32.未来の記録

 あれから一夜が過ぎた。


 でも僕はあのあと何も出来ていない。自分がどうするべきなのかもわからなかった。


 机に座ってため息をこぼす。自分の部屋の中だというのに、どこか居場所がないようにも感じていた。


「お兄ちゃん。またぼうっとしてる。大丈夫?」


 耳元で和歌わかの声が響く。


「うわぁ。和歌。いつの間に」


 慌てて声を漏らす。気が付くと和歌が隣にたっていた。


「いつの間に、じゃないよ。ちゃんとノックもしたからね」


 ため息交じりに和歌がつぶやく。

 またいろいろ考えすぎて、気が付いていなかったようだ。


「もう。しっかりしてよね。お兄ちゃん。昨日、梨央りおさんとデートしたんじゃないの? まさか振られちゃったとか」

「い、いや、そういうわけじゃないけど」


 ぐいぐいと攻めてくる和歌にたじたじとしてしまう。


「ふうん。でも何かあったみたいだけど」

「いや、まぁ、うん」


 言いよどむ僕にもういちど和歌はため息をこぼす。


「ま、言いたくないなら無理しなくてもいいけど。私はこう見えてもお兄ちゃんの味方だからね。なんかあったら言ってよね。……昨日お兄ちゃん泣いてたみたいだったし……」


 最後は少し小声でつぶやくように告げていた。梨央とでかけることは和歌にも告げていたから、そこで何かあったのかと心配してくれていたらしい。

 見られていたのは少し恥ずかしく思う。それでも和歌が心配してくれているのは、ありがたいとも思った。


「あとね。これ、お兄ちゃんのかな。玄関においたままになっていたから」


 和歌が差し出してきたのは、少し装飾のされたどこか古い感じのする本。みらいが残した魔法の本だった。

 あの後のことはあまり記憶に残っていなかったけど、僕は本を持ち帰って玄関に置き忘れてしまっていたようだった。


「あ、うん。ありがとう」

「ん。まぁさ。何があったかわからないけど、元気だしなよ。相談くらいのるからさ」


 和歌の言葉に僕はうなずく。

 部屋を後にする和歌の姿をみつめて、それから僕はため息を漏らす。


 妹に心配かけて、僕は何をやっているのか。

 いいかげん成長していないなと自分自身に呆れていた。


 考えてみると僕のことを好きだといってくれた梨央にもちゃんとした返事は出来ていない。学校もすでに終わっているから、連絡をとらなければ会うこともない。

 僕はどうするべきなのか、ちゃんと考えなければならない。


 こうしてみらいがこちらの世界に本を残していったということは、もうみらいにはこの世界にくる方法がない。本当にお別れだということだ。


 いや、もしかしたらこの本を使えば僕がみらいの世界に行けるかもしれない。

 ふと思いたって、本を開く。


 もっともみらいはもう魔法の力は残っていないと言っていたから、ほとんど望みはないだろうとも思う。


 この時は本当にダメ元でもとわらにもすがる気持ちだった。

 だけどその気持ちはすぐに打ち壊される。


 最初のページに魔法の本のルールが記載されていた。

 みらいが話していた一人にしか名前を告げられないルールや、それ以外にも細かなルールがたくさん決められていた。ほとんどが僕達が絵本の中で決めたルールだ。

 そして最後にこの力は最初に使った人にしか使えない。他の誰も使うことは出来ないと記載されている。絵本の中でも力を使えるのは女の子だけ。男の子は一緒に旅することが出来ただけだ。そこも同じということだろう。

 つまり例えこの本の力が残っていたとしても、この本の力は僕には使えないのだ。


「やっぱりそう甘くないか」


 仕方なくまたページを開く。

 この先は一度見せてもらった絵本になっているはすだ。


 みらいの描いた絵本は、かつての僕達が作ったものよりも、ずっと上手くて時間が経ったことを感じさせる。

 未来を旅して、世界を救う。そして一度二人はばらばらになって。

 最後は二人はそれぞれの道を歩き出して、女の子は芸術家になって、男の子は違う女の子と一緒になって歩き始める。

 みらいが描いた結末は今の僕の心の中に何かを訴えてくるようで、少しだけ涙がこぼれた。


 あの時に重なって見えた結末は、結局はみらいが描いた最後へと姿を戻していた。


 みらいは僕が梨央と一緒になることを望んでいた。そうするべきなのだろうか。

 でも僕の気持ちは、どこか宙に浮いてどうすべきなのかわからなかった。


 最後のページをめくる。


 絵本は終わったのだから、後にはもう何も描かれていないはずだった。

 でもそこにはみらいが書いたものだろうか。何か日記のようなものが書かれていた。


『十月二日。初めて力を使った。そこで一真くんと出会えた。一真くんともういちど会えるなんて。嬉しい。でもお母さんとは会えなかった。ルールをちゃんと先に見ておくべきだった。もうお母さんに謝ることは出来ない。もう一真くんの他には私のことはばれちゃいけない。でも最初に会えたのが一真くんで良かった』


『十月三日。もういちど違う世界に旅立った。どうやら連続して使うと短い時間しかいられないみたい。けど目的通り一真くんとは会えた。お母さんに会えなくても、一真くんに会えるなら、それでもいいかな。この本に描いた作りかけのお話。こんどこそ完結出来るかもしれない』


『十月七日。美術館デート。楽しかった。一真くんがくれたブックマーカー大切にしよう。絵本の話も書き終えることが出来た。でもやっぱりこの世界にはいない私じゃなくて、梨央が一真くんと一緒になるべきだと思う。そう思いながらも、一緒にいて楽しい気持ちを抑えられない。ずるいね。私』


『十月九日。お母さんは私のことわからないだろうし、ちょっと道を聞くふりをして話しかけるくらいなら、大丈夫だと思った。でもそのタイミングで一真くんと出会うなんて思わなかった。大丈夫かな。私のこと一真くん話していないかな。もしかしたらこの力はもう使えなくなっているかもしれない。怖い。一真くんとの約束、果たせないかもしれない』


『十月十二日。失敗した。失敗した。失敗した。いつもこうだ。中途半端にいろいろなことをしようとして、結局何も出来ない。もうあの世界にはいけない。お母さんにも会えない。一真くんにも会えない。どうして私はこんなに馬鹿なんだろう。魔法の力は完全に失われてしまった。もういちど一真くんに会いたい。あって謝りたい』


『十二月二十三日。なんだか本の力が戻ってきているみたい。そして絵本をみたら私が描いた絵本の内容と変わっていることに気が付いた。この結末はあの世界で一真くんが梨央と決めた結末なんだって、なぜか感じた。梨央は私と一真くんが結ばれるべきだと思っているのかな。そうできたら、いいなって思う。でも私はあの世界にずっといる訳にはいかないし、やっぱり梨央と一緒にいてもらいたいって思う。だから少しだけ戻った力を使って、明日向こうの世界にいって、梨央に一真くんを任せようと思う。何の確証もないけど、私のこの気持ちが梨央に伝わった気がする。いつもの公園で待っているね』


 とびとびだったけど、みらいの気持ちが描かれていた。

 みらいは力を使いながらも、いろいろと葛藤していたようだった。


 あのとき梨央がみらいがいることを知っていたのは、このみらいの想いが伝わっていたのだろうか。そうかもしれない。


 昨日みらいはこの本を置いて消えた。だからこの日記が最後のはずだ。どこか寂しげに僕は息を吐き出してから、ページをめくる。

 だけどなぜだかそこには昨日の日記が描かれていた。


『十二月二十四日。最後の力を使って、あの世界に行った。一真くんと梨央はクリスマスイブのデートをしていたのかな。悪いことしちゃった。やっぱりあの世界には私はいないし、いちゃいけないんだと思った。だから一真くんには梨央と一緒になってほしいって思う。梨央のためにも幸せになってほしい。そんなことを思いながらも、勝手にキスまでしちゃって、ずるいね。私。でも私はあの世界からは完全に消えてしまうから、せめて最後の思い出をください。ごめん。梨央。ずるくてごめん。でもね。ああしてお別れしたから、私もこの気持ちを吹っ切れたと思う。私の世界には一真くんはいない。だけど一真くんとこうして出会えた。だから最後にもらったこの思い出を胸に、前に進もうと思う。ばいばい、一真くん。幸せになってね。私のこと、忘れちゃっていいから。私はもう、一真くんのこと、忘れちゃうから。うそ。忘れられないかもしれない。でもね。もう会えないから。だから私のことは忘れてね。幸せになってね。メリークリスマス』


 みらいの言葉に僕は思わず涙をこぼしていた。


 この日記はもしかしたらみらいが自分の意志で書いたものではなくて、魔法の本がみらいの気持ちを力を使った余波として自動的に残したものなのかもしれない。だから魔法の本の力で、世界の枠を超えて届いたのかもしれない。あるいはクリスマスが起こした奇跡なのだろうか。


 届いたみらいからの気持ち。別れのメッセージ。

 だから僕はそれを胸の中にしまい込んだ。


 初恋の記憶と共に。


 同時に僕は梨央への答えを決めていた。

 だから伝えようと思った。

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