほど前に突然、王都に現れたわ。どこの出身なのか、どうやって王都まで来たのか、誰も知らないのよ」


「シロウ? 変わった名前だな。少なくとも、アンブロシア王国の人間の名前じゃない……」


「……それなんだけど、その勇者に関してある噂があるのよ」


「……噂?」


「ええ、勇者はんじゃないか、って……」


「というと……?」


「勇者が王都で目撃される少し前、ちょっと変わったことがあったのよ。魔術師ギルドの最高導師であるズワシ導師が王城へと出向いている。ズワシ導師が王城に入ってから、数刻後に王城から出てくる勇者を見た人がいるわ」


「ほう? 興味深い話だが、それが、勇者がこの世界の人間ではない、という話と何の関係があるんだ?」


「ズワシ導師は、アンブロシア王国で禁忌魔法を使える唯一の人物。そして、禁忌魔法の一つに、異次元の世界から何者かをこの世界へ召喚する魔法がある」


「……まさかとは思うが、ズワシ導師が使った召喚魔法で、異次元の世界から召喚されたのが勇者タロウだとでも言いたいのか?」


「その、まさかよ」

 スターはそう言うと、大きく息を吐く。


「……なるほど。勇者がこの世界の人間ではないかも知れない、ということは分かったが、肝心の勇者の実力に関しては……?」


「…………ここから先の話は、追加の100Gを払って?」


「分かった、分かった」

 アタシは再びポケットから100Gを取り出してカウンターに置く。マスターも再びアタシが出した金貨を念入りに確かめると、ウンウンと頷いてから金貨をしまう。


「これは、王国軍指揮官のダミル将軍が側近の部下に言っていたことらしいんだけど、勇者シロウの剣の腕は兵卒程度の腕しかない、って」


 ダミル将軍と言えば、隣国マーハーラル帝国との間に起こった三年戦争の勝利の立役者で、アンブロシア王国一の剣の腕を持つ豪傑。

 彼の見立てなら、間違いはないだろう。


「だけど……、一つ気になることがあるのよ。つい一週間前のことだけど、バザー地区の奴隷市場で騒ぎがあったの」

 マスターは話を続ける。


「ああ、そのことなら知っている。何者かが奴隷市場を襲撃し、護衛五人に深手を負わせ、女奴隷二人を連れ去った……。そして、この事件の犯人は未だ捕まっていない……」


「この時、現場にいた奴隷商人の証言から推測するに、犯人は、勇者である可能性が高いわ……」


「……はぁん!? 何だって勇者が奴隷市場を襲撃しなきゃならないんだぁ!? 奴隷市場なんて、アタシら裏の世界とは違って表も表。国が認めるマトモな稼業じゃないか。なのに、その奴隷市場を襲って奴隷を連れ去るなんてことを勇者がやるだなんて、全く意味が分からない……。法から外れた裏稼業のアタシが言うのもなんだが、勇者ってのは、平気で法を破ったりするもんなのかね?」


「そんなこと、流石のわっちにだって分からないわよ」

 マスターも困惑気味の顔になる。

「ただ、一つ言えるのは……」


「……一つ言えるのは?」


「勇者が異次元の世界からやって来たのだとしたら、わっち達、この世界の人間たちとは価値観や倫理観、物事の捉え方や善悪といったものが全く違う、という可能性は大いにあるわ……」


「………………」

 アタシは、言葉を失った。


 

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