第41話
侯爵家での一件が収拾に向かっていた一方、一部の兵によってその身を王宮に送致されていたラクス。
近衛兵が手配していた移動用の馬車にその身をゆられながら、一路グローリア皇帝の待つ王宮を目指して進んでいた。
ラクスは皇帝に直接面会した時に真っ向から戦ってやろうという覚悟であったため、特に抵抗などするそぶりは見せず、心も体も完全に落ち着かせていた。
「(あんな乱暴な男を送り込んできやがって…。俺がどんな処分になるかは知ったことじゃないが、皇帝には言いたいことを全部言ってやらないと気が済まねぇ…)」
彼が心の中に抱いていたその思いは、時を経ずして現実に叶えられることとなるのだった。
――――
「グローリア様、ラクス侯爵を乗せた馬が到着したようです」
「そうか、分かった。侯爵をここまで通してくれたまえ」
「承知しました」
使用人はグローリアからの言葉を聞き届けると、そそくさとその場を後にしていった。
部屋に残されたグローリアは侯爵の到着を待ちながら、部屋の窓を開けて外の空気を体の中に流し込みつつ、心の中でこう言葉をつぶやいた。
「(…セシリアの運命を呪い続けてきた者め…。ようやくその尻尾を見せてきたというわけだな…)」
――――
それから間もなくして、グローリアの待つ部屋の扉が使用人によってノックされた。
コンコンコン
「グローリア様、ラクス侯爵様をお連れいたしました」
「入ってくれ」
グローリアの言葉を合図にして、部屋の大きな扉が解放される。
それによってついに、王宮の主と侯爵家の主とが対面を果たした。
侯爵の横に並び立ち、侯爵とともに部屋の中に足を踏み入れる使用人。
それに対し、グローリアは自身の手でそれを制しながらこう言葉を告げた。
「あぁ、君は外してくれて構わないよ。私と侯爵様の二人にしてくれ」
「え?で、ですが…」
グローリアからかけられた言葉に対し、使用人はやや心配そうな表情を浮かべて見せた。
おそらく使用人は、ラクスがここに送致される経緯を知っているからこそ、皇帝とラクスを二人きりにすることを心配したのだろう。
しかしグローリアは構わないという表情を浮かべ、そのまま使用人を下がらせた。
「で、では、失礼します…」
使用人が退室したことで、部屋の中にはラクスとグローリアの二人のみとなる。
…なかなかに微妙な空気が二人の間を包むものの、最初に口を開いたのはグローリアの方だった。
「久しぶりだね、ラクス侯爵。最後に会ったのはいつだったか…。まだ君が、これくらいの背丈だった時だっただろうか?」
「けっ…」
自信の手で子どもの頃のラクスの伸長を示して見せるグローリアに対し、ラクスは全くその話に乗らず、むしろ殺気さえ孕んだような目でグローリアの事を見返した。
「そんなことはどうでもいい。いったい何のつもりだ?突然侯爵家にやってきたかと思えば、ありとあらゆるものを好き勝手荒らしていきやがって…。俺や俺の家族たちを一体どうするつもりだ?お前の機嫌を俺たちが損ねたから、全員を罪人扱いでもするつもりなのか?」
静かな口調でありながら、すさまじい
それに対し、グローリアはやや驚きの表情を浮かべながらこう言葉を返した。
「侯爵家を荒らされた、のか……。私としたことが、少しばかりあの男の事を見くびっていたのかもしれないな……」
「…はぁ?」
その後、グローリアは皇帝らしい落ち着きを見せながらこう言葉を返した。
「ラクス侯爵、どうか安心してほしい。私は決してそんなことはしないとも。君にも、君の大切な家族にも、何の罪もありはしないのだから」
それはグローリアが本心から発した言葉であり、ラクスもその事を疑う様子はなかった。
しかし、それならなおの事ラクスはあの状況に納得がいかなかった。
「…じゃあなんのつもりなんだ。なんのためにあんな強引なやり方…を……」
グローリアに向けて発されたラクスの言葉は、その途中で途切れた。
というのも、グローリアはその視線を開けられた窓の向こう側に向け、ほっと気が落ち着いたような雰囲気を放ち、軽い笑みを浮かべたからだ。
「…何が面白いんだ?何を笑ってやがる…?」
その姿がラクスには不気味に映ったようで、それを察したグローリアはすぐさまラクスに対し、釈明を始める。
「あぁ、不快にさせてしまったなら申し訳ない。…これでも今、すごく安心しているんだ」
「…安心?なにが?」
グローリアはゆっくりと部屋の中を歩いていき、そこに置かれていた金庫のようなものの前まで移動した。
そしてその中から手のひらサイズの木箱を取り出すと、大切そうにそれを抱えながらそのままラクスの前まで持ち寄り、その中身を開けてみせた。
「…これがなにか、君ならば理解できるだろう?」
「っ!?!?」
その木箱の中にしまわれていた物を見て、ラクスはその表情を驚愕させた。
…そこには、ラクスにとって非常に大切なものによく似たものがしまわれていたからだ。
「君の手首にも、これと同じものが付けられている。君もまた、彼女からそれをプレゼントされたのだろう?」
「……」
ラクスは反射的に、自分が腕に付けていたブレスレットの方へと視線を移す。
…間違いなく、同じ人間によって作られたであろうブレスレットが、そこにはあった。
グローリアはそのブレスレットを心から愛おしそうに見つめながら、穏やかな口調でこう言葉を続けた。
「彼女は、本当に心から慕う人物にしかこういったものは贈らないんだ。だから、部屋に入ってきた君がそのブレスレットをつけているのを見た瞬間、私は心が安堵して仕方がなかった。彼女は間違いなく、君の家に暖かく迎え入れられて、愛されていたのだろうと確信したからね」
「……」
グローリアの言葉に対し、ラクスはややあっけにとられたような表情を浮かべる。
そんな彼の事をどこか楽しそうな表情で見つめながら、グローリアは言葉を続けた。
「どうかな?私の予想、当たっているかい?」
「……あぁ、大当たりだとも…」
レベッカの事はあくまでしらばっくれようと考えていたラクスだったものの、ここまで見抜かれてしまっていてはもはや隠す必要もないと考え、グローリアの言葉を否定することはしなかった。
しかし、それだけでラクスの心の中の怒りが収まるはずはない。
彼はその表情を再び険しいものとし、グローリアに対してこう切りかかった。
「だが、それと今回の乱暴なやり方と何の関係がある!!いやそもそも、このブレスレットだってなんで一目見ただけでわかったんだ!?普通遠目にちらっと見ただけで、これを作った主がお前の持つものと同じなんてわからないはずだが、それをお前は一瞬で見抜いた…。お前は一体どういう…」
ラクスの投げかけた疑問に対して、グローリアは堂々と胸を張りながら答えた。
「分かるさ。セシリア・ヘルツは正真正銘、私の大切な一人娘なのだから」
「っ!?!?!?」
突然告げられた真実に対し、驚愕の表情を隠せないラクス。
そんなラクスに構わず、グローリアはそのまま今回の一件におけるすべての真相を話し始めるのだった。
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