第60話

「ノルドがいろいろと話してくれましたよ。あなたがどんな人間で、これまで何をしてきたのかをね」

「っ!?」


…リーゲルの額には、次から次に冷や汗が湧き出て流れていく。

クラインはリーゲルを一気に仕留めるのではなく、少しずつ、少しずつ、着実に追い詰めていくのだった。


「グローリア様が皇帝となられる前、この国にはそれはそれはろくでもない王が君臨していました。グローリア様はそんな王を打倒して皇帝となられたわけですが、その時、あなたはその王のもとで働いていたらしいですね?」

「え!?」

「そ、そうなのあなた!?」


マイアとセレスティンはそろってクラインの言葉に驚いてみせる。

しかしリーゲルはそんな二人に言葉を返すことはなく、ただただ静かにクラインの言葉を聞いていた。


「王に仕えて好き勝手やっていたあなただったが、そんな日々にも終わりが訪れることになった。グローリア様が王を打倒し、皇帝の座に就くこととなったからです。自分が自由にしていた地から出ていかなければならなくなったあなたは、それはそれは面白くなかったことでしょう。…しかしそんな時にあなたは偶然、彼女の事を発見した」

「彼女って…」

「ま、まさか…」

「……」


リーゲルとセレスティンが再婚した時、レベッカとマイアは互いの連れ子であった。

しかしレベッカとリーゲルの間に血のつながりがないことは二人はすでに聞かされていたため、その事実を受け入れることに抵抗はなかった。


「あなたは連れ去った彼女の事を、適当な値段をつけて売っぱらうつもりだったのでしょう?しかし下手に手放したらそこから自分の足がつくかもしれない。それを恐れたあなたは、あえて彼女の事を世話係として自分のもとに置いておくこととした。…それがまさか皇帝令嬢であるなど、想像もせずにね」

「ありえないわ…。それに気づかないなんてどれだけ鈍感なのかしら…」

「ほんと…。こんなのが今まで私のお父様だったなんて、最悪…」

「…なんだと?」


二人からそう言葉をかけられたリーゲルはいよいよ感情が爆発したのか、大きな声で反論を始める。


「後出しならなんだって好き勝手言えるよな。自分たちだって今まで散々レベッカの事をなじっていたくせに、その正体が皇帝令嬢だとわかった途端に手の平を返す。これだから女は頭が悪くて嫌いなんだ」

「あら、女の子の正体もまともに調べずに拾ってきた間抜けな男が何か言ってるわ」

「大体、長く一緒に暮らしていたお前たちだってなんにも気づかなかったじゃないか!自分の事は棚に上げて俺の事ばかり悪く言うとは、どこまでも自分勝手で吐き気がする…」

「そ、そんなの分かるわけないじゃない!まさかあなたがそこまで何にも考えてないなんて思ってなかったもの!」

「な、なんだと!!!」

「まだ話の途中です。低レベルな責任の押し付け合いは後にしていただけますか?」

「「っ!?」」


年齢が一回りも二回りも下のクラインに至極まっとうなことを言われ、一段と強くその腹を立てるリーゲル。

…もはや後に引くこともできなくなった彼は、一か八か、クラインに食って掛かり始める。


「…こんなの、罠じゃないか」

「罠?」

「あんななんでもない花畑に一人の子どもがいた。俺は心配になってそいつを連れ帰った。そしたらその子どもの正体が皇帝令嬢で、連れ帰った俺は重罪人だと?…そんなの、俺をはめるための罠じゃないか…!」


…非常に苦しい言い訳を始めるリーゲル。

それが通らないであろうことはここに居る誰もが察するところであったが、もはや彼にはそれ以外の方法は何もなかった。


「皇帝令嬢だって言うならもっと一目で分かるような恰好をしてろ!名前だってレベッカだとか言ってごまかしたりせずに、自分はセシリア・ヘルツ、グローリア。ヘルツの娘だと言えばいいじゃないか!どこまでも俺を罠にはめることしか考えていないとしか思えない!お前たちそこまでして俺の事をおとしめて一体…」


ドガッ!!!!!

「っ!!!」


…目にもとまらぬ速さでくりだされたクラインの右手が、中性脂肪に揺れるリーゲルの腹部に強烈な一撃を与え、リーゲルの言葉はそこで途切れる。

声にならない嗚咽を漏らすリーゲルに対し、クラインは静かな口調でこう告げた。


「あなたには絶対に分からないことでしょう。彼女がどんな思いであの場にいて、どんな思いでその名を名乗り、そしてどんな思いで本当の自分を押し殺していたのか」

「ぐ…ぁ…」


…冷静で温厚なクラインであっても、リーゲルの言葉は見過ごせないものであった。

その一撃はもはやリーゲルの言葉を封じることにとどまらず、リーゲル自身の未来をもともに引導を渡されたように感じられた。


しかし、それでもまだリーゲルは諦めていない様子…。

彼はけらけらと薄ら笑いを浮かべながらゆっくりと立ち上がり、低い声でこう言葉を返した。


「ククク…俺には貴族にも仲間がいるんだ…。近衛兵のお前に手を上げられ暴力を振るわれたと、そいつに告発してもらう…。そうして貴族たちの力を味方につけ、グローリアを皇帝の座から引きずり落してくれる…!」

「…」


…どこまでも往生際の悪いリーゲルの姿に、もはやクラインもかける言葉を失ってしまう。


「はぁ、はぁ…。まだだ、まだ終わってない…。近衛兵がダメなら貴族だ…。すでに貴族の仲間には連絡を入れている…。いずれ奴らからの返事が来て、ここから俺の逆転が…」


どこか狂気じみた雰囲気さえ醸し出しながら、そう言葉を発するリーゲル。

彼はまだそこに生き残る可能性を見出しているようであったが、それすらも叶わぬ希望であることを、次に現れた人間によって分からされる。


「安心しなクライン。こいつの仲間の貴族の方は俺が先にしめてきた。こいつの味方をする奴はもうどこにもいねぇよ」

「なっ!?」


そう言いながらクラインの横に現れたのは、彼にとって今や恋敵であるラクス侯爵その人であった。

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