第5話 AIと創作に纏わる悩みというかなんというかなんだけどさ

 わたし自身がAI使ってるし技術の進歩はいつでも一方通行、ここまで普及しちゃったらもう「無かったこと」なんて出来やしない。もはやどんなジャンルだろうと、AI活用が広がってゆく流れは止められないだろう。

 にも、かかわらず。

 わたしが何かお話を書こうとすると、周回遅れのAI否定論めいた結論に収斂していっちゃうんだよな。具体的に言うと「AIは友達の代わりにはならないよ」とか「AIみたいな凄いツールが出てきたらやらかすバカが絶対出てくるよね」とかそういう感じのストーリーになりがちなんだよね。まあわたしが書いてるものなんて趣味道楽なんだから「それっぽければ何でもいい」んだけど、そういうことばっかり書いてると行き着く先は「なんかもうめんどくさいからAIなんて無ければいいじゃん!!」ってなるよね。

 反AIのクリエイターだったら「それはおまえが本心でAIが正しくないって理解してるからだ、素直に認めろ、そしてAIを捨て去り、本当に自分の実力だけで勝負するんだ……っ!」とかとってもクリエイティブなことを言い出しそうだけど、ちげえんだよ。


 AIが引き起こしてる「問題」とやら、ほぼ全部が「これまでネットで黙認されてきた悪事の拡大」でしかない。フェイク、著作権侵害、誹謗中傷、全部いままでネットにあったものでしょ? AIはその精度と規模を拡大するってだけにすぎない。「AIなんて無ければいい」というなら、そもそも「人間が悪いことをしなければいい」はずなんだよ。

 AIがダメで人間はOKってことになるのは規模と程度問題でしかなくて、行為の是非で言えばどっちもダメ。にもかかわらずAIがダメで人間はOKになるのは「後者もダメだと誰も好き勝手できなくなって都合が悪い」からだ。本当は「バカがバカなのが悪い」のに。


 これは思考実験だけど、100万人が1個ずつ誹謗中傷コメントを浴びせるのと、1人がAIを使って自演して100万通りの誹謗中傷コメントを生成するの、どっちが悪いんだろう。これ、生じる被害は変わらないよね。

 なのに前者は「仕方ない」で流されて、後者はバレたらAI絡めて非難される。なぜなら前者は数が多すぎる&そもそもそこまでの悪意が無いので責任を追及しにくいのに対し、後者は明確に1人に責任を追及できるからだ。

 根本的にはやっぱり「バカがバカだから」、なのにAIやAIユーザのせいにされるの、不条理としか言い様がないでしょ。「100万人が100万通りの誹謗中傷コメントを生成したら大変だろ」っていうかもしれないけど、それだってその100万人がバカなせいであってやっぱりAIやAIユーザのせいじゃないじゃん。

 まあ「100万人から罵られるなんてそいつ自身に非があるんじゃないか?」って視点もあるとは思うが、下手するとその100万人は当事者と縁もゆかりもない赤の他人で、無責任に「お気持ち」を表明しただけでしかない可能性すらあるからね。というか巷の「炎上」ってだいたいそうでしょうが。100万人だろうが1人だろうが、一言の「お気持ち」だろうが100万通りの誹謗中傷コメントだろうが、人を傷つけた時点でダメなの。大だろうが小だろうが「他人様に迷惑かけたらその時点でダメ」なんだよ。当たり前だよね。

 かつてイエス様は「罪を犯したことが無い奴だけが石を投げろ」と言ったらしいが、赤の他人の分際で他人様の人生にどうこう抜かした挙句自分が悪いことすら自覚できないまま見逃されるふんわり無責任野郎の大群と、明らかに責任の所在もはっきりしてて確実に処刑されることになる一個人、はたしてどっちが本当に「罪深い」んだろうね? 他人の不倫やAIユーザ吊るしあげて善いことした気分になる前に、まずは自分たちの御下劣なスケベ根性と向き合ったらどうですか。


 話は逸れたんだけど、要するにAIじゃなくて「バカがバカなのが悪い」。

 なのに「AIに支配される世界って怖いよね」とか「AIって便利だけど使い方間違えると怖いよね」とか今のわたしってこういうことを書いてしまいがちで、「ほれ見たことか、やっぱりAIが無ければいいじゃん!!」って言われそうなのがイヤなんだよね。本当はAIは飽く迄も道具に過ぎなくて、本当は「バカがバカなのが悪い」し、わたし個人としても「悪用するバカが悪い」と思っているのに。

 だけど「バカを消し去ることは出来ない」。

 本質的には「AIは飽く迄も道具」に過ぎなくて、本当は「バカがバカなのが悪い」。だけど「バカがバカであるのは辞められない」。たとえ一人二人が黄金の精神で学習しようが、後続で新しいバカが続々と現れるから際限がない。

 反AIってそこを踏まえて「だったら最初からAIを排除してしまおう」って立場なんじゃないかしらんとも思うのよね。「法規制を求める」とか「ネットリンチを仕掛ける」とかは、「バカがバカであるのは辞められない」「だったら最初からAIを排除してしまおう」って立場なんだろうな。まーなんてネガティブ思考なのかしら!


 最初にも言ったけども技術の進歩はいつでも一方通行、もう「無かったこと」なんて出来やしない。もはやどんなジャンルだろうと、AI活用が広がってゆく流れは止められない。もはや我々人類はAIと付き合ってゆくしかない。

 だから「適切なルールを整備してもらって、誰でもちゃんと安心して使えるようにしてくれ!」とか「悪いことしてる奴をちゃんと取り締まれる仕組みを作ってくれ!」って立場はわからんでもないのよな。とっても建設的で立派だよね。まあ、このロジックで言っても「AI全面禁止」なんて有り得ないし、上みたいな「お気持ち」でのネットリンチが許されるわけじゃないけどね。


 ここまでわかってるのに、なぜか「AIを悪者にしがち」なわたし!

 ここまでぐだぐだ書きましたけど、最初の問題について原因は実は明確で「わたしの頭が悪いだけ」なんですよ。せっかく「AIユーザである」というアドバンテージがあるのに新しい観点や論点を説得力を持って編み出せない、わたしがバカなだけである。


 死ね、わたし!!

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生成AIについて思うこと~ ヨーダ=レイ @Yoda-Ray

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