第39話

エリカによってその身を隠されてからというもの、レベッカはその体を強く硬直させ、心の底からくる震えを隠せなかった。

すさまじい物音が彼女の耳と脳内に響き渡り、そこに時に悲鳴も入り混じるのだから、彼女がそうなるのも無理のない話だった。

レベッカがここに拾われてからというもの、彼女にとっての毎日は非常に穏やかで、幸せに満たされていただけに、今ここで起きていることが現実であるととても信じられないのだろう…。

そして、その原因が自分自身にあろうということも、レベッカには想像がついていた…。


「(お、お父様のお仲間が……逃げ出した私を探しに来たんだ……)」


レベッカは自分の体を手でさすり、少しでも震えを治めようと必死になる。

しかし、考えれば考えるほどに現実は彼女の心を責め立てていき、その震えもまたより大きなものになっていった…。


「(わ、私のせいだ…。私がここにいるばっかりに、みんなが大変なことに…。これだけみんなに助けてもらったのに、私は恩を返すどころか、むしろあだを返してしまってる…)」


彼女の事を激しい動悸と吐き気が襲い、その心だけでなく体までもむしばんでいく。

その苦しみから解放される手段は、彼女の中に一つしかなかった。


「(…私が自分から姿を現したら、みんな助かるんだろうか…?)」


向こうの狙いが自分にあるなら、少なくとも自分が彼らの前に姿をさらせば彼らは満足するはず。

そうなれば、これ以上私の家族は傷つけられることもなくなる…。


しかしそれは、ノルドの狙いそのものだった。

彼の目的は、レベッカの身柄を確保した後にすべての罪を侯爵家に着せ、その恩賞にあやかって大きく出世を果たすことにある。

それゆえにこの場でレベッカが自分から姿を現したとしても、侯爵家の人々を助けることは現実的に難しいものと考えられた。


…しかしそれ以前に、今のレベッカにそんな大それたことができるはずがなかった…。


「(…私って、なんのために生まれてきたんだろう…。みんなに迷惑ばかりかけて、何の役にもたたなくて…)」


顔を伏せ、その両目に涙を浮かべるレベッカ。

その耳に入ってくる物音の一つ一つが彼女の心を突き刺し、確実に体を弱らせていく。

…その両目から涙が零れ落ちそうになったその時、偶然に近くを通りかかったノルドが発したある言葉が彼女の耳に入った。


「さっさと出てきてくれませんかねぇ。愛しい愛しいグローリアお父様も娘の帰りをお待ちですよぉ?もうかくれんぼはやめにしませんかー?」


ノルドの発したその言葉に、レベッカは大きな違和感をその胸に感じた。


「(…グ、グローリア様…?む、娘…?)」


というのもレベッカは、この場に乗り込んできたのは自身の父であったリーゲルとその仲間であろうと信じ切っていた。

逃げ出した自分の後を追って、彼らが私を連れ戻すべくここまで乗り込んできたのであろう、と。

ノルドの言葉により、その考えが違っていたということに気づいたレベッカは、少しその心を動揺させた。


「(い、一体どうなって…。か、隠れてる私が…グローリア様の…娘…?)」


そしてそのまま、ノルドは決定的となる一言を続けて発した。


「王宮で皆様がお待ちですよー?もう家に帰る時間ですよー?様ー」

「(セシ…リア…?)」


その名を耳にした時、彼女の頭の中に一つ、また一つと、それまでかけていた記憶たちがよみがえっていく。


「(セシ…リア…。グローリア、お父様…?)」


ノルドの一言をきっかけにして、彼女の中で長らく封印されていた記憶の扉が呼び起こされ、彼女はそのきっかけとなった出来事を想い抱く。


「(…そうだ…。私、みんなに迷惑をかけないように、セシリアの名前を捨てて、レベッカになりきらなくっちゃって………それで…)」


さらに、その記憶の破片たちに触れたレベッカは、ある思いを心に呟いた。


「(……私、前にもどこかで、こういう状況を経験したことがあるような…)」


二人の大切な人に迷惑をかけたくないという思いが引き起こした、かつての彼女の行動。

彼女がグローリアとクラインの元から引き離され、レベッカとして生きていくことを決心せざるを得なくなったあの時の状況と、今まさにレベッカの前で起きていることは、非常に似ているように感じられた。

それは、まだまだうっすらとした記憶ではあるものの、レベッカにある決心を抱かせるには十分なものだった。


――――


「そろそろ言ってくれないかなぁ…。お姫様をどこに監禁しているのか…」


エリカとレベルクに対し、低い声でそう言葉を発するノルド。

そんな彼のもとに、複数人の近衛兵たちが集まってくる。


「ど、どこにもいないじゃないかノルド…。ど、どうするんだよ、こんなに乱暴な手まで使って…!」

「お、おいノルド!!いくらセシリア様を探すためだからって、なにもここまで…」


エリカの顔に傷があることに気づいた彼らは、ノルドに対してそう苦言を漏らした。

しかし当のノルドには、考えを改める様子はまったくなく…。


「ああ?なに甘いこと言ってるんだ?悪いのは言うことを聞かないこいつらの方なんだから、少々痛い目に合わせたって誰も文句を言ったりしないだろう?」

「だ、だが、い、いくらなんでも……」


ノルドは他の兵の制止を振り切ると、そのままゆっくりとエリカのもとに向かっていき、彼女の体を自身の手で強くつかみながら、楽しそうな口調でこう言葉を発した。


「さて…。これでもまだ言わないというなら、もっと痛い目にあってもらわないとダメか。お前、確か名前はエリカとか言ったな?…ククク、その涙が枯れて何もでなくなるくらい苦しんでもらうとするかっ!!!!」

「…っ!!!!」


エリカの顔を殴りつけようと、ノルドが自身のもう一方の手を振り上げたその瞬間、1人の人物の声がこの場に大きくこだました。


「やめなさい!!!!!!!!」

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