第24話

「(ったく、面倒な仕事を増やしやがって…。レベッカの奴、もしもうちに戻ってきたらタダじゃおかないからな…)」


そもそも彼女の事を追い出したのはリーゲル自身なのだが、彼の中でレベッカはあくまで自分で勝手に出ていったという事になっているらしい。

リーゲルは酒の残る体にムチ打ち、全力で自分の家を目指して駆けだしていた。


「(大体、なんで俺があいつの面倒ごとに巻き込まれなきゃならないんだ…。あいつは勝手にうちを出て行って、どこかで勝手に死んだんだろう?それならもうそれで終わりでいいじゃないか。…出ていくときに俺たちに感謝の言葉も言わなかったくせに、死んだ後になっても俺たちに迷惑をかけてくるとは…。本当にろくでもない女だな…)」


レベッカへの憎しみを心の中でつぶやきながら、リーゲルは一目散に自分の家を目指して進む。

旧友たちを囲んで飲み会を開いていた集会所から、リーゲルの自宅まではそう遠くはない。

内心では面倒だと思いながらも、彼は急ぎ足で二人の待つ自宅まで足を進めたのだった。


――――


「あらあなた、今日はご友人たちと祝い酒ではありませんでしたか?」


入り口にリーゲルの姿を見たセレスティンは、彼を迎え入れるや否やそう言葉を発した。


「なにか問題でもありましたか?」

「いや、別にそういうわけじゃないんだが、なんでもレベッカの奴のせいで面倒な事になっているらしいんだ。…まぁ、なにも心配するようなことにはならないが」


リーゲルはあくまで余裕の表情を崩さず、セレスティンの言葉に答えた。

そんな二人のもとに、第三の人物が姿を現す。


「…お父様、おかえりなさーい」

「マイア、すまないな。起こしてしまったか」


もう夜も遅い時間だ。

ゆえにマイアはもう眠っていた様子だったが、二人の会話の声を聞いて起きてきたのだろう。

リーゲルはそんなマイアを気遣いながら、こう言葉をかけた。


「マイア、これから少し面倒な事になるかもしれない。ほかでもない、すべてレベッカのせいでな」

「はぁ…。いなくなってもなお私たちに面倒をかけるなんて、ほんと最悪…」


マイアもセレスティンも、そろってまるで害虫を見つめるかのような表情を浮かべる


「おそらく、近く近衛兵の連中がもう一度うちに来ると思われる。だがまぁ、心配する必要はない。あんな女が何をしようが、俺たちは痛くもかゆくもない。誰がここに来ようとも、俺が全員追い返してやるさ」

「さっすがお父様、頼りになりますわ♪」


マイアの甘えるような口調に、一段と気分をよくするリーゲル。

3人のもとに近衛兵が押し掛けてきたのは、まさにその次の日の早朝のことだった。


――――


「またあんたたちか。今度は何の用だ」


かつてレベッカの事を聞きこみに来たのと同じ者たちが、再びリーゲルたちの元を訪れてきた。

…しかし前回は比較的穏やかな雰囲気であったが、今度は全くそうではない様子。


「グローリア・ヘルツ様の命の元、この家を改めさせてもらう。拒否すれば少々乱暴なやり方を使わせてもらうが、協力してもらえるな?」

「(…グローリア・ヘルツだって…!?)」


その名前が出た途端、リーゲルははじめてその額に冷や汗を流した。

…レベッカがどこかで野垂れ死んだとして、それを調べに来るやつなんてせいぜい下級の近衛兵程度だろうとリーゲルは予測していた。

しかし現実にこの命令を下しているのは、かのグローリア皇帝だという。

…その裏にいったいどんなからくりがあるというのか、リーゲルは心の中にざわめきを感じずにはいられなかった。


「それじゃ失礼」

「…っ!?」


皇帝の名が出ている以上、この調査を拒否などできるはずもない。

近衛兵たちが家の中に踏み入っていく姿を、リーゲルは黙って見つめるほかなかった。


「(…二人を逃がしておいたのは、正解だったかもしれないな…)」


襲撃を予見していたリーゲルは、事前にセレスティンとマイアの二人を別の場所に移動させていた。

ゆえに今、この家にいるのはリーゲルただ一人だった。


「(…皇帝がこの件にかかわっているのは想定外だったが、ま、まぁ大したことにはならんだろう…。捨て子のレベッカ一人が死んでしまおうが、別に皇帝にとってはなんの影響もないはず。…まぁ、レベッカが自分の実の娘だというのなら話は変わるだろうが、そんな夢みたいな話が現実にあるはずがないからな)」

「リーゲルさん、よろしいですか?」


自分自身を安心させるべく、心の中でそう言葉をつぶやいていたリーゲル。その時、一人の近衛兵がリーゲルに言葉をかけた。


「なにか?」

「ここには、あなたと奥様、そして二人のご令嬢がお住みになられていた。それに間違いはありませんか?」


そう声を発したのは他でもない、15歳の近衛兵、クラインである。

そして彼から投げかけられたその質問に、リーゲルはへらへらと笑いながら答えた。


「さぁ、どうだったかなぁ。下の娘はともかく、上の娘はかわいげがまったくなくって娘と思ったことがないからねぇ…。本当にここにいたと言えるのかどうか…(笑)」

「…」

「そもそも、いたかどうかも分からないそんな女を調べて回るなんて、あんたらも相当暇なんだねぇ。あんた、まだ若いだろう?いなくなった女の事なんて忘れて、新しい女を探しに行ったらどうだ?なんならいい女紹介してやろうか?(笑)」


口角を上げ、まるで相手を挑発するかのような態度をとるリーゲル。

まだまだ年齢が若いクラインの事を、リーゲルは相当なめきっていたのだ。


「(ククク…。お前みたいなガキになにができるっていうんだ。こちとら子どものごっこ遊びに付き合っている時間はねえんだよ)」


…そのクラインこそがグローリアの腹心であることを知った時、果たしてリーゲルはどれだけ絶望させられることとなるのか…。

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