第4話

 仕事をしなければ食っていけない。それは勇者であっても同じことだ。


「お疲れ様です、セイルさん」

「ああ、疲れた。疲れたよ、うん」


 今日の依頼は船の荷下ろしの手伝いと古い家屋の解体の手伝いだった。それがセイルが受けた仕事だ。


 冒険者ギルド。セイルはそこに登録している。そこには様々な仕事の依頼が集まり、冒険者はギルドに依頼された仕事を請け負って収入を得る。


 ギルドに登録していると様々な恩恵がある。そして、ギルドから発行されるギルドカードは身分証としても使うことができる。


 セイルは昔、ただの戦士としてギルドに登録していた。だが今は勇者だ。


 現在、この大陸には勇者が9人いる。風の勇者が2人、火の勇者が2人、水の勇者が1人、土の勇者が3人、光の勇者が1人だ。その風の勇者の一人がセイルだ。


 秩序の六大神。大昔この世界を創造した六柱の神。その神たちに選ばれた存在が勇者だ。


 勇者は神に選ばれた特別な存在だ。そのためギルドに登録されている勇者には特別な仕事が与えられ、その待遇も他の冒険者たちとは比べ物にならないほど良い。


 だが、セイルは特別扱いされることが苦手だった。自分は勇者である前に一人の人間なのだ、とそう考えていた。


 だから仕事は何でも受けた。最下級の冒険者がやるような仕事でも嫌な顔一つせず、あまり誰もやりたがらないような面倒な依頼でも喜んで引き受けた。


 勇者の力は確かに強大だ。だが絶対無敵というわけではない。勇者の力にも強弱があり、セイルの風の勇者の力は他と比べて特別強いとは言えなかった。


 実力はある。十何年も旅を続けてきたのだ。知識や技術は他の冒険者たちと比べても負けることは無いだろう。


 しかしそれは冒険者としてだ。勇者としては中の下、中途半端な力しか持っていなかった。


 それでも勇者は勇者だ。セイルは勇者として10年間働いてきた。それは十分立派なことだ。


 その勇者の力もかなり弱くなってきている。おそらく今は9人の勇者の中でも一番弱いだろう。


「今日は何にしましょうか?」

「そうだな。市場によって買い物でもしながら考えるか」


 港町に滞在して数日。セイルとリフィはギルドの依頼をこなしながら生活していた。


「活気のあるいい町ですね」

「ああ、何度か来ているが、元気な町だ」


 入港してくる船から積み荷が次々と降ろされ、その積み荷が馬車で様々なところへ運ばれていく。この港町は大陸の東側に位置する、周辺地域の物流拠点のひとつとして重要な場所である。


「本当に、いい町だよ」


 セイルはこのリッセルクの町に何度か滞在したことがある。そのため町には何人かの顔なじがみ存在し、市場に行くと声を掛けられることもある。港町にある宿の主人やギルドの関係者にも知り合いがいる。


 ここに住んでしまおうか、とセイルはそんなことを考える。ここは本当にいい場所だし、ずっとここにいようかとそう思い始めていた。


 そんな時だった。


「勇者が、来るのか……」


 朝、いつも通り依頼を受けようとギルドにやって来たセイルは顔なじみになった冒険者の男からある話を聞いた。


 リッセルクに勇者が来る。しかもセイルの知り合いのだ。


 水の勇者『氷晶刃のエリッセル』。勇者の中でも上位の実力者の女性だ。


 セイルはエリッセルと知り合いだった。だが、良い知り合いではない。数年前、大規模な魔物の討伐で一緒になった時、少しばかり揉めたことがあるのだ。


「……さて、どうするかなぁ。まだしばらく、ここにいたいんだが」


 セイルは彼女が少々苦手だった。その性格や言動には優しさの欠片もなく、自他ともに厳しく、そして非常に合理的で冷酷な女性だった。


 彼女にも仲間がいた。だが、そんな仲間に対してもエリッセルは容赦がなかった。セイルと共に参加した魔物討伐の際に、彼女は魔物の大群に突撃していった仲間を魔物ごとその力で氷漬けにした。あとで元に戻すから問題ないと言って容赦なくである。


 セイルはそんな彼女を咎めた。勇者として人としてそれはどうなんだと、もっと仲間を大切にしろと忠告したのだ。


 そして言い合いになった。その際、言ってしまったのだ。


 その性格と態度は治した方がいい。そんなことをしているといつか誰からも相手にされなくなるぞ、とセイルは言ってしまったのだ。

 

 明らかに大きなお世話だ。セイルとエリッセルはその口論の後から一度も口を聞いていない。別れる際も挨拶ひとつせずだった。


 それが大体四年ほど前のことだ。それから一度も顔を合わせていない。再会するにしても今更どんな顔をしていけばよいのか。


「……よし、明日にでもここを立とう」


 急ではあるが仕方がない。エリッセルと顔を合わせて揉め事になるよりはいいだろう。


 逃げるわけではない。問題を起こさないために仕方なくだ。

 

「出発ですか? ずいぶん急ですね」

「まあ、そうだな。少しばかり事情がな」


 話を聞いたセイルは急いで宿に戻るとリフィに明日にでも町を出ることを伝えた。リフィは本当にいきなりなことだったが何の文句も言わなかった。


「なら、急いで準備しましょう。とりあえず旅に必要な物を揃えないと」


 そう言うとリフィは紙に必要な物を書き出しセイルを連れて宿の外へ出た。


「それで、どこへ向かうんですか?」

「……そうだな」


 急なことで全く考えていなかった。しかし、行く先は決めないといけない。目的地によって到着するまでにかかる日数が違うのだ。そうなると必要な道具の数も変わってくる。


「ライランに行こう。ここから4日で辿り着けるはずだ」

「それならそれほど買い物は必要ないかもしれませんね」


 こうしてセイルの次の目的地が決まった。


 この港町から内陸寄りに南西に向かった先にある町ライラン。とりあえずそこへ向かうことにした。


 セイルは必要な物の買い出しをしながら祈る。どうかエリッセルに出会わないように、と祈るのだった。

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