春のお彼岸と牡丹餅。


 令和7年3月23日、日曜日。


 早朝から、彼女はキッチンに立っていました。何故なら、今日は春のお彼岸の最後の日だからです。


 炊きあがったばかりのもち米から、白い湯気と共に立ち上る優しい香りが私達を包み込み、スーっとそれを吸い込むと、ほんのりとした甘さを感じました。


 日本に生まれて良かったな……って、思う瞬間です。


 彼女は、寿司桶に移したもち米を杓文字しゃもじ団扇うちわでパタパタと冷ますと、一口サイズの俵型おにぎりを作り始めました。


「ふふっ、あとはこの子たちにお着物を着せてあげれば……じゃじゃ~ん♪美味しそうな牡丹餅ぼたもちのかんせーい♪」


 着物とはもちろん、昨夜のうちに準備してある餡子(粒あん!絶対!)と、黄粉と胡麻。ずんだ餡も美味しいよね~!だけど今回はパス~!……な~んて二人ではしゃぎながらゴリゴリと胡麻をすり潰していると、ピッタリ――と彼女の背中に飛びつく小さな影。


「ママ~!おっはよ!ねぇ聞いて聞いて!さっき夢の中でね、ママとお姉ちゃんと一緒に、あかり、ディズニーランドに行ったんだよ!そいでねっ!そいでねっ!――――――っ!」


 寝ぐせ全開、パジャマ姿のまま、マシンガントークをくり出してきたのは、あかりちゃん。萌ちゃんは、とんでもなく明るい陽のポテンシャルを秘めている小学二年生の女の子なのです。


「あかり、おっはよ~!今朝は早いね。もしかして、ゴリゴリしてて起こしちゃった?………そ、そうなんだ?うんうん、ディズニーランド楽しかったよね~!」


 なんて………何とかお話しを合わせた彼女こと―――私の友達、うたちゃん。でも完全に、萌ちゃんのペースに押され気味。ガンバレ~うたちゃん!💦(笑)


 だけれど、うたちゃんの善戦むなしく―――身振り手振り、歌とダンスまで使っての「陽キャ領域展開」に、キッチンは完全に飲み込まれつつあります。今さっき、夢から覚めたばかりだというのに、何なのかしら彼女のこの圧倒的な明るさは!(笑)


 その圧巻のパフォーマンスを、ポカ……ンと眺めていることしか出来ない私とうたちゃん。万事休すか―――と思われた、その時でした。萌ちゃんの、天敵が降臨したのです。



「―――あかり、うっさい。朝から、うっさいよ」



  いつ、彼女はそこに現れたのか―――?


  無音&無気配で、唐突に姿を現した彼女に、その場にいた全員がビクリと、肩を震わせました。「サイレント・キラー」の異名を持つ小学四年生の女の子、レイちゃんが、あかりちゃんの直ぐ後ろに立っていたのです。


 「ひゃあああうっ!びっくりしたっ!お、お姉しゃん!あかりは!あかりは……!」


「うんうん………貴様は私の安眠を妨害した。よって、〇刑に処する。異議申し立てがある場合は、10秒以内に申し立てるべし。それが出来なくば、直ちに刑を執行する」


 可哀想に………驚きと恐怖のあまり、パクパクと口を動かすことしか出来ない、萌ちゃん。そうこうしている内に、無情にも時計の針は時を刻んでいき、あっという間に、その時は訪れてしまいました。


 ニヤリ―――と、死神の様な冷たい笑みを浮かべる零ちゃん。そして、その腕の中で絶望に打ちひしがれるジャン・バルジャンの面持ちを浮かべる萌ちゃん。―――ああ、無情なり。



「―――れい、おはよう。朝から、うるさくしてごめんね」


 そんな仲良し姉妹の様子を、擦り棒片手に微笑ましく見つめる、うたちゃん。

 ねえ―――うたちゃん、こういっちゃあなんだけどさ、絵ズラ的には結構、怖いよっ!?💦


「うん、おはようママ。別にママがうるさい訳じゃないよ。うっさいのは、こいつだけだから―――!」


 そう言って笑顔を向けあう二人を他所に、グエ~っと萌ちゃんが零ちゃんの腕の中で悲鳴を上げてます。―――ああ、無情なり。


「あははっ、いつものこと!ほら、そんな茶番いいから、二人とも早くおいでなし―――っ!」


 擦り棒を置いた、うたちゃんが両腕を広げると、嬉しそうに二人が駆け寄ってきます。ちなみにとは、とある地方の方言で、いらっしゃいって意味なんですよ。


 私の目の前で、ギュ―ッってハグし合う三人。こうやって挨拶し合うのは、この家では毎朝の光景なんです。


「…………うん。二人とも元気そうで、ママは大満足だよ。それじゃあ……さ。その有り余る元気を保ちつつ、歯を磨いて顔を洗って、春休みの宿題を済ませて、そのままピアノの練習までしちゃえるかなぁ?―――もちろん、出来るよねぇ~?」


 ええ~~~っ!せっかく早起きしたのに、そんなのありっ!?な~んて腕の中で騒ぎ始める二人。その反応に、嬉しそうにアハハ――と笑う、うたちゃん。

 ふふっ、うたちゃんには―――好きな人を、かまいたくなる男子小学生みたいな一面があるのです。


 うたちゃんは、そのまま二人を抱え上げるとリビングへ移動しクルクルと回り始めました。このアクロバティックなハグは、この親子の間でメリーゴーランドと呼ばれている、うたちゃんなりの愛情表現なのです。腕の中の二人も、楽しそうにキャ―ッ!キャーッ!と黄色い声を上げています。


 う~…でも、うたちゃんさぁ~……小四と小二の女児を二人も抱えて回るだなんて、もうそろそろ腰が限界なんじゃないかしら?💦(苦笑)



「あははっ二人とも、今日も元気元気っ!ほら―――宿題とかはともかく、顔を洗ってお着替えしておいでよ。もう直ぐ朝ごはんが出来るから、温かいうちにで食べよう?」


「うん―――!今日の朝ごはんって、もしかしてオハギ?」


「うん、そうだよ~!でも春だから、ボタモチって言うんだよ―――牡丹餅ぼたもち。零と萌が好きな餡子のやつ、いっぱい作るからね」


「「ヤッタァァァ~~~~ァッ!!」」


 我先にと、洗面所へ駆けていく子供達の背中を見送りながら、うたちゃんと二人、ふふふって笑い合いました。それから大急ぎで、キッチンへと戻ります。これは急いで朝ごはんの準備をしないと、腹ペコ怪獣たちに怒られちゃう!

(*'ω'*)💦


 六人掛けのテーブルの真ん中に、三段のお重箱にキレイに詰めた牡丹餅を置いて、六人分のお吸い物と取り皿とお箸を並べて――――っと!か~んせ~い♪



 準備を整えて戻ってきた零ちゃんと萌ちゃん、そして―――うたちゃん。あれれ?まだ、今朝になって顔を見ていない家族がいるんだけど……?


「あれ~?ママ~姫ちゃんは~?」


 それに気が付いた萌ちゃんが、うたちゃんに尋ねています。


「ううん?コホン……は、まだ寝ているよ思うよ~。だって、昨日帰ってきたの遅かったもん。って言うかさ……帰って来たの朝方だったんだよね、おばあちゃん」


 「ええ~~っ!!姫ちゃん、また朝帰りしたの!?どんだけっ!?」


 そして、その問いに応えた、うたちゃんの答えを聞いて、驚きの声を上げる零ちゃんがいます。―――そうなんです。この家には、うたちゃん、零ちゃん、萌ちゃんの他にも家族がいるんですよ。


 まあ彼女は、孫達におばあちゃんと呼ばれたくないあまりに、自分のことを姫と呼ぶように強要したり、週に半分も友達と飲み歩いて朝帰りするようなイタイ不良中年真っ盛り中の、うたちゃんのお母さんのことなんですけど……ねぇ~。(苦笑)


 「ぷくくっ……!ほんっとにもうっだよね~!おばあちゃんのことは放っておいて、で食べちゃおうよ。二日酔いに、牡丹餅はキツイと思うんだ~きっと!おばあちゃん、本当は牡丹餅が大ぁ~好きなんだけどね~っ♡」


「きゃははっお姉ちゃん!ママが悪い人の顔してるよ~!」


「あはは――っ!今のママ、めっちゃ悪人顔だよねっあかり!」

 

「あら~?こんな天使をつかまえて、あなたたちは何をおっしゃるのかしら?」


「きゃ~っ!めっちゃ悪い人発見ぇぇん~~~っ!」




 なんて――――


 楽しそうに笑い合う三人を見ていると、あの日の出来事が嘘の様です。





「「「「「  ――――それでは、いただきま~~すっ!  」」」」」






 あの―――私が神様とケンカをした、悪夢のような日の出来事が……です。


 あの時、零ちゃんはまだ二歳で、萌ちゃんはまだ一歳になっていなかったんだから、時が経つのは早いものです。


 たった七年…………されど、七年かぁ……。




 まだ小さかった零ちゃんと萌ちゃんはともかくとして………


 うたちゃんのこと―――、皆さんは冷たい人だって思います?


 

 大好きな人と、突然お別れすることになってしまった、あの日………あんなにも哀しんでいたのに、たった七年できれいさっぱり忘れちゃったみたいに、もうこんなに笑えている彼女のこと、軽蔑したりしますか?



 うん―――そうですよね。


 辛い出来事を乗り越えて、立ち直ったんだね――――って思ってくれる人もいると思うし………薄情な奴だよなって思う人もいると思う。



 う~ん、どうなんですかね………実際のトコロ。

 

 その答えはね―――このテーブルの上にあると思いますよ。



 毎日毎日テーブルの上に並ぶ、六人前の食事。皆さんに、ご紹介した―――うたちゃんを含めた四人の家族。




 

 うたちゃんは結局、乗り越えることなんて出来なかったんです。忘れることも出来なかったし、前に進むことも出来なかった。

 

 何年も何年も……ずーっとずーっと自分に向き合って、彼女がやっと見つけた答えは、たった、これだけのようでした。





 ――――私、弱いよね。

 

 とっても、とっても弱虫だ。


 みんな、早く忘れろっていうの。前を向いて強く生きろって言う。


 私があなた達を好きな気持ちを忘れないと、あなた達が天国?に―――行けないんだって言う人もいた。それが本当なら、ひどい世界だよね。


 強そうに生きていくだけなら、簡単。誰のことも―――想わないで、自分のことだけ考えて生きていけばいいだけだから。それが出来ない私は、きっと弱虫なんだよね?




 こんなにも、あなた達を愛せている私を、私は誇りに思います。

 こんなにも、愛されているあなた達を、私は誇りに思います。


 ――――本当に、ありがとうね。



 

 そう思えたら―――


 ちょっとだけ、前を向く勇気が湧いてきたよ。









 ※  ここで語られる物語は実際にあった出来事や、彼女との日常を書き込んだエッセイであります。―――が、全てが事実という訳ではありません。彼女や登場人物達のプライバシー保護の観点から、そこかしこにフェイクやボカシを織り交ぜてありますので、予めご了承くださいませ。





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