第42話

「分かるさ。セシリア・ヘルツは正真正銘、私の大切な一人娘なのだから」

「っ!?!?!?」


グローリアの口から発せられたその言葉を聞き、ラクスは天地がひっくり返るほどの驚きの表情を浮かべて見せる。

そして同時に、彼女の名に隠された秘密を瞬時に見抜いて見せた。


「(セシリア………なるほど、それがレベッカの本当の名前で、レベッカという名は仮初めの名前だという事か…)」


そう納得するラクスに対し、グローリアはセシリアに関する真実をありのまま話始める。


「まだこの国に前の王がいた時の話だ。私は臣民を苦しめるその王を打倒するべく、戦いの真っただ中にあった。激戦に次ぐ激戦の中で、辛いことも悲しいことも山ほどあった。…しかしそのさなかに、それから先私の心を支えつづけてくれる大きな出来事があった。それが、セシリアの誕生だった」

「…」


ラクスは真剣な表情でグローリアの顔を見つめ、その言葉をしっかりと聞いている。


「セシリアは純粋で優しく、本当に可愛らしかった。彼女と一緒にいる時間は、辛い戦いの記憶を忘れてしまえるほどに…」

「(…まぁ、その気持ちは俺も否定はできないが…)」


二人はそろって、それぞれがプレゼントされたブレスレットの事を愛おしそうに見つめる。


「…しかし、彼女の存在を大っぴらにするわけにはいかなかった。…侯爵、君ならその理由が分かってくれるだろう?」


グローリアは神妙な表情で、ラクスに対してそう問いかけた。

ラクスはそんなグローリアの言葉にこたえるように、こう言葉を返した。


「…激しい戦いのさなかにあるなら、愛する娘の事は表にしないほうが安全。なぜなら、敵が狙うのは必ずしも皇帝の首だけとは限らないからだ」

「その通り。ゆえに、私はセシリアの存在を極力秘匿ひとくし、彼女にも自分の父親が私であることは絶対に言わないよう厳命してた。しかし…」


グローリアはブレスレットを持つ自身の手を少し震わせる。

それを見たラクスが、やや小さな声で言葉を発した。


「しかし、彼女は戦いに巻き込まれてしまった、と…?」


グローリアはその表情を少し暗くし、後悔の念を感じさせる口調でこう言葉を発した。


「…すべては、この私の力不足が招いたこと…。私はそれゆえ私は皇帝となった後も、彼女の事を必死になって探し続けてきた…。彼女の事を忘れた時など、それこそ一瞬たりともなかった…」


ラクスはグローリアが言葉にしたその心中を聞き届けた後、会話の話題を最初にもどそうと試みた。


「レベ…セシリアの産まれに関する話はよく分かった。…だが、それと今回の一件とは」

「そこで出てくるのが、侯爵家に調査に向かったあのノルドなのだよ」


グローリアはラクスの言葉を途中で遮り、今回の一件における真相を話し始める。


「状況から考えて、セシリアは私と敵対していた旧王政派の者たちにさらわれた可能性が非常に高かった。…そしてあのノルドにはかねてから、旧王政派の人間に内通している疑いがあった。…そのことを奴自身に問い詰めることは簡単だが、それをしたばかりに証拠を消し去られてしまっては元も子もない。それゆえに私はあえてあいつの事を自由に泳がせて、尻尾を出してくるその日を待っていた。……その結果、ついにその日が訪れたというわけだ…!」

「……」


…もはや執念にも感じるグローリアの徹底ぶりに、ラクスは返す言葉を失った。

そんなラクスに対し、グローリアは自身が完成させた推理を言葉にする。


「ノルドが今回の一件に必死になったのはきっと、セシリアが失踪していたことの罪のすべてを君たちに押し付けようとしたからなのだろう。そうすることでセシリアの失踪にかかわった黒幕の罪を帳消しにし、同時に奴自身もセシリア救出の手柄を引っ提げることで、国の英雄になることができる」

「…皇帝の権限の前では、一貴族の力など虫けらも同然…。あいつはそのことをよくわかっていたというわけか…」


グローリアの推理に、ラクスもまた納得した様子を見せる。

しかしその後、グローリアはラクスからして非常に意外な行動を見せた。


「…だが、ノルドがそこまで横暴な手を行使するとは私も想像していなかった。…いくらセシリアを見つけ出すための計画であったとはいえ、侯爵家に住まう君の家族を傷つけてしまったこと、そのことは申し訳なく思っている…。ラクス侯爵、本当にすまなかった」

「…」


なんと、皇帝自身が一地方貴族であるラクスに対し、自身の頭を下げたのだった。

…ラクスの中にはまだまだ思うところはあったであろうものの、ここまで丁重に頭を下げられてしまっては、もはや彼の心にこれ以上グローリアを追求する気は沸き上がってはこなかった。

…そして同時に、その追及の矛先はしかるべき人物の方へと向けられる。


「…うちに土足で上がり込んで、好き勝手暴れていったんだ。ノルドとその黒幕とやらには、今回の落とし前をきちんとつけてもらわないと気が済まないが…?」

「無論だとも。セシリアが君のもとで充実した日々を送っていたのなら、そこにいざこざを発生させようとしたノルド本人はもちろん、奴と内通する者を許すことなどできるはずがない。…連中には自分たちの犯した罪の重さを心の底から味わってもらわなければ…」


…二人はともに殺気を感じさせる口調でそう言葉を放ち、これから互いのするべきことを確かめ合った。

その様子は二人しかない部屋の中の雰囲気さえ一変させるものであったが、一人の使用人がその部屋を訪れ、そのままグローリアに対してある知らせを持ち込んだ。


「失礼します。グローリア様、ノルド様が調査からお戻りになられました」


…その知らせを同時に耳にしたグローリアとラクスの二人は、同時にその表情に不敵な笑みを浮かべたのだった…。

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