色彩

獅子吼れお🦁Q eND A書籍化

第329話 色彩

◆これまでのあらすじ◆

世界を終わらせるもの――『魔王』との最終決戦に臨むユートたち。しかし、中核となる四天王のうち二人を失いながらも『魔王』軍の最後の攻勢は苛烈を極める。消耗しきったユートたちの前に現れたのは、四天王の一人――《異彩、アンジェラ》。世界すら塗り替える絶望の魔法の使い手。絶体絶命に思われたユートたちだったが、思わぬ助太刀が入る。それは、旅の半ばまでユートのパーティに所属し、やがて離脱した落ちこぼれ魔法使い――ワイスだった。


――


「ワイス……なぜ来た?」

 アンジェラの口調は、煽るでもなく、見下すでもなく、純粋な疑問の調子だった。

「あなたでは、私に勝てない。選ばれた者たち――そう、あなたが庇っている『勇者』たちですら、束になっても勝てないのが、私の魔法。そんなこと、あなたが一番わかっているはずなのに。彼らと自分は違う、その圧倒的な差を思い知って、パーティを抜けたあなたなら」

「……えぇ。その通り。僕は……《無彩》の魔法使いです」

 ワイスは杖にすがって立ち上がり、自嘲気味に言った。

「今だって、空間転移の魔法を使うだけでこの有り様だ。お前やユートや、今彼のパーティで魔法を振るっているアリッサなら、なんてことのないだろうに」

 事実、アリッサはワイスの作り出した隙に乗じて、難なく空間転移魔法で逃げおおせていた。魔法の描写や呪文すら省略する逸脱チート魔法使い……彼女がパーティに加わったのが、ワイスが抜ける直接的な原因であった。アリッサがいれば、端的に言ってワイスは必要なくなるのだ。

「ならば……なぜ。逃げおおせていれば、魔王軍にも見つからずにすんだかもしれないのに。あるいは、『勇者』が『魔王』を倒し、世界が平和を取り戻すのを――そんなことは起こり得ないけど――震えて祈っていればよかったのに。なぜ。選ばれなかったあなたに……私を倒せるとでも?」

「えぇ。思いません。僕だって、思わないですよ。でもねえ」

 ワイスの周りの空間に、透明な魔力が漂い始める。薄く、色のひとつもない魔法のうねり。

 泣きそうな声でワイスは、アンジェラに向かって叫ぶ。

「助けをね!求められてしまったんですよ!ユートに!あの、『勇者』ユートに!」


 少し前。ワイスが空間転移でユートたちの前に現れたときのこと。《異彩》の行動を察知した魔法学院の上層部によって、ユートたちを一時退避させるために、ワイスは空間転移魔法を使って来たのだった。しかし、ユートはそれを拒んだ。今は一刻も時間が惜しい、撤退しているヒマはない、と。

 ユートは、ワイスの見たことのない、悲壮な顔で言った。

 ――助けてくれ、《天彩》。頼む。

 《天彩》とは、万能の魔法使いの二つ名。ワイスは最初、自分が《天彩》であると偽って、彼のパーティに同行していた。彼のパーティに魔法に詳しい者がいないのをいいことに、その場しのぎの下等魔法で万能を嘯き、騙し通して『勇者』の仲間として様々な国に出入りした。のちにアリッサと出会い、ワイスの嘘が露見したとき……ワイスは、パーティから逃げるようにして離脱したのだった。


「あのユートが……呑気で、スケベで、バカみたいに強くて……いつもバカみたいに笑ってたあのユートが、あんな顔で頼むからさあ!」

「……愚かな」

 アンジェラは腕を振るい、黒い魔力の奔流を作り出す。


「ユートが『助けてくれ』って言ったんだ!僕にだ!この僕に!弱くて、ザコな《無彩》の僕に!」

「……ならば何故」

 世界を塗りつぶし、生を拒絶する絶望の魔法。《無彩》の魔力では少しも太刀打ちできない、本物の万能に近いアリッサでも苦戦するもの。それが一直線にワイスを狙う。

「だからさあ!だったらさァッ!やるしかないじゃんかァ!」


 その黒い魔力の塊が――防がれた。ワイスの魔力によって。

「何だと?」

「……楽しかった。本当に楽しかったんだよ。ユートたちとの旅は」

 透明だったワイスの魔力は、輝きを増し、七色に反射する。

「いろんな景色を見た。いろんなものを食べたし、いろんなヒトに出会った。あのクソ田舎にいたんじゃ見られなかった……本当にたくさんの色彩を!僕は!」

「貴様ッ!想い出を焚べてッ!?」

「いいんだよォこんなもん!!僕のことは『勇者』が……僕らの最強の『勇者』が覚えていてくれるんだ!僕を《天彩》として、覚えていてくれるんだからッ!!」


 その七色は、万能の《天彩》の七色ではない。下等魔法を絶えず紡ぎ続けることで生まれた、鍍金の七色。足りない魔力を、自らの魂と『想い出』を焚べることで補う、一時しのぎの七色。


 ワイスは背筋を伸ばし、杖を構え、大仰に構えた。ユートたちと旅をしていた頃と同じように。


「僕は《天彩、ワイス》だッ!!貴様に魔法のなんたるかを見せてやるッ!」


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