28.もういちど
もっとも梨央の家もさほど離れてはいないから、途中までは二人で歩いて帰ってはいたけれど、あまり会話は弾まなかったとは思う。
部屋にあがってベッドの上に寝転ぶ。
風呂に入って着替えるだけの気力もなかった。
天井だけが僕の視界に入ってくる。見慣れた天井のはずなのに、どこかいつもと違うような気がしていた。
こんな天井を以前にも見たなと思う。
ふと思い出して、苦笑を浮かべる。
僕はあの時から全く成長していないのかもしれない。自分だけ未来がいなくなった日から時間が進んでいないのかもしれない。
梨央が引き戻してくれなかったら、今もまだあの時と同じようにうつろなままでいたかもしれない。
みらいがいなくなった。
もうみらいはこの世界には来られないのだろうか。
ルールを破ってしまったといっていた。だからもう会えないと。
みらいに会いたいと思う。でももう会えない。
喪失感だけが、僕の中に包み込まれていた。
梨央のことを思い出して、何とか現実にとどまり続けているのが現状だ。
それでもまだみらいのことを忘れきることは出来ない。何度も考えてしまう。
みらいは不思議な力をもった本の力でこの世界にきていた。だったら同じ本をみつければ、みらいの世界に行けるだろうか。
でももし違う世界にいけたとして、その世界は『みらい』がいる世界なのだろうか。
違う世界にいけたとして、そこには死ななかった未来がいるかもしれない。でもそこにいるのは、僕と一緒にいたみらいではないかもしれない。
もっともどちらにしても、みらいがどこで本を手にいれたのかもわからないし、仮に手にいれられたとしても、同じような力を持つとも限らない。
みらいが描いたのは、僕たちが考えた絵本の話だ。
それがどういう形になって、僕達の世界に現れたのかもわからない。
未来を旅する物語とは、少し違っていると思う。
でも知らない場所にきたという意味では、願いは叶っているのかもしれない。
みらいはもういちど自分のお母さんに会うのが、最初の願いだと言っていた。
ただその前に僕と出会ってしまったことで、僕に名前を名乗ってしまっていた。そのせいでみらいは母とまともに会うことは出来なくなってしまった。
僕のせいではないにせよ、間接的に悪いことをしてしまったようにも思う。
でも僕にとっては、もういちど未来に会えたことは嬉しいことだったと思う。おかげで僕の止まってしまっていた時間は確かに動き出した。
そしてこうしてもういちど消えてしまったことで、本当の意味で僕は時間を進めることになったのかもしれない。
未来がいなくなった世界を、やっと今認められるようになったのかもしれない。
ずっと未来はどこかにまだいるんじゃないかと心の中でくすぶっていた。
そんなことがある訳がないことはもちろん知っている。それでもどこか捨てきれない気持ちとして残っていたと思う。
でもみらいが消えてしまったことで、それが幻想に過ぎないことを突きつけられていた。
梨央の涙をみたことも、現実に引き戻された理由の一つでもあるだろう。
もう未来のことは忘れて、前を向いて生きるのが一番良いことなのだとは思う。
でもこのままみらいを忘れてしまうなんてことは出来そうにはなかった。
僕はまだみらいを覚えている。たとえいろいろな記録から消えてしまったとしても、僕はみらいを忘れていない。
そういえば今日とった写真はどうなっているのだろうか。また前みたいに消えてしまったのだろうか。
僕はデジカメの写真を確かめる。
そこには今日映した写真はもちろん以前に映した写真も残っている。
良かった。写真は消えていない。ほっとして、僕はデジカメの写真を一枚一枚ゆっくりと確認していく。
今日撮った写真はすべてちゃんと残っている。
以前映した写真へとスライドしてみる。こっちはもう消えてしまったんだよなと思いつつ、カメラの映像を確認していた。
「え!? なんで!?」
僕は思わず声をこぼしてしまっていた。
消えたはずの写真が戻ってきていた。
みらいと最初に出会った時の写真が、なぜか今はカメラの中に残されている。
「それなら!? もしかして」
慌ててスマホの方も探してみる。
そこには確かに消えたはずの写真が、もういちど映し出されている。
操作のせいだということはない。何度も探して、確かに消えていたのは確認した。
そして梨央が一度話したにもかかわらずに、みらいのことを忘れてしまったことも確かめていた。
何が起きているのだろうか。どうして写真は元に戻ったのだろうか。みらいが言っていたルールに何か関係があるのだろうか。あるいはみらいがルールを破ってしまったことが原因なのだろうか。
強制的にみらいはこの世界から排除された。
もしも写真が消えたのは平行世界からやってきたみらいの爪痕を元に戻そうとする世界の意志だったのだとすれば、逆にみらいがルールを破って排除されたことによってその必要が無くなったと、そういうことなのだろうか。だから写真が戻ってきたのだろうか。
もしそうだとするならば、写真が戻ってきたのなら、梨央もみらいの話を思い出していたりするだろうか。
もういちどカメラを操作して写真を眺める。
違う写真にもみらいの姿が見える。この写真は秋祭りの前に、もういちど海辺の公園でみらいと出会った時のものだ。
そうだ。この写真にはカメラメモを残していたんだった。
『未来と絵本の最後を決める。梨央にも意見を聞きたい』
残されたメモに僕は起き上がって机の上へと視線を向ける。
以前にみつけた未来や梨央と一緒に作った絵本がまだ出したままになっていた。
そうだ。この絵本が始まりだった。
みらいがこの世界にやってきたのは、魔法の本にこの絵本の物語を描いたから。魔法の本は未来に旅するはずの物語の内容ではなく、みらいを違う世界へと旅立たせていた。
もしかしたら絵本が何かの鍵になるかもしれない。
梨央にも絵本を見せれば、何か鍵を知るヒントになるかもしれない。
僕は鞄の中に絵本をしまう。
梨央にみらいのことを覚えているか確かめたかった。
そして何とか形を作りたかった。
未来とかつて交わした約束は、新しい結末を迎えて一つの物語として作りあげられた。だから約束としてはもう叶えられたのかもしない。
でも僕はこの絵本は未来と梨央と僕の三人で作ったものだと思っている。だけどあの結末には梨央の意見が入っていない。
みらいは向こうの世界の梨央には話を聴いたとは言っていた。でもその梨央は僕の知っている梨央じゃない。
だから僕がみらいとの絵本の結末を作る約束を守るためには、この世界の梨央の話だってきく必要があると思う。
みらいとはもう会えないのかもしれない。何をしようと無駄なのかもしれない。
それでも僕はみらいと交わした指切りの約束を叶えたいと思った。
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