色なき世界の色々

@takamura_saita0315

色なき世界の色々

色々

少女はえらくはかなげだった。

真っ白だった。


「ねぇ、私を殺して。」






「はい皆さん、注目してください。」


茶色先生が言うと、みんなごそごそと姿勢を変えた。


「よいですか。

これからする授業は、未来の色士いろしとなるあなた方にはとても重要な授業です。

色付けという作業をします。

これが色士にとっての主な仕事であり、最も重要な仕事でもあります。」


茶色先生はビンの中からほろほろと崩れ落ちるものを取り出した。


「よく見ていてください。」


茶色先生は右手に茶色を作り出した。


「スリー、ツー、ワン。」


茶色先生がカウントをした後、ほろほろとした物体に段々と茶色が染みていき、やがてそれが土であることがわかった。


みんなから歓声が上がる。


「では、誰かに実際にやってもらいましょう。

最初ですので、ただ色を付けるだけでいいものにしましょう。

ここに紙があります。

色紙を作ってみましょう。」


先生がクラスを見回した。

あるものは先生と目が合わないようにしたり、またある者は自信満々に手を挙げていたりしていた。

僕は前者の方である。


「では、そこの赤系統の君。」


先生が手を挙げているうちの一人を指した。


「番号を言ってみなさい。」


「♯ff0000です。」


茶色先生が目を見開く。


「なんと三原色の一色!

これは素晴らしい!!」


茶色先生が驚きと喜びの顔で言った。


「みなさん!

わかりますか?

彼の素晴らしさが!!」


みんながきょとんとしているので茶色先生は言葉をつづけた。


「彼は三原色の一人、つまり原色です!

彼ともう二人、♯00ff00と♯0000ffがいれば、この真っ白な世界とはおさらばです!」


「先生大袈裟ですよ。」


赤くんが茶色先生にそう言った。


「失礼。

少々取り乱してしまいました。」


茶色先生が咳ばらいをする。


「では赤くん。

やって見せてください。」


「はい。」


「大丈夫です。

力を抜いて、そっと子猫に触るように。」


赤くんが右手に赤を作る。

そして、紙にそっと触れた。


紙は見る見るうちに鮮やかな赤色になった。


「うむ。

少々ムラがありますが、初めてにしては素晴らしいでしょう。

皆さん、赤くんに盛大な拍手を。」


クラス中が拍手の音に包まれた。


「では、もう一人してもらいましょう。

誰か名乗り出るものは?」


赤くんの登場により、誰も手を挙げなくなった。


「先生、僕が推薦してもいいですか?」


赤くんが言った。


「いいでしょう。」


嫌な予感がする。


「そこの黒系統の君。」


僕である。


「では君、番号を言ってみなさい。」


嫌だ。絶対に言いたくない。


「どうしました?番号がわかりませんか。」


逃げたい。逃げたい。


「安心なさい。ここに番号チェッカーがあります。」


次の瞬間、僕は教室を飛び出した。







「ここにいた。」


赤くんの声だ。

でも僕は声のする方を向かない。


「さっきはごめん。余計なことをした。

ただみんなに、君の凄さを知ってほしかったんだ。」


「君には、僕の気持ちはわからないよ。」


俯いたまま僕はつぶやいた。

ありふれた言葉だと思った。

けれどそれが今一番似つかわしい言葉だった。


赤くんは黙って隣に座った。


真っ白な世界は否応に薄情だ。

産まれつきの才能で、人生が決まってしまう。


「子供のころ、君が一番色付けが上手だった。

僕はそんな君になりたくて一緒に色士になろうって決めたんだ。」


「あまりいい嘘の付き方じゃないね。

原色の君が真っ黒の僕を目指すわけがないだろ。」


番号♯000000

それが僕の番号。

色を奪ってしまう色。


「真っ黒だってすごいじゃないか。

誰にも出せない色だ。」


「もういいかな。

今は気分がすぐれないんだ。」


赤くんが真剣に僕を励まそうとしてくれている。

わかっている。

わかっているけど、今はそれが嫌味にしか聞こえない。


「また話そう。」


赤くんが肩を落として帰っていく。

罪悪感で胸がいっぱいになった。


嫌だ。

こんな世界も、こんな自分も。

全てが嫌いになっていく感覚があった。

段々と沼に浸かっていくかのように、体が嫌悪感で満たされていく。

やがてそれは怒りへと変わっていった。


傍で足音が聞こえた。

赤くんが戻ってきたのだろうか。

僕は怒りのまま叫んだ。


「だから今はほっといてって言ってるじゃないか!!」


顔をあげるとそこには赤くんはいなかった。

いたのは真っ白の少女だった。






「ねぇ、何でほっといて欲しいの?」


真っ白の少女が話しかけてきた。


その白さにあっけにとられていた僕は反応が遅れてしまった。


「いや、ごめん。

ちょっとイライラしてて、忘れてほしい。」


僕はその場を立ち去ろうとした。


「いいよ。

だから教えてほしいの。

何でほっといて欲しいの?」


真っ白の彼女はついてきた。


「いや、だから。」


「私は知らない人から急に怒鳴られたの。

その理由を知る権利はあるでしょ?」


めんどうくさい。

話してしまうことが一番手っ取り早いことにしよう。


「わかった。

その代わり、二度と僕とかかわらないでくれ。」


少女は黙って笑顔を見せた。


「僕の幼馴染に原色がいて、そいつに劣等感を抱いていたんだ。

それでイライラしてて怒鳴ってしまった。

ごめん。」


「へー、原色か。それはすごいね。」


「話したろ?

もういいかな。」


「あなたは何番なの?」


一番されたくない質問をされた。

無視してしまいたい。

けれど無視をすればまた、しつこく聞きまわされるだろう。


「…♯000000。」


真っ白な少女は黙っている。

きっと笑いをこらえているのだろう。


「ねぇ、今から海行かない!?」


「は?」

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