第19話 教会

 ガクヤとミューシー、テレサ、元奴隷剣闘士ガラムスの4人は港の魚市場は大勢の買い物客でにぎわっていた。


「今日も大漁じゃのう。少しもらうのじゃ。」


「おう早いな、客が引くまで適当に食べて待っててくれ。」


 カグヤは木の桶にカキ、アサリ、アワビ、イカと魚を数匹入れ岩塩プレートを出し、貝を焼きながら魚を捌き始めた。ストレージからはパンケーキとお茶を出して好きに食べるよう薦める。


「フフフッ、魚には醤油と大根おろしがとてもあうのじゃ。」


「新鮮な魚とはこんなにうまい物だったのだな。このフワフワしたのはなんなのだ? お茶なんて高級品ではないか。俺が食べても良いのか。」


 元奴隷剣闘士のガラムスは気に入ったようだ。バクバク食べていく。


「それにしてもお主臭いのう。帰ったらフロでゴシゴシ洗うのじゃ。」


「フロがあるのか。それはありがたい。」


 カグヤは今日も魚と貝を大量に買い付け帰宅する。


「ガラムスは客人として向かえてくれると助かるのじゃ。」


 テレサはうなずいて母サマンサに話をしに行く。


「俺は何をすればいい?」


「この都市にいる間は問題を起こさぬようブラブラしてて良いぞ、小遣いも渡そう。個室も今頼んだ。そのうちたっぷり仕事をしてもらうことになるが、まずはフロに入って体中を洗うのじゃ。臭すぎじゃ。」



 翌日、ガラムスは朝から筋錬に励んでいた。


「仕事熱心なようで何よりじゃな。」


「そういえば、ボスの使っていた武器を見せてもらっていいか?」


・・・ボスかい!


 頭の中で突っ込みながら、カグヤは鉄扇を出して渡す。


「なんだこの重さは、金棒より重いぞ。」


「魔力を通せば軽くなるのじゃ。」

 カグヤは簡単にいうが、魔力を使える者などほとんどいない。


「どうやって流すのだ。そもそも俺にそんなものがあるのか。」

 それでも、鉄扇を持ったまま体全体に力をいれて気合だけ入れてみる。


「アホなことをやっておるな。」


「どうすればいいのだ。」


「ま、慣れの問題じゃな。」


 そう言いながら、鉄扇を取り上げてからアイテム袋と小遣いを渡す。


「いまのところ逃げる気は無いが、俺がこれを持って逃げるとは考えないのか。」

 ガラムスはカグヤが何を考えているのかわからず困惑していた。


「好きにすればよい。ワシはお主の雇用主だと考えておる。あとで給与のことも話し合おうか。」



 その日は、溜まっていた洗濯物を風呂場で洗濯し、魔法で次々に乾かしていく。部屋付きメイドが他のメイドも呼んで手伝ってくれたのでずいぶんと早く終わった。


「言ってくださればやりましたのに・・・。」


「いや、尿で洗われるのはちょっとのう。ちゃんと洗剤で洗いたいのじゃ。」


「この洗剤というのも異国製ですか?」


「まぁ、そんなところじゃ。これは量が少ないのでやれぬぞ。」


 午後からは暇なガラムスと港に行き、賑わいはじめた街をブラブラしながら帰ってくる。


 翌日は劇場に行く。オークションは始まっていないが、カグヤが出品予定の物はすべて貴族たちが即決価格で買いあさってくれたらしい。すぐに手渡したいから品物を持ってすぐに来てくれ、と連絡が入った。金貨も用意してあるとのことだ。


「エート、何があったかの、一つずつ言ってくれ。」


「まずはエクスポーションからですね。」


 次々と金貨と取り替えていく。いつの間にか大金貨が数千枚を越えていた。


「もし、まだあるのでしたら出品していただけると助かります。」


「エクスポーションやアイテム袋に付加付き宝石類ならまだあるが・・・。」


「お願いします。このままでは貴族のご夫人方に呪われそうです。こんなことで死にたくありません。」


 職員たちは頭をテーブルに擦り付けるようにしながらお願いしてくる。


「オ、オウ、大変じゃのう。」


 カグヤはエクスポーション5本 10m3のアイテム袋5個 付加価値宝石30個 オリハルコン武器5口 龍鱗防具5点などを出した。


「これだけ出せば良いかの」


「はい、今年は他国の商人が多いので助かります。」


「金になりそうじゃの、フフフ。」


 カグヤたちは劇場を出る。


「あんな大金初めてみました。」

 テレサがボッーとしながら口を開く。


「ひょっとして、街作り用の資金でしょうか?」


 ミューシーが聞いてくる。他国に持っていかれては適わないので確認したかったのだろう。


「そうじゃ、まだまだ足りぬかもしれんが、とりあえずはこんなもんかのう。」


「かなり大規模なことを考えておるようだな。」

 ガラムスも口を挟む。


「ウム、街道整備やら、城壁作りやら、一から作るのじゃ、あー、精霊たちのほこらも必要かもしれんな。やっぱり全然足りぬのう。」


「ほう、ボスは国づくりの知識があるのか。」


「過去にいろいろと苦労したのじゃ。最後は面倒になって投げ出したがのう。国のトップなど罰ゲームと一緒じゃ。」


 しばらく街を歩いていると教会関係者に呼び止められる。


「お待ちください。カグヤ様ではございませんか?」


 カグヤは無視していたが、テレサに「声を掛けられてます」と言われ立ち止まる。


・・・悪い子ではないのだが、なんでもかんでも拾ってくるのが欠点じゃな。

 テレサを見ながらため息を吐く。


「私はケール教のザルル・ホビテスと申します。この付近の教会を統括しております。」


「カグヤ・ムーン・アイナリントじゃ。大主教殿じゃな。」


「ご明察でございます。」


「フム、特定の神の宗派に属しているわけではないが、寄進なら喜んでさせてもらうとするかの。」


「いえいえとんでもございません。聖女様の活動の支障になるようなことは望んではおりません。むしろご協力できることがあれば喜んで奉仕を、とくに領地開発などに必要な資金の貸し付けなども喜んでさせていただきます。」


・・・ウーン、胡散臭い・・・まぁ、善意の塊というだけで、悪事を働くわけではないから、付き合ってやっても良いのだが・・・。


「それは良いですね、教会側から協力してもらえるなんてまずありませんから、幸先良いスタートが切れそうです。」

 テレサは大喜びだ。


・・・こ、こやつめー・・・捨てようとしている石を拾ってくるようなマネを。

 引きつった顔のカグヤの横で、テレサは嬉しそうにはしゃいでいる。


「フホホホ、これも何かのご縁です。お菓子など用意させますのでおもてなしをさせていただけると光栄にございます。」


 大主教の後ろでは聖職者たちが肩で息をしていた。


・・・この状況で偶然を装うか。とんでもない詐欺師じゃな。


「まぁ、話をするぐらいなら良いじゃろ。連れも一緒でよいかの?」


「はい、ではご案内させていただきます。」



 カグヤたちは教会に案内され客間に通される。


「噂の聖女様には、ご来訪いただきありがとうございます。」

 バカ丁寧なあいさつとともに、ワインと砂糖菓子が用意される。


「わぁ、これは砂糖菓子ですね。おいしそう。」

 出会った当初、テレサはもう少し凛々しかった記憶があるが、カグヤと一緒にいると素が出るようになっていた。


「ウエッ、ジャリジャリじゃのう。」


「エー、おいしいですよ。」

 甘味が少ない時代に砂糖菓子は高級食材なのだ。


「これではお気に召しませんか。」

 ザルル大主教は落胆した顔を見せる。


「好みや普段口にしている食べ物次第じゃが、こういうのは甘味に慣れた者にはとてもうまいとはいえぬ物なのじゃ。」

 カグヤはそういいながらコップと茶葉を取り出してお湯を注ぎ紅茶をれる。そして、砂糖菓子を砕いて紅茶に入れて木のスプーンでかき回し口に運ぶ。


「うん、ワシはこのぐらいが好みじゃが・・・おっとレモンを忘れておった。」

 半分に切ったレモンを軽く絞って紅茶に入れて飲み始める。


「それはいったい。」

 茶葉、お湯、コップにスプーンとレモン。ザルル大主教はその道具に驚く。


「フム、生活に余裕ができたら味の探求じゃ。冒険や金儲けに権力欲や承認欲求だけでは豊かな生活とはいえんのじゃ。・・・あっ、皆も飲むか?」


「カグヤ様、とても失礼です。」

 テレサが一連の行動を非難する。


「フフフ、ワシは本音で話せない者とは関わりたくはないのじゃ。そんな関係を築きたいのかのう。」


「なるほど、私どもとしましても願ってもないお話です。聖女様とは何でも話し合える仲になれるよう願っております。」


 ・・・ああは言っているが、いらない存在となれば手のひら返しで切り捨てるというのはよく聞く話じゃ。迂闊に信用はできぬか。


 カグヤは、他の者への紅茶を淹れながら考えていた。政教分離の思想自体が無い世界では、政治と宗教の垣根はほとんどないのだ。


「噂に過ぎませんが、聖女様は神代の時代をご存知でいらっしゃるとか。」

 ザルル大主教は早速探りを入れてくる。


「知ってることしか知らんのじゃ。」

 カグヤは当たり障りのないことを答える。


「それは、各地の伝承を集めていることと関係があるのでしょうな。」


「どこの伝承でも、国とは滅んでは栄え、栄えては滅ぶの繰り返しじゃな。」

 嘘はいってはいないが、具体的な話をしているわけではない。


「なんとも興味深いお話です。それで、精霊についてはどうでしょうか。なんでも使役されているとか。」


「ふむ、べつに使役しているわけではないのじゃ。付かず離れずまとっているというところかのう。」

 カグヤは腕を組んで少し考えながら話す。


「契約とは違うのですか。」


「いや、契約は関係ないしワシは契約なぞしておらぬ。契約と言うのは精霊との相性で契約できるのであって、悪ければ契約はできぬ。

 さらに精霊が飽きれば、一方的に破棄されるのじゃ。人族がいろいろと勘違いしとるだけじゃ。」


「どれほどの数が出現させることができるのでしょう。」


「精霊に数の概念はないのじゃ。1体でも100体でも同じ1つの精霊じゃ。なので個別に名前をつけても意味がないのじゃ。ただ、その性格や役割によって姿形を変えるため、その姿ごとの名前があるだけじゃ。」


「今のお話、他の者に話してもよろしいですか?」


「構わんぞ。今までも話して回ってきたことじゃが、いつもどこかで曲解されてまともに伝わったことがないのが不思議じゃ。まるで呪いでもかけられてるようじゃ。」


「そういえば、神と精霊はどのような関係があるのでしょう。」


「おそらく、精霊は神の残り火のようなものじゃ。ときどき神が大地に捕らえられていることがあるが、それを解き放つと粒のようなものが散らばるのじゃ。その粒が性格というか個性を持ち、相性の良いもの同士がくっついて姿形となって現れるのじゃ。」


「なるほど、やはりあなた様は聖女様でいらっしゃいますね。」


「ワシほど多くの命を刈り取ったものはおらぬぞ。」


「はい、神々がお使わしになられた聖女様でございます。」


「それを曲解というのじゃ。」


「噂で聖女様の数々のご活躍をお聞きしたとき、もしやと思いましたが、直接お会いできたことは大変な栄誉。お供して回りたいとは思いますがこの歳ではそれが適わぬのがとても残念でございます。」


「そ、そか、ワシに教会へ協力してる余裕はないぞ。」


「はい、一方的に奉仕させていただくだけにございます。生きてこの時代に居合わせたこと、信徒たちもさぞ喜びましょう。」


「あー、あまりやり過ぎぬようにな。」


 その後、カグヤは港に行くために教会を出る。

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