【KAC20247】カラフル

いとうみこと

幸せな結婚

「新郎、飯島雅いいじまみやび、あなたは大我たいがを妻とし、健やかなる時も病める時も、これを愛し生涯慈しむことを誓いますか?」


「はい、誓います」


「新婦、大我、あなたは雅を夫とし、健やかなる時も病める時も、これを愛し生涯慈しむことを誓いますか?」


「もちろん、誓います」


「それでは神の御前で誓いのキスを」


 カメラのシャッター音だけが響く教会の祭壇で、雅は大我のベールをめくった。念入りに施された化粧で大我は一段と美しく見える。そんな姿に目を奪われたのか、雅は暫し硬直した。


 待ちくたびれた牧師の咳払いで我に返った雅が慌てて思い切り背伸びをする。ただでさえ背が高い大我が、今日は十センチもあるハイヒールを履いているのだから届きようがない。つま先立ちをして唇を突き出す雅の姿にくすくすと笑い声が漏れ、それに気づいた大我が膝を折り腰を曲げて二人の唇がやっと触れ合った。それを機に笑い声と「おめでとう」の言葉と拍手に包まれた二人は手を繋いで皆の輪に加わった。


 二人を囲む人々もまた雅たちと同じタキシードやウエディングドレス姿の男女だ。明らかにウエディングドレスの比率が高い。誰もが皆素晴らしい笑顔だ。瑠美は壇上からシャッターを押し続けた。


「素晴らしいお式でした」


 新郎新婦たちが披露宴会場へ楽しげに移動するのを見送りながら、瑠美は牧師に話しかけた。


「本当にそう思いますか?」


 笑顔の問いかけに瑠美は戸惑った。今日は主に同性婚の人たちのための合同結婚式だ。こんなふうに賑やかに結婚式ができることは素晴らしいことだと瑠美は思っていた。


「現実はそう甘いものではありませんよ。今日は親族の列席がほぼありません。最後の一組の飯島さんご夫妻は、たまたま新郎が元女性で新婦が元男性だから簡単に籍を入れることができましたが、他の方はそうはいきません。職場や友人にも黙って参加した人が殆どです。これでも幸せと言えるでしょうか」


 瑠美は抱えたカメラを力なく下ろした。確かに牧師の言うとおり現実は厳しい。彼らの前途が必ずしも明るいとは言えないだろう。


「それでも」


 瑠美は牧師を真っ直ぐに見た。


「それでも、神様の前で愛を誓えることは素敵なことだと思います。そしてそれを分かち合える仲間がいることも」


 牧師はにっこり微笑むと祭壇のキリスト像を見上げた。


「そうですね。神も祝福してくださっていることでしょう。それに彼らのような存在に理解を示し、当たり前のこととして受け入れ、力になれるよう尽力してくれるあなたのような人がいることもまた幸せなことです。良い記事を書いてくださいね」


「全力を尽くします。世界中の人がカラフルな生き方を尊重できる社会を作るために私ができることをしていきます」


 瑠美もまたキリスト像を見上げた。ステンドグラスを通る光が七色に輝いていた。

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