嫌になってトマトジュースを飲んだだけ
おくとりょう
トマトジュースがなくなった
「言いにくいんだけどさ、浮気してない?」
散々迷った挙げ句、結局こんな聴き方しかできない私。もう嫌になっちゃう。まぁ、こういう性分だからしょうがないのだけど。
前の席でカチャっと白いお皿が音を立てる。彼のフォークがサラダのレタスをこすりつけるようにかき混ぜる。
目を上げると、決まりの悪そうな表情を浮かべる彼。サラダの上の虚空をじっと見つめる黒い瞳。そのまま彼は何も語ることなく、スマホへと目を落とした。いつものように。自分が悪くなるといつもそう。
「……黙ってれば、何とかなると思ってる?というか、ご飯中にスマホはやめて」
「いや」
短くつぶやく彼の足は机の下で、小刻みにリズムを叩いている。グラスの中でトマトジュースにさざ波が走る。私は吐きたい言葉を真っ赤なそれで流し込む。リコピンがんばれ。抗酸化作用。私のストレス何とかしてくれ。
「……証拠は?」
「あるよ。あのとき目あったよね、キス終わったとき。あの女だれ?」
貧乏震いが大きくなって、お皿の上のフォークもガシャガシャ揺れる。ムカついているのはこっちだというのに。あぁ。
……トマトジュースがなくなった。
「ちょっとおかわりついでくる」
ひんやりとした冷気の先、ぼんやり光る冷蔵庫にはもう大して何も入ってない。重たい扉からトマトジュースをとると、ずいぶん軽くなった気がした。まだずっしり入った紙パックから鮮やかな赤をグラスにそそぐ。もうすっかりぬるくなったガラスが白い冷気でうっすら曇る。立ったままでひと口飲むと、視界が少し鮮やかになった。そんな気がした。
嫌になってトマトジュースを飲んだだけ おくとりょう @n8osoeuta
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