第74話

ラクスの前に現れたのは、正真正銘グローリア皇帝その人であった。

いったいなぜ彼がこの場にいるのか、なぜ自分の前に現れたのか、一体ここで何をしているのか、その一つも合理的な理由が思い浮かばないラクスは完全に頭の中をフリーズさせてしまい、言葉を発することができない。

そんなラクスに対し、まずグローリアの方が先にこう言葉を発した。


「驚かせてしまってすまないな。いやぁ、たまたまこのあたりを散歩していたら遠目に君の姿を見かけてな。もしかしてと思ってきてみたら、やっぱり君だったよ」

「…?」


グローリアの言葉を聞き、ラクスはその心の中で正直な言葉をつぶやく。


「(嘘だな…。皇帝たるグローリアがこんな場所で散歩なんてするはずがない…。理由は全く分からないが、俺がこここの時間ここにいるであろうことを計算してこの場に現れたな…)」


明らかに何か言いたげな視線をラクスから向けられ、グローリアもまたその心の中に正直な言葉をつぶやく。


「(散歩とは言ったものの、完全に嘘だと見抜かれているようだな…。さすがはラクス侯爵、こんな適当に考えた建前では通用しないか…)」


いぶかしげな表情を浮かべるラクスの姿を見て、グローリアはやれやれといった表情を浮かべて見せると、穏やかな口調でこう言葉をつぶやいた。


「まぁ、君と話をしたいと思っているのは本当さ。隣、いいかね?」

「あ、あぁ…」


ラクスにしてみれば、特に拒否するような理由もない。

ラクスは自身の横のスペースを手で示すと、グローリアはそのままラクスの隣に腰を下ろした。


「服が汚れるぞ?」

「構わないさ。人生には時に、こういう時間も必要だからな」

「そういうもんかねぇ」


互いにぶっきらぼうにそう言葉を交わした後、しばし沈黙の時間が二人を包む。

その時間がどのくらい続いたのかは分からないものの、最初に言葉を発して沈黙を破ったのはラクスの方からだった。


「それで、ここに何しに来たんだ」

「言っただろう、君と話をしに来たと」

「何の話を?まさか振られた男の事を笑いに来たんじゃないだろうな?」

「なるほど、そういうことか……♪」


ラクスの言葉を聞き、グローリアはなにやら楽し気な表情を浮かべる。


「な、なんだよ…」

「いや、別に。しかしそうか、君は彼女に振られたのか」

「文句あるかよ」

「まさか。意外だっただけだとも」

「…意外?」


ラクスの発した疑問の言葉に、グローリアもまた疑問の言葉を彼に返す。


「逆に聞きたいな。君はどうして振られたんだ」

「そんなの聞くかよ…。彼女にはずっと心に決めている相手がいるんだろ?」

「心に決めている…それはクラインの事か?」

「分かってるなら聞くなよ…」

「はっはっは!これはこれは…♪」


グローリアは先ほどに続き、再び楽しげな表情を浮かべて見せる。

ラクスにはその理由が全く分からず、ただただ困惑の表情を浮かべるほかなかった。


「…何が面白いんだよ」

「いやいや、すまない。まさか君がそこまでだったとは」

「はぁ?」

「あぁ、気分を害してしまったなら申し訳ない。その代わりと言っては何だが、君に3つの事実を進呈しよう」

「…3つの事実?」


グローリアの言葉を聞き、いぶかしげな表情を浮かべるラクス。

そんな彼に対し、グローリアはひとつづつ丁寧に説明を行っていく。


「私は先ほど、クラインのもとに向かう彼女の姿を見たんだが、あれは思い人のもとに向かう様子ではなかったと思うぞ。むしろどちらかといえば、どこか険しい表情を浮かべていたな」

「……」

「次に、彼女の早まった行動を君が救ってくれたこと。目の前に君が現れた時、彼女は心の底から嬉しそうな表情を浮かべていたそうじゃないか。もしかしたらそれは私やクラインをもってしても引き出すことは不可能で、君にしかできないことなんじゃないのか?」

「な、なんでその事を知ってる!?見てたのか!?」

「いや、マルンから聞いたよ。彼もその場にいたんだろう?」

「さ、さすが皇帝…。馬とも意思疎通ができるってか…」

「マルンはこうも言っていたな。君がこれから教会に向かう事をセシリアに告げた時、彼女は非常に寂しそうな表情を浮かべていた、と」

「…それが、なんだっていうんだよ…」


ラクスは小さな声でそうつぶやくと、その場に顔を伏せ、グローリアから視線を切る。

グローリアはそんなラクスの様子を見て、突然盛大にその背中を叩き、大きな声でこう言葉を告げた。


バンッッ!!!!

「いたっ!!」

「さっさと行け、ラクス!本当はお前だってセシリアを迎えに行きたいんだろうが!こんなところでうじうじしてるんじゃない!!」

「だ、だが……俺は……」


今だ顔をうつ向かせたままのラクスに対し、グローリアは最後の言葉を彼に告げた。


「私はセシリアの父親だ。彼女の幸せを心の底からのそんでいる。その幸せの実現をみすみす妥協することなど絶対に認めん。彼女がお前の事を愛し、お前もまた彼女の事を愛しているのなら、私はそんな二人が結ばれずに終わることなど絶対に許さない!」

「っ!!!」

「行けラクス!!セシリアの事を迎えに行くんだ!!男ならけじめをつけろ!!」

「…!!!」


刹那、クラインはその場から勢いよく立ち上がると、そのまま一目散に二人のいる教会を目指して駆けだしていった。

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