敗北引退勇者(弱)、最後の旅に出る。

甘栗ののね

第1章

第1話

 たぶん、これが最後だろう。


「勇者は二人もいらない。わかるよな、セイル」


 セイルは勇者だった。風の神の加護をうけた風の勇者だ。


 ランセルも勇者だった。光の神の加護をうけた光の勇者だ。


 ここには二人の勇者がいた。


「どちらがリーダーにふさわしいか、決着を付けようじゃないか」


 今年で32歳になる。セイルはその年齢を強く意識していた。


 数か月前、仲間であるランセルが勇者の力に目覚めた。もともとはセイルの率いる勇者パーティーの戦士だった男が勇者に選ばれたのだ。


 ひとつのパーティーに二人の勇者。今、二人はどちらがリーダーにふさわしいのかを力で示そうとしている。


 セイルは自分の手を見る。長年の剣の鍛錬と激しい戦いで皮が分厚く固くなった自分の手のひらを見つめる。


 セイルが勇者の力に目覚めたのは10年前、22歳の時だった。自分の生まれた町を旅立ったのは15歳の時だ。それを含めると17年間だ。


 その長い旅の間にセイルは人々を助け続けて来た。仲間との出会いと別れを繰り返し、彼らと共に戦ってきた。


 けれど、正直そろそろ体力的にきつくなってきている。勇者の力に体が耐えられなくなってきていたのだ。


 その点、ランセルはまだ若かった。2年前にセイルの仲間に加わったランセルは今年で18歳だ。まだまだこれから彼はもっと強くなるだろう。


 限界だな。とセイルは考えていた。結局、大した偉業を成せてはいないが、そんな勇者は人間の歴史の中ではいくらでもいる。


 その中の一人になるだけだ。歴史に名を残す立派な勇者になることを夢見て旅立った15歳の時を思い出しながら、セイルは静かにほほ笑む。


「……かかってこい、ランセル」


 セイルは剣を構える。ランセルも剣を構える。


 二人の勇者。その戦いが仲間たちが見守る中で始まった。


 そして。


「……俺の負けだよ」


 セイルは負けた。


 正直、結果は見えていた。セイルはこうなることが最初から分かっていた。


 自分の体が衰えていることも、勇者の力が弱くなっていることも、すべて自覚していた。


 これでいい、とセイルは地面に仰向けに転がったまま目を閉じる。これでいいんだ、とそう自分に言い聞かせながら意識を失う。


 こうして一人の勇者がその冒険の幕を下ろした。仲間を新たな勇者に預け、人々を守り世界を救うという重い荷物をその肩から降ろした。


 けれど人生は終わらない。旅は終わっても人としての生は続くのだ。


 後悔は、ないわけではない。もっとできたのではないか、と考えてしまうのは確かだ。


 だが、これでいいのだ。これでいい。


 これでいい。


「……そう、これでいいんだ」


 ランセルに敗北した数日後。セイルは滞在していた町を旅立った。


「さて、どうするかな」


 もう帰る故郷は無い。旅立ってすぐに魔物の大群に襲われ村は破壊され、村人たちも散り散りになってしまった。村があった場所に戻っても、もうきっと知っている人間はいないかもしれない。


「まあ、いいさ。どうにかなる、だろうよ」


 こうしてセイルの新たな人生が始まった。


 敗北者の旅が始まった。

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