第61話

「適当なことを言うな!俺にはすでに話を通してある貴族の仲間がいるんだ!俺が一度ひとたび声を上げれば、すぐさま俺を守るべく立ち上がることだろう!はったりを言ったって俺には聞かないぞ!」

「だから、あんたが声をかけて回った貴族たちはみんな、もうあんたの味方じゃないって言ってたぜ。分かってないのはあんたの方だろう?」

「ふざけるな!お前このガキの仲間の近衛兵なんだろ!ただの兵士に貴族の事が分かってたまるか!」


その口ぶりから察するに、リーゲルはクラインの隣に現れたラクスの事を、クラインと同じ近衛兵だと勘違いしている様子だった。

それゆえに、ただの兵に過ぎないお前ごときが貴族への根回しをすることなど不可能だと言いたかったようであるが、そんな彼の勘違いから出た言葉はクラインの言葉により封殺される。


「ラクス侯爵、難しい仕事をやり遂げてくれたこと、感謝するよ」

「別に大したことじゃないさ。皇帝も手伝ってくれたからな」

「(ラ、ラクス…侯爵だって…?)」


クラインが発したその名前を聞いた時、リーゲルはその脳裏にある記憶をよみがえらせた。

…それはノルドが侯爵家に乗り込んでいった時、その姿を遠目に見つめていた時の記憶…。


「(そ、そうだった…。ノルドが侯爵家に調査に行ったとき、いの一番に出てきたのはこいつだった!…こ、こんなに若いから、別の役職の奴だとばかり思っていたが、まさかこいつが…侯爵…!?)」


ようやく目の前に現れた人物がラクス侯爵であることに気づいたリーゲル。

が、それに気づいたところでもはや彼の運命は変わらない。


「(だ、だから俺の仲間の貴族たちを説き伏せて回ることができたってわけか…!皇帝の後ろ盾があったのなら、こいつに仲間たちが逆らうことなどできるはずもない…!くっそ!どこまでもどこまでも俺の邪魔をしやがって…!!)」


ラクスのことを、それはそれは憎たらしい表情を浮かべながらにらみつけるリーゲル。

しかしそれはラクスの方も同じであった。

ラクスはリーゲルの事を鋭い視線で見つめながら、こう言葉を発した。


「レベ……セシリアからすべてを聞いたよ。あんたたち、彼女に対してそれはそれは凄惨なことをやっていたらしいじゃないか。それも誰かが止めるわけでもかばうわけでもなく、3人そろってセシリアの事を迫害していたとくる。…まったく、どこまでも無様でみにくい連中だ」

「それは違う!!そんなのはあいつが勝手に言っているだけの妄言だ!本当の俺たちはそれはそれは素晴らしい関係で」

「いい加減にしろ!!!」

「「っ!?」」


すさまじい殺気を放ちながら言葉を放つラクスの前に、リーゲルは自らの反論を完全に封殺される。

…ラクスはリーゲルよりも一回り以上年下であるが、それを感じさせないほどの威圧感とオーラを放っていた。


「…俺が彼女と初めて会ったとき、彼女は大げさでなく死にかけだった。着ている服はボロボロ、履いていた靴は原型をとどめていないような状態で、足には痛々しい傷が無数にあった。意識を戻した彼女から話を聞けば、想像するだけで怖気おぞけがするような過去の経験の数々…」

「う……」


セシリアの気持ちを思い起こせば思い起こすほど、ラクスの心には抑えがたいほどの怒りの感情が沸々と湧き上がる。

そんなラクスの雰囲気を目の当たりにして、芯から自身の体を震え上がらせるリーゲルたち3人であったが、その怒りの炎が引火しか人物が一人。


「…リーゲル様、セシリア様がボロボロだったとはどういうことですか…?ここでは彼女にどんな生活をさせていたのですか…?」

「……」


…ラクスの後に続き、殺気を放ちながらそう言葉を発するクライン。

セシリア本人の言葉は妄言だと否定する算段だったリーゲルであったものの、もはやそんなことができるような雰囲気でも、状況でもなかった。

完全に固まってしまった様子のリーゲルに対し、クラインはいよいよ最後通牒つうちょうを行う。


「リーゲル様、まだなにか納得できないことがあるというのなら、ここから先はグローリア様に直接ご反論ください。その方があなたのため」

「待ってくださいクライン様!!」


その時、リーゲルの後ろにいたマイアが泣きそうな声で言葉を発した。


「クライン様、どうか信じてください!私とお母様はこの男に騙されていたのです!全部この男の命令で、したくもないことをずっと続けさせられてきたのです!私たちもお姉さまと同じ被害者なのです!!」


マイアがそう声を上げたのとほぼ同時に、それまであまり言葉を発していなかったセレスティンもそれに続く。


「マイアの言っていることは本当です!侯爵様も信じてください!私たちはこのひどい男にたぶらかされて、利用されていただけなんです!どうか裁くならこの男だけを!私と娘はただ巻き込まれただけなのです!」

「だから、それをグローリアに直接言えばいいじゃないか。自分たちはなーんにも悪くないのだとな」

「そ、それでは信じてもらえないかもしれないじゃないですか!お二人の助力があれば、グローリア様も私たちの事をお見逃しになるかもしれないのに!」

「…我々にそこまでする義理はありません。侯爵様の言われた通り、自分たちに罪はないとお考えなら、皇帝陛下にはっきりとそう言われればいいだけの事」

「クライン様!どうかお願いします!わ、私はお姉さまの事で少しだけ嘘をついてしまいましたが、クライン様の事を愛してる気持ちは本当の本当で」

「もういい!!!!!もういい加減にしろ!!!!!」


…必死に命乞いを図るセレスティンとマイアの姿がかんさわったのか、リーゲルは叫びにも似たような大声でそう言葉を発し、会話を中断させる。


「もういい…。もうどうでもいい…。だが、このまま終わるくらいならいっそのこと…!」


そう言葉を吐き捨てた後にリーゲルは、自分の家の方に向けて何やら合図を送る。

…すると、その合図を今か今かと待っていたかの如く、彼の仲間らしき人物がぞろぞろとその場に現れた。


「生意気なガキが…。このまま終わってなるものか…」

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