第2話
勇者。それは世界を創造した六大神に選ばれた存在。そして、神に選ばれた勇者は人々を救い守る責務を担う守り手となる。
世界には何人もの勇者が存在している。過去には何人もの勇者がその名を歴史に残し、名を残さず消えていった勇者も大勢いる。
その六大神の一柱に選ばれたのがセイルだ。風の神シルフィールに選ばれ、その加護を受けた勇者である。
それは今でも変わらない。ただ少しずつその力を失いつつある。
そんな衰えつつある勇者のセイルは今、海を眺めていた。
「広いな、やっぱり」
港町が一望できる丘の上から海を眺めるセイルの灰色の髪が潮風になびく。その翡翠色の目は水平線の彼方へと向けられている。
三週間前、セイルはランセルとの戦いに敗れパーティーのリーダーの座を彼に明け渡した。そして、半ば引退気分で旅立ち、とある港町に来ていた。
港町リッセルク。そこそこ大きな港町でいくつもの船が港を出入りしている。以前にも何度か来たことのある町でもある。
「何も考えずに来たが。こういうのも、まあ、いいか」
自由。セイルは今、自由だ。自分より強い勇者にすべてを託し自由の身となった。
いや、まだ本当の自由ではない。勇者の力が完全に失われたとき、セイルはすべての責務から解放される。
しかしそれまではまだ勇者だ。たとえ弱くなったとしても勇者は勇者なのだ。その責任は果たさなければならない。
そして、ここに来るまでの道中でも十分その役目を果たしてきた。
「本当に助かりました。ありがとうございました」
「ああ、気を付けて行けよ」
ランセルに敗北してから三週間。その間、セイルはしっかりと勇者の務めを果たしていた。今も町に向かう途中で魔物に襲われていた旅の商人を助けて一緒にこの港町に来たところだ。
「さて、宿でも探すか」
人助け。セイルは大きなことから小さなことまで、それこそ荷物運びから迷い猫探し、ゴミの片付けや建物の修理の手伝いなどなど様々なことをやってきた。
そんなこと勇者の仕事じゃない、と仲間から非難されたこともあった。呆れた仲間がパーティーを抜けていったことも何度かあった。
ランセルにも指摘された。そんなことじゃいつまで経っても魔王を倒せない、と何度も何度も言われた。
けれどやめる気はなかった。困っている人を見捨てることなんてセイルにはできなかったのだ。
そんなことをしているから三週間もかかった。ランセルに敗北した町からこの港町までは歩いて一週間ほどでたどり着けるが、困っている人を助けていたおかげで三倍の時間がかかってしまった。
しかし、それを咎める人間はここにはいない。セイルは今ひとりなのだ。
何をするにも自由。それは気楽でもあり寂しくもあり、そして懐かしくもあった。
勇者を夢見て一人旅立った若き日のことをセイルは思い出していた。
「……神殿に行くか」
セイルは歩き出す。かつての自分を思い出して港町にある神殿へと向かう。
10年前、セイルは神殿で勇者の力に目覚めた。神から加護を授けられ勇者としての旅を始めたのだ。
場所は違う。この港町の神殿ではない。けれど、セイルは昔を思い出して神殿へと歩き出した。
そして。
「セイルさん!」
「リフィ、なんでここに……」
港町の神殿の入り口の前で別れた仲間と再会したのだった。
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